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【テキスト】包帯と赤いスカート

 

2005.7.27

 

前回までのあらすじ

クレタ沖での戦いは両軍に甚大な被害をもたらしました。

ミネルバはオーブ艦隊の撃破に成功したものの、

セイバーとウォーリアが大破、ファントムが中破。

インパルスの活躍がなければ全滅していたところでした。

ドラクエでいえば、勇者一人だけが生き残った状態です。

 

「うぐっ……」

 

そして前回の戦いで最大の悲劇。

今作のヒロインであるルナマリアさんの負傷です。

頭には包帯が巻かれ、左腕は骨折しているのか、

痛々しげにギブスで固定されています。

 

「あいたたた……」

 

苦痛に顔を歪めるルナマリアさん。

なぜか敵の捕虜であるステラさんと同室です。

いくら弱っているとはいえ、もしステラさんが暴れでもして、

ルナマリアさんの嫁入り前の体に何かあったらどうしてくれるのか。

もしかして、ルナマリアさんも暴れると思われているのか。

 

「ぶつぶつ……」

 

真っ暗な自室で塞ぎこむアスラン。

体には傷一つありませんでしたが、

親友のキラに斬り刻まれたという事実は、

彼の心に深い傷となって刻み込まれたようです。

 

「こりゃまた、大勢で……」

 

アークエンジェルへ乗り込んできたアマギ一尉ら

オーブの軍人たち。ブリッジにズラリと勢揃いです。

 

「幾度もご命令に背いて戦い、

艦と多くの兵士の命を失いましたことを、

誠に、お詫びのしようもございません!」

 

カガリに謝罪するアマギ一尉。

ユウナに命令されて逆らえなかったとはいえ、

停戦を求めるカガリを無視して戦闘を続けたことは、

首長に対する裏切り行為。慙愧の念に堪えません。

 

「ですがどうか、トダカ一佐と我らの苦渋もどうか、

お分かりくださいますのなら、この後は、

我らもアークエンジェルと共に……どうか!」

 

言葉を続けるアマギ一尉。

トダカ一佐の最期の言葉に従って、

彼らはカガリと行動を共にすることを決意します。

 

「えっ?」

 

突然の申し出に戸惑うマリューさん。

アークエンジェルの財布の紐を握る艦長としては、

ただでさえ他国の援助を受けている身なので、

これ以上の食費の増加は避けたいところです。

 

「私は今、猛烈に感動しているぞ!」

 

困惑気味のアークエンジェルクルーをよそに、

カガリは彼らの想いに胸を熱くします。

散々みんなからバカ呼ばわりされていたのに、

未だに自分を信じ必要としてくれる者たちがいる。

私にはまだ帰れる場所があるんだ――

 

「私の方こそ……すまぬ!」

「カガリ様……!」

「私が愚かだったばかりに!非力だったばかりに!

オーブの大事な、心ある者たちを……!」

 

それなのに自分は何をやっていた――

カガリは自らの不甲斐なさを悔やみ涙します。

 

「カガリ様……!」

「私は……私は…!」

「カガリ様……いえ、カガリ様!」

 

嗚咽を漏らして崩れ落ちるカガリ。

一国を背負うにはあまりに細い少女の体を

アマギ一尉は沈痛な面持ちで受け止めます。

 

「うおおおおお!」

 

カガリの言葉に号泣するオーブの軍人たち。

国を愛するがゆえに流れる漢の涙です。

 

(泣き虫国家か、ここは?)

 

その様子を冷めた表情で見守るのは、

疾うに涙も枯れ果てた、泣き虫首長の弟。

 

「泣かないで、カガリ」

 

カガリを泣き止ますのは自分の仕事。

キラは泣きじゃくるカガリに声をかけます。

いい大人なんだから、人前で泣いちゃいけません。

 

(……何だろう、この空気は?)

