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    2003年  12月    

12月28日 (日)

「 今年最後の日記 」


昨日、「明日ひまわりんとこ行って良い?」と飯田の友達からメールが来た。
今年はもう会えないと思っていたから嬉しくって即OKメールを出した。

最近まで、旦那様が怪我で入院をしていた、夫婦で仲良くさせてもらっている友達。
この間のお見舞いのお返しなのか、山ほどのお土産をもって来てくれた。
思わず恐縮…、でもうれし♪

4人でランチを食べに行き、その後は自宅へ戻ってひとしきりおしゃべりに花が咲く。
2年ぐらい前までは、4人で1泊旅行や温泉やドライブによく行ったものだ。
しかし、昨年以来お互いの家でいろいろあり、すっかりご無沙汰になってしまった。
だから、話の内容も旅行や温泉の話がほとんど。
そして、来年早々4人で温泉に1泊する事が決まった。
今からかなり楽しみ♪♪

今回友達と会うことを即OKしたものの、嬉しさではしゃぎまくる私は
お正月など、これからの事を考えると(疲れが出て夫の実家へ帰れないとか)
約束しない方が良かったかなとも思った。
しかし、夫が「ひまわりの場合は会った方がより元気になれるから良いんじゃない?」と言ってくれた。
確かにその通り!
友達が帰った後も元気いっぱいはじけていた。

考えてみたら、今年はこの繰り返しがいつもの年以上に頻繁で
そのお陰で、病気の落ち込みがほとんどなくいつも元気でいられたような気がする。
有難い事である。
感謝!! 感謝!!

父の死を今年に入っても未だに受け入れられないでいた。
しかし、一周忌後、不思議とそれを受け入れられるようになった。
それからは『私は父に見守られている』と思えるようになった。
良い事、全てに於いて、「ありがたい」と思えるようになった。
そう考えられるようになった自分は幸せものだと思う。


今年1年、ここへ訪れてくれた皆様とはそれぞれに何かのご縁があったのだと思います。
そのご縁をこれからも大事に、そして末永く続く事を祈っています。
有難うございました。
皆様にとって来年は今年以上に良い年になる事をお祈り致します。






12月26日 (金)

「 これから… 」


今日でやっと治療が終った。
今のところ、検査結果で異常はない。
この5日間、無我夢中で1日1日を過ごしてきた。
毎日病院へ通わなければいけないと言う緊張感はあったが、それも心地よい緊張感だった気がする。
入院して治療をしていた自分とは全く違う感じ。
入院しながらより、遥かに元気な「患者」だった。

治療が終った嬉しさで、帰宅してからつい溜まっていた洗濯物をしたりとバタバタ動いてしまった。
疲れが出て来てやっと「いかん、いかん」と休憩。
ちょっと嬉しくなるとつい悪い癖(後先考えない病)が出てしまう。
今日は夫は仕事納めで帰りが遅いから、のんびりPCなんぞしながら、自分の時間を過ごそう。
明日か明後日は「これでやっとお正月の事が考えられるぞ〜!」って飲んでしまうんだろうな〜 (^_^;)
そう言う時もなきゃね・・・言い訳

さて、そうそう喜び呆けてばかりはいられない。
明日に向かっていつまでも元気印のひまわりでいられるためには何をすべきか?
今までの生活習慣や食事などを見直すのはもちろんだけど
かなり手ごわいのが、いつでも前を向いて進もうとする自分でいられる事。いる事。
それにはこの「くよくよ病」を改善しないとね。
自分はどうもくよくよと考える事が好きらしい。
くよくよする事がないと探してくよくよしているような気がする。
それは後ろ向き…だよね。多分、自分で勝手に生産してるストレス。

でも最近は随分くよくよする事がなくなったんだけど、まだまだかな。
くよくよしそうになると、「ニィッ」って笑ってみたり、音楽掛けたり、楽しい事を考え直したり…。
今年は自分に「くよくよ病」がある事をしっかり自覚でき、ちょっとでも改善法が見つけられつつあるところまで来た。
来年はそれから、おさらば出来る状態にしたい。
ゆっくり、ゆっくり…と自分に言い聞かせながら…。






12月24日 (水)

