2004年  9月













30日 (木)

「 金木犀 」

昨日は雨だったのでウォーキングに行けず。
変わりに室内の20p近く段差があるところで上がったり下りたりの運動を10分ほどやった。
この運動をやるのは久し振り。
この運動とウォーキングでは使う筋肉が違うのね。
久々の筋肉痛。

台風は去っていったが時々雨がパラパラ。
で、それに加え、少々寝不足。
12時前には寝ているのだが、3日以上11時過ぎまで起きてるってのが続くとダメらしい。
座っていても眠ってしまいそう。

しかし、一昨日、昨日と歩けなかったし、明日も外来日で歩いている暇がないから
今日はどうしても歩きたい。
自分の体に「無理してないよね?」と尋ね、
「うん、大丈夫でしょ〜(都合が良いね・苦笑)」と言う声を聞き歩く事に。

この間途中で雨に降られ、短縮コースで帰ってくる羽目になったので
今日はしっかり折りたたみ傘持参。
風が強いし、曇っていたので帽子は被らなかった。

「しゅっぱ〜つ!」と自宅を出ると、突然シトシトシト・・・・
一瞬、歩くのを迷ったが、きっと途中で止むでしょうと思い、傘を差して歩き始めた。
しかし、2分と歩かないうちに雨は上がった。
変わりにカンカンに太陽が照りだし、「あぁ〜帽子。。。」と思ったが後の祭である。

台風が去った後の風景は空気が澄んでとてもきれい。
風に乗って、きんもくせいの良い香りがしてきた。
好きな香りと言う訳ではないが、懐かしい香りなんだよね〜。
この香りを嗅ぐと、何故か中学生時代を思い出す。
きっと、この時代にこの香りをよく嗅いだんだろうね。

今日のウォーキングは収穫ありって気分だわ♪



28日 (火)

「 デート 」

ayaneさんとお会いした。
お会いするのは今日で2度目。
1度目は野沢温泉での交流会の時。
2人きりでは初めてなので、ちょっぴりドキドキ、ワクワク。

9/13〜10/1と豊科郵便局でayaneさんの写真展をやっているので、そこへ連れて行って頂いた。   
上高地の山々、ayaneさんのふるさとの河、北海道での雄大な風景、黒姫高原のコスモスの写真…。
上高地の写真は、この写真のように、残雪がある時期にもう1度行きたいと思った。
コスモスの写真からは「生きてるんだ〜」と言う事を強く感じた写真だった。
どの写真も生き生きしていて、いつまでも眺めていたい気分だった。

しばし、写真に癒されてから、ayaneさんお気に入りのパスタ屋さんへ。
パスタはもちろんの事、プリンは絶品だった。
お客さんが並んでも食べたい気持ちがよく分かった。

その後、場所を変え、お茶をした。
御存知のようにayaneさんは『電池が切れるまで』の舞台になった県立こども病院の看護師さん。
入院していて看護師にお世話になる事はあってもなかなか裏事情を聞ける機会はない。
面白い話からびっくり話まで、いろいろお聞きする事ができた。
明るくていつも前向きで、パワフルなayaneさん。
元気を頂けたのは言うまでもない。

11時半頃に落ち合って、ふっと時計を見ればもう夕方の5時。
あっという間の一時だった。
帰りはしっかり自宅まで送って頂いた。
今度は新蕎麦の時期にお会いする事を約束♪

夜は美味しかったプリンやいろ〜〜んなお話した事が頭の中をグルグル駆け巡り
興奮状態 (^^ゞ
なかなか寝つけなかった。。。子供みたい(苦笑)


ayaneさん、楽しい一時感謝です。
元気パワーをたっくさん頂きましたよ〜♪
これからもこんな私ですが、よろしくお願いします。


26日 (日)

「 お勉強 」

松本市総合体育館で『健康とスポーツのフェスティバル』があった。
いろいろな催しがあったが、その中の『市民公開シンポジウム〜病院における放射線の被ばくを考える〜』に興味を惹かれた。
今の私の病気関係の専らの悩みは検査による被ばく。
まさにタイムリー。
1時から3時間半のそれを聞きに出掛けた。

