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I'll remember 1

1.

夕暮れ間近の西新宿商店街は、下校中の学生たちや夕飯の買い物に来る主婦たちで活気付いている。

そんな中、躊躇いがちに道を歩く牧野留姫の姿があった。

留姫がこの商店街を歩く事は滅多にない。
更に神楽坂女学院の制服を身につけた彼女の姿は商店街では珍しい。
だからと言って、道行く人たちが留姫を異色の目で見ているわけではない。
むしろガード向こうの私学の制服を着たスレンダーな美少女が歩く姿は、商店街の人たちにとって新鮮で、好意的な目を向けていた。

しかし留姫はどうもその視線が嫌いだったのだ。
不快な訳ではないのだが、どうも居心地が悪い。

――やっぱり一度家に帰って着替えてから来るべきだったか。

一瞬そう思ったが、一旦家に戻ってしまえば決心した気持ちが揺らぎそうな気がして、あえて放課後学校からそのままここに向かった。
今の留姫は、自分でもよく解らない必要以上の緊張をしていた。

――なんでアタシがこんな余計な事しなきゃなんないわけ。

心の中で自分に毒づいてみたものの、自分で決めた事だから誰の所為にするわけでもない。


事の発端は、昨夜の母親との会話だった。

「ねぇ、留姫ちゃん、最近みんなと会ってるの?」

久し振りに早く仕事から帰ってきた母親のルミ子が、事もなげに聞いてきたその科白に、留姫は少なからず動揺しながらも努めて冷静に聞き返した。

「みんなって、だれ?」
「誰って、啓人君たち。例のデジモンの騒動の時の。留姫ちゃんだけみんなと学校違うじゃない?普段会ってるのかなーと思って。」

何で急にそんな事言い出すのか、留姫には疑問だった。
気にしてなかったわけじゃないけど。
心の中で常に引っかかっていたことだった。
それを普段あっけらかんとしている母親に指摘されてしまったのが、留姫にとって、心の内を読まれたかのような気分になって、何とも落ち着かなかった。

「会ってないの?」

きょとんと他愛ない顔で、鋭い突込みをしないで欲しい、と留姫は滅入った。

「わざわざ会いに行く必要ないし、会いに行く理由もないし。」

つっけんどんに返す留姫のあからさまな不快感を悟ったのか、ルミ子は「そう。」と云ったきりそれ以上の事は聞いてこなかった。
すぐに別の話題に話を移行し、楽しそうにからからと笑う。

ルミ子の何気ない問いかけはいつもの親子のスキンシップ程度の話題だったようだ。

留姫は啓人や健良たちと出会う前は、このように話し掛けてくるルミ子がうざったかった。
何も考えてないような母親の軽そうな態度が嫌いだったのだ。
でも今思うと、毎日を楽しそうに生きている、母親の大らかさを好意的に受け止めることが出来る。

それもあの特殊な経験――デジモンたちとの交流、デ・リーパとの闘い――から学んだ感情の変化なのだろうか。

そうは云っても、勿論留姫自身の性格が急に変化したわけではない。
人はそうそう急には変われるものではないし。変化とは、ひとつの経験を乗り越えて、少しずつ変わっていく成長の過程なのだから。


まぁ、それはともかく。
少なからず留姫が思い続けていた事、―啓人や、あの時共に冒険し闘ったテイマーのみんなに時々は会いたいという気持ち―を母親に見透かされた気がして、留姫はほんの少し、戸惑った。
だけど。デジモンテイマーという共通点以外、自分と彼らを繋げるものは何もない。
仲間、とか、友達、とか云う言葉で括られたとしても、「友達だから」と気軽に会いに行ける程、留姫の感情は砕けていない。

デ・リーパ事件以降、デジモンと別れた留姫たちは、何度か合流して、デジモンたちと再会する為にデジタルフィールドを探した。
しかしそれから後、学校やリアルワールドでの生活に流され、学校が違う留姫は自然に啓人たちと会わなくなった。
わざわざ連絡を取り合うのも億劫だし、と誰に聞かせるわけでもない言い訳を自分に言い聞かせ、留姫は今だ一歩を踏み出せずにいた。

理由がないと会いに行けない自分の捻くれ加減にも呆れるけど。



そんな事を思っていた今朝。家を出る前ルミ子が留姫を引き止めた。
「ね、留姫ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「何?」
「松田ベーカリーのパン、今日学校帰りに買って来てくれないかな。」
「はぁ?」

あからさまに怪訝な表情をする留姫に、ルミ子は両手を合わせて懇願の態度を示す。

「ねー、いいでしょ?昨日啓人君の名前出したら、急に食べたくなったのよー。前に松田さんに頂いたパン、すっごく美味しかったもの。」
「何でわざわざタカトの家のパン買いに行かなきゃいけないのよっ。」
「良いじゃない、松田ベーカリーの焼きたてパン。留姫ちゃんも美味しいって云ってたじゃない。」
「だったらおばあちゃんに買いに行って貰えば。アタシ遠回りになるし。」
「そんな事言わないでー。ちょこっと買いに行ってくれればママすっごく嬉しいのになぁ。松田ベーカリーのチョココロネー。」

