作品
ビキシバイト 2
2008年7月12日 高校2年生
◇
一週間前。
大輔は、自宅から近いサッカーグランドで、太一から個別指導を受けていた。
太一と大輔が小学生の時に所属していたサッカークラブが使用するコート。
今も当時の監督と交流がある二人は、自由に場所を使用させてもらっている。
高校2年に進学すると同時にサッカー部のレギュラー番号を貰った大輔は、今まで以上にサッカーの練習に力を入れていた。
太一はここ最近、大学のカリキュラムと大学サッカーに多忙の日々で、大輔と会う時間が減っている。
久々に太一の時間が空いた時、「練習見てやろうか?」と声を掛けられれば、このチャンスを逃したくない、と思うのが大輔の本心だった。
時間を忘れて練習に熱中していると、突然降り出した雨が二人を襲った。
「今年はまだ、梅雨明けしてないんだよなー」
止みそうにない雨足はゲリラ豪雨のように酷くなってきて、さすがに二人は練習を打ち止めすることにした。
(せっかく太一さんから指導受けられるチャンスだったのに…)
大輔が口をとがらせていると、太一はそんな後輩の様子などお見通しで、すぐに誘惑の言葉をかけてくる。
「先週のうちの練習試合のビデオ、見に来るか?」
大輔はすぐに機嫌を直した。
ずぶぬれになった頬を朱く染めて、嬉しそうに何度も頷く後輩を見て、太一はこいつほんとに可愛いなぁと、仔犬を連想しながら思うのだった。
八神家に着くとすぐ、太一は大輔に向ってタオルを放り投げた。
「大輔、お前先にシャワー使っていいぞー」
「俺、あとでいいっす。太一さん、先で」
「いいって。替えの服用意しといてやるし。濡れた服、洗濯機に突っ込んどいて。いっしょに洗うから」
「…えーと、じゃあ、お言葉に甘えて、先に頂きます」
今や花形選手となった八神太一先輩が、こんなに自分に善くしてくれていると他の部員たちに知られたら、俺絶対フルボッコにされるよなぁ。と思いつつ、大輔は湧き上がる甘い優越感と独占欲に打ち勝つことはできないのだ。
満ち足りた気分がその数秒後に暗転するとは思いもせずに。
いや、それが最悪の事態かと云えばそうでもないのだけれど…
八神家の浴室に入るために洗面所の扉を開けたときに、大輔は一瞬違和感を覚えた。
――そうだ、太一さんちの洗面所って、いつもは開けっ放しじゃなかったっけ?
それと同時に、室内からムンと湿気を帯びた風が大輔の顔に張り付いてきて、その時初めて、大輔は中にいる人の気配に気がついた。
「あっ」
と声に出した時にはもう遅い。
洗面所と一緒になっている脱衣場にいたのは、
髪をしっとりと濡らして、驚いたように目を見開いている――ヒカリちゃん。
「ごふっ」
むき出しになった肩の肌色のラインがものすごい勢いで動いたかと思うと、大輔の顔にヒカリの鉄拳が直撃した。
***
「だからー、悪かったって。俺が先にフロあけて、確認しとけばよかったなぁ」
「それより先に、玄関!私の靴あるんだから、帰ってるって、分かるでしょ!」
「俺も大輔も雨に遭って慌ただしかったんだもん。んなところまで、気付かねぇよ」
「あぁもう、最悪…」
ぼぅっとした意識の向こう側で、八神兄妹の云い合いが聞こえてくる。
どうやら、自分は気を失っていたようだ。目に映った天井から、横たわっているのが八神家のリビングのソファだということが分かった。
おでこにひんやりとした感触は、濡れたタオル。ツンとした鉄のにおい。鼻にガーゼが当てられている。鼻血を出してしまったらしい。
クリティカルヒットを喰らったのだから、当然と云えば当然だけど、鼻血の理由はそれだけじゃないような気がする…
「怒ったって、仕方ないだろ。大輔だって、わざと覗いたわけじゃないんだし」
「わざとだったなら、はり倒す」
申し訳なさそうな太一の弁解と、可愛い顔から想像もできない物騒な言葉を放つヒカリ。
こ、これはかなり怒ってるなぁ…。大輔は嫌な汗が出てきた。
「いいじゃん…見られた相手が大輔で、よかったじゃん」
「は、え?」
ドキリとして思わず声が出てしまった。
同時に、兄妹の視線が自分に向けられたのを感じた。
反射的に横を向いたら、丁度ヒカリと目が合ってしまった。
ヒカリの顔が、ゆでダコのように真っ赤に染まった(色気のない例えだが、その時のヒカリの赤面は、まさにその表現が一番的確だった)。
とたん、みるみるヒカリの眉がつりあがって、彼女が憤慨している空気を感じた大輔は、居たたまれなさでいっぱいになる。
「もうっ、知らない!」
その一言が、大輔に向けられた、ヒカリの最後の言葉だった。
それきり、一週間、ヒカリは大輔に一言も口をきいてくれない。
◇
「――で?」
「でっ、て?」
「何それ。なに、大輔君、ヒカリちゃんの裸見たの?見たんだ。うわぁ、なにそのラッキースケベっぷりは。羨ましい。羨ましすぎる。僕も見たかった」
「いや、重要なのはそこじゃねぇだろ!」
本気で羨ましがっているタケルに大輔は顔が引きつった。
「なんだよ、それ…。大輔君とヒカリちゃんの仲がピンチだって云うから聞いてたのに、ちっとも楽しくないじゃないか。それのどこが、不満なんだよ」
「不満とかじゃなくて…」
「だって見たんだろ、ヒカリちゃんの裸」
「全部は見てない、バスタオル当ててたし」
「いいなぁ、バスタオル。男のロマンだよね」
「あぁ、お前なんかに話すんじゃなかった!そもそも、何でお前に話してるんだ俺。どうかしてる」
大輔が再び自分の机に突っ伏してしまったので、タケルはふーんと云いながら指で大輔の背中を突いてくる。
「うっせ…」
「喧嘩したって云うから、どんなもんかと思えば…そんなの、すぐに、仲直りできるんじゃない」
「……できるのかな」
「ヒカリちゃんにとって大輔君に裸を見られたことが、よっぽど、吐き気がするくらいに嫌悪感を覚えたって云うんなら、難しいかもしれないけど」
「おま…慰めてんのか、貶してんのか、どっちなんだ」
「僕に慰めてほしいの?」
「ほしくない。」
「ヒカリちゃんだってきっと恥ずかしがってるだけだよ。気持ちが落ち着いたら、また話してくれるようになるよ」
「……」
結果として、幼馴染みに慰められてしまった気がする。
大輔がだまっていると、タケルは大きく背伸びをした。
「あぁ、つまんない。もっと大事件を期待してたのに」
「お前、なに想像してたんだよ!」
「清純な関係に辛抱たまらなくなった大輔君が我慢できなくなってヒカリちゃんを襲って拒絶されたショックぐらいの落ち込みようだったよ、大輔君の顔」
「ほんっと、オレ、たまにお前の事、力の限り締め上げたい気分になる」
- 2009/08/07 (金)
- 大ヒカパラレル