放射線医学研究所理事長の「放射線と健康」と題した講演、
「医療における放射線被ばく」について放射線医師、放射線技師、看護師、新聞医療情報部の方など、
それぞれの立場によるパネルディスカッション、
最後に質問と討論が行われた。

体育館の中は暑くも寒くもない丁度良い温度、それに時間もお昼を食べたばかりと言う事もあって
途中ウトウトしてしまった。

私が想像していた内容とは少し違ったが、勉強になった事もあった。
興味深かったのは放射線治療のお話。
10年ほど前から、放射線の一種「重粒子線(線量集中性が良く、細胞致死作用が大きい)」での治療の研究がされていて
この治療がメラノーマに有効だと言う事。

チョッとビックリしたお話。
どの科の医師も放射線を使用した検査を頻回に患者に勧めるわりに、
放射線に関しての勉強不足の医師が多く、研修があっても出席するのは看護師ばかり。
検査のリスクに患者が不安がるのに対して、医師は考えない場合がほとんどらしい。
だからその不安を患者からぶつけられても「大丈夫」「心配ない」で済ませる医師が多いため、患者の不安が解消されない。

今回1番感じた事は、1人の患者に対して総合的(統合)診療をしてもらいたいと言う事。
それぞれの専門分野の医師達が話し合って治療方針や検査等を決めてもらえるようになったら
精神面でも、不安材料も少なくなるんじゃないかな〜と思った。
近い将来私が診て貰っている大学病院もそのようなシステムができるらしいので楽しみにしているところだ。

私が楽しみにしていた話は聞けなかったが、それなりに勉強になったかな〜。
途中でウトウトしてしまったので、えらそうな事はいえないけれど〜〜(^^ゞ



23日 (木)

「 供養 」

父のお墓参りに行く予定だったが、3回忌が近いため、今回はパス。
今回は父の大好きだった場所へ供養を兼ねて行く事にした。
八千穂村にある『白駒の池』
ここは北八ヶ岳の池の中で最も高い所にある、1番大きな天然湖。
原生林に囲まれ、神秘的な雰囲気が漂っているところ。
出掛けに「お父さん、今日は白駒の池に行ってくるからね、お父さんも一緒に行くんだよ」
と、父の写真に手を合わせてきた。
父と一緒に2度ほどここを訪れた事があるが、写真を撮るのが趣味だった父は
毎年、年に数回来ていたようだ。
『白駒の池』周辺にはトレッキングコースがあったり、登山も出来る場所なのだが、今回は天気も悪かったし
もう1箇所父の大好きだったところへも行きたかったので、今回は我慢、我慢。
次回の機会と言う事に…。

ここへ来るのは10年振りくらい。
積雪のあった時期に来た時、滑ってこけてズボンをビショビショにして池まで歩いた事もあったが、
それも今では良い思い出。

曇っていて景色はあまり良くなかったが、雨に降られず助かった。
池に近づくにつれ、晴れ間が見え出し、時々太陽も顔を覗かせた。
景色も少し開けてきた。
「晴れ男だったお父さんが一緒に来たからかもね〜」と夫と話す。
駐車場に着き、車から降りると寒さから標高の高さを感じる。
さすが2115m!!
寒さや雨対策に上だけカッパを着込み、登山靴に履き替え出発。
標高が高い事もあり、歩き始めると直ぐに息があがる。
少し歩くと慣れて楽になり、体も徐々に温まり始め、カッパも直ぐ脱ぐ事となった。

以前来た時はほとんど手の加えられていない原生林の中を歩いたため
地面から顔を出している太くゴツゴツした根やしっとり湿った落ち葉で滑りやすく
歩くのにとても難儀した。
そのせいか池に着く頃はクタクタだった。
その記憶があったので、覚悟して歩き始めたのだが、拍子抜け。
随分道が整備され歩きやすくなり、距離も短くなっていた。
片道15分弱で到着。
あまりに簡単に来れたので、有り難味に欠ける感じ。

紅葉には少し早かったが、いろんな思い出が甦った。
この場所で皆で写真を撮ったとか、この場所で池を眺めたとか、
その時は多くの人で賑わっていたとか…。
その時の父の面影を追ったり…。

