作品
ブルー・アンバー
2007年5月25日 高校1年生
◇
高校生になって初めての定期テストが終わった。
大輔とヒカリは並んで帰宅の道を歩いていた。
中間テスト週間で部活動は休み。サッカーに情熱を注いでいる大輔にとってテスト週間は苦痛のようだが、遅い時間まで練習している大輔の部活が忙しいために帰宅時間が合わない二人が一緒に帰られるのが、ヒカリは純粋に嬉しかった。
幼いころからずっと、密かな思いを抱きつづけてきた幼馴染みと、高校に入学して晴れて恋人同士になれた。
思いがけず大輔に告白されて、心の準備を全くしていなかったヒカリはかなり戸惑い、恥ずかしさで動揺してしまったが、真摯な大輔の気持ちが嬉しく、感激すら覚えて、益々彼の事が好きになってしまった。
小中学生の頃にも二人で一緒に帰ることはあった。だけど、お互いの関係が違うものになってからの二人きりの時間は、まったく異なる雰囲気を感じた。大輔もそう感じているのだろうか。
「古典のテスト、どうだった?」
それだというのに、ヒカリの口から発せられた言葉は、普段と変わらない口調の、まったく甘くない世間話だった。
素直でない自分に少々、呆れた。
「あぁ…オレ、全然だめ。て云うか、どの教科もあんま…」
「でも大輔君、英語はすごく成績いいよね。羨ましい」
ヒカリはにこにこと笑った。とても機嫌が良かった。
大輔と一緒にいるだけで幸せなのだ。
ヒカリの顔を見た大輔は、一寸視線をそらしてから、再びヒカリの方に顔を向けた。
明後日の方を見る視線にヒカリが顔を傾げていると、大輔は大きなショルダーバッグを肩に掛け直して、照れながら云った。
「あ。あの…ヒカリちゃん。明日、なんか予定ある?」
あすは土曜日。学校は休日だ。
「予定?ううん。別に何も無いけど…」
「俺来週からまた部活で時間取れなくなるし…、もしよかったら、一緒にどこか遊びに…行かないかな」
「え」
ヒカリはぱっと目を開いて大輔の顔を見る。顔がみるみる赤く染まっていく。
両想いになって、あっという間に時間が過ぎても、まだデートの一つも出来ないでいたのだ。
大輔がちろりとヒカリの顔をのぞくと、顔を赤らめたヒカリは小さく微笑んでうん、と頷いた。
大輔が小声でよっしゃ、と云いながら小さくガッツポーズをしてのを見てヒカリも吹き出した。どこまでも純真な大輔が可愛い。
嬉しさのあまりスキップしたい気持ちになっていると、背後から二人の甘い雰囲気を吹き飛ばすような強い風が襲ってきた。
「だっいっすーけぇ!!!」
突然、ものすごい勢いで後ろから誰かが突進してきたかと思うと、大輔の肩にどすんと覆いかぶさってきた。
「っ、ぐ!」
予期しなかった衝撃に、呻き声をあげて大輔はよろめいた。何とか体勢を整えて、身体が転がるのを堪えた。
「な、なんだぁッ…!?」
「うははは。隙作ってんじゃないぞぅ。人生常に周囲の敵に身構えておかないとならんのだ!」
ヒカリは呆気にとられていた。
大輔に抱きついているのは、ストレートのロングヘアをなびかせ、シャープな黒縁の眼鏡を掛けた背の高い少女だった。
ヒカリと同じ制服に、クリーム色のニットのベストを着用していた。同じ高校に通う女生徒のようだった。
「み、みやこ!」
大輔が驚いたように少女の名を呼んだ。
ヒカリはぴくりと心臓が揺れた。
大輔が、ヒカリ以外の女子を下の名で呼ぶことはめったになかった。
しかも、呼び捨てで。
ヒカリの知らない人だった。大輔とは名前で呼び合うほど親しい関係なのだろうか。いやに馴れ馴れしいなと思った。
そう考えていると、何だか胃がむかむかしてきた。
みやこと呼ばれた少女は、隙だらけだったぞぅ大輔ぇ、とハイテンションに笑いながら、大輔の身体をぐっぐっと揺さぶりながら抱き締めていた。
その度にみやこの胸が大輔の背中に押しつけられて、その密着具合にヒカリの目はつり上がる。
――巨乳。
ヒカリのこめかみのあたりの血管が、僅かに浮き上がった。
自分の胸にコンプレックスを持っているヒカリにとって、女性の胸の大きさには否が応でも敏感に反応しまう。
盛り上がっているみやこのバストは、ヒカリの倍以上はあるような見事な大きさだった。