「 時間の問題とは思っていたが… 」


昨夜、今朝と治療の影響か食欲があまりない。
それでも、これも薬とばかりに一生懸命食べた。

今日は治療3日目。
10時半の予約だが、少し早めの電車で行く事に。
これが正解!!
電車が遅れて来たのだ。

今日はM主治医による診察とインターフェロン。
「見たよ。」
「へっ!?」
「HP…」(^_^)
「・・・・・。」(・・;)
ひょんな事からバレてしまった。
ま〜時間の問題だとは思っておりましたが…。
しばし、その話で盛り上がる。
「今日のアップ、楽しみだな〜」
「うぅ…、書きにくい…ですー。」
「結構、先生方の悪口に近い事も書いたからな〜、でも自分なりに正直にそのまんまを綴ったんですよ」
思わず確認したりして・・・ハハハ(笑うしかない)
「い〜や、間違ったとこはないよ。」
寛大なお言葉感謝です。(汗)

診察が終り最後に「はい、じゃ〜また明日ね…、って書かれたりして」
ご要望(?)にお応えしてM先生、書かせて頂きました。(ごめんなさ〜い)

先生の口から「ひまわりさん」とHNが出た時は「どきっ」としたし、今までより少々書きにくくなった事は確かだが
考え様によっては、自分が今何を考えているのか、どう言う生活をしているのか
判ってもらえる訳だから、良かったのかもと思った。

もちろん、今まで通り気にしないで、ありのままを綴っていきま〜す!!




12月23日 (火)

「 治療2日目 」


祝日のため、夫の運転する車で病院へ連れていってもらった。
雲一つない良い天気。
病院へ行くのにはあまりにもおしい天気。
しかし、今までの事を考えると、落ち込むどころか、ウキウキで病院へ向かった。
入院と言う束縛がなく、自由に過ごせる嬉しさでいっぱいだった。
これから、入院するような感じがしたから、余計にそう思えた。

病院の玄関から時間外受付、そして6階にある皮膚科病棟へ行くまでは結構な距離ある。…、と言っても300mくらいだが。
しかし、途中疲れてしまって休まないまでも歩く速度がかなり遅くなる。
あまり自覚はなかったが、やはりフェロンの治療を受けている体である事を思い知らされる。
そう言えば、夜中、酷い寝汗をかいたっけ。
倦怠感も昨日より少しある感じ。
元気はあるんだけど、でもそれが無理をする元だから気をつけないと。
検温して、傷の周り6箇所をブスー、ブスーとインターフェロンの注射して、はい、お終い!
うぅ…、これで帰宅できる嬉しさが込上げてきた。

病気して(する前もそうだけど)1番いけないのが、ストレスらしい。
後ろを振り向かず、落ち込みそうな事があった時は真正面から向かわないで上手くかわし、
前へ1歩、1歩進んで行こうね!と夫と話した。






12月22日 (月)

「 今日から治療 」


今日から初の通院治療。
お天気がよくて良かった。

始め、採血ルームにて、採血。
少しでも血管が出やすいように、水分はしっかり摂ってきたつもりだが
手が冷たかった事もあり、久々に苦戦。
手首の内側と人差し指近くの甲、2箇所から、時間を掛けてポタポタ…と、何とか採れた。

その後、外来にて、T主治医の診察と、アレルギー反応のテスト。
採血の結果、異常なし。白血球はなんと4710!!!
思わず「4700〜?!」と聞き返してしまった。
こんな好数値、初めてだわ♪♪
そして、インターフェロン。
これからの予定などを打ち合わせ。
「この後はエコーですね。ではまた明日。」と別れた。
この時点での時刻1時半。
検査が2時半なので、空いた時間、入院中に仲良くなった方が丁度入院中なので会いに行った。

エコーは放射線外来で受付し、その奥の部屋で検査。
受付の看護師さんがいなかったので、中へ入って誰かいないかと覗いてみると
主治医のN氏がいた。
しばし、雑談。
この先生にはメンタルな部分でもお世話になっている。
今日も雑談ついでに現在自分が不安に思っている事、これからの治療の事など相談。
いつも私の心を軽くしてくれる回答が頂ける。
感謝!!

