第48回日本音声言語医学会総会・学術講演会
ご 挨 拶

日本音声言語医学会 会長

筑 波 大 学 教 授

吉 岡 博 英

(は じ め に)

 故北嶋和智会長主催による京都での学会の際に、第48回日本音声言語医学会総会・学術講演会を担当させて頂くことが決定して以来、3年の準備期間を経て、ここに皆様をつくばの地にお迎えすることとなりました。ここに至るまでの理事長はじめ、会員の方々のご支援とご協力に深く感謝申し上げます。
 つくば研究学園都市での開催は、私の前任者であられる内須川洸・筑波大学名誉教授が昭和58年に主催されて以来、2度目のこととなります。当時、私は米国ハスキンス研究所での留学から帰国して間もない頃で、東大病院耳鼻咽喉科の医局長の職にあった時であったと思います。その第28回の学会は、大学構内に出来たばかりの真新しい大学会館が会場でした。田舎のバスに揺られて、原野の先に忽然とあらわれた白亜の建物と、寒々としたバス停脇の荒れた茶褐色の地面に植えられたばかりの小さな街路樹が一本、申し訳なさそうに佇んでいるアンバランスな風景が、ぼんやりと私の記憶の片隅に残っています。
 あれから、ちょうど20年の歳月が経ち、新構想大学として華々しく誕生した筑波大学も、開学満30周年の節目の時を迎えました。国立大学の法人化を目前に控えたこの時に本学会を主宰するに当たってまず考えたことは、研究学園都市「つくば」に相応しい色彩の学会としたい、ということでした。それから、この音声言語医学という新しい学際領域での研究のブレイクスルーのためには、もう一度、関連領域での伝統的な学問体系の中で培われて来た研究手法を再確認しなければならない、という想いでした。このふたつを念頭に置いて、私なりに今回の特別プログラムを企画することと致しました。

(特 別 講 演)

 学会第1日目の午後の総会終了後に、第1会場(2階大ホール)にて開催されます。 いずれも、本学会の学際性という観点から、特にお願いした先生方の講演です。 興味深いカレント・トピックスを拝聴できる絶好の機会と存じます。

・特別講演1
Anders Lofqvist (Lund University Lund Sweden)

 耳鼻咽喉科や言語病理学での教科書では、声帯というと、音源としての役割をまず考えるのが、普通ですが、構音器官としての声帯という観点から、4半世紀に亘って新しいデータを出し続けているのが、レフクビスト博士です。今年も半年間で、すでにアメリカの研究所と母校のルンド大学を7回も往復した、とメールで伝えて来ました。最近では、口唇や舌の動作との協調運動という視点から、喉頭調節、すなわち声帯の制御機構についての理論的な展開を見せています。その薀蓄をゆっくりと拝聴できる機会です。非常に分かり易い英語で話してくれる筈ですが、私が通訳を買って出ますので、フロアとの活発な質疑をお願いいたします。

・特別講演2 板橋秀一教授(筑波大学電子・情報工学系)

 構音検査の単語リストというと、30年近くも前に、この学会で考案されたものが広く流布していると思いますが、その単語なり、音の並びについての頻度といった基礎データが殆ど無いままになっていることを不思議に思っているのは私ばかりではないと思います。服部四郎先生の古典的名著に出てくる音の組み合わせの「空き間,隙き間」の意味の重大さも、私自身ずっと気になっています。この問題に正面から取り組むことこそ、音声データベースの研究に他ならない、と私は考えています。特定の言語に潜む音の濃淡の色合いを解明するという、とてもロマンのある研究であると、同じキャンパスの板橋先生のお仕事に関心を抱いておりました。筑波大学では、仕事柄、管理職としての板橋先生に接することが多いのですが、東大の研究施設に在籍していた頃は、毎回のように、日本音響学会・音声研究会でお会いしていた20数年前の板橋先生のイメージが重なり、今から興奮を覚えています。

・特別講演3 太田信夫教授(筑波大学心理学系)