池に着いたのが午前10時ごろ。
人の姿はほとんどなかった。

帰りは来た道と違うコースで帰った。
こちらの方が少し遠回りで登山道っぽく、山に来た〜と感じることができた。

白駒の池を後にして、次は父が週に1度は行っていた富士見町にある「おっこと亭(蕎麦屋)」へ。
私達が車に乗り込んだ頃からみるみるガスが掛かり始め、一気に視界が悪くなってきた。
やはり父のお陰?(笑)

車中からぼんやり景色を眺めていると道端にリスが…。
フサフサしたしっぽ、栗色の体、クリクリとした大きな目。
かわい〜〜♪
写真に収められなかったのが残念。

さてさて、ここの蕎麦屋は父が入院する前日に家族で来たとき以来。
しばらくは辛すぎてとても行く気になれなかったのだが、最近ようやく「行きたい」と思えるようになった。
とても楽しみだった。
しかし、運の悪い事に臨時休業の張り紙が…。
今日はここの地区のお祭で休みにしたらしい。
かなり残念。
また改めて来いって事かな〜。

富士見まで来たついでに、だんな様の実家の家業の手伝いに、山梨まで来ている妹に会いに行ったり
リゾナーレ小淵沢をぶらついて帰ってきた。
その途中、お天気雨に見舞われる。

父関連の行事などをした時は決まってお天気雨が降る。
やっぱり今日もそのせいかな〜?
「お父さんもやっぱり一緒に来たんだね。今度は新蕎麦の頃、来れれば良いね。」
なんてつぶやいてみた。
久し振りに父の事で浸った一日だった。


19日(日)

「 歩き三昧 」

昨日までの天気予報は今日から雨のはず。
なのにとっても良い天気。
悔しいの一言。
昨日よりも良い天気なんだもん。
この気持ちを抑えきれず、「どこかへ行く〜?」と言う話に。
でも体力的に無理はできない。
で、決まった場所はいつもの場所である『スカイパーク』 (^_^;)
いつもと全く違うコースを歩こうと言う事になった。

スカイパークへ着いたのが、10時過ぎ。
いつもより遅い時間。
大勢の人がウォーキング、ランニング、サイクリングなど楽しんでいた。

いつも歩いた事のないところを歩いたり、逆に歩いてみたり。
なかなか新鮮で良かった。
1時間ほど歩いて帰ってきた。

夫の夏休みも明日で終わり。
いつもの夏休みは2泊3日で旅行に行くのだが、今年は歩いて終わったって感じかな〜。
でも充実した休みを過ごせた気がする。


18日 (土)

「 ハイキングのつもりだったが… 」

明日、できたら中央アルプスへ登れたら良いな〜と思っていた。
しかし、明日、明後日は天気が悪いと予報で言っていたので出掛けるなら今日しかないと思った。
まだ少し筋肉痛が残っているし、今日中央アルプスへ登るのはしんどいかな〜と思い、
ハイキングなら大丈夫だろうと考えた。
それで、車で2時間ほどのところにある『栂池高原』へ行く事にした。
やはり今回も朝食を途中で摂りお昼は近くで買っていこうと言う事に。
ここは2年ほど前に行ったことがあるのだが、途中登山道のような険しい場所があるので、身支度はしっかりしていった。
ゴンドラとロープウェイを乗り継いで『栂池自然園(標高1900m)』まで行く。
身支度をバッチリ済ませ、さて乗り物の料金を払いましょうと思ったとき
お昼を買ってこなかった事を思い出した。
全く学習しない夫婦である。(なさけな〜〜)
しかし幸い料金所でお弁当を売っていたのでそれを買った ホッ。
おにぎり2個とシャケ、ウインナー、から揚げが入っていてなかなかなもの♪

ゴンドラ、ロープウェイからの眺めを楽しみにしていたのだが、ガスや雲が多くてほとんど見えず残念。
雨が降らない事だけを祈った。
いよいよ自然園をスタート。
景色は初秋。
下界はまだまだ夏色が濃いのに比べ、ここはもう秋色に染まり始めていた。
目の前には乗鞍岳と白馬連峰が広がっている…はずなのだが、
生憎のガスで白馬連峰はほんの一瞬観えただけだった。
5.5キロの約3時間コース。
以前は体力と時間(午後から歩き出したため)がないのとで途中で引き返してきてしまった。
今回はその時より体力に自信もついたし、朝9時半スタート。
余裕を持って歩けそう。