今日のエコーの予定は首と腹部だったが、技師さんが気を利かせてか
他に腋の下、足の付け根も診てくれた。

3時、やっと今日の予定全て終了〜  疲れた〜〜
そしてお会計…、エコーとフェロンの治療、採血で…、うひょ〜11270円なり〜〜!!(もち、保険抜き)
普段は入院費として払うので、1日分の検査や治療代って、あまり計算した事なかったけど
ん〜、高いです、特にインターフェロンさまが…(-.-)

3時半、やっとこ遅〜いお昼。
おにぎりとお水…。
帰宅したのが、5時近く。
心配していたほど疲れも出る事なく、わりと元気に帰ってこれた。
後、4日、ガンバロ〜!!






12月17日 (水)

「 気分爽快 」


最近、めっきりコタツから出るのが億劫になってしまった。
体力、筋肉つけるために、少しは運動しないと…と、思ってはいるんだけれど
こう寒くちゃね〜。
温室生活(入院)に体が慣れてしまったのと、筋肉が落ちて脂肪だらけになってしまったから
今年は暖冬だと言うのに、いつもの年より寒さがこたえるのかも。

今日は天気も気分も良いので(気分は最近ずっと良いんだけど)久し振りに
少し遠いところにあるスーパーまで歩いて買い物に行く事にした。
片道20分程。
歩くには丁度良い距離。
風がかなり強かったけれど、天気はとってもよく、北アルプスがとても綺麗に観えた。

さて、私はこの道を歩くのは2度目、それも1度目は夫と一緒だった。
なるべく車が通らない、信号機がない裏道を選びながら歩いたので
ほとんど道順を覚えていない。
それでも、「ん?」「あら?」と振り返ったり、立ち止まったりしながら
なんとかスーパーに辿り着いた。
「方向音痴の私にしてはなかなかやるじゃん!!」なんて思ったりして。

帰りの道は行きと違う道を帰ってきた。
別に私自身、違う道を通りたかった訳ではない。
あまりにも気分がよく、きょろきょろしながら呑気に歩いていたら
全然知らない道を歩いていたのだ。
少々回り道をしたらしい。
まっ、それでも迷子にならずに(この歳で迷子は恥かしい)帰ってこれたし、行きとは違う風景を観れたから
「怪我の功名」(ちょっとおおげさ)と言う事でヨシとしましょ。

歩くのは運動になるだけじゃなくて、気分もすっきりするから良いね。






12月16日 (火)

「 考えさせられた 」


今朝8時半頃から「癌治療後の後遺症とどう付き合うか」についてやっていた。
この時間はたいてい家事に追われている時間帯だが、時間でどこかへ行く予定がある訳じゃなし
興味があったので、観る事にした。
主に、郭清手術(リンパ節摘出術)後の後遺症として出る場合がある、「リンパ浮腫」の事をやっていた。
リンパ浮腫などの後遺症が出ないための最新の手術として、
「センチネルリンパ節(1番最初に転移する可能性の高いリンパ節)切除法」についても触れていた。
ただ、この方法は初期(進行度)の段階でないと難しいらしいが。

癌の治療は投薬や手術で消えたり、取ってしまえれば良いと言うものではなく
その後の後遺症で苦しんでいる多くの人のケアが大事というような内容だった。

私の場合はセンチネルリンパ節が奥の方にあったという事と
初期ではなかったので、転移の可能性もあると言う事で右腋の下全てのリンパ節を切除した。
しかし、普段の生活に困るほどの後遺症が残る事はなかった。
1度だけ、短時間でかなりのストレスを受けた時、手術した方の右腕が腫れ
手は赤ちゃんのようにパンパンに浮腫んだ事があった。次の日には治まったので病院へ行く事はしなかったが。
リンパの流れを良くするマッサージなどもあるようだが、完全に治る事はないらしく
精神的にも辛いようだ。
症状がひどい場合は歩けなくなる事もあるらしい。