 

感動の場面に水を注すキラに対して、

一斉に非難めいた視線を向けるオーブの軍人たち。

 

「え〜と、今、僕たちにわかっているのは、

このままじゃダメだっていうことだけですね」

 

怯まずに言葉を続けるキラ。

さしたる意味のなさそうな現状確認を、

さも仰々しいことのようであるかのように語ります。

 

「それが何か?」

(手強いな……)

 

アウェイの空気をひしひしと感じるキラ。

これまで言葉の魔術師ぶりを発揮してきたキラですが、

それはあくまで、カガリやアスランなど、

ごく親しい間柄であるからこそ効果のあった言葉。

赤の他人であるオーブの軍人たちにとっては、

誘拐犯の戯言などに耳を貸す理由はありません。

 

(なら、これでどうだ!)

 

このまま易々と引っ込んでなるものか。

彼らを説き伏せるため、キラは種を弾けさせます。

 

「何をどうしたらいいのかはわからない。

多分、ザフトを討ってもダメだし、地球軍を討ってもダメだ。

そんなことはもう、過去の作品で散々やってきたんですから。

だから、憎しみが止まらない。ロマンティックが止まらない。

戦いが終わらない。僕たちも戦い続けるから。主に僕だけど。

本当はダメなのかもしれない。このダメ人間どもめ!

僕たちは、多分、みんなきっと、プラントも地球も

平和に楽しく遊んで暮らせる世界が欲しいだけなんです。

ピースな愛のバイブスでポジティブな感じでお願いします」

 

 

「キラ様の仰る通りですな!」

 

洗脳完了。

 

「よし、みんなでオーブ国歌を斉唱しよう!」

 

さっき泣いたカガリがもう笑った。

泣き虫少女から――オーブの首長へ。

彼女は再び前を向いて歩き出しました。

しょぼくれているカガリなんてらしくない。

先手必勝。受けより責め。いつもイケイケ青信号です。

 

「平和を愛し〜最後まで〜♪」

 

カガリを信奉するオーブの軍人たちが加わり、

せっかくミリアリアを加えて女の子を増やしたのも束の間、

むさ苦しい男子校と化してしまったアークエンジェル。

天使湯の男湯の人口密度が恐ろしいことになりそうです。

 

「ふぅ……」

 

汗臭いアークエンジェルとは対照的に、

ミネルバでは艦長がシャワーを浴びて読者サービス。

しかし、湯気が邪魔で肝心の箇所が見えません。

シャワールーム、換気甘いぞ、何やってんの!

ミネルバの設計者への不満は募るばかりです。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

日に日に衰弱していくステラさん。

崖から海に転落するぐらい無邪気に踊っていた

元気な少女の面影はすでに消え失せています。

 

「……………」

 

その傍らには、無表情で俯くシンの姿がありました。

苦しむステラさんを、彼はただ見守ることしかできません。

 

「しん……」

「ステラ……」

 

目が覚めたステラさん。おぼろげな意識の中、

今にも消え入りそうな声でシンの名前を呼びます。

 

「こんやがやまだ……」

「そんな……」

 

死への恐怖を呟くステラさん。

伝染するように不安げな表情になるシン。

彼女を元気づける言葉すら思い浮かびません。

 

「あ……」

「君がくれたやつ……覚えてるの?」

 

その時、ふいにステラさんが驚いたような声を漏らしました。

彼女の視線の先にあるのは、シンの持つかまぼこフィギュア。

ディオキアの海でステラさんがくれた思い出の品です。

 

「うみ……うみ……」

「うん、また行こうね、海」

 

海が大好きなステラさん。

元気になったらまた海に連れて行ってあげる。

今度は溺れないようにずっと付いていてあげる。

きっとまた崖から落ちるだろうから、浮き輪を買ってあげる。

シンはステラさんにそう約束します。

 

「うん……」

 

シンの言葉に嬉しそうに微笑むステラさん。

先ほどまで苦しんでいたのが嘘のように安らかな笑顔です。

 

「けほ……けほ……」

「ステラ!」

 

その笑顔にシンが安心したのも束の間、

再び苦しみ始めるステラさん。

既に呼吸すら満足にできない状態です。

 

「しん……ステラ……まもる」

 