始めは湿原地帯の木道が続く。
トリカブトの色鮮やかな紫がとても綺麗だった。
上高地同様、美味しい空気、心地よい風、これからの風景に心弾ませながらテクテクテク。
1時間少し歩いたところにあったトイレでしばし休憩。
湧き水が冷たくてとても美味しかった。
ここからいよいよ登山道に入る。
登りの急坂。
丸木橋や太い木の根がゴツゴツ出ている細い道。
前回はここでおこじょと出遭った。
休憩してから30分ほど歩いた所で『浮島池』に到着。
前回はここで断念したのだ。
この先は未知の世界。
ドキドキ、わくわくで歩き進める。
しかし、徐々に険しく、ぬかるんだ、かなりの急坂に。
「もしかして、上高地よりかなりハードなコースじゃない?」
「上高地がウォーミングアップだったかもね〜」
なんて会話をしながら登った。
途中景色を観ながらポトポトポト。
夫は私の事が心配で何度も振り返ってくれ、手をかしてくれたりした。
スタミナ切れになる前にチョコレートを頬張る。
これだけでかなりパワーアップ。
1時間程歩いてやっと展望台(標高2010m)に到着。
ここで昼食を摂った。
ここからはとても良い眺めの筈なんだが、ガスで全く観えず。
苦労して歩いてきたがお駄賃なし トホホ
でも山の上で食べるお弁当は最高!
一緒に昼食を摂った数組の御夫婦と山の話やお互いツーショットの写真を撮り合ったりした。
ゆっくり休み、再び歩き出した。
帰りはあっという間だった。

帰りの道々でいつもの私のひとりおしゃべり。
「あ〜楽しかった」
「上高地とはまた違って良かったね」
「もう少し体力つけた来年には『白馬大池』まで行きた〜い」
「気持ちよかった〜」
「次回は初夏か秋に来たいね」
夫は横でニコニコしていた。

自宅へ帰ってからも興奮が冷めず、ついつい話もお酒も弾む弾む♪
至福の一時〜♪

今年は山登りはこれで最後かな〜。
来年の富士登山に向け、日々の体力作りに勤しみますか。


16日 (水)

「 待望の上高地 」

待ちに待った上高地へ行く日。
今日に備え、昨夜は9時には就寝。
今朝は5時前に起き、6時少し前に出発。
1番の心配は天気だったが、とっても良い天気♪
体調もサイコーに良い感じ♪♪

以前上高地へ行こうと予定した日、早朝の朝食やお弁当作りで張り切り過ぎて体調を崩し、行けなかった事があった。
それ以来、早朝からのお出掛けは外で買うべし、食べるべしと決めた。
表向きは身体に負担を掛けない為、が実際はなまけたいだけ〜〜 (^^ゞ
という訳で、途中のコンビニで朝食を買い、食べた。
お昼の分はもう少し上高地に近いところで買う事にした。

バス乗り場の沢渡に7時前に到着。
靴を登山靴に履き替え、ザックを背負って…と、格好だけは一人前の登山者。
上高地を散策中、「どこかの山へ登られたんですか?」なんて聞かれてしまった。
でも、実際はそれなりの靴やザックは疲れにくく、蒸れにくく、とても快適に歩けるのである。
サンダル履きやスカートの方もいたけれど、私達のように重装備で歩いている方も結構いた。

大正池でバスを降り、そこから河童橋、明神池へと散策。
雲もほとんどなく、焼岳、穂高連峰が手に届くかと思うほど、近くにくっきり観えた。
木々の緑ばかりの中を歩いていると、嫌な事も不安な事も全てが円満解決してしまう気がするから不思議である。

前回ここを訪れたのは4年前の子宮筋腫の手術をする少し前。
筋腫のせいで、お腹がパンパンに張っていたので、頻尿と便秘に悩まされている頃だった。
散策しながら、トイレばかり探していた事を思い出す。
今回は毎日のウォーキングのお陰か、上高地バスターミナルまで疲れ知らずで帰ってこられた。
時間にして5時間半程。
この事はかなり自分自身の自信に繋がり、嬉しかった。