そんなやり取りが長々と続き。
結局、遅刻しそうになり、痺れを切らした留姫が「分かったわよ、行けばいいんでしょっ!」と折れた。



そして。
今、留姫は西新宿の商店街を歩く。

丸め込まれたような気がする。

昨夜、留姫が啓人たちと会ってない、と知った翌日に、松田ベーカリーのパンを食べたいなんて云い出すのは、あまりにも不自然だ。
もしルミ子が気を利かせてそんな事を言い出したのなら、飛んだお節介だ。

お節介、なのだけれど。

今までの留姫だったら、そんなルミ子の気まぐれに付き合ったりしない。
わざわざ母親の御使いでパンなど買いに来なかっただろう。
だけど留姫はここに来た。

それは、自分の意志だ、と思う。

しかし驚いた事に――留姫は松田ベーカリーが見えた途端、急に足が竦んでしまったのだ。

一歩も動けなくなり、気が付いた時には、くるりと回れ右をして、逆方向に歩いていた。

何で?なんでこんなにドキドキするんだろう。

アタシはただ、松田ベーカリーのパンを買いに来ただけなんだけど。
さっさと買って、すぐに帰ればいいだけのことじゃない。

それなのに、意思とは関係なくもと来た道を戻る自分の足が止まらない。
そんな自分に、留姫自身、戸惑いを隠せずにいた。

別にお店に入ったからってタカトがいるとは限らない。
おじさんとおばさんがお店にいても、適当に挨拶を交わせばすむことだ。

別にタカトに会いに行く訳じゃないんだし。
お店に行ったって、啓人はいないかもしれないし、

タカトに会いに行く訳じゃ、


タカトに、



・・・。



留姫は立ち止まった。

――自分は、今、啓人のことしか考えてなかったのではないか?

そう気付いた途端、留姫は全身の血液が逆流したような感覚にとらわれた。
躰中が熱くなって、耳朶まで熱を帯びたような気分になる。

(な…、アタシ、何考えてんの?!)

この意味不明な緊張も、自分らしくない躊躇も、すべて啓人が原因だというのだろうか。
留姫は胸に手を当てて、小さく深呼吸した。何だって自分はこんなに動揺してるんだろう。

落ち着け、落ち着け。

はぁ、と溜息をついたとき。


「ルキ?」


後方から声を掛けられ、留姫は心臓が飛び出るのではないかと思うくらい驚いた。
反射的に振り返ると、きょとんとした表情で加藤樹莉が立っていた。

「じ、ジュリ…。」
「やっぱり、ルキだ。久し振り!珍しいね、ルキがこっち通ってるの。」

樹莉はにこりと笑う。ランドセルを背負っているので、樹莉も学校帰りのようだった。

「う、うん…久し振り。」

留姫はめちゃくちゃ驚いたが、相手が樹莉だったので漸くホッとして笑い返した。

「ずっとルキに会いたいと思ってたんだけど。学校とか塾とかあるし、なかなか連絡できなくてごめんね。あんまり頻繁に連絡したりすると、迷惑かなって、思っちゃったりして。」

朗らかに笑う樹莉の顔は、あの事件を乗り越えて、少し成長したように見えた。
自分は心の隅でうじうじ感じていた事を、素直に言葉に出せる樹莉が大人びて見え、ルキは何だか、些細な事に拘っていた自分がひどく子どもっぽく感じた。

「ルキ、どうかしたの?なんだか気分が悪そうだったけど。」
「え?」

ルキは急に恥ずかしくなって顔を赤らめる。

「何でもない、大丈夫。」
「そう…?ルキ、学校帰りだよね。こっちに何か用事でもあるの?」

「え・・えぇと、」
突然核心に迫られて留姫は焦った。その留姫の態度に、樹莉はピンと察して問う。

「この先、タカト君ちだけど…。タカト君ちに行くの?」
「ち、違うわよ!…て云うか、アタシはパンを買いに来ただけで、」
「パン?」

必要以上に動揺して力む留姫を目の当たりにした樹莉はぽかんとした。

「…あー、もう。何なのよ、今日のアタシ…。」

ぼつりと一人ごちた留姫は、再び溜息を付いて肩をガクッと落とす。

「…帰る。」
「へっ?」
「ごめん、ジュリ。久し振りに会ったのに、変なところ見せて。」
「え、パン買いに来たんじゃないの?」
「いい、ママに頼まれただけだから。」

歩き出す留姫を樹莉は慌てて引き止める。

「何で?アタシが変な事聞いたから?」
「ううん、違う。樹莉のせいじゃないよ、気にしないで。」
「いいの?」
「いいの。あの人、気まぐれだから。きっとお使い頼んだ事も忘れてると思う。」
「…そうじゃなくて、ルキはいいの?」
「…。」

樹莉のその一言に、留姫は立ち止まる。どういう意味だろう?樹莉の真意が読み取れない。
固まったまま自分を見つめてくる留姫に、バツが悪そうな表情をした樹莉は、少し困ったような声で云った。

「えっと…ね、じゃあ、ちょっとお喋りでもしない?」
「え?」
「うん、そうだ、そうしよう。ルキ、時間あるんでしょう?久し振りに会ったんだし、ちょっとお話しようよ。」

留姫は瞬きをして樹莉の顔を見つめる。
樹莉は留姫に向かって、にっこりと笑った。

  • 2003/09/19 (金)
  • 『I'll remember』

タグ:[ルキxタカト]

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