駆けつけた看護婦さんに薬で眠らされるステラさん。

意識を失うまで呼び続けていたのは――あの日の約束。

彼女は未だに、シンが自分を守ってくれると信じています。

 

「守る……」

 

大切なものを守るために手に入れた力。

この力があれば何でも守れると思っていた。

しかし現実には、目の前で苦しむ一人の少女さえ救えない。

シンはどうしようもない無力感に苛まれます。

 

「さてと、アスランは……」

 

治療を終えたルナマリアさん。

アスランを探して艦内を右往左往しています。

怪我をしている自分の姿を見れば、

アスランは優しいから色々と心配してくれるだろう。

世代的にも綾波の洗礼を受けた世代だし、

もしかしたら、包帯姿の自分を見てときめくかも。

 

「ア、アスラン!?」

 

愕然とするルナマリアさん。

彼女が何となしに見下ろした格納庫には、

フリーダムによって切り刻まれたセイバーの残骸が。

事情を知らない人間がこの光景を見たら、

パイロットの生存を絶望視するであろう惨状です。

 

「じゃあ、結局、またシンがやったのか? 敵艦」

「敵艦隊よ、もうほとんど。なんかすごいよ〜、シンこの頃」

 

休憩中のメイリンちゃんと技術部コンビ。

話題は先日のクレタ沖での戦闘について。

最近のシンの活躍には、メイリンちゃんもビックリしています。

 

「みねるば!そーどしるえっと!」

 

シンの物真似をするメイリンちゃん。

アイドルの物真似(特にクレヨンしんちゃん)にありがちな、

全然似てないけど、かわいいからOKだろう的な物真似です。

 

「ガンガン怒鳴ってくるんだよ〜」

「マジかよ!?」

「もう完璧エースって感じ。いっつもツンケンしてて

怖いけどさあ、戦闘中はもっとすごいって感じだよ〜」

 

シンの変貌に驚きを隠せない技術班コンビ。

ちょっと前までは、女の子の胸を触って、

「おっぱい!おっぱい!」言っていたのに。

一緒にエッチな本の貸し借りとかしていたのに。

 

「誰がツンケンしてて怖いって?」

「あ!お姉ちゃん、大丈夫?」

 

妹の声を聞きつけやって来たルナマリアさん。

医務室で寝ているはずの姉の登場に、

メイリンちゃんが驚いたように声を上げます。

 

「大丈夫? じゃないわよ、あんたはもう〜!

人が被弾したっていうのに、見舞いにも来ないで」

「だって、私、ずっとオンだったんだもん」

「有給取ってでも来なさいよ」

「やだ」

 

いきなり口論を始めるホーク姉妹。

まだ病み上がりのルナマリアさんですが、

これだけ愚痴が言えるのなら心配なさそうです。

 

「もう、いいわよ、まったく……」

(うわ〜、ひっでえ顔だな、こりゃあ……)

 

ぶーたれるルナマリアさん。

その顔をまじまじと覗き込むヴィーノ。

 

「その髪の色、全部真っ赤にしてみる?」

「あ、すみません……」

 

ヴィーノを横目で睨みつけるルナマリアさん。

うっかり裏マリアさんの顔が出てしまいました。

 

「それよりアスランは? どうしているか知らない?」

 

再び恋する乙女に戻るルナマリアさん。

自分の体よりもアスランの心配をしています。

 

「どうって?」

 

彼女気取りのルナマリアさんに口を尖らせるメイリンちゃん。

何でお姉ちゃんがアスランさんのことを呼び捨てにしているの?

お姉ちゃん、あんたアスランさんの何なのさ?