そうそう、お昼を途中で買っていくのを忘れしまったので、明神池近くの『嘉門次小屋』で食べた。
岩魚焼き定食を頼んだのだが、なかなか美味しかった。

流石に帰りのバスの中ではウトウトしてしまったが、帰りの車の中では
「良かったね〜」「楽しかったね〜」「元気で歩けて良かったね〜」「気持ちよかったね〜」と
大興奮のひまわりであった。

実は2日後に中央アルプスの千畳敷から頂上まで登りたいねと話ている。
でも、無理は禁物。
とりあえず、今夜は今日一日の疲れを癒すべくお湯につかり早く寝ようと思っている。
元気に過ごせるって幸せだね〜


15日 (水)

「 ナツカシ〜 」

Yシロウさんの日記に『なつかしの童謡、唱歌、わらべ歌、寮歌、民謡、歌謡』と言うサイトを発見とあり
早速お出掛け♪

子供の頃から童謡や唱歌が好きで時々口ずさんでいた。
多分母親が好きだったんだと思う。
車の中でも口ずさんだりするのだが、主人によく笑われる。
私が下手なのもあるのだが、特に童謡は歌詞が面白いらしい。
歌詞の意味を考えながら歌うと確かに面白かったり、結構残酷だったり。
子供の頃歌った時とは違い、いろんな意味で新鮮である。

私が小学校にあがるかなり前、時々子守唄を歌ってもらいながら寝たものだ。
『りんごのひとりごと』(童謡?)をよく歌ってくれた。
歌詞はほとんど忘れてしまったが、メロディーと、
この歌を歌ってくれた時にいつも頭の中で思い描いていた映像は何故か忘れられずにいた。
屋根なし貨物列車に大きなりんごが1つだけ載せられ、運ばれていくと言う映像。
そして父親が歌ってくれていたものと思っていた。

10年位前だろうか、何故かこの歌の歌詞を無性に知りたくなり父に聞いてみた。
「知ら〜ん、そんな歌聞いた事ないな〜」
「?????」
「お母さんじゃない〜?」
「えっ、そうだったの〜!!!」
しかし、私を生んでくれた母は小学校へ上がる前に他界。
今更調べようがないじゃ〜ん、題名だって知らないのに〜状態だった。
が、今の母が題名と1番の歌詞だけかろうじて知っていて、その時はかなり感激したものだ。

今回、このサイトを知り、調べてみると、この『りんごのひとりごと』の歌詞が載っていた。
3番までしっかりと♪
かなり嬉しかった。

な〜んか不思議。
歌ひとつでいろんな思い出に浸れるんだよね〜。
たまにはこうやって懐かしい思い出に浸るのも良いよね〜。
Yシロウさんのお陰・感謝



14日 (火)

「 元気3倍増 」

入院中の同病の方に会いに行った。
丁度今週、治療通院している、同じく同病の方も一緒に3人で会った。
2ヶ月振りの再開。
どう言う形であれ、こうやって会える事は何より嬉しい。

私は入院をしなくなって10ヶ月が経つ。
少しずつ入院病棟の様子や看護師さん達も変わり、すっかり浦島太郎さん。
談話室で話をしていたのだが、入院中の彼女に用事があってきた先生が
「あれ〜、ひまわりさん、今日は治療?」なんて話しかけてくれ、かなり懐かしさを覚えた。
1年位前、数ヶ月だけ主治医だった先生である。

3人がそれぞれに元気に前を向いて歩いている姿を確認しあうのがこれからの励みになる。
よくしゃべり、よく笑った。
次に会えるのは11月頃かな〜
今度は病院ではないところで♪
採り立てりんごを食べたり、温泉入ったり、マツタケも良いな〜なんて話した。

昨年の今頃がふと思い出される。
この2人と出会ったのは昨年の8月の治療入院の時。
あれから1年経つんだね〜、今考えればあっという間だったな〜
来年の今頃も「出会って3年経つんだね〜」って3人で笑顔で話せれば良いな〜



12日 (日)

