作品
アイドクレース 2
2007年5月6日 高校1年生
2.
心の隅に引っかかったモヤモヤが消えなくて、サッカー部の練習も集中できず、先輩に怒鳴られてばかりだった。
電車で帰宅するため、他の部員たちと別れて一人駅に向かった。
ホームに着いた時、大輔は思わず息をのみ込んだ。
「あ、大輔君」
可愛らしい笑顔を向けて、こちらに手を振ってきたのは八神ヒカリその人だった。
「ヒカリちゃん…」
今日の男子との一件があったばかりで、ヒカリの顔を正面から見られないような気まずさがあった。
「い、今帰り?珍しいね、こんな時間に」
「うん。部活が長引いちゃって。もうすぐ展示発表会があるから、最近ちょっと帰りが遅くて…」
写真部のヒカリは、サッカー部で遅くなる大輔とはめったに帰宅の時間が合わない。一緒に帰るのはもちろん、こうして二人きりで話すのも久しぶりだ。
(ヒカリちゃんて、やっぱ可愛いなぁ…)
同級生たちが騒ぐ気持ちが分かる。
幼いころから傍で見てきた大輔でさえ、ヒカリの顔をずっと見続けていたいと思う。
それなのに電車に乗っている間も、二人で歩いている間も、大輔はまともにヒカリの顔を見ることができなかった。
ふわふわした気分で歩いていると、あっという間にヒカリの住むマンションの前まで着いてしまった。
「ここまででいいよ。送ってくれて有難う」
(ああ、せっかくの貴重な時間を、無駄に過ごしてしまった)
このまま大反省会を家に持ち帰る気分にはなれない。大輔は、マンションに入ろうとしたヒカリを呼びとめた。
「ヒカリちゃん、また遅くなるときは、メールくれよ。遅い時間に女の子一人だと危ないし、俺送ったげるから!」
大輔は少しでもヒカリと一緒にいられる時間を作りたかった。
しかし意気込み過ぎたせいか、ヒカリはぽかんとした表情になっている。
大輔はあわてて手を振った。
「あー、でも、ヒカリちゃん待たせるのも悪いし、時間が合ったときだけでいいんだけどっ!ホラ、どうせ帰り道途中まで一緒だしっ!」
ワタワタしていると、ヒカリはおかしそうにクスッと笑った。
「ありがとう」
ヒカリの頬が少しだけ赤く染まっている。それは大輔の願望がそう見せただけかも知れないけれど。
「…ヒカリちゃん、」
「うん?」
大輔はぐっと拳を握り締める。
今日の男子生徒の一件が、大輔の中でずっと引っかかっていた。
――あいつ、今日は何であんなに執拗に絡んできたのだろう。
もしかすると、かなり前からヒカリに目をつけていて、大輔との関係を探る機会を狙っていたのかもしれない。
太一の存在を明かしたことでヒカリへの興味も失せたようだったが、これから先、他にもたくさんの男たちがヒカリに近づいてくるだろう。
そう考えると胸が締め付けられるような気がした。何だか無性にイライラした。
かと云って、今の自分は単なるヒカリの友人であって、ヒカリの対人関係を、とやかく云えるような立場ではないのだ。
「大輔君?」
大輔の次の言葉を待っていたヒカリは、固まってしまった大輔を困った顔で眺めている。
「ヒカリちゃんて――今、付き合ってる人、いるの」
「えっ?」
突然の質問に、ヒカリは戸惑いを隠せずに目を開いた。確かに唐突過ぎたと、大輔も自分から振っておいて焦ってしまう。
「なんで?」
「気になったから」
「…いないよ。大輔君は、いるの?」
「いない」
「そう…」
「いないけど、好きな人は、いる」
「…ふーん、そうなんだ」
ひゅうっと、二人の間を強い風が吹き抜けた。春の空気はまだ肌寒い。
「その子と、両想いになれると、いいね」
ヒカリが風に捲れかけた制服のスカートをさりげなく手で押さえて、やんわりと云った。
スカートから伸びた白い脚を見ると、大輔はくらくらする。
「ヒカリちゃんは、好きな人、いるの」
「いるよ」
「え」
即答。告白する前に玉砕ですか。笑い話にもならない。
「俺の知ってる人?」
「知ってる人」
「まさか、タケル?!!」
共通の友人の顔が脳裏をかすめて、大輔はぎょっとした。
「違います」
ヒカリは拗ねたように答えた。
ああ、なんだかこのままじゃ埒が明かない…
大輔はぐっと拳に力を込めた。
「ヒカリちゃん!!」
「な、なに?」
大輔の剣幕に押されて、ヒカリも何故か身構えている。
幼稚園の頃二人で遊んだ「たたかいごっこ」のポーズだった。
「ひ、ヒカリちゃんが、おれのこと、嫌いじゃなかったら――」
どうせ玉砕するなら後悔のないように、自分の想いをぶつけてしまえ。
「俺のっ、彼女に、なって下さいッ!」
- 2009/03/02 (月)
- 大ヒカパラレル