作品
ドロップ・パール
2月2日 高校3年生
◇
自分の部屋のベッドに、恋人が座っている。
そんな状況におかれたら、健全な青少年なら落ち着かずにはいられないだろう。
俺一人が妙にソワソワしてるのは、決して意識しすぎではないと思うんだけど。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、目の前のヒカリちゃんは、俺などそっちのけで手にしているカメラに夢中だ。
アルバイトで貯めたお金でやっと購入出来たという一眼レフデジカメ。
ここ最近、デジカメ関連のパンフレットを熱心に眺めていましたねそう云えば。
漸く手に入れたそれの操作に熱心になるのはわかるけど、彼氏の部屋に遊びに来といて彼氏放置ってのはどうよ。
しかも妙にうっとりモードの目をしてさ。
嬉々として構えたり、ズームレンズのピント合わせたり、指で愛おしそうに撫でたりしてるんだよ。
くそ、デジカメの分際でヒカリちゃんの愛撫を独占しやがって…。
どうせ俺はカメラの知識なんてないですよ。
家電量販店のセールで買った安っぽいコンパクトデジカメしか持ってないですよ。
って、何デジカメに嫉妬してんだよ俺。あほか。
だけど、華奢なヒカリちゃんが細い指でゴツくて硬くて黒いモノ持ってるのって、妙にエロい気分になるなぁ…。
ああ、ヒカリちゃん。そんな無機質な物体よりも、俺のを握ってくれよー。
とか云う下ネタは、ヒカリちゃんが一番嫌う事なので、絶対に口に出さねーけど。
こんな変態的な妄想ばかり膨らむのはヒカリちゃんが俺を放置してるのが悪いんだぞ!
だいたい、今日俺がヒカリちゃんを家に誘ったのは、お互いに忙しい日が続いていて、久しぶりに二人きりになれる時間が欲しかったからだ。
父さんは仕事だし、母さんはパートで夜まで帰ってこないし、姉貴は友達と旅行中で、家に誰もいないんだ。
そう伝えたうえで誘ってみたら、ヒカリちゃんは頬に朱が差して恥ずかしそうに頷いたんだよ。
しかも先刻ヒカリちゃんを家に上げた時、玄関口で俺の前を通り過ぎたヒカリちゃんの身体から、いつも八神家で使ってるシャンプーと石鹸の匂いが微かにした。
間違いない。ヒカリちゃんは、家で風呂に入ってから俺の家に来たんだ。
それってつまり、今日のヒカリちゃんは、俺に抱かれるつもりでいるって期待しちゃってもいいんだろ?
家族がいないって伝えた以上、俺だってその気だもん。
先週買っておいたゴムだって、その時になって手間取らないように、枕の下に既に仕込んであるんだぜ。
ここまで準備万端だっていうのに、肝心のヒカリちゃんが心ここにあらず状態とはどういうことだ。
俺一人が勝手に盛り上がってたのか?俺のエロ妄想って暴走しすぎ?