「 ウォーキング 」

週末はたいていお出掛け。
しかし、今日は珍しく一日中家で過ごした。
外は秋晴れのとても良い天気なのに。

あっ、でも朝ウォーキングには出掛けた。
2人で歩く時は空港脇のスカイパークまで行くのだが、今日は私が平日歩いているコースを歩いた。
なるべく車が通らず、信号機がなく、犬に吠えられない道を選んでの1時間弱のコース。
私が1番好きな場所は田んぼ脇の農道。
冬は寂しい景色になってしまうんだろうけど、お田植えの頃から稲刈りするまでの今の時期は心和む景色である。

普段は少しでも荷物を軽くしようと、少しばかりのミネラルウォーターと、お財布、携帯くらいしか持って行かないが
今日は夫も一緒だったのでデジカメも持参。
稲刈りが済む前にこの景色を写真に収めようと写真を撮った。

自宅に帰って早速PCに取り込む。
何枚も撮ってはみたが、思ったほどあまり良い写真は撮れていなかった。
しかし、たまにはこうやって季節の移り変わりを収めるべくデジカメを持って歩くのも悪くないな〜って思った。


8日 (水)

「 良性♪ 」

皮膚科外来日。
まずは先週切除したところの抜糸。
「良性ですよ」
「前回みたくやっぱり悪性だったって事にはならないですか?」
「まず大丈夫」
「ダーモスコピーだけして切除しなかった胸のほくろ3箇所は7o以上大きくなったら切除しましょう」との事。
それほど心配はしていなかったものの、やっぱり不安はあったので、本当にほっとした。

エコー、レントゲンの結果も異常なし。
これからの検査方法など話し合った。

早期に発見した方が良いのは肺に転移していた時。
切除が可能なため。
そのために1番早期に発見可能な検査であるレントゲンを2ヶ月に1度撮る事にした。

内臓への転移は切除が出来ない場合が多く、その場合は化学療法になるので
早期に発見する必要性はあまりない。
エコーである程度カバーできそう。

肝臓への転移があった場合は肝機能検査(採血)で発見できるし、
全身ではなく肝臓だけに抗がん剤を注入すると言う方法があるらしい。

頭部は早期に見つけなければあっという間に死に至るらしい。
頭部に関してはCTよりMRIの方が見つけやすいとの事なので、これから頭部の検査はMRI(造影剤なし)に切り替える事にした。

…と言う事で、これからは2ヶ月に1度のレントゲン、採血、エコー、4ヶ月に1度の頭部MRIをやっていく事にした。
CT検査はしない事となった。
「CTから開放される〜♪」と喜んではみたものの
「CTをやらないのはある意味ギャンブル」と言われ、多少複雑。
でも過度の検査はしたくない。
私と同じ状況の人で、初めての切除から2年経たないうちにCTからおさらばする人はいないらしい ^_^;

採血の結果をいつものようにプリントしてもらう。
γーGTPがほんのわずか(上限30、私31)高かった。
「え〜〜!!これはおかしいよ〜、そんなにお酒飲んでないし、
主人だって桁違いだった数値が今回人間ドックでほぼ正常値にまで下がってたんですよ。主人ほど飲んでないのに」
「検査の少し前に大酒飲んだって日記に書いてあったでしょ?」
「そうでしたっけ?」(すっかり忘れてる)
「γーGTPは血液の中で1番正常値に戻るのに時間がかかるんだよ、
もし検査の前日に大酒飲んでたら多分100以上の値になってたと思うよ。でも、ま〜このくらいなら気にする事はないよ。」
「そうですか…」(そう言うもんなのね -_-; )
しかし、他の数値は全て正常範囲♪
ローもハイもなし!
こんな事は初めて!!
嬉しかった。


「はっぴ〜 ば〜すでぃ ちゅうさま !!!★★☆」
今夜はいろんな意味で「おめでと〜」って乾杯できるね (^_-)-☆
今年は元気に「おめでと」が言えて嬉しいです。
44歳のこの一年、良い年にしようね〜♪


5日 (日)

「 大マヌケ 」

7時少し過ぎ。
夫が横でPCをいじっていた。
私はその時胸から腹部辺りをテーブルに押し付けて(寄りかかる感じ)テレビを観ていた。
やけにテーブルが揺れる。
久々に不整脈が出たのかな?
心臓の音と重なるようにテーブルがユラユラ・・・・

