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【テキスト】アスラン・ザラは気付かない

 

2005.10.5

 

前回までのあらすじ。

約束は守れなかった――ステラは死んだ。

シンは彼女の亡骸をインパルスに乗せて、

廃墟となったベルリンの街から飛び去ると、

誰もいない静かな湖に機体を降り立たせます。

 

「もう何も怖いことなんかない……苦しいこともない……」

 

あの場所に残っていても研究用に解剖されるだけ。

ステラの体をこれ以上傷つけさせるわけにはいかない。

それならいっそ誰にも触れられない場所に――

シンはステラさんの亡骸を湖の底に沈めます。

 

「もう何も、君を怖がらせるものはないから。

誰も、君をいじめに来たりはしないから……」

 

ずっと死の恐怖に怯えていたステラさん。

彼女を死の恐怖から救ったもの――それは死そのもの。

最期は大好きなシンの腕の中で安らかに息を引き取りました。

 

「だから安心して……静かに、ここで、おやすみ……」

 

シンはステラさんに最後の別れの言葉を告げます。

それは「会いに行く」でも「忘れないで」でもなく「おやすみ」

優しくて暖かい世界――そんな世界はなかった。

冷たくなった彼女は暗くて冷たい湖の底に沈んでいきます。

 

「守るって言ったのに……オレが守るって……言ったのに!」

 

君は死なない。オレが守るから――

死の間際までその約束を信じていたステラ。

それなのに自分は彼女を守れなかった!

シンは己の無力さに絶望するように泣き叫びます。

しかし、彼がどんなに自分を苛み、攻め立てても、

その声は誰にも届かず、むなしく湖畔に響くだけでした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

どのくらい時が経ったのでしょう。

泣き疲れたシンはようやく冷静を取り戻すと、

あの場にもう一機のモビルスーツがいたことを思い出します。

そうだ、あいつさえいなければ。あいつがステラを殺した――

 

(……フリーダム!)

 

愛別離苦の末に生まれた感情――それは激しい憎悪。

ゆっくりと顔を上げたシン。その深紅の瞳に宿るのは復讐の炎。

ステラの仇――フリーダムはオレが倒す。

 

「私のザク、直ったかな?」

「えっ、いや……その……」

 

ベルリン近くの基地に停泊中のミネルバ。

艦内をお散歩中のルナマリアさんは、格納庫にやって来ました。

骨折はまだ完治していませんが、次の戦いへ向けて早くも闘志満々。

ヨウランと軽く言葉を交わすと、愛機のザクの元へ向かいます。

 

「どれどれ……」

 

シンにばっかりいい格好させていられない、

これからは私もバンバン敵を撃墜していかないと。

ルナマリアさんは決意も新たに愛機を見上げます。

 

「お〜い、誰かパテ持ってきて!」

「あらら……」

 

がっくりと肩を落とすルナマリアさん。

そろそろ修理も終わった頃かと思っていたのに、

愛するザクは未だに修理の真っ最中。

溶けてしまった雪祭りの雪像状態です。

 

「整備班、修理遅いよ、何やってんの?」

「お前が言うな」

 

もっとテキパキ修理できないのかしら。

整備班の仕事ぶりに不満そうなルナマリアさん。

修理する方も通常の3倍でしてもらいたいものです。

 

「始めるぞ」

「うん」

 

勝手にステラさんの遺体を持ち出したシンですが、

ミネルバに戻っても、特にお咎めはありませんでした。

自室に戻ると、レイと一緒にPCの前で何やら作業を開始。

部屋の電気もつけずに一体何をしているのでしょうか。

この2人に限ってエッチな動画の鑑賞会はないと思いますが。

 

「シン……いいか?」

 

珍しくシンの部屋を訪れたアスラン。

あれだけ気にかけていたステラさんを失っていまい、

部屋で塞ぎこんでいるのではないかと心配しています。

いくら呼んでも返事がないので勝手に入ることにします。

 

「何をやっているんだ?」

「シン、アスランだ」

「ああ……」

 

てっきり塞ぎこんでいるものと思っていましたが、

意外にも、シンはあっけらかんとした様子。

アスランの問いかけを無視してPCの操作を続けます。

 

くそっ!何でこんな!」

「カメラが向いてからの反応が恐ろしく早いな」

「何をやっているんだ?」

 