 およそ、言語活動は記憶の最も複雑な、あるいはひょっとすると、もっともシンプルな記憶のなせる活動なのかも知れません。視覚情報から来る記憶、聴覚情報から入る記憶など、モードの問題も絡んでくるので、ややこしくなるところですが、太田先生の明快な語り口できっとスマートに最先端の研究をお教え頂けると思います。発声・発語の研究の立場からは、この恐るべき正確さで学習されたとしか考えられない構音動作はどのように記憶されるのか、といった視点からお話を伺いたいと思います。筑波大学赴任以来、ずっと学部教育でご一緒させて頂いて来た先生の、本来の研究者としてのお姿を拝見できる絶好の機会と楽しみにしています。

(パネルディスカッション)

 学会第2日目の午前中に第1会場(2階大ホール) にて開催されます。「音声外科治療に関する現時点での総括」を、幅広い視点から伺えると思います。

・パネルディスカッション 牛嶋達次郎客員部長(東京逓信病院耳鼻咽喉科)

 機能外科としての音声外科的治療法(内腔からのアプローチ、枠組みへの取り組みの他に非観血的な治療や声の安静指導等も含めて)は、20世紀末までに一応出揃ったと言えます。これからは、これら手持ちのカードを、どのように、「斬っていくか」が臨床現場での思案のしどころとなっています。患者さんに充分に満足して頂き、こちらも納得できるプロセスを踏むために、連携を密にしなければならないのは手術時の麻酔科医ばかりでなく、STや看護師との共同作業としての音声治療を目指すことが肝要と思われます。牛嶋先生の名司会により、「明日からの臨床現場ですぐに役立つハーモニーのあり方について」が具体的に示されることと確信致しております。

(シンポジウム)

 学会第2日目の午後に第1会場(2階大ホール) にて開催されます。「聴覚に関するもの」1題と「言語に関するもの」1題をお願い致しました。

 ・シンポジウム1 大沼直紀学長(筑波技術短期大学)

 先天性の難聴については、その発見と、その後にどのような療育、治療、教育を如何に組み合わせるかが肝要と考えられます。人工内耳の乳幼児への応用も急速に進み、選択肢が増えましたが、どのような病態の時に、どの組み合わせかベストなのか、ということに関しては議論の分かれるところと思います。是非、フロアから耳鼻咽喉科の先生方も加わって、それぞれの拠って立つところを踏まえつつ、ホットな議論が展開されることを今から期待しています。

 ・シンポジウム2 河村満教授(昭和大学医学部神経内科)

 発語失行は、失語の中でも特殊なタイプであろうと考えますが、未だに決着の付かない側面が色々とあります。私も、耳鼻科医という立場から、どう考えても、発声失行としか言えないような稀有な症例に遭遇した個人的な体験から今回のテーマ設定をさせて頂きました。河村先生の司会の下、新進気鋭の言語聴覚士の先生方を含めたディスカッションが、どのような方向に収斂されるのかを楽しみにしております。

(そ の 他)

 つくばは、万葉の古より詠われた地であり、関東平野にぽつんと突き出た筑波山の麓には、筑波山神社が鎮座しています。かつては、養豚で栄えた田舎の集落に、あの壮絶な大学紛争を経て、高度成長期の日本に降って沸いたように突如として現れた特異な研究学園都市は、国を挙げての壮大な実験場であったことは、誰もが認めることでしょう。私自身、縁もゆかりもない常陸野に赴いて苦節18年、あのタイガーズが日本一になり、日航機が御巣鷹山に墜落した年でした。今回の学会主催が、私の研究者としてのひとつの総括でもあります。
 本学会も、文字通りその屋台骨であった旧東京大学医学部附属音声・言語医学研究施設が実質的に消滅した今年、今後のあり方を真剣に考え直さなければならない時期に来ていると思います。耳鼻咽喉科専門医のサブスペシャリティとして位置付けられた学会、言語聴覚士と医師とのイクオール・パートナーシップに基づいた学会、医学・音響工学・言語心理学・言語学などの既存の伝統的学問体系を背景に持った研究者の集う学際領域の学会、といった色々な顔を持った本学会の特長を、今回は私なりに心を砕いて表現したつもりです。しかし、これからは学会の方向性を何れかに収斂させて、もう少し鮮明に学会員に打ち出すべきではないか、と個人的には考えています。今回のつくばでの開催が、本学会の更なる発展のための議論を開始する契機とならんことを願っております。多数の皆様のご参集を心からお待ち申し上げております。

ここから特別講演の
Lofqvist博士のHP