ヒカリの状態の変化に気付かない大輔は、ぴったりくっ付いてくるみやこを何とかして自分から離そうと、みやこの額をぐいぐい押しあげる。
「はーなーれーろっ!」
「いててて。こらこら。痛いじゃないか。眼鏡壊れる。ん?」
そこでみやこは漸く、隣で固まっているヒカリの存在に気づいたようだ。
一発触発の気分でヒカリがぐっと身構えると、みやこはヒカリの予想をはるかに上回る行動をとった。
「うっわぁぁ、チョー可愛い!!」
「は、い?」
「ぐわっ」
みやこは大輔をドンっと突き飛ばすと、ヒカリめがけてダイブしてきたのだ。
そして大輔にしたように、今度はヒカリをぎゅうと抱き締めた。
そうかと思うと、事もあろうか右手を突き出しヒカリの左胸を揉んできた。
驚いたヒカリはひゃっと小さく悲鳴を上げた。
大輔はうわぁと動揺してヒカリに当てられたみやこの手首を掴む。
「こら、みやこてめぇ!ヒカリちゃんから離れろ!」
俺だってまだ触った事ないのに――と小声で叫んだ大輔の声に、状況を把握できないままヒカリは赤面する。
大輔がみやこの手をヒカリの胸から引き離すと、みやこは残念そうに肩をすくめた。
それから何が楽しいのか、軽く上下に身体を揺らした。
「うぅん、めっちゃ可愛い娘だなぁ。理想的なサイズ。超タイプだ。大輔のカノジョ?」
みやこはにやにやと笑った。
「そうだよ、俺の彼女だよッ!わかったらヒカリちゃんから離れろ、このヘンタイ」
「ああ酷いなぁ。差別発言だ。私は穢れのない百合ッ子なんだよぅ」
みやこはヒカリから離れて、わざとらしくぷぅっと頬を膨らませながらよく解らないことを云った。
百合って如何いう意味だろう、とヒカリは頭の中で植物の百合の花を思い浮かべて頭を捻ったが、言葉の持つ意味が理解できなかった。
穢れまくりだろうと云って、大輔はヒカリの肩を抱いてみやこから遠ざけた。
ヒカリを守ろうとした大輔の行動だったが、それがあまりにも自然すぎてヒカリはどきりとした。
「ヒカリちゃんって云うの?」
話しかけられ、ヒカリはおろおろしつつ八神ヒカリですと答えた。
「私、井ノ上京。京都の京で、みやこね。サッカー部のマネやってる二年生。よろしく」
マネージャーなのか、とヒカリは漸く正体不明だった少女の素性を知った。
というか、年上なのか。
右手を差しのべられて、警戒しながらもおずおずと握手した。
京の背が高いため、覗き込んでくる顔を上目遣いに見つめる体勢になってしまう。
「ああ、その怯えた表情がたまんないなぁ。まるで小鹿ちゃんのようだ」
「キモイこと云うな。早く手ぇ離せよ」
大輔はイライラしながら京の手をはたく。京は細目になって身体を小刻みに揺すっている。
「いいなぁいいなぁ。青春だなぁ。なになに、大輔、もうヒカリンとエッチしたの?」
「え、ええっ?」
「あーもーみやこ!お前何もしゃべんなっ!そんなこと、お前にカンケーないだろうが。つうか、初対面の相手を気安く呼ぶなよ」
真っ赤になって慌てまくる大輔とヒカリを見比べて、京はふぅんと面白そうに含み笑いをした。
京が身体を揺するたび、豊満なバストが上下に揺れるのが、ヒカリは異様に気になった。
「ヒカリちゃん、野球好き?」
「は、はい?」
京の胸ばかり気にしていたヒカリは、唐突すぎる話題転換に、頭が付いていかない。
「えと、その、野球はちょっと…」
「そっかぁ。それは残念だ。来週の千葉マリンのホークス戦、一緒に行ってくれる人探してるんだよねぇ。仕方ない、一人スタジアム観戦決行だ」
「ホークスが好きなんですか?」
野球には興味のないヒカリだが、チーム名くらいは把握している。
「好き好き。好きだよぅ。チームの顔面偏差値、めっさ高いんだもん」
「がん、めん…?」
「ムネリンちょー可愛いじゃん」
「むねりん?」
「ああ、分かんないかぁ。うん、知らないかぁ。それは仕方ないよね」
京はうんうんと頷いた。同じ日本語を話しているはずなのに、会話が一方通行のような気がした。
「おぉっと、もうすぐバスが来ちゃう。私、バス通学なのね。これ逃したら次の便30分後。ああ大輔、再来週の練習試合のミーティング、明日の一時半からやるからさ、部室に緊急集合。遅れんなよ」