シンはフリーダムの映像を見ながら、

一心不乱にキーボードを叩いています。

シネマタイピングゲームでもやっているのでしょうか。

 

「スラスターの操作も見事だ。思い通りに機体を振り回している」

「フリーダムのパワーはインパルスより上、それをここまで……」

「何をやっているんだ?」

 

いくら前大戦時の機体とはいえ、

ニュートロンジャマ―キャンセラーを搭載した

フリーダムのパワーはインパルスを凌駕している。

それをここまで操るパイロットは何者なのだろうか。

シンは思案げに口元に指先を置いて唸ります。

 

「何をやっているんだ!?」

 

無視され続けてアスランがキレました。

 

「ねえねえ、教えてよ〜」

「ああ、うるさいなあ、もう!」

 

自分だけ仲間外れにしないでと、

シンの肩をつかんで揺さぶるアスラン。

さすがに鬱陶しくなってきたのか、

無視していたシンも面倒くさそうに答えます。

 

「見ての通り、フリーダムとの戦闘シュミレーションですよ」

「シミュレーションだな、シミュ、ミュな、ミュ、みゅ」

「うるさいなあ……」

 

細かいところにいちいち突っかかってくるアスラン。

シンは目を合わさずに淡々とした口調で説明を続けます。

 

「何故そんなことをしている?」

「強いからです。オレの知る限り、

今、モビルスーツで一番強いのはこいつです」

 

なおもしつこく追求してくるアスラン。

シンは突き放すように短い言葉で答えます。

強いから――それ以上の説明は無用です。

 

「あのデストロイさえ倒したんだ……」

 

――ステラを殺したフリーダム。

シンの脳裏には、あの時の光景が今も鮮明に焼きついています。

 

「それを相手に訓練するのはいいことだと思いますが?

何かあった時、あれを討てる奴がザフトにいないと困るでしょ

 

どうせあなたには討てないんだから。

シンはアスランを見下すように吐き捨てます。

 

「シン!」

「なんですか!」

 

シンの舐めた態度にぶち切れたアスラン。

いきなり怒鳴られたシンもカッとなって言い返します。

 

「チィン!」

「なんですか!」

 

勢いで怒鳴ってはみたものの、

特に怒る理由が見つからないアスラン。

睨み合う両者の間に険悪な空気が漂います。

 

「アスラン、シンの言っていることは間違っていないと思います」

 

今にも殴り合いを始めそうな2人をレイが制止します。

フリーダムが最強のモビルスーツであることは間違いなく、

いくらアスランがかつて共に戦ったものであったとしても、

その思惑がわからない以上、シンの言うことは想定されます。

 

「だが、キラは敵じゃない!」

「あぁん!?

 

それでもキラを擁護するアスラン。

シンは呆れ果てたように声を上げます。

あれだけバラバラにされておいて「敵じゃない」って、

どれだけのハードMなんだお前は。

 

「何故ですか?」

 

アスランにレイがもっともな追求をします。

あなたは盲目的にフリーダムを信用しているようだが、

そこまで強く断言できる根拠は何なのか。

 

「何故ってお前……キラは優しくていい奴だから……」

「意味が分かりません」

 

苦しい回答をするアスラン。

いつもは冷静な思考ができる彼ですが、

議題にキラが絡むと思考停止してしまうようです。

フリーダムのパイロットが誰であるかなどということは、

他人であるシンやレイには全く関係がありませんし、

そもそも優しくていい奴はあんなことしません。

 

「あなただって、あれに墜とされたのでしょう?」

 

ダーダネルスではミネルバを撃ち、

西川さんも巻き添えを食らって墜とされた。

戦闘の判断は司令部が下すこととはいえ、

フリーダムはいつ敵に回ってもおかしくない。

ならば、我々はそれに備えておくべきではないか。

反論の余地のないレイの主張に、アスランも返答に窮します。

 

よろしければアスランにも、そのご経験から

アドバイスをいただければと思いますが?」

 

アスランが何も言い返せないのを見ると、

レイは笑顔を作って皮肉めいた口調で訊きます。

バラバラにされないためにはどうすればいいのか。

是非、経験者の話を聞かせてもらえないだろうか。

 

「いいよレイ、負けの経験なんか参考にならない」

 

すかさずシンが口を挟みます。

彼にとって、もはやアスランはただの負け犬。

そんな奴から得るものなど何もありません。

 

「勝手にしろ!」

「ご苦労様でした」

 