今まではこう言う症状が出ても癌細胞は取り除けたからOKで、あきらめて辛い生活を余儀なくされていた人が
たくさんいたんだろうな〜と思った。
今もそう言う人はいっぱいいるんだろうけど…。
再発の不安をかかえて生活するだけでもかなりのストレスなのに
後遺症でも悩まされ続けるなんて、私には想像出来ないほど大変な事だと思う。
少しずつはその改善法が出てきているらしいが、後遺症が少しでも少ない治療法やケアが
豊富に出てくれば良いなとテレビを観ながら思った。

奥さんの浮腫んだ方の足をリンパマッサージしていた旦那さんが
「妻一人辛い思いをしていて、側にいる自分は今まで何もしてあげられなかったのがとても辛かった。
今、こうして妻にしてあげる事がある事が嬉しい」というような事をいっていたのが
とても印象的だった。
旦那さんが夫とだぶり、思わず涙がこぼれそうになった。







12月15日 (月)

「 癒し 」


入浴剤の替わりに、アスコルビン(ビタミンC)とアロマオイルを入れると良いよと聞き、
早速試してみる事にした。
アスコルビンは粉末になっていて、レモンのようなビタミンC特有の香りがした。
オイルはいろいろ迷ったが、結局ラベンダーにした。
湯船にアスコルビンを入れると、水道水の塩素と中和されたのかほんのり水色に。
アロマオイルはその名の如く、油が浮いた。でも、とっても良い香り。
気持ちも落ち着く感じ。
入浴剤とはまた違った軟らかい肌触り。
お風呂から上がってから、かすかに体がラベンダーの香りがするのが良い気分。
ビタミンCは体に良いし、ジンマシンで悩まされている私にはもってこいと言う感じ。
これで痒みも少しは緩和されれば良いな。
普段、1時間近く入浴しているが、これでまた入浴時間が延びるかな。






12月13日 (土)

「 早々 今年を振り返る 」


少々早いが2人で忘年会をした。
昨年の今頃は、2003年がこんなに激動の1年になろうとは考えもしなかった。
そして、メラノーマと宣告された頃は今日のこの日をこんなに明るい気持ちで、
そして元気に迎えられるとは想像もしなかった。
今までに今年ほどたくさんの方とお知り合いになったり、お会いしたりと忙しく過ぎた年はなかったと思う。
1つ1つ思い出してみると、病気になった事は辛かったけれど、それ以上にいい年だったと思えたよねと話した。
毎日顔を合わせている夫だが、今日も話はつきなかった。
そして、久し振りにお酒も進んだ。
皆さんに、素敵な出会いに、そして夫に感謝、感謝です。
来年は今年以上に忙しくなる予感。
いっぱい、いっぱい、ドキドキした楽しい出来事が待っている気がする。
今年以上にいい年にな〜ぁれ!!!







12月12日 (金)

「 妹 」


妹が遊びに来た。
なかなかお互いの予定が合わず、今日は久々の再会。
妹とのメール交換はポストペットでやっている。
その3Dバージョンをインストールしてもらった。今までより、ずっと楽しめそう。私の癒し。
お昼は近くのイタリアンレストランへ。
ここは、野菜がふんだんに使われ、それがまたとっても美味しい。
コッテリ系のパスタの苦手な私にピッタリのあっさり味。
住宅が密集しているところだが、ガーデニングがほっとさせてくれる。
その後、近くのデパートへ。
ブラブラ見て歩いたり、お茶したり。
再び帰宅して、6時半頃までひたすらおしゃべり。
今日は久し振りによくしゃべり、よく笑った。
今度妹と会うのは来年かな。
まだまだ新米奥さんの妹だけど、同じ立場になった今、共感できる部分も多い。
9つ違いの妹…。
私が子供の頃、妹と早く対等に話が出来る日が来ると良いなと、よく思ったっけ…。







12月10日 (水)

「 皮膚科外来 」

皮膚科外来日。
採血の結果、白血球4410
かなり良い数字
予定通り22日からの治療は通院でできそう。

慢性ジンマシンの薬をかれこれ4ヶ月飲んでいる。
しかし、全く良くなっている感じがしない。
主治医と相談し、しばらく飲むのを止めてみる事に。
毎日飲む薬が減るというのは嬉しい。
それからもう1つ、相談…。