 

「セイバーがあんなにやられたなんて……私、知らなかった」

「でも、怪我とかはしてないよ、全然無事」

 

不安そうな表情になるルナマリアさん。

まさかアスランがやられるなんて思ってもいませんでした。

周囲はアスランよりも貴女のことを心配していたのですが。

 

「あ……シン」

 

その時、シンが部屋に入ってきました。

さっきまで好き勝手に言っていたせいか、

部屋の中は微妙に緊張した空気に包まれます。

 

「大丈夫?」

「大丈夫よ、見事にやられたけど」

 

シンは義務的に声をかけただけで、

ルナマリアさんの目の前を素通りします。

今にも死にそうなステラさんの容態を見た後では、

ルナマリアさんの怪我など気にもなりません。

牛乳でも飲んでいろって感じです。

 

「あ、ねえ、アスランは? どうしてるか知ってる?」

 

そんなシンの心情を感じ取れるはずもなく、

ルナマリアさんは明るい声でアスランの様子を訊きます。

 

「ああん?」

 

アスランの名前を聞いた途端、不機嫌になるシン。

 

「アスランは……どうしてるのかなって……」

 

きょとんとするルナマリアさん。

そんなあからさまに怒らなくてもいいのに。

またケンカでもしたのかな?

 

「派手にやられてたからね、フリーダムに。

部屋でどーんと落ち込んでんじゃないの?」

 

面倒くさそうに答えるシン。その冷ややかな口調は、

どこかアスランを侮辱しているように感じられます。

 

「どーん」

 

実際、その通りなのですが。

 

「あんま強くないよね、あの人」

 

シンは吐き捨てるように言います。

実力も心も、今のアスランは強くない――

 

「強くない……」

 

シンの言葉に困惑するルナマリアさん。

アスランのレベルで強くなかったら、

ルナマリアさんは一体何なんでしょうか。計測不能?

 

「そう、やっぱりどうにもならない?」

「ええ、もう時間の問題です」

 

軍医からステラさんの報告を受ける艦長。

飛び込んでくるのは、絶望的な数値ばかりです。

 

「これ以上の延命措置はかえって良くないのではと……」

「……………」

 

そのやり取りを、シンが聞いていました。

難しいことはわかりませんが、言葉の端々から、

ステラさんの死期が近いということは容易に判断できます。

 

「解剖しても、正確なデータが取りにくくなるだけですし……」

「評議会が欲しがっているのは、生きたエクステンデッドなのよ」

 

――解剖、データ、生きたエクステンデッド。

艦長たちが次々と口にするそれらの単語からは、

ステラさんを実験動物のように扱っているのが読み取れます。

 

「あっ、シンは? まだ来てたりするの?」

「ええ、何であんなのに思い入れるんだか……」

 

――あんなの。

それが決定的な一言になりました。

艦長たちはステラが死ぬことを何とも思っていない。

彼女を守ることができるのは自分しかいない。

 

「夕陽が綺麗だな……」

 

傷心のアスラン。どーんと落ち込んだ後、

彼は誰もいない甲板で沈む夕陽を見ていました。

 

「あっ、シン……」

「部屋じゃなくて、こんな所で落ち込んでたんですか」

 

背後の気配に気付いてアスランが振り返ると、

そこには自分を見つめるシンの姿がありました。

独り言を聞かれてちょっと恥ずかしいです。ちょ

 

「ルナが心配してましたよ、どうしてるかって。

自分もやられて怪我してるくせに」

 

既にアスランを自分より下に見ているシン。

情けないアスランの姿に、ますます腹を立てます。

ルナはどうしてこんな奴のことを心配するんだか。

 

「シン、そういうことは言っちゃダメだ」

 

調子に乗っているシンを諭すアスラン。

今回の戦闘はシンの活躍がなければ全滅していた。

だからといって、他人を見下すような態度を取ってはいけない。

確かに、ルナマリアがなぜ自分の心配をしているのかはわからないが。

 

「そうやって偉そうな顔をしたって、何もできなきゃ同じです!」

 

アスランの忠告をシンは聞こうともしません。

自らの無力さを痛感したばかりの彼は、

その苛立ちを目の前のアスランにぶつけます。

 

「何だと……」

 

偉そうな顔は生まれつきだ。

自分がどうして悩んでいるかも知らないくせに。

アスランは珍しくシンの挑発に乗ってしまいます。

 

「悪いのは全部地球軍なんだ!あんただって、

それと戦うために、ザフトに戻ってきたんでしょ!」

 