年下の部下から完全に言い負かされ、

アスランは怒って部屋から出て行きます。

その背中は負け犬特有の哀愁に満ちていました。

 

「ったく、これだから男のツンデレは……」

「あっ、アスランさん……」

 

最近のザフトの教育はどうなっているんだ。

アスランが憤然としながら通路を歩いていると、

そこに偶然、メイリンちゃんが通りかかりました。

 

(お姉ちゃん、抜け駆けするけど許してね……)

 

メイリンちゃんはアスランに気付くと、

ふうっと深く息を吐いて何やら決意した表情。

『ルナマリアの妹』ではなく『メイリン・ホーク』として。

アスランに自分のことを憶えてもらうには今しかない。

 

「あっ、あのっ……アスランさん!」

 

アスランさんとお話がしたい!

メイリンちゃんはおろおろしながらも、

勇気を振り絞ってアスランを呼び止めます。

 

「あの……その……えっと……私……」

 

メイリンちゃんはもじもじしながら、

アスランのいた場所に向かって言葉を続けます。

最近なんだか悩んでいらっしゃるようなので、

もし私でよろしかったら何でも相談に乗ります。

 

 「……いない!?」

 

愕然とするメイリンちゃん。

せっかく勇気を振り絞って呼びかけたのに、

すでにアスランの姿はそこにはありませんでした。

彼女に気付かないでスタスタと行ってしまったようです。

 

「まだ、眠っているんですか?」

「ええ、手当ての時には一度目を開けて……」

 

アークエンジェルの医務室。

キラとマリューさんが見つめているのは、

収容されたネオ――この艦においてのムウさん。

しかし奇跡の再会にも、マリューさんは困惑した様子です。

 

「自分は連合軍第81独立機動軍所属、

ネオ・ロアノーク大佐だと名乗ったそうだけれど……」

 

困惑の原因はムウさんが名乗った名前。

それは『ネオ』の名が示す通りの新しい名前でした。

 

「む〜む〜」

この人は、ムウ・ラ・フラガよ……いわば肉体的には

 

しかし検査の結果、ネオを名乗る人物のフィジカルデータは、

艦のデータベースにあったムウさんものと100%一致。

寝言からもムウさんであることは間違いありません。

ただ記憶のみが完全に消え失せてしまっているのです。

 

「どういうことなんだよ?つまり少佐なんだろ」

「記憶を失った場合、失った時と同じ衝撃を与えれば

また記憶が戻ると、何かの本で読んだことがあります」

 

モビルスーツのOSを書き換えるならともかく、

人間の記憶をそんな簡単にいじれるものなのか。

専門外の話題にちんぷんかんぷんのマードックさんに、

キラは自らが考えた革新的な治療法を提案します。

ムウさんには、もう一度ストライクに乗ってもらって、

ローエングリンの直撃を受けてもらうのはどうだろう。

下手をしたら死ぬ可能性が極めて高いけど、

そこは不可能を可能にすることで何とかしてもらおう。

 (49話以前にここの文章を考えたのですが、まさか実際に起こるとは……)

「やれやれ、いつ少佐になったんだ、オレは」

 

さっそく実験を開始しようとした時、

危険を察したムウさんが目を覚ましました。

不満を呟くその声は以前と変わらぬ甘い子安ボイス。

クローンでもないかぎり、ムウさんに間違いありません。

 

「あ……あ……」

「な、なんだよ?」

 

あまりの衝撃にマリューさんは震えが止まりません。

死んだと思っていたムウが再び自分の目の前に現れた。

この2年間堪えていた感情が一気に込み上げてきます。

 

「一目惚れでもした? 美人さん」

 

マリューさんの涙の理由も知らず、

記憶を失っているムウさんはこの一言。

女性に対して軽いところは全く変わっていません。

 

「……………」

 

それがとどめの一言になりました。

マリューさんは泣きながら部屋を飛び出していきます。

 

「ムウさんの鬼!悪魔!女ったらし!

最低!変態!鬼畜!エロビデオの鷹!」

 

そんな言い方はないですよ!

