作品
ユーレックサイト
2008年2月1日 高校1年生
◇
サッカー部の練習が終わったあとに、30分だけ一人で自主練をしたのが悪かった。
校門を出たところで大輔は偶然タケルと遭遇した。
部活で毎日遅く帰宅する大輔と、長年続けてきたバスケを辞めて文芸部に入ったタケルだ。
普段はめったに一緒に帰ることはないし、大輔はタケルとつるむのが嫌だった(本気で嫌っているわけではないのだが)。
大輔の心の内を知ってか知らずか、タケルの方はにこにこと大輔に声をかけてきた。図書館の閉館時間まで居座っていたのだと勝手に喋り、当たり前のように一緒に帰ろうと云った。
帰宅方向が同じなのだから自然なことではあるけれど。
ぶーたれた大輔とは対照的に、楽しそうに歩いていたタケルは、コンビニでマンガ雑誌を立ち読みしている太一を見つけた。
先輩の姿を見て、大輔は内心ほっとした。
コンビニに入ると、太一は二人に気づいて軽く手を振った。
お前ら二人が一緒に帰るなんて珍しくね?と笑う太一に、偶々一緒になっただけだと大輔は念を押す。
タケルはそれを聞いてひどいなぁ大輔君と苦笑いをした後で、綺麗に飾り付けられた商品棚に目を向けた。
「大輔君はヒカリちゃんにあげないの?チョコ」
バレンタインシーズンで、コンビニにも華やかなチョコレートコーナーが設けられている。
それを見たタケルが、いつものように、からかい半分に大輔の腕をつついてきたのだった。
「はぁ?何で男がチョコ買うんだよ、かっこわりぃ」
チョコそのものよりもヒカリの名前を出されたことが癪に触って、大輔は敢えて突き放すように答えた。
「大輔君、知らないの?今年は男から女の子にあげるチョコていうのがあるんだよ、『逆チョコ』って」
「ぎゃくちょこ」
なぜかたどたどしい口調でリピートしてしまった。
そもそも大輔にとってバレンタインとは。
小学生の頃までは、大輔だってその日をドキドキしながら過ごしたものだ。
<ヒカリちゃんからチョコを貰えるかどうか>
それだけが大輔のバレンタインだった。
その想いが通じて、ヒカリは毎年大輔にチョコをくれた。
いや、よく考えたら、大輔がヒカリを女の子として意識する前から、大輔はヒカリからチョコを貰っていたのだ。
おにいちゃんと同じサッカークラブに入ってて、自分とおなじねんれいの男の子。
いつしか自然に家族ぐるみの付き合いになって、自然に互いの家を行き来するようになって、バレンタインのチョコレートも、ごく自然に貰えるものになっていた。
ヒカリが小学校の高学年くらいになると、友人たちと一緒に、男子にプレゼントするチョコを買いに行くのが恒例行事になっていて、大輔から見ると何だかチョコそのものよりショッピングの方が女の子たちの楽しみになっていたような感じさえする。
高校生になり、いわゆる男女としての交際を始めてからも、ヒカリから大輔へ渡されるチョコは、恒例イベントの延長上のものでしかないような気がした。
(お泊まりにしろバレンタインにしろ、なんだって俺ら、こう慣れちゃってんだろ)
幼馴染みが恋愛関係に発展するのは妙に照れくさくて恥ずかしい。
昨年の夏、八神家に泊まりに行ったとき(実際には泊らなかったのだが)、初めてヒカリとキスをした。
やっと一歩前進できたと思ったが、まさかそれから秋、冬と季節が過ぎて、年を越してしまっても、何の進展もないとは思わなかった。
大半の責任は恋に消極的な自分の所為なのだけれど。
一線を超えない健全なお付き合い状態なのに、熟年夫婦の倦怠期のようなこのアンバランスさ。
「逆チョコかぁーー…」
この超スローペースどころか進行がぱったり止まりそうな関係を、自分から動かすことで少しは前進させることができるだろうか。
コーナーに並べられた可愛らしいパッケージのチョコレートをしばらく見つめていたが、いやいや、俺のキャラじゃねーだろ…と、大輔は曖昧に首を振った。
そんな大輔の様子をニヤニヤしながら眺めていた太一は、結局何も買わずに店を出た大輔に、ポケットから取り出した包みを差し出した。
「じゃー、これやるから。逆チョコ」
「?」
横からタケルもその品物を覗き込む。
「…あー、これ」
「使ったことある?ゴム」
一瞬、何のことか分からなくてぽかんとしていた大輔は、ようやく気がついてぼっと顔から火を噴いた。
「え、ちょ」