厳しい口調で言い返すシン。

地球軍のせいで多くの仲間が殺された。

ステラを戦場に送り込んだのも地球軍の仕業。

それを討つのに、今さら何を迷う必要があるというのか。 

 

「なっ……!」

 

悩んでいたことズバリを指摘され驚くアスラン。

まさかシンにまで論破されてしまうとは――

自分ってそんなにわかりやすい人間だったのか。

 

「だったら、もっとしっかりしてくださいよ」

「シン……」

 

いつか同じ夕陽の下で、シンが見送ったアスランの背中。

今は逆に、アスランが去っていくシンの背中を見送ります。

あの時の「ただのバカ」は、もういなくなってしまいました。

 

「ぎるぅ……」

 

すやすやと眠るレイ。

穏やかな寝顔で彼が見ているのは、

デュランダル議長とのあんな夢こんな夢。

 

「……はっ!」

 

いよいよ行為が始まろうとしたとき、

部屋の隅から漏れる明かりに気付き目を覚まします。

 

「……聞いたか?」

「いや!全然!ちっとも!」

 

レイが寝言でデュランダル議長の名前を呼ぶのは

毎晩のことなので、シンは既に馴れています。

 

「……何をしている?」

「な、何でもないよ!」

「……そうか、程々にな」

 

レイの追求を焦った様子でごまかすシン。

16歳の男子が深夜にコソコソしながら見るものといえば、

言うまでもありませんが、ガイアの機体データです。

 

「あら? 面会時間は過ぎてますよ」

 

シンが向かった先は医務室。

深夜の訪問に看護婦さんも困った様子です。

こんな夜更けに一体何の用があるのか――?

 

「退院します!」

「がっ……!」

 

シンは無言のまま看護婦さんに近づくと、

いきなり腹部を殴打。女性であろうと容赦しません。

 

「ステラ……」

 

シンは看護婦さんを気絶させると、

ベッドで眠るステラさんに優しく声をかけます。

その優しさを少しでも看護婦さんに分けて欲しい。

 

「ねお……」

 

寝ぼけまなこのステラさん。

ホームシックになった子供のように、

寂しそうな声でネオの名前を呼びます。

 

「ねお違う」

 

恋人が違う男の名前を呼んだような寂しさを覚えるシン。

そんなに自分は「ネオ」って奴と似ているのか。

 

「しん……」

 

安堵の表情を浮かべるステラさん。

この優しい声はシンの声に間違いありません。

 

「帰ろう。オレは約束は守るさ……ステラを守る」

 

――ステラを守る。

その感情のみが今のシンを突き動かしています。

ステラが自分との約束を信じてくれているのなら、

自分はその約束を絶対に守ってやらなければ――

 

「それ、出発進行!」

「なすのおしんこ」

 

廊下に誰もいないことを確認すると、

シンは医務室からステラさんを連れ出します。

 

「貴様!そこで何をしている!?」

「しまった!」

 

ステラさんを連れ出したシンですが、

格納庫で警備兵に発見されてしまいました。

台車付きのベッドを押して歩くのは明らかに目立ちすぎです。

急患を運んでいるように装うにも無理があります。

 

「そこを動くな!」

「何だ、何だ」

 

続々と駆けつける警備兵。

シン、絶体絶命のピンチです。

 

「どうした、どうした」

 

変なのが一人紛れ込んでいます。

 

「動くな!」

「クッ……!」

 

警備兵に銃を突きつけられるシン。

ステラさんを守れるのは自分しかいないのに、

こんなところで捕まってしまうわけにはいきません。

 

「ぐあっ!」

 

その時、突如格納庫に響いた悲鳴。

シンが驚いて声のした方を振り返ると、

そこには警備兵たちを次々と殴り倒すレイの姿が。

 

「お前、何を……ぐっ!」

 

どうやら自分を助けに来てくれたらしい。

この隙にシンは背後から警備兵を殴り倒します。

 

「帰すのか?」

「あ、あぁ……」

 

あれだけ派手なアクションをした後にも拘らず、

レイはいつものように冷淡な声でシンに問い掛けます。

 

