作品
I'll remember 2
空がオレンジ色に染まり始め、夕陽に包まれた児童公園。留姫と樹莉は木陰のベンチに腰掛ける。
嬉しげな表情の樹莉を前にして、留姫はぎごちなさを感じていた。
樹莉にとっては女の子同士のお喋りは日常茶飯事なのだろうけど、普段単独行動の多い留姫は何を喋っていいのか分からない。
樹莉にとっても留姫はテイマー仲間という繋がりしかないはずだ。
留姫だって話す事といえばデジモンの話題しかないのだが、だからと云ってよもやレオモンを失い辛い経験をした樹莉に向ってデジモンの話など出来ない。
会話が、思いつかない。
そんな留姫とは対照的に、樹莉は涼しい顔でポケットから飴玉を取り出す。
「食べる?」
留姫は頷いて受け取った。二人で飴を口に頬張る。
「ホントはお菓子学校に持って行っちゃいけないんだけど。もう帰り道だし、こっそり、こっそり。」
そう云って樹莉は笑う。そんなの留姫は気になんかしないけれど、いかにも優等生らしい樹莉の規則破りは微笑ましかった。
綺麗な笑顔だと留姫は思う。
公園には誰もいなかった。
静かだ。
二人で飴を舐めながらオレンジ色の夕陽を眺める。
留姫は何故だか穏やかな気持ちになった。先刻までの動揺は何だったんだろう。
「…制服、可愛いね。」
樹莉が話し掛けてきた。
「制服?」
「カグジョの制服、可愛いねってクラスのみんなで話した事あるの。うち私服だから、憧れちゃう。」
「…そう?でもアタシは嫌い。教室入ったらみんな同じカッコで。スカートって動き難いし、着がえなくちゃなんないし。」
制服を可愛いだなんて思うものなのだろうか。留姫には理解できない。
「制服の学校の子にとっては、そういうものなんだ。無いものねだりなのかなぁ。でも、私服っていつでも着られるじゃない?制服はその時だけのものだもの。小学校の制服は、小学生の間でしか着られないもの。だから、憧れちゃうのかな。」
樹莉は足をぶらつかせながら云う。
その時だけのものだから。
樹莉が云うと、何だか重く感じられるのは何故だろう。
「あ、そうだ。ルキ、これ貰ってくれる?」
そうそう、と思いだしたように樹莉はランドセルを開ける。中から取り出したものを見て留姫はドキッとした。
デジモンカードの束だった。
「・・・。」
留姫の複雑な表情を察してか、樹莉はふんわりと微笑んだ。
「ルキ、会ってから一度も、デジモンのこと口にしてくれないね。タカト君たちと同じ。タカト君もヒロカズ君たちも、いつもは普段どおりに接してくれるのに、デジモンの話だけはしてくれないの。アタシに気を遣ってくれてるのかも知れないけれど、アタシと話す時にデジモンの話題だけは避けてるの。本当は、アタシ、もっとみんなとデジモンの話したいんだけど。」
留姫は黙っていた。
「…タカト君たちはアタシと毎日顔を合わすからアタシに遠慮して言い出し難いのかな。でも、ね、アタシ、もっとデジモンの話したいのよ。テイマーだったみんなと、テイマーだったときの事、話したいの。・・・だって、そうしないと…アタシもテイマーだったんだっていう事実、嘘だったのかも知れないって、あの時の事、全部夢だったんじゃないかなぁって、そんな嫌なことばかり思いついちゃうのよ。」
「…樹莉!」
留姫はきっと顔をあげる。
樹莉はテイマーだった。レオモンのテイマーだった。それは消去してはいけない過去の事実なのだ。
「ね、だから、ルキなら話してくれるんじゃないかなって、アタシ、そう思ったの。…ごめんね、引き止めたりして。」
留姫はふるふると首を振った。
樹莉は。
樹莉はいつもデジモンカードをランドセルに忍ばせていたのか。
今日はたまたま留姫に会ったのに、事も無げにデジモンカードを取り出したのだ。
「…デジモンカードなんて、学校に持ってったりして、先生に見つかったら没収されるんじゃないの?」
留姫は笑って云った。樹莉も笑って。
「ふふっ、ホントはいけないんだけど。飴玉と一緒。こっそり、こっそり。」
樹莉からデジモンカードを受け取った留姫は、ぱらぱらとそれらを確認し、感心した。
「…前見せてもらった時も思ったんだけど、ジュリってかなりレアなカード揃えてるよね。」
「そうなの?アタシ、イマイチよく解らなくて。宝の持ち腐れ。」
「…貰っていいの?」
「いいの。ルキみたいな強い人に使ってもらったほうが価値があるもの。」
そう云われて、ルキは云い出し難かったことを告白した。
「…アタシ、もうカードバトルやってないんだよね。」
「え、そうなの?」
樹莉は驚いて、眺めていたカードから留姫の顔に目を向ける。「大会とかにも出てないの?」
「うん。…レナモンと別れてから、出場してない。バトルももうやめたの。」
樹莉はあれ以来デジモンの話が出来ないといった。
留姫も同じだった。
レナモンと別れてから、初めてレナモンの名前を口にした。
留姫も欲していたのかも知れない。こうして、共にデジモンのことを語ってくれる相手を。
「…そうなんだ。じゃあ、いらなかった?」
申し訳なさそうに首を傾ける樹莉に、留姫は慌てて首を振る。
「そんなことないけど。」
今でも自分のカードはホルダーに入れて引き出しの奥に仕舞っている。
どうしても捨てる事は出来ない。
「…ジュリは、テイマーになる前から、デジモンカード集めてたんだよね。」
カードを手で玩びながら、留姫は話題を自分から樹莉に向けた。
樹莉は何故か顔を赤らめる。
「え、あ、うん。そう。内緒で集めてたの。私はやり方わかんないし、バトルする相手もいないから、集めてただけだけど。」
急にドギマギする樹莉を見て、留姫は、やっぱり、女の子がデジモンカードを集めるのは恥かしいことなのだろうか、と何となく思った。
「きっかけは、ルキなの。」
「は?」
「…ヒロカズ君に、最初に教えて貰ったの。デジモンクイーンっていう、カードバトルがすごく強い女の子がいるって…。」
博和の名前が出たので、留姫は顔を顰めた。
「アイツ、何か変な事云ってたんじゃないでしょうねー。」
「え、そんな事ないよ、ヒロカズ君はアタシに、コーチになってやるから大会に出て、ルキからデジモンクイーンの座を奪ってくれないかって…。」
「云ってんじゃん。なにがコーチよ。対戦したらアイツなんてアタシの敵じゃないくせに。」
漸くいつもの留姫らしさが発揮されて、樹莉は楽しそうにくすくすと笑う。
「で?ヒロカズに云われて、カード集め出したの?」
「え…うん、て云うか、なんか格好良いなぁって思ったの。女の子で、デジモンカード強くて、大会で男の子を負かして優勝して、デジモンクイーンなんて呼ばれるなんて。」
「えぇ?なにそれ、誉めてんの?」
「勿論。ルキはアタシの憧れだったのよ。」
そう云って目を合わせた留姫と樹莉は、思わず同時に笑った。
人のいない静かな公園に響き渡る程、大きな声で笑いあった。
あの日――レナモンと別れた日以来、ずっと忘れていた、とても楽しくて、とても嬉しい気持ちを、留姫は思い出していた。
- 2003/09/13 (土)
- 『I'll remember』
タグ:[ルキxタカト]