でも一般の男に比べたら、これでもかなり我慢してる方だと思うんだけどなぁ…。
初めての時本気で泣かせてしまったから、俺もちょっと臆病になってる部分があるのかも。
はぁーっと大げさに溜息をついたら、キョトンとしたような表情で、ヒカリちゃんがようやくこっちを向いてくれた。
デスクチェアの上でくるくる回ってた俺は、座ったままコロを動かしてがーっとヒカリちゃんの前まで移動する。
子どもの頃から、俺の部屋に遊びに来るとベッドの上に腰かけるのがヒカリちゃんの癖で、つまり俺のベッドはヒカリちゃんにとっては指定席、単なる椅子の感覚なのだろう。
「カメラ触んの、そんなに楽しい?」
顎を椅子の背もたれに乗せて、だらけた態度で尋ねると、反してヒカリちゃんは嬉しそうに頷いて笑った。
「やっぱり、これに決めて良かった。小型だけど性能良いし」
そんなことが聞きたいんじゃないのになぁ…。
俺は椅子から立ち上がると、わざとらしくヒカリちゃんの横にどさりと腰かけた。
狭いシングルベッドは当然二人で座るには窮屈だから、ヒカリちゃんは数センチ横にずれる。
「な、ちょっと俺にも触らせて」
カメラを指差して云うと、ヒカリちゃんは驚いた表情を見せた。
「いや別に、壊したりしないって」
そりゃ物の扱いは大雑把な方だけど、よっぽど信頼されてないのかな俺…。
ヒカリちゃんは慌てたように首を振る。
「そうじゃなくて、大輔君が私のカメラに興味示すの初めてだから、ちょっとびっくりしちゃって」
「こんだけヒカリちゃんを夢中にさせるものってどんなものなんだろうって興味があるだけだよ」
そう云ったらヒカリちゃんは眼を見開いて赤くなった。俺の言葉の意図伝わったのかな。伝わったのなら嬉しいな。
ヒカリちゃんがカメラを俺に差し出す。手にすると、意外と見た目よりも軽かった。
それでも俺のデジカメよりはずっしりしてるけど。
「電源、どれ?」
指差されたボタンを押すと液晶モニタに灯りがつく。ヒカリちゃんがいつも構えている姿を思い出しながら、見真似で前に構えてみる。
「俺カメラ使うの苦手なんだよな…」
「オート機能もあるから、そんなに難しくないよ」
レンズをヒカリちゃんの方に向ける。目の前のヒカリちゃんが、液晶モニタに映る。
「え、撮るの?」
身構えたヒカリちゃんが、気恥ずかしそうに首を傾げた。
その様子が可愛らしくて、暫くモニタ越しにヒカリちゃんを眺めていると、固まっていたヒカリちゃんが、じれったそうに眉を顰めた。
「撮るんだったらさっさと撮ってよ…止まってるのも、疲れるんだけど」
それでも俺は黙ったまま、モニタの中のヒカリちゃんを眺め続ける。
散々俺を待たせたんだ、今度は俺の方が焦らしたって、文句云われる筋合いはないんだぞ。
痺れを切らしたヒカリちゃんが、熱っぽい息を吐いて、頬を染めると目を伏せた。
「…も、大輔くん、」
「俺に見られると、感じる?」
「え?」
驚いたように、俺の顔を見るヒカリちゃんの瞳が、困惑の表情を浮かべていた。
「俺はいつも感じてる。ヒカリちゃんの視線が俺を追ってるって思うと、すげー堪んなくなる」
「……」
「サッカーの試合の時も、応援席の中にいるヒカリちゃんがすぐわかる。いつも俺を撮影してくれてるヒカリちゃんの視線を感じる。ヒカリちゃんが構えるレンズの先に、いつも俺がいるんだ」
「大輔、くん」
モニタに映るヒカリちゃんの表情が、みるみる色を帯びてくる。うわぁ、やばい。その顔、…。
モニタ越しではじれったすぎる。俺はカメラを放り投げて、ヒカリちゃんを勢い任せに抱き寄せた。
ぼすんと音を立てて、カメラが布団に埋没した。
「あ、ちょ…乱暴に扱わないでよ」
「大事に、してるじゃないか」
俺はちょっとムッとして強い口調で答えた。
何時だって俺はヒカリちゃんを大事にしてるんだよ。本当は欲望に任せてめちゃくちゃにしてしまいたくなる、でも我慢できるギリギリの範囲で精一杯セーブしてきたつもりだ。
何だか噛み合ってない会話に、ヒカリちゃんが困ったような様子で溜息をついた。