キラは声を荒げてムウさんを罵ります。

フェミニストのキラにとって、女の子を泣かす奴は人類の敵です。

 

「な、なんだよ……」

 

キラに怒鳴られてムウさんも戸惑いの表情を浮かべます。

まさかあんなにウブな反応をするとは思いませんでした。

 

「ううっ……」

 

ムウが生きていた――全ての記憶を失って。

あまりに非情な現実に通路で号泣するマリューさん。

彼女も28歳。今さら韓国ドラマのヒロインになるのは辛すぎます。

 

「マリューさん!」

「どうしたの?」

 

今にも自殺しそうなマリューさんを心配して、

キラとマードックさんが慌てて駆けつけますが、

すでにミリアリアが彼女に声をかけていました。

 

「彼がね、彼がね……」

「うん、わかる、わかるよ」

「ミリアリアに任せましょう……」

「そうだな……」

 

2人の背中を黙って見送るキラとマードックさん。

恋愛に関しての相談は女同士でするのが一番。

若造とオヤジの出る幕はありません。

ミリアリアを連れて来ておいて本当に良かった。

 

「また、いい人見つかるって」

「だって……彼は……彼は……」

「そうだよね……ディアッカとは違うもんね……」

 

泣き崩れるマリューさんをミリアリアは優しく励まします。

ディアッカが記憶をなくして、仮面をかぶって現れたら爆笑ものですが、

マリューさんにとって、ムウさんは恋人であり、戦友であり、先の大戦で、

アークエンジェルの艦長を務めた彼女の全てを支えたかけがえのない存在。

「ふっちゃった♪」の一言で片付けられるような関係ではありません。

 

「こりゃあ、修理って言うより、レストアだって」

「新品持ってきた方が手っ取り早いよ」

 

居場所がなく艦内を徘徊するアスラン。

通りかかった格納庫にあるセイバーの残骸を見て、

キラにやられたという事実を今さらながらに実感します。

 

「あれを討てる奴がザフトにいないと困るでしょ

 

ふいに脳裏に浮かぶのは、先ほどのシンの言葉。

キラ、カガリ、二コル、ラクス、パトリック、西川さんらに続き、

アスランの脳内劇場に、また一人新たな登場人物が追加されました。

 

「……………」

「ア〜ス〜ラン♪」

 

このまま登場人物が増え続けていったら、

自分の頭の中はどうなってしまうのだろう。

そろそろ医者に相談しようかとアスランが悩んでいると、

後ろから自分を呼ぶ声に気付いてハッと我に帰ります。

 

「ルナマリア……」

「どうしたんですか、こんなところで?」

 

声の主はルナマリアさん。

いつまで経ってもアスランの脳裏に浮かんでこない彼女、

心ここにあらずなアスランを心配そうに見つめます。

 

「いや、何でもない……」

(また1人で悩んでる……)

 

そう言って、深く溜め息を吐くアスラン。

その寂しげな横顔は何でもないようには見えません。

いくら空気の読めないルナマリアさんでも、それぐらいはわかります。

 

(シンの奴、一体何をする気だ……)

「シン、またお咎めなしですね」

 

ニュータイプ能力を発動させるルナマリアさん。

まるでアスランの心の中を読んだかのように、

彼の懸念をピタリと言い当ててみせます。

 

「えっ……?」

「まぁ、この間の件でも不問だったんだから、

そんなもんと言えば、そんなもんなんでしょうけど」

 

どうしてオレの考えていることがわかるんだ?

不思議そうな表情を浮かべるアスランの隣で、

ルナマリアさんはいつもの調子で一方的に喋り続けます。

 

「なんかね、あんまりスーパーエースだから、

何やってもOK、みたいになると不満が出ますよね」

「君は不満そうだな……」

 

思わず愚痴をこぼすルナマリアさん。

不真面目でも戦績ゆえに優遇されているシンを見ていると、

真面目にやっている自分がバカらしくなってきます。

彼女だって一生懸命戦っているのです。

ただ攻撃が敵に当たらないだけなんです。

 

「だからオレに艦長に掛け合えと、何とかしろと言いたいのか?」

「ち、違いますよ!」

 

どいつもこいつもオレを何だと思っている。

うんざりしたようにアスランが答えると、

ルナマリアさんは慌てて否定します。

そんなつもりで言ったんじゃありません。

 

「えっ……?」

「私は、アスランにもっと頑張ってもらいたいだけです」

 

思いもよらぬ返答に戸惑うアスラン。

頑張ってもらいたいとはどういうことだろう?