「ねえ、ねえ、心臓がいつもよりバクバクしてるのかな〜?テーブルがその度に動いてる感じしない〜?」
「動いてる!動いてる!ちょっとひまわり大丈夫〜!?」と
私の心臓の音を聞くべく、夫が私の胸に耳をやる。

『♪ピコ〜ン ♪ピコ〜ン、♪ピコ〜ン』
「ん!? 地震速報!」

思わず天井を仰ぎ蛍光灯を見る。
紐がゆらゆら・・・

2人顔を見合わせる。
大爆笑!!!
「やだ〜!地震だったんじゃん!!」
松本市は震度2だったらしい。

よく考えれば心臓のバクバクでテーブルがゆらゆら動いたら凄すぎだよね〜 (^^ゞ
1人では持ち上げられないようなテーブルなんだし。

検査の結果、気にしてないようでホントは気になってるのかな〜?
自覚症状ないんだけど。

全く〜2人で何やってるんだか
…私のせいか (~o~)


4日 (土)

「 親孝行しないとね 」

夫の実家へ1泊。
義母の喜寿の記念写真を撮りに行くのが目的。
義母は肌が弱いので畑仕事はもちろん、外出する時は必ず、顔や首、腕には日焼け止めクリームを塗ったり
手ぬぐいを巻いたりしている。
元々、キメの細かい肌なのだが、私なんかとは比べものにならないくらいシミもなく
スベスベの綺麗な肌をしている。
腰は曲がっているが、年よりは若く見える。
義母自身もしみじみ「自分がこんなに生きたなんて信じられない」と言っていた。

義母は私のないものを沢山持っている。
その分尊敬するところが多く、いつも見習わなければと思う事ばかり。
お世辞ではなく本当に。
肝っ玉母さんそのもの。
くよくよしないし、自分と言うものをしっかり持っている。
ちょっとやそっとの事では動じないし、気分屋ではなくいつも穏やか。

ところが、自分の親より年齢がかなり上なのと、育った環境があまりにも違うのとで(当たり前)
結婚したての私は受け入れられない事が多く、ついそのストレスを溜め込む事となり
爆発してしまった事があった。
間に挟まれた夫は当時大変だったと思う。

しかし病気したり、年を重ねると少しは人間成長できるらしい。
自分の至らなさが見えてくるんだよね。
義母に謝罪…と言うと大げさだけど、「反省しました〜」と言うような手紙を書いた事があった。
「そんな事、何とも思ってないよ〜。人間良い面悪い面あるんだから、そこはお互い様で楽しくやって行こう」と。

その事があってからは本当の母のようにすっかり甘え、
何でも言い合える関係になれたかな〜(病気の事はボチボチだけど)
義母の懐の大きさに感謝かな〜

夜は「喜寿、おめでと〜〜!かんぱ〜〜い」とちょっとばかりの御馳走を皆で食べた。
3人で夜遅くまで義母の生い立ち、お嫁に来た時の話を始め、いろんな事をおしゃべりした。

寝る前にぽつんと「お祝いしてもらったりよくしてもらって幸せ」と義母。
普段はちっとも親孝行できず、私などは逆に心配ばかりかけてるのに。
嬉しい、嬉しい一言だった。

おかあさん、いつまでも元気でいてね。


2日 (木)

「 定期検査 」

生憎の雨の中、採血、レントゲン、エコーの検査日。
CTがないので、朝食を摂っていけた。
朝食べないで出掛けると、病院へ着く頃既にヘトヘトになってしまう。
今日は食事して行ったお陰で血流が良くなっていたのか、採血も難なく取ってもらえた。
レントゲンも無事終了。
今日はどこもそれ程混んでいなかったため、あまり待つ事もなくスムーズに検査がすすんだ。
現在の時間11時半。
エコーの予約は1時50分。
それまでにはたっぷり時間がある。

実を言うとエコーの予約時間は3時50分だと主治医から言われていた。
「エコーだけちょっと遅い時間になるけれど」って。
「昼食摂れないんだ〜」と会話をした記憶が…。

看護師さんに時間の確認をすると1時50分の予約と判明〜
13時と3時を先生見間違えたんだろうか??
「せんせ〜今幸せなときだからかしらね (*^^*)」と話した。
でも3時50分でなくて良かった。
早い時間に越した事はない。
逆だったらかなり切なかった…。