「…あの、大輔君、」
「なに」
「は、離して…」
ヒカリちゃんの息が、肩越しに熱く感じた。
強く抱き締めていた腕を緩めて、真正面にヒカリちゃんを見据える。
耳まで真っ赤になったヒカリちゃんは泣きそうになっていて、潤んだ瞳に俺の顔が映っている。
どうにかなってしまいそうな焦燥感を必死で押さえて、両手で優しくヒカリちゃんの顔を包んだ。
掌に柔らかいヒカリちゃんの頬の感触。
ヒカリちゃんの目の中の俺が、次第に大きくなっていくのが見える。
「…やっぱり俺は、写真なんかより、リアルなヒカリちゃんを見る方が好きだな」
「…なにそれ、ばか…」
小さくつぶやいたヒカリちゃんが、静かに目を閉じた。
◇
浴室から出てきた俺がタオルで頭をガシガシやりながら部屋に戻ると、既に綺麗に整えられたシーツの上で、ヒカリちゃんは再び手にしたカメラに没頭していた。
うおーい、甘い雰囲気も何もないですがな。
別に余韻を残した状態で出迎えてほしいとまでは思わないけどさ、このあっさり感ってちょっと寂しくないか。
ちょっとイジケて、大げさにヒカリちゃんの横にどさりと座る。
黙ったまま横目でヒカリちゃんを見ると、ピンクに染まった頬と湿った髪が、先ほどまでの行為を思い出させてくれたので、気恥ずかしさと安心感で嬉しくなった。
今のヒカリちゃんからは、俺と同じ、俺んちのシャンプーの匂いがする。
「…ヒカリちゃーん」
甘えるように後ろから抱き締めると、振り向いたヒカリちゃんは、顔を赤らめたまま俺を睨みつけてきた。
「…どしたの?」
「大輔君のばか!スケベ!えろだいすけ!!」
うっ…そんなに今日の俺、がっついてたかな。様子のおかしいヒカリちゃんに俺が困っていると、ヒカリちゃんはベッドと壁の隙間を指差して口を尖らせた。
「見つけちゃったんですけど!!」
あーと俺はバツの悪い気分になった。そう云えばそこにエロ本置いたままだったよ…。
「もー、信じらんない!彼女がいるのに、どーしてこーいうの読むのー?!」
「あ、これ、タケルのにーちゃんに借りっぱなしだったやつだ…」
「そんなこと聞いてないわっ!!」
機嫌が悪いのはこれの所為か。確かにエッチしたベッドの脇に置いておくのは配慮が足りんかった。
ヒカリちゃんはぶすーっと頬をふくらませて、リスみたいな顔になってる。
「リアルな私がいいとか云ってる人が、写真の中の女の人に欲情なんかすんな!」
ヒカリちゃんって怒ると口悪くなるよな…長年の付き合いだから、俺ももう動揺したりしないけど。
「ちーがうよ。違うって」
俺はヒカリちゃんの頭に手を置いた。濡れた髪をふわふわ撫でてみる。ヒカリちゃんが息を呑む。
ヒカリちゃんはこうされるのが好きなんだ。
「な、にが…」
「だって俺、常に自己処理しとかないと、ヒカリちゃんに会う度に我慢できなくなるんだもん」
呆気にとられたようなヒカリちゃんの表情。
「それは流石に、ヒカリちゃんも困るだろ?だからこーして、本にお世話になって…」
「それ以上云うなえろだいすけ!!あーもー、大切なものじゃなかったら、これで今すぐ大輔君の頭を殴りつけてやるのに!!」
ヒカリちゃんが手にしたカメラを持ち上げて、ふるふると肩を震わせている。
ああ、それが大切なもので良かったです。凶器にならずに済んだ…。
ヒカリちゃんを魅了してばかりだったカメラの存在を、俺は初めて有難いと思った。
ドロップ・パール(最愛の人)
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大輔の一人称で書いてみました。
高校3年の冬設定なので、ちょっと成長した大ヒカのつもりです。…既に経験しちゃってる二人^^;
初体験の話はまたいずれ改めて書きたい…
少しは大人になった大輔ですので、ヒカリに対しても対等と云うか、普段はヘタレでもベッドの上では主導権を握っちゃうぜ的な、男らしい大輔が理想。
大輔に翻弄されるヒカリちゃんというのも、なかなか新鮮な気持ちで書けました。
- 2010/02/04 (木)
- 大ヒカパラレル