この病気で1番大事なのが、検査。
インターフェロンはやらないよりはやった方がマシと言われ、後悔がないようにと治療をする事にした。
しかし、治療が重なるに連れ、免疫力が低下したせいか、風邪をひきやすいなど、
体力もめっきり落ちてしまった。
現在の治療は再発しないためのもの。
だとしたら、免疫力を落とさないために治療を止めて、その分栄養面などに気を配って生活した方が
体力もつくし、ずっと良いのでは・・・?
と、主治医に聞いてみた。

倦怠感、体力低下はインターフェロンの影響だけではないと思う。
全身麻酔を経験すると、歳には関係なく、1年ぐらいは体が辛い。しっかり元に戻るには3年はかかるだろう。
今までの採血では白血球が3000代前後、それが4000代になったと言う事は
まだ体に残っていた抗癌剤がだいぶ体から出て行ったためではないかと思う。
途中で治療をやめてから再発する人は今まで多かった、再発すれば、再発する時より再々発する確立はもっと高くなる。
再発した時の治療法は手術か同じ抗癌剤治療をするか、インターフェロンしかない。
ここまでせっかく治療してきたのだから、後2年はやった方が良いと思う。
通院で治療が出来るとなれば、ストレスも少ないだろうし、病棟はとても乾燥しているから、
入院しなければ案外風邪もひきにくくなるかもしれない。
インターフェロンの副作用である“鬱”が出ていれば、治療は中止した方が良いが…。

治療を始めて一時期、かなり精神的に辛い時があった。
最悪の時は「生きてる意味があるんだろうか…」というところまで行ったのは確かだ。
その頃はもしかしたら、鬱に近い状態だったのかもしれない。
しかし今は、気持ちは治療を始めた頃に比べるとはるかに前向きで元気である。
この病気はまだ確立された治療法はない。
それでも、インターフェロンをしなければ、再発の確率が上がると言われれば
治療しないで自己管理していく自信はない。
やはり、再発は恐い。
結局治療を続行する事にした。
そう決めたら、いろいろ考えない事にした。
先が見えない分、治療をするかしないか…、難しい問題だ。






12月7日 (日)

「 やっと お口に 」

午後、来客…、珍客さまが来た。
この話はまたの機会に…。

お客さんが見える前にと、朝から天気も良かったので、椎茸の天日干しをした。
『信玄原園』に注文しておいた椎茸が昨夜届いたため。
思っていた以上に肉厚で美味しそう。
「このまま焼いて食べたら美味しそう」と思いつつ、送られてきた椎茸全て干した。

最近、ほとんど、椎茸を食していない。
スーパーに売っているものはほとんど中国産。
中国産のものはどうしても敬遠してしまう。
国産のものに巡り合えても、お値段は中国産のものに比べ倍はする。
食べられないと思うと、異常に食べたいと思う欲求が溜まるもので、
どうせ少々高めのものを買うのであれば、妹夫婦のところのをと…。

肉厚な分、干すのに何日も要しそう。
しかし、待ちに待った椎茸、完全に乾燥させるまでいられる椎茸はあるだろうか…?
多分、干し終わる前に2人の胃袋におさまる事だろう。






12月6日 (土)

「 お見舞い 」


友達の入院お見舞いに飯田市まで行った。
厳密には私の友達の旦那さんだが、お互いが結婚する以前からのお付き合いなので
今では友達の旦那さんと言うより、しっかり友達である。
4人でドライブへ出掛けたり、温泉に1泊旅行したり、良いお付き合いをさせてもらっている。

今年、5、6回は生まれ育ったこの飯田市に行く機会があったが、雨に降られなかった日はたった1日だけ。
今日もお天気はしっかり雨。
何でだ!?(-_-;)

怪我での入院と言う事もあるが、いつもの明るい様子にホッとする。
怪我と言ってもかなり大きな怪我で今日も午後から2度目の手術。
一しきり、全身麻酔の話で盛り上がる。
まさか、病気とは全く縁のない彼と、こんな話をする日が来るとは思わなかった。

お見舞いの帰り、せっかくこっちまで来たのだからと、別の友達とも会っていった。
明日来客があるため、疲れが出ないようにと思い、少しでも早く帰りたかったので
送る予定にしていたものを渡し、少々玄関先