作品
アイドクレース 1
2007年5月6日 高校1年生
1.
高校に入学して1ヶ月が過ぎた。今日の最後の授業は体育だった。授業終了後、片づけ当番班だった大輔は、同じ班の男子生徒から突然声を掛けられた。
「本宮って、A組の八神サンと付き合ってんの?」
「…え?」
「だって、おまえらいつも仲良さげに話してっじゃん」
舌足らずの口調で、興味深そうに話しかけてくる姿は、大輔を不快にさせるものだった。大輔はこのクラスメイトを快く思っていない。
常に発情期のオス猫のように女子の値踏みばかりしている。
高校に入学したての頃、女の子にモテたいと云う不純な動機でサッカー部に入部してきたが、練習の厳しさに耐えられず1週間で退部したような軽い男だ。
大輔とヒカリは同じクラスではなかったが、学校で顔が合えば親しく会話を交わしている。
男子生徒は、大輔とヒカリが男女の親密な関係であると勘違いしたらしい。
ヒカリのことは好きだ。勿論女の子として好きだ。
だけど、そういう関係ではない。
「付き合ってるとか――そういうんじゃねーよ。ちっさいころから知ってる幼馴染みだから――」
体育倉庫の鍵を閉め、適当にやり過ごそうとしたが、
「ええ、マジかよ?高校生にもなって、幼馴染みの女とケンゼンなカンケーってやつ?ありえねー」
どうしていちいち、癪に障るような言葉を投げてくるのか。
迷惑であることを態度全体で示していると、小学生の時に同じサッカーチームに所属していた友人が、横から話しかけてくれた。
「A組の八神さんって、確か台場リトルの八神太一先輩の妹だよな。俺は4年の時に入部したから、先輩とあまり話せなかったけど…」
「ああ、うん。そう」
大輔が頷くと、それを聞いた他の男子生徒たちも話の輪に加わってきた。
「えっ、マジで?!去年の高校サッカーで活躍した、台場高校の八神太一?!」
今や<八神太一>の名前は全国区で知られているほどの有名選手になっていた。
「すげーな本宮、八神太一と知り合いってなんで黙ってたんだよ!」
「いや、別に黙ってたわけじゃねぇよ」
「八神先輩、実力はユースに引けを取らないくらいだったのにな。プロのオファーを蹴って大学に進学したって、新聞に報道されてたけど」
太一の進路が気になっていたのか、友人が大輔に問いかけてくる。
「あー、なんか、太一さん、将来は指導者志望だから、体育学部出て、ライセンス取得するのが目標なんだってさ。今は大学サッカーでインカレ目指してる」
「へぇ…八神先輩らしいな」
にこりと友人は笑った。
「しっかし、A組の八神があの八神太一さんの妹だったなんて、知らなかったぜ~」
教室に戻る間、男子生徒の一人がうっとりとした表情で云った。
「すげーなぁ。お兄さんはあんなカッコイイ人だし、妹はチョー可愛いし」
八神兄妹の話題で盛り上がるクラスメイトたちを、大輔は不思議な違和感の中で眺めていた。
太一のすごさは大輔だって知っている。
だけど、太一は今でも昔と変わらない態度で大輔に接してくれている。だからと云って、大輔はそれを自慢したり特別に思っているわけじゃない。
ヒカリに対しても、周囲が見るヒカリと、大輔が見るヒカリの印象は、少し違う。
外では純情可憐タイプで通っているヒカリが、実は頑固で気が強い性格であることを、大輔は知っている。
幼い頃、太一と大喧嘩して、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れたヒカリの顔を、大輔が拭いてやったこともあった。
逆に、自分の幼少期の恥ずかしい思い出もヒカリにたくさん知られている。
そう云う意味では、自分とヒカリは対等の存在だと大輔は思っている。
そのギャップが、大輔が彼らに対して抱く違和感の理由なのだろう。
「ふーん、八神サンの兄ちゃんてそんなすげぇ人なんだ…」
最初に大輔に話しかけた男子が、先ほどまでのニヤつき顔から一変して、詰まらなさそうに話に入ってきた。
「でもなー、そういうの、ちょっとヒかね?」
「"ひく"って?」
瞬時に言葉の持つ意味が理解できず、不愉快な感じがしたので大輔は反射的に聞き返してしまった。
「だってよー、そのお兄様っつーのは偉大なお方で、妹は優等生のおじょーさんタイプだろー?なーんか、重すぎ。オレだったら付き合うの、ちょっと引いちまうなぁ」
(…だったらお前は、"軽い女"とでも付き合っとけよ)
太一とヒカリに対して、理不尽な侮辱を受けられたような気がして、大輔は男子生徒を睨みつけた。
険悪なムードになりそうだと察した同級生たちは、適当な話で区切りをつけて、さっさと教室に入って行った。
気にすんなよ大輔、と、友人がポンと肩を叩いてくれて、大輔はやっと気分を落ち着かせることができた。
- 2009/02/28 (土)
- 大ヒカパラレル