「……………」

「黙るなよ……」

 

そのまま無言になるレイ。

ただ全てを見透かすような冷たい瞳でシンを見つめます。

 

「このままじゃ、死んでしまう。

その後も実験動物みたいに……オレは……そんなの」

 

長い沈黙に耐え切れなくなったのか、

シンは必死に自分の行動が正しいことを訴えます。

 

「……………」

 

どうせ誰にもわかってもらえない。

シンは無言のままエレベーターに乗り込みます。

 

「お前は……戻ってくるんだな?」

「当たり前だ!」

 

レイの質問に声を荒げるシン。

別に愛の逃避行に旅立つ訳ではありません。

あくまでステラさんの命を救うための行動です。

 

「なら急げ、ゲートはオレが開けてやる」

「えっ……?」

「どんな命でも、生きられるなら生きたいだろう?」

 

予想外の反応に驚くシン。

いつもは機械のように冷たいレイから、

こんな人間味の溢れる言葉が出てくるとは、

「火垂るの墓」の再放送でも見たのでしょうか。

 

「しん……」

「大丈夫だよ、ちょっと我慢して」

「おしっこ……」

「すごく我慢して」

 

レイの友情に感謝しつつ、シンはステラさんを連れて、

コアスプレンダーのコックピットに乗り込みます。

 

「いいぞ、シン」

「おい、ドアを開けろ!」

 

管制室に鍵をかけて立て篭もったレイ。

部屋の外では警備兵の声が響いていますが、

彼はその声を無視してゲートを開けます。

 

「行くよ!」

「くるよ」

 

レイの合図と共に発進するコアスプレンダー。

上空で他のパーツと合体してMS形態になり、

まだ明けない夜空へと駆けていきます。

 

「レイ?」

 

インパルスが発進したのを確認すると、

レイは抵抗することなく管制室から出てきました。

予想外の人物の犯行に驚いた様子のルナマリアさん。

「普段は大人しくて真面目な子でした」

同級生の証言としてテレビに取り上げられるのか。

 

「何があったのかしら?」

「よし、オレが訊いてくる」

 

状況が全く把握できないルナマリアさん。

アスランが艦長の元へ説明を求めに行きます。

 

「悪いけど、アスランはいいわ、下がって」

「あっ、すみません……」

 

我が物顔でレイに同行したものの、

艦長にあっさりと退室させられるアスラン。

最近、自分に対する風当たりが強くなっているのを感じます。

 

「ネオへ、ステラが待ってる。ポイントS228へ1人で来てくれ」

 

ガイアの識別コードを使って地球軍の艦に通信を入れるシン。

ステラさんがいつも口にしていた「ネオ」という名前。

敵である地球軍において、唯一信頼のおけそうな人物です。

ペットの犬や猫の名前だったらすごく恥ずかしいけど。

 

「ステラが……」

 

ステラさんの名前を聞いて、困惑するネオ。

普通に考えれば罠であることは間違いありません。

はたして彼はどのような判断を下すのでしょうか。

 

「待っててステラ、もう少しだから、きっとネオが来てくれるから」

「ねお……?」

「うん、だから寝ちゃダメだよ」

 

指定した場所でネオを待つシン。

ステラさんの体力も既に限界に近い。

誰も来てくれなかったら本当に死んでしまいます。

ネオは本当に来てくれるのでしょうか――?

 

「あれは……」

 

その時、一機のウィンダムが近くに降り立ちます。

戦場で何度も対峙した、見覚えのある地球軍の隊長機。

ネオ――その人物こそが、ステラさんの部隊の隊長でした。

 

「来たぞ!ネオ・ノアロークだ!約束通り1人だぞ!」

 

ウィンダムから降りてきたネオ。

両手を下げて無抵抗であることを示し、

インパルスに向かって大きな声で呼びかけます。

 

「その怪しい仮面も取れ!」

「それはできない!」

「何でだよ!?」

 

怪しげな仮面の男に警戒心を抱くシン。

どっちが人質を取っている立場なのかわかりません。

 

「ぐぅ……」

「死なせたくないから帰すんだ!」

 

待ちくたびれて寝てしまったステラさん。

そんな彼女を抱えながら、シンは強く訴えます。

 

「だから絶対に約束してくれ!