最近寝不足が続いているので、座ったままウトウトしたり、本を読んだり、
時々外へ出て携帯メールしたりして時間を潰した。

今日の先生は初めての人だ〜〜(^^)
とっても親切で優しい感じの先生。
忘れずに前回ケロイドを強く擦られ痛かったので気をつけて欲しい事を告げたら
「申し訳なかったですね〜」と言われ、恐縮してしまった。

実は前々回の検査で脂肪肝が少しあると言われ今回どうなったか聞いてみた。
「脂肪肝は見受けられませんが、それよりも皮膚の下の方(皮下脂肪)がありますね〜」と言われてしまった。
それも数回…(-_-;)
それはしっかり判っております、はい。
もっとはっきり「脂肪つき過ぎ〜!」と言ってくれても言いのですよ〜。
逆にはっきり言ってもらった方がスッキリするのです〜
…と、そう言う問題ではなく、これ以上脂肪付けないように気をつけましょう〜

検査の結果は来週の水曜日に聞きに行く。
その時、昨日取ったほくろの結果も聞けるかな〜?

家には4時頃帰宅。
2日続きの病院行きは疲れるね〜ふぅ〜
「お疲れ〜」(自分に)



1日 (水)

「 ほくろ切除 」


蕁麻疹の薬を処方してもらうため、皮膚科外来へ。
来週も外来があるのと、薬が体に合わなかった時の事を考えて7日分処方してもらう。
いつものように手術痕を診てもらった時、来週話そうと思っていた事を話す。
「以前気になって診て貰った事がある、手術したほくろの側にあるほくろがまた少し大きくなった気がするんですけど」
「あ〜、少し突起してきてるね。」
「やっぱりそうですか。」
「でも悪いものと言う感じはあまりしないね。」
「でも以前も同じ事言われて悪性だったからちょっと不安。」
「悪性だったほくろよりまだ大丈夫な感じだけど、心配だったら取る?」
しばしいろいろ話し合い・・・ 
で、切除する事にした。

「後〜、他にも最近気になるほくろがあるんです。
右胸周辺に3つほどあるほくろなんですが、放射線治療後黒く変色し、その後大きさの変化はなかったのですが
最近少し大きくなってきたんです。」
「状況的にはそっちの方が心配だね」とそのほくろも診て貰う。

結局全てのほくろをダーモスコピー(拡大鏡のようなもので肉眼よりも細かく大きく診察が可能)で診てもらい
背中のほくろだけ切除してもらう事となった。
2時ごろから手術をすると言われたので、昼食を取りがてら夫にTEL。
いつもはメールだが、今日はいろいろ話す事があったので。

1時半過ぎには処置室へ呼ばれた。
まずほくろの写真撮り。
次にダーモスコピー。
この機械、見た目はほとんどデジカメ。
映像も見せてもらった。
想像した以上に鮮明で細かく綺麗に見えびっくり。
次はいよいよ切除。
クラシックの流れる中、手術開始。
麻酔をされた時、インターフェロンのあの痛みを思い出す。
何故か懐かしかった(喉元過ぎれば…である)
しかしインターフェロンほどの痛みではなかった。

ほくろ自体2〜3o。
切除したのは瞳型に5〜6o。
深さは3o程。
ほんのわずかの切除のため、時間も20分程度で終了。
抜糸は来週の外来日。

全てが終了し廊下へ出ると夫がいた。
TELで「心配だから午後仕事を休んで病院へ行くよ」と言ってくれたが
大きな手術をするならともかく、ほんのわずか、それも背中のほくろを切除するだけだから歩くのに支障が出る訳でもない。
「来なくても大丈夫だから。」と何度も言ったけれど、夫とすれば一昨年の事が甦るのであろう。
心配して来てくれたようだ。
TELして心配かけてしまった事を反省。
でも、嬉しかった・感謝、感謝。

帰りの車の中で『あ〜、今日の日記は大変だ〜、夕食どうしようかな〜』などと考えてる私の横で
「大丈夫?再発の心配はないよね?」と夫。
いつもいつも心配ばかりかけてごめんなさい。
でも大丈夫。(根拠はないが、そんな気がする ^^)
大丈夫じゃなかったとしても今から考えたってどうにもならないから今は考えないようにしてるよ〜