「オレより君が頑張れよ」と言われそうですが、

ルナマリアさんは気にせずに言葉を続けます。

 

「もっと、力を見せてくださいよ!」

 

期待を込めた表情で訴えるルナマリアさん。

シンやレイがアスランをぞんざいに扱っている中、

彼女の瞳だけは射撃を教えてもらった頃と変わらず、

アスランに対する好奇と尊敬の光に満ち溢れています。

 

「力……?」

「そうすればシンだって、もう少し

おとなしく言うことを聞くとも思うんですよね」

 

すっかり増長しているシンの性根を叩き直すには、

アスランがその実力を見せつけてやればいいのでは。

ルナマリアさんはアスランに提案します。

 

「実力を出せば、アスランの方が強いし、

全然カッコいいです!私が保証します!」

 

シンなんか軽く捻っちゃってください。

ルナマリアさんはいたずらっぽい笑みを浮かべて、

アスラン全面支持を約束します。

 

「ルナマリア……」「豚マリア……」

 

ルナマリアさんの意外な言葉に驚くアスラン。

部下に恵まれず人事部に相談しようとしていたが、

こんなに近くに自分を認めてくれている部下がいたなんて。

ただスカートが短いだけの女の子じゃなかったんだ。

 

「アスランは優しすぎます!」

 

ぷうっと頬を膨らませるルナマリアさん。

そんな性格だから変な女に付きまとわれるんだ。

言いたいことがあるなら遠慮せずに言った方がいい。

実際に彼女は遠慮会釈なしに言いたい放題言っています。

 

「……………」

 

それだけ言うと、突然言葉に詰まり、

かぁっと頬を赤らめるルナマリアさん。

言いたいことがあるなら遠慮せずに言った方がいいです。

 

「そ、そういうところも、好きですけど……」

 

――アスランのことが好き。

はにかみながら告白するルナマリアさん。

いつもの男勝りな彼女からは想像できない、

恥じらいと慎ましさに満ちた女の子らしい告白です。

 

「そ、損ですよ!」

 

ごまかすように照れ笑いを浮かべるルナマリアさん。

最初は興味本位からアスランに近づいたのですが、

一緒にいる時間を過ごすうちに興味が恋に変わりました。

――射撃が苦手な私に撃ち方を教えてくれた。

全然効果は無かったけど。

――ディオキアでは一緒の宿舎に泊まった。

朝、アスランの部屋に行ったらラクス様がいたけど。

――ダーダネルスでは偵察任務でこっそり追跡した。

端から見たら完全にストーカーだったけど。

――クレタでは私のピンチに颯爽と駆けつけてくれた。

結局、その後で2人ともやられたけど。

振り返ってみると、好きになった理由が全く分かりませんが、

そんな紆余曲折を経て、アスランのことが好きになりました。

――私の想い、アスランは受け取ってくれるかな。

ルナマリアさんはドキドキしながら返事を待ちます。

 

「損?」

(そこに反応するのぉ!?)

 

ありえない反応に愕然とするルナマリアさん。

アスランが鈍いことは前々から承知していましたが、

まさかこれほどまでとは。こいつは想像以上に手強い。

下着姿で誘っても「暑いのか?」とか言ってきそうです。

 

「ええ、せっかく権限も力もお持ちなんだから、

もっと自分の思った通りにやればいいのにって……」

 

仕方なく元の話題に戻すルナマリアさん。

アスランはもっと自分の欲望に素直になるべきだ。

例えば、部下の女の子と付き合うとか。

軍に所属する女性の制服を全てミニスカートにするとか。

 

「権限……力……」

「ええ、そうでしょう」

 

思い出したように呟くアスラン。

生まれた時からエリートだった彼にとって、

自らの待遇がいかに恵まれているものであるか、

不幸ばかりに目が行ってしまい気付いていないのです。

 

「アスランはフェイスなんですよ。

私たちは何でも言うこと聞きますから」

 

アスランには早く自信を回復してもらいたい。

ルナマリアさんは柔らかな笑みを浮かべて励まします。

 

「なるほど……」

 

考え込んだ表情になるアスラン。

 

「何でも……言うこと……聞きます……」

 

何故かしおらしい声になるルナマリアさん。

上目づかいで潤んだ視線をアスランに向けます。

 

「では、議長、よろしいですか?」

「ああ、頼む。始めよう」

 

ルナマリアさんがアスランを見つめている頃、

プラントでは議長室にテレビカメラが持ち込まれて、

何やら番組の撮影が始まろうとしていました。

 

「プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルです」

「これは……」

 

そして始まるプラントによる電波ジャック。

あらゆるメディアを通して全世界呼びかける議長。

海底のアークエンジェルにも、その放送は流れます。

 

「艦長、デュランダル議長がプラントから緊急メッセージを」

「艦内に流して。各員、可能な限り聞くようにと」

 

当然、ザフト軍艦であるミネルバにもすぐに伝わり、

艦長はメイリンちゃんに艦内に放送を流すように命令します。

 

「むむぅ〜」

 

まだ考え込んでいるアスラン。

 

「めいれい……してください……」

 

アスランの瞳を見つめながら、

言葉を待っているルナマリアさん。

 

「ルナマリア……」

「は、はひっ!」

 

ついに訪れた告白の時。

極度の緊張で固まるルナマリアさん。

できるだけご要望には応えたいと思いますので、

ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします。

 

「こうして未だ戦火の収まらぬ中……」

「な、なにっ!?」

 

突如、艦内に響き渡る議長の声。

思いがけないアクシデントに動揺するルナマリアさん。

 

「これは……」

「デュランダル議長?」

 

突然の放送にアスランは慌てて耳を傾けますが、

ルナマリアさんにとってそんなことは重要ではありません。

それよりも聞きたいのは、アスランの言葉です。

 

「行くぞ、ルナマリア!」

「な、なんでぇ〜!?」

 

仕事熱心のアスラン。ルナマリアさんとの会話を打ち切り、

急いで大型スクリーンのあるレクリエーションルームに向かいます。

こうしてルナマリアさんの告白は、よくわからないまま終了しました。

 

「これは過日、ユーラシア中央から西側地域の都市に向け、

連合の新型巨大兵器が進行した時の様子です」

 

画面に映し出されるのは、地球軍による侵攻の様子。

都市を次々と火の海に変えていくデストロイ。

それはまるで怪獣映画のワンシーンのようです。

 

「なんじゃこりゃ〜!?」

 

突然の放送におもいっきり動揺するジブリール。

このままでは自分たちに民衆の非難が集まるのは必死。

すぐに放送を中止するように訴えますが、

彼の側にいるのは猫だけ。にゃんともなりません。

 

「そこに現れた、我らがインパルス!」

(オレとステラだ……) 

 

映像はベルリンでの戦闘の様子に切り替わります。

巨大なデストロイに勇敢に立ち向かうインパルスは、

さながら民衆を救う正義のヒーローのように見えます。

 

「しかし残念ながら、多くの犠牲を出す結果となりました」

(ぎるだ!)

 

議長のアップに切り替わってレイは大興奮。

この場にいる皆が緊張しながら画面を見つめる中、

彼の頭の中だけは、祭りだワッショイです。

 

「何故こんなことになったのか!」

「あんたのせいだ!」

 

憎々しげに議長を睨みつけるルナマリアさん。

緊急放送をするなら事前に言っておいてほしいものです。

 

「ひどい!ひどいよ!地球軍!」

 

画面では、反地球軍の感情を煽るプロパガンダとして、

無抵抗の住民を虐待する地球軍の兵士の映像が映し出されます。

 

「負けるな!僕らのザフト軍!」

 

一方、プラントの象徴として映し出されるミーア。

民衆がどちらに好印象を抱くかは言うまでもありません。

 

「ジブリール!」

「ジブリール!」

 

だからあれはやり過ぎだと言っただろう。

ロゴスメンバーの追及を受けるジブリール。

弟が友達のDVDを壊したかのように責められます。

 

「ゴーゴー!インパルス!」

 

画面は再びベルリンでの戦闘に切り替わります。

誰が撮影したんだという角度でデストロイに迫るインパルス。

強大な敵に立ち向かうその勇姿に、視聴者は感動を抱きます。

本当はステラさんを説得しようとしていた場面なのですが、

音楽とナレーションで演出すれば何とでもなります。

 

「フリーダムが……いない?」

 

先ほどから抱いていた違和感、

その正体にアスランがようやく気付きました。

一緒に戦っていたはずのフリーダムの存在が、

隠し芸大会のマーシーのように消されていたのです。

フリーダムは放送コードに引っかかるのでしょうか?

