作品
モスアゲート 2
2007年7月21日 高校1年生
2.
「おー大輔、いらっさい」
「ちわーす。お邪魔します」
大輔が八神家の玄関を開けると既に大学が夏季休暇に入っている太一がリビングでくつろいでいた。
「あれ、おばさんは?」
専業主婦のヒカリの母親はいつも家にいるのだが今日は姿が見えないので大輔は首を傾げる。
「親父と母さん今日一泊旅行行ってんだよ」
冷蔵庫からコーラを出しながら太一が云う。
「そうなんすか。でも家の人お留守なのに俺泊まって良かったんですか?」
「いーのいーのそのために呼んだんだから。母さんがいないと寂しいってヒカリが云うからさぁ。一人でも多い方が安心するだろ」
「私そんなこと云ってないよ、いい加減なウソつかないでよ」
先に帰宅して着替えを済ませていたヒカリが奥の部屋から出てきてうざったそうに話す。
Tシャツに短パンというラフな姿に大輔はくらくらするが自分は身内同然だと思われてるようで甘いドキドキ感がないのが少し寂しい。
だが大輔は自宅にいる時のヒカリが好きだった。
学校や外でのヒカリはいかにも清楚なお嬢さんといった雰囲気であるが自宅に帰ると勝ち気で言葉遣いも荒っぽくなる。
上手の太一と対等にやり合うにはそれだけの図太さが必要なのであろうが、それは家族と大輔にしか見せないヒカリの本来の姿であって大輔はそんなヒカリを見られる自分の立場に優越感を覚えたりするのだった。
◇
久しぶりに太一特製のオムライスを御馳走になって食後はテレビゲームに興じたり楽しい時間を過ごしていたが、夜の10時になったころに太一が立ち上がってコンビニ行ってくる、と云った。
「え、今からですか?」
「何か急にアイス食いたくなった」
「じゃー俺が買いに行きますよ」
「いんや、自分で選びたいからいーよ。お前ら休んでろよ」
「じゃあ俺も一緒に…」
「ヒカリ一人残すわけにいかねぇだろうが。いいから留守番しててくれよ」
云いながら太一は財布とケータイをジーンズのポケットに突っ込んだ。
大輔はちょっと焦った。八神の家に泊まることは日常茶飯事だったけどヒカリと二人きりになることなんて今までなかった。ましてやこんな夜遅くに。
「リクエストある?」
「いや、俺は…」
「私、ハーゲンダッツのビターキャラメル」
どもる大輔を横目にテレビのリモコンを弄りながらヒカリがわざわざ高価なアイスを指定する。
太一は苦い顔をしながらもちょっくら行ってくるわ、と片手を挙げて出かけて行った。
太一がいなくなると家の中が静かになった。
テレビの音だけの世界に、大輔は息が詰まった。
「…この時間帯にコンビニ行くのはエッチな本買うためよ…」
「は?」
「毎月20日が発売日だもの…」
ヒカリは顔をテレビの方に向けたまま全く詰らなさそうに云った。
太一さーん、バレバレっすよー…大輔が返答に困って天井を見上げているとヒカリはテレビから目を離さずにチャンネルを替えながら云った。
「大輔君も好きだよねぇ、今日学校で読んでたでしょ…」
気付いてたんかいっ!!
「そんなに胸の大きな子が好きなの?」
「いや好きというか嫌いではないのだけど…写真で見るのは好きだけど実際傍で見たりするなら小さくてもいいというか…」
「…ほぉぉ…」
ヒカリは変な声で相槌を打った。
暗にヒカリの胸が小さいことをフォローしてしまったような言い回しになったことに気づき大輔は慌てて取り繕う。
ヒカリは遂にテレビの電源を切ってしまった。
途端襲う静寂の空間。
「…ヒカリちゃん怒ってる?」
「怒ってないよ」
「本当に?」
「怒ってないよ」
「本当に?」
「怒ってないよ」
「…キスしてもいいですか?」
何でそこで敬語なんだよ…大輔は流れるように口にしてしまった言葉の重大さよりもまずそこに心の中で自分にツッコミを入れた。
ヒカリはようやくテレビから目を離して大輔の方を向いた。
大輔はごくりと唾を飲み込んだ。
ヒカリの方に身体を寄せるとヒカリの肩がびくっと震えたので大輔は思わず怯んでしまう。
ヒカリは泣き出しそうになりながら小声で「お兄ちゃんが…帰ってくるから…」とつぶやいた。
それを拒否の言葉と受け取った大輔はごめん、と云ってヒカリから離れようとしたがヒカリの右手が大輔のシャツの裾を掴んで引っ張ってくるのでどうしていいか分からない。
ヒカリはふるふると首を振って違う、そうじゃないと意思を示した。
「…お兄ちゃんが帰ってくるから、早く…、」
はやく、して。
声がなく口元だけそう動かしたヒカリに、大輔の頭の中が大噴火した。
◇
コンビニのレジ袋を揺らしながら帰ってきた太一は、エレベーターから出てきた大輔と鉢合わせした。
「大輔?何してんだ?」
「…今日はもう帰ります」
「帰んの?」
「帰ります」
「何で?」
「…このままヒカリちゃんのそばにいたら、自分がどうなっちまうかわかんねーから」
「…ふーん…」
太一は細目で大輔を見るとじゃあこれやるよ、とレジ袋から棒アイスを一つ取り出して大輔に差し出した。
「溶けないうちに食いねぇ」
「…いただきます」
「気をつけて帰れよー」
「……お邪魔しました」
大輔に手を振って太一はエレベーターに乗って行った。
大輔は手渡されたアイスに目をやった。今の大輔の心境とはとてつもなくかけ離れた、ガリガリ君を見て大輔は心の底から脱力した。
「……」
大輔はパッケージを破るとアイスを取り出してぱくついた。
冷たい氷の食感が熱く火照っていた身体と舌を潤してくれた。
ガリガリ君に癒される日が来ようとは…しかし大輔はヒカリとの距離が一歩前進したことに胸が躍って、柄にもなくスキップなどして夜の道を歩いたのだった。
モスアゲート(はぐくむ愛)
END
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太一さんはエロ本買いに行ったわけではないです。
単純にアイス食べたくなっただけなんです。とばっちり…。
大輔とヒカリに気を利かせて出かけたということでもないです、ちょっとはその気もあったかもしれないけど。
勢いだけで中身がないのでツッコミご勘弁。
大輔がヒカリを好きでヒカリが大輔を好きという基本的なことを書きたいだけの話です…青春ってイイよねっていう…(笑)
- 2008/08/13 (水)
- 大ヒカパラレル