異国の地から母国への帰還を前に
   教育研究科長 吉岡博英

 外国人教員研修留学生第23期の皆さん、これから、いよいよ母国に戻られる時となりましたね。一昨年の秋にお会いしてから、瞬く間の1年半であったかと存じますが、如何でしたか?これからは、彼の地で活躍されることを祈念いたしております。
 忘れもしない貴君たちの歓迎会の後の二次会を皆様は憶えていらっしゃいますか?もう四半世紀前の留学生であった若き日の私の思い出のスライドの数々を、真夜中の科長室で、こっそりお見せしましたね。
 私は、そこに写っていた嘗ての共同研究者であるスウェーデン・ルンド大学のアンドレス博士を、昨秋の学会に特別講演者として、つくばの地にお迎えしました。彼と私は、アメリカのNIHの研究プロジェクトの、客員研究員という名の、助っと外人として、それぞれ音声学分野、生理学分野からの参画でした。もともとフランス文学を専攻しながら、音声学に興味を示し、実験音声学を手がけていた彼との出会いは、衝撃的なものでした。こちらの専門領域である生理学の文献を片手に、本質的な問題点を次々と投げかけて来ました。旧来の学問体系での縄張りなどとはおよそ関係なく、事の本質を突く研究が何たるかを毎日議論し、実験に次ぐ実験を繰り返す毎日でした。
 およそ、3年半に亘る米国の大学町ニューへブン・コネチカットでの私の留学生活は、研究者としての自分がもっとも輝いている時でした。ハイウエーで30分ほどの郊外の芝生の庭で大の字になって、青空を見上げながら、「あのJAL機に乗ったら、羽田に帰れるんだけどなあ(当時の東京国際空港は、羽田のみでした)」などと時には里心が付いたこともありました。
 20数年ぶりに、成田空港に、アンドレス君を迎えに行ったら、「ハーイ、アンドレス」「ハーイ、ヒロ」で終わり。あとは、たわいもない四方山話しのしっぱなしで、あっという間の、つくばまでの出迎えドライブでした。同行を頼んだ中国の留学生がいみじくも言いました。「先生、先生、いつもの先生と違う、違う。だいたい、これ、日本人の先生が、外国人のプロフェッサーをお迎えするスタイルじゃないよ。それどころか、先生、大学での先生同士の会話より、よっぽど楽しそうで。なんかとっても親しい関係が、分かるよ、分かるよ」と異文化の彼でも看破してしまいました。
 私にとっての留学体験は、自分の学問においても、人生そのものにおいても、もっとも貴重なもののひとつであった、と今でも確信しています。貴君たちにとっても、この異国で、文化も、言葉も、人種も、そして風景も、空気の匂いまで異なる中で、人間にとって、もっとも普遍的で価値のあるものが何であるかをじっくり考える時間であったと信じています。

*今回修了する教育研究科外国人教員研修留学生諸君とは、入学の時から顔見知りで、一昨年のクリスマスには、タイピンまで頂きました。教育研究科の会議の際には、これからも必ず着けることにしようと思っています。第23期生報告書「序文」より{平成16(2004)年3月}