決して戦争とか、MSとか、そんな死ぬようなこととは絶対遠い、

優しくて、暖かい世界に彼女を帰すって!」

 

血なまぐさいMSのパイロットなんかじゃなくて、

ステラにはもっと彼女に似合う世界があるはず。

例えば、歌って踊れる天然巨乳アイドルとか。

どこかでそんなの見たことあるような気がするけど。

 

「約束……するよ」

 

シンの言葉を重く受け止めるように答えるネオ。

仮面に隠された表情は読み取れませんが、

その口調は嘘を付いているようには感じられません。

 

「はい」

「どうも」

「うにゅ」

 

シンからネオへ手渡されるステラさん。

遠目から見ると、まるで赤ちゃんみたいです。

 

「ステラ」

「ねお……」

 

久しぶりに聞こえてくるネオの声。

ステラさんは目をとろんとさせて微笑みます。

 

「ほ〜れ、なでなでなで〜」

「ふにゃ〜」

 

じゃれあう2人を寂しそうな瞳で見つめるシン。

ステラの帰る場所は自分の所ではなく地球軍なんだ。

そんな現実を目の前でまざまざと見せ付けられた思いです。

 

「ありがとう……と言っておこうかな」

 

シンに感謝の言葉を告げるネオ。

ステラさんの命を救ってくれたことに対する言葉なのか、

兵器を返してくれたことに対する言葉なのかはわかりません。

 

「別にそんなのはどうでもいい!でも、さっき言ったことは!」

「わかっているよ」

 

約束を守るように強く訴えるシン。

ステラさんのことを任せられるのはネオしかいません。

ネオはシンを落ち着かせるように静かな声で約束します。

 

「じゃあ……」

「待て!」

「貴様……卑怯だぞ!」

 

シンは立ち去ろうとするネオを呼び止めると、

ポケットから何かをごそごそと取り出します。

ネオは両手にステラさんを抱えて無防備です。

 

「……何だそれは?」

「ステラがくれたんだ……ステラこれが好きで」

 

拳銃でも取り出すのかと思いましたが、

シンが取り出したのは、かまぼこフィギュア。

ステラさんのために、常時ポケットに入れていました。

 

「忘れないで、ステラ……オレ……忘れないで」

 

シンは優しい声で別れを告げると、

ステラさんにかまぼこフィギュアを渡します。

もしかしたら、また記憶が消されてしまうかもしれない。

でも、これを見れば、きっと自分のことを思い出してくれるだろう。

 

「………しん?」

 

やっとのことで紡ぎだした別れの言葉。

しかし、その意味をステラさんはわかっていません。

彼女はいつものように無邪気な笑顔をシンに向けます。

これからはステラとネオとシンの3人で仲良く暮らす。

そんな楽しい生活を彼女は思い描いているようです。

 

「ぐっ……!」

 

その笑顔に堪えていた感情が一気に溢れてきたシン。

しかしステラの前で涙を見せるわけにはいかない。

シンはその場から逃げるように背を向けて走り出します。

 

「しん……どした?」

 

お腹でも痛くなったのか?

シンの後ろ姿を不安げな表情で見送るステラさん。

 

「ぐひんっ……」

 

コックピットの中でシンは号泣します。

別れるのは悲しいことだけど、

ステラが幸せになるためには仕方がない。

悲しみを振り切るようにインパルスを発進させます。

 

「……しん、どこいった?」

 

夜が明けようとしていました。

ステラさんは遠くの空に消えてゆくインパルスを

ネオにお姫様抱っこをされたまま見送ります。

 

「しん……」

 

寂しそうな表情を浮かべるステラさん。

シンが何も言わずに行ってしまったことで、

ステラのこと嫌いになっちゃったのかと心配しています。

 

「……わすれもの」

 

――約束は守った。

自分はステラを守ることができたのだと、

この時、シンはそう信じていました。

 

 

続く。