大輔は実物を見るのは初めてだった。狼狽して言葉が出ない。
手渡そうとする太一から、大輔はものすごいスピードで離れた。
「いらね?」
「い、いりませんっっ!」
「なんで」
「チョコとカンケーないじゃん!」
「だから、これチョコ味なんだぞー」
「は」
「え、味付きなんですか?そんなのあるんだ」
手を出さない大輔に代わり、タケルの方が興味津津とばかりに太一から避妊具を受けとった。
「…何でお前そんな冷静?」
一人で焦っていた大輔は妙に悔しくなって、しげしげとそれを眺めているタケルを睨みつけた。
「て云うか、ソレに味を付ける必要性ないだろ…」
ぽそりと小声でつぶやいたのに、タケルは聞き逃さない。
「大輔君って、今時、古風なタイプだよね」
むかっとした大輔がタケルに怒鳴ろうとしたとき、絶妙のタイミングで太一がまぁまぁと間に入った。
「一個くらい持っときゃいいじゃん?いつか必要になるんだし」
えらく簡単に太一が云うので、大輔の方が困惑してしまう。
「って、太一さん…俺らまだ、そ、そんな関係じゃないし、ていうか、自分の妹が相手なのに、いいんですかっ」
「何云ってんだ、お前ー」
太一は笑いながら、大輔のぼさぼさの髪をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
それをされると、大輔は主人に忠実な飼い犬のようにへにゃりと力が抜けてしまう。
幼いころから太一が大輔にしてくれる、ごく自然な行動。大輔は太一に頭を撫でてもらうのが好きだ。
こんな歳になっても、親にされたらこっ恥ずかしくて反抗しそうなことでも、太一にされると嬉しい。
「俺は、大輔だから云ってるんだぞ?ヒカリの選んだ相手が大輔だから、云えるんじゃないか」
「……」
それ、録音してエンドレスリピートで聞きたいくらい嬉しい言葉なんですけど…。
太一の笑う顔がとても優しくて、大輔は、なぜだかとても切ない気持になった。
でも…と踏ん切りがつかずに大輔が項垂れてると、めんどくさいなぁと痺れを切らしたタケルは、手にしていた避妊具を自分のポケットに突っ込んだ。
「太一さん、大輔君いらないみたいだから、これ、僕に下さい」
「ん?別にいいけど」
それを素直に受け取るタケルに大輔はぎょっとした。
「何でお前が要るんだよ!彼女いねーくせに」
そう云うと、なぜだかタケルに物凄い形相で睨まれて、大輔は蛇に睨まれた蛙のように小さくなってしまった。
「僕は大輔君の性行為なんて全ッ然興味無いから別にどーでもいーけどさ、いつかそのつもりがあるんだったら、一回くらいは練習しといたほうがいいんじゃない?いざその時になって着けるのに手間取ったりしてたら、めっちゃカッコ悪いよ」
「……」
普段の声音とはまったく異なる低い声で一気にまくし立てられて、大輔は何も云い返せずに固まってしまう。
目で人を殺せそうなほど怖い顔をしていたタケルだったがそんな大輔の様子に満足したようで、次の瞬間には満面の笑みを浮かべると、じゃーねと軽く手を振ってさっさと歩いて行ってしまった。
「ま、お前はお前のペースでいればいいんだよ」
ヒカリだって分かってくれてるんだから、と太一は笑うと、今度は手に提げていたコンビニの袋から、シンプルなパッケージの小さな箱を取り出した。
そして放心状態の大輔の手を取ると、ぽんと大輔の手に箱を乗せた。
「お前、さっき買い難そうにしてたから、代わりに買ってやったぞ」
それは先ほどのバレンタインコーナーに置いてあった、ごく普通のチョコレートだった。
「今のお前らには、これが丁度いいんだな」
太一の口調は、呆れているでもなく、馬鹿にしているのでもない。とても優しかった。
男前な笑顔を見せた太一は、ハッピーバレンタイン!とカッコよく片手を上げて、大輔を置いて帰って行った。
一人取り残された大輔は、チョコ味のゴム…、貰っとくべきだったかなぁと、今になって後悔したのだった。
ユーレックサイト (見通す心)
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これは大ヒカと云うより太大かもしれない (^0^)
私の中では八神兄妹×大輔これ最強。
そしてタケルは大輔が知らない秘密を持っている(笑)
- 2009/02/13 (金)
- 大ヒカパラレル