確かに、小さな子供が見たらトラウマになりそうです。

 

「我々は手を取り合ってはいけないのですか!?」

 

地球連合のやり方を痛烈に批判する議長。

世界中の人々に強く訴えかける大事な場面なのですが、

カメラマンのミスで机の上のチェス盤が映ってしまい、

この人は仕事中に遊んでいるのかと視聴者に思われます。

 

「あきらめたら、そこで和平終了ですわ」

 

このままではマズイということで、

ディレクターから指示されてミーアが登場します。

彼女は議長を労わるように優しく肩を叩くと、

彼に代わって世界中の人々にメッセージを伝えます。

 

「この度の戦争は、確かに私どもコーディネーターの

一部の者たちの起こした大きな惨劇から始まりました。

それによって生まれた数多の悲劇を、私どもは忘れはしません」

 

今日のミーアは、いつもと違って真面目モード。

議長も思わず横目でチラリと見やるほどの巨乳の前で、

手を合わせて祈るようなポーズを取って語りかけます。

 

「私の胸も、悲しみにはち切れんばかりですわ」

 

全世界に向けての放送――ということはつまり、

宇宙の片隅で身を潜めているエターナルにまで、

ラクスの偽者であるミーアの演説が流れていました。

 

(………まずい)

 

ブリッジを包む重い空気に青ざめる虎。

禍々しいプレッシャーが背後から伝わっており、

振り向いたら石化してしまいそうです。

 

「……………」(コロスコロスコロスコロス)

 

無言のまま画面を睨みつけるラクス。

全身からは身も凍るような殺気が発散されており、

今にもプラントへ向けて主砲を発射させんばかりです。

 

「優しさと光溢れる世界へ帰ろうではありませんか!」

 

ミーアの演説はさらにヒートアップ。

自由の女神に自らの姿をダブらせるという、

「お前は味皇か!」と突っこみたくなるような大袈裟な演出です。

さすがにここまでされると、民衆も引いてしまうのではないでしょうか。

 

「ラクス様、バンザ〜イ!」

 

疑うことを知らないプラントの住人たち。

ミーアの演説に感動の拍手が鳴り止みません。

 

「なのに、どうあってもそれを邪魔しようとする者がいるのです」

「ぎくっ!」

 

ミーアの演説に人々が盛り上がったところで、

すっかり忘れ去られていた議長が再び語りだします。

どこか含みを持たせたような彼の語り口に、

ジブリールは言い知れぬ不安を覚えます。

 

「それも古の昔から、自分たちの利益のために!」

「これって……」

 

何だか話の流れが妙な方向に。

ディオキアで会食した際に議長が仰っていたこと、

まさか全世界中継で言っちゃうのではないだろうか。

 

「軍需産業複合体、死の商人、ロゴス!」

「言っちゃった!」

 

ついに白日の元に晒されるロゴスの存在。

議長の突然の告発に、全世界に衝撃が走ります。

 

「この顔に、ピンと来たら110番!」

 

画面に映し出されるロゴスメンバーの顔写真。

ずらっと並ぶ老人たちの顔の中、一際目立つ若い男の顔。

ブルーコスモスの若き盟主、ジブリールその人です。

 

「ほええええええ!?」

 

ばっちり晒されている。

ジブリールは目の玉が飛び出るほど驚いて、

今にもポコペン言いながら口から卵を吐き出さんばかり。

世界中の人々を敵に回した瞬間、人はこんな表情になります。

 

「ロゴスこそ滅ぼさんと戦うことを、私はここに宣言します!」

 

二度と戦争など起きない平和な世界を実現するため、

世界の真の敵たるロゴスを滅ぼすために戦うと、

議長は世界中の人々に向けて宣言します。

しかし、今の今まで誰も存在すら知らなかったロゴスを、

いきなり敵として示されても、人々は戸惑うのではないでしょうか。

 

「デュランダル!」

「デュランダル!」

「デュランダル!」

「デュランダル!」

 

そうか、ロゴスが悪いのか。

倒すべき敵を示されて団結する人々。

最後は議長を称える声をバックにして放送は終了。

この番組はプラント最高評議会の提供でお送りしました。

 

(ぎ〜る、ぎ〜る、ぎ〜る、ぎ〜る)

 

素晴らしい番組だった。

部屋に戻ったらさっそく録画したのを見よう。

議長の晴れ舞台に、レイも大満足の様子です。

今日から毎晩大音量でこの演説が流されようとは、

隣に立っているシンは知るよしもありませんでした。

 

 

続く。