作品
モスアゲート 1
2007年7月21日 高校1年生
1.
「彼女いるのにエロ本読んでるのってむなしくない?」
後ろの席のタケルに声を掛けられた。机にもたれて漫画雑誌を眺めていた大輔は面倒くさそうに顔をあげる。
「エロ本じゃねーよグラビアだよ…それに彼女いるのとエロ本は関係ねぇだろ…」
「知らないよ僕彼女いないし…」
「知るかようるせぇな」
大輔が物凄い形相でタケルを睨みつけるが長い付き合いである(一応)友人は涼しい顔で自分の席に着いた。
夏休み前の学校は連日の猛暑の為に教室の空気も重苦しい。
休み時間であるにもかかわらず生徒たちはぐったりとしていてだらだらと無駄話などしながら時間を潰しているのだった。
「なになに?大輔君とヒカリちゃんってまだキスもしてないの?」
昔からタケルは大輔の神経を逆撫でして弄ることを楽しみとしているのだ…もう高校生にもなったら短気な大輔でもそれくらい分かる、だから図星をつかれても昔のように喰ってかかったりしない。
大体なんでこいつと小5からこっちずっと同じクラスなんだよ…望んでもいない腐れ縁に大輔はため息をついた。
「もう付き合って半年になるのに進展ないんだね」
「おれたちは…なんか、そーいうんじゃねぇんだよ」
ヒカリちゃんがずっと好きだった。
想い続けた気持にヒカリが答えを返してくれたことを大輔はとても喜んだけれど…
「ヒカリちゃんのことは好きだけどさ、キスとかそういうのがしたいってのとはまた別の次元の話でさ…」
案外喰いついてきたな、とタケルはちょっとだけ意外だったが(一応)友人が自身の恋愛観を語りだすことなど滅多にないことなので付き合ってあげることにする。
「案外プラトニックなんだね大輔君は…」
エロ本好きなくせに…とタケルは大輔の手元にある開かれた雑誌の、水着姿の女性の写真を眺めながら云った。
だからエロ本じゃないし、つーかお前だってそう云いながらちゃっかり見てんじゃねぇかよ…大輔は苛立って勢いよく雑誌を閉じた。
「大輔君はヒカリちゃんを大事にしすぎじゃない?ヒカリちゃんのほうだって大輔君とそういうことしたいって思ってるかもしれないじゃん」
「そんなん…想像つかねーよ。ヒカリちゃんがそんなこと考えるなんて――」
大輔はヒカリを少々神聖視しすぎているとタケルは思う。
「でも今の大輔君とヒカリちゃんがそういう仲にならなかったとしてもヒカリちゃんがいつか他の誰かとそーゆーことをする日が来てその時になって後悔するよりは自分が先にって思わない?」
「それは、すごーーーく危険な考え方だぞ、タケル」
「ファンだった清純派女優が電撃できちゃった婚したときのショックに近い気がする」
「お前何言ってんのかわかんねぇ、つーか彼女いない奴の妄想は現実味がねぇんだよ」
どうでもいいんだよ、と云ってタケルはもう大輔のことなどお構いなしといった風に次の授業の準備に取り掛かった。
結局はタケルの暇つぶしに付き合わされた上に非常にデリケートな部分を突かれた気分で大輔はものすごく不快だった。
閉じていた雑誌を再び開いてパラパラとページを捲る。
カラーページのグラビア写真の中には、普段の生活では絶対にやらないような無意味なポーズをとった豊満なバストの女性が写っている。
こういう分かりやすい身体の、自分とは無関係の女には健全な男子高校生レベルの妄想力が掻きたてられるのに、如何してそばにいて触れることのできる距離にいるヒカリには目を逸らしてしまうのだろう?
――ヒカリちゃんだって大輔君とそういうことしたいと思ってるかもしれないじゃん。
ありえねぇと大輔は思う。
第一勢いで迫って拒絶されたら大輔はきっと一生立ち直れない。
(それに俺臭いしさぁ…ぜってー嫌がられる。毎日ちゃんと風呂入ってんのになんでこんなに汗臭いんだよ俺…)
ヒカリちゃんはいつもあんなにいい匂いがするのになぁ…とぼんやり考えて大輔は思考があらぬ方向へ移ってしまったことにヤバイヤバイと首を振る。
再び水着のおねえさんを眺めながら大輔は雑誌を持ち上げて写真の人物の腰回りを下から覗き込もうと馬鹿な真似を試みる。
「あー、見えそうで見えねぇ…」
「何が?」
「!!!」
ガタガタガタンッ!!!
ものすごい音をたてて大輔は椅子ごと引っくり返った。教室中の生徒の視線が一気に集中した。
「本宮うるせーよ」
「驚かさないでよ、もー」
クラスメイト達の非難を一身に受けて大輔は肩身の狭い思いをする。
後ろの席ではタケルが大爆笑していた。
「大丈夫、大輔君?」
タケルを締めあげたい衝動に駆られながらも今の大輔には目の前の人物の方が大事だったから慌てて立ち上がってなんでもないと云う。
「ごめんね、ビックリさせちゃった?」
夏服の白いブラウスがまぶしい少女は隣のクラスにいるはずのヒカリだった。
ヒカリとは中学高校とも一度も同じクラスになれなかった。
同じクラスになるわずかな可能性を全部タケルが吸い取ってしまったように思えて大輔は本気でタケルを逆恨みしたことがある。
「大丈夫大丈夫…オレ頑丈だから。それよりどうしたのヒカリちゃん?」
手にしていた雑誌を慌てて机の中に捻じ込みながら大輔はひきつった笑顔をヒカリに向けた。
「お兄ちゃんからメールあって…今日大輔君うちに泊まりに来いよって…学校から直家に来いって云うもんだから」
「あーオレはいーけどいつもお邪魔して迷惑じゃないかなー」
「うちはぜんぜん構わないんだけどいつもお兄ちゃんに付き合わされて大輔君に悪いような気がして」
「あ、気にしないで。おれも太一さんに遊んでもらうの楽しいから」
ヒカリはほっとしたような顔を見せた。
ああ可愛いんだ、その顔が。
よく考えると普通は彼女の家に遊びに行くとかってすごくドキドキしたりするものだろうけど大輔の場合彼女の兄の太一とも親交があって幼いころから八神家に泊まりに行くのが日常化していたものだからそれが尚更ヒカリとの仲が幼馴染の域を越えられない要因の一つになっているような気もしたのだった。
- 2008/08/12 (火)
- 大ヒカパラレル