ずり落ちていたキットソンのトートバッグを肩に掛け直して、京はくるりと身をひるがえした。
「ヒカリちゃん、また今度ゆーっくりお話ししようね。今度は大輔抜きでさぁ。じゃーにぃ」
どうやら最後の言葉は別れのあいさつらしい。京はヒカリに向かって大きく手を振りながら、早足で走って云った。
◇
台風が過ぎ去ったあとのような静けさが襲い、しばらく二人はぽかんとして京の後ろ後を眺めていた。
ヒカリが何度か瞬きしていると、大輔がはぁーーーっと深い溜息をついた。
「…それ伝えに来ただけなら、先にさっさと云えよなぁ…」
それからちらりと隣のヒカリに目をやると、ごめんなと謝った。
「驚かせちゃったな。なんか、いっつもあんなノリの先輩でさ…」
「先輩って感じの雰囲気じゃなかった。タメ口だったし…名前、呼び捨てで呼ぶんだね」
小さく口をとがらせるヒカリに、大輔はぎょっとする。
「部の奴らみんながそういう口調で接してるんだよ。一年にも呼び捨て強要するし…てか、ヒカリちゃん、ヘンな誤解してないか?」
「誤解って何よ」
「だから、その…俺はあいつの事、なんとも思ってないんだからな。誓って。絶対」
「その割には、背中に巨乳押しつけられて、嬉しそうにしてた」
「はぁぁー?なんだよそれ、もぅ…」
大輔は頭を振った。ヒカリはつんと首を横に背けた。
初めて、大輔がヒカリ以外の女の子に親しげにしていたのを見た。
ロングヘアで眼鏡で巨乳、自分とは正反対の要素を持った京。
京に対して、ヒカリにはしないような態度と言葉遣いで接した大輔。
京に嫉妬したわけではない。ヒカリの知らない、大輔の世界にある人間関係を垣間見たヒカリは、自分の知らない大輔に嫉妬したのだ。
「変人なんだよ。あの人。野球好きのくせにサッカー部のマネしてるし」
「それは別に――その人の自由なんじゃない?」
ぷっとヒカリは吹き出した。軽く嫉妬はした帰れど、そんなに怒ってるわけじゃない。むしろ京に対しては、第一印象の不快感はすでに消えていて、不思議な好感を覚えていた。
ヒカリの周りの友人たちは、皆どちらかと云うとおとなしいタイプが多くて、京のようにざっくばらんに話しかけてきてくれる人は少なかった。
「とにかく…俺は、ヒカリちゃん以外の女の子に興味なんてないからな」
突然、真面目な顔になった大輔にストレートな言葉を投げかけられて、ヒカリは息を呑みこんだ。
大輔の真剣な表情に――ヒカリは、弱い。
「うん。わかった」
「良かった」
ほっとした表情を浮かべた大輔は、すぐにいつもの雰囲気に戻る。
「さて…邪魔者が入って話が止まってたけど、どこに遊びに行く?」
「へ?大輔君、明日の午後はミーティングだって、さっき京さんが云ってなかったっけ?」
「あ――」
二人とも目をぱちくりとさせて無言になった。
ああー…と大輔は落胆の声を大して、頭を掻いた。
「ワリぃ、ヒカリちゃん…」
「いいよ」
大輔が心底がっかりしているので、ヒカリの方が済まないような気持ちになった。
「再来週、試合なんでしょ?」
「あぁ。田町戦…」
「応援に行くよ」
「でも…俺まだレギュラーじゃないし。補欠枠は貰えたけど、試合に出られるかわかんねぇよ」
「だからだよ」
ヒカリは上目遣いで大輔を見つめる。大輔は首を傾げた。
「え?」
「大輔君はそのうち、絶対レギュラーになれるもの。そうしたら、みんなが大輔君を応援しちゃう。だけど今はまだ――」
ヒカリは頬を染めた。
「今はまだ、ベンチで選手を応援してる大輔君を応援するのは、私だけだもの。そういうのって」
――ちょっと、優越感。
そう云ってにこりと笑うヒカリに、大輔は耳まで真っ赤になる。
それから上を向いて、困ったように頭を掻いて、照れながらヒカリの手を取ると、緩く握った。
大輔の掌のぬくもりがヒカリにも伝わって、ヒカリは熱を帯びたため息をついた。
ブルー・アンバー (静かに燃える恋心)
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京さん初登場。キャラが原形をとどめていなくて済みません!
京さんの巨乳設定は、某ダイヒカスキーさまの萌え語りに触発されました。
- 2009/09/20 (日)
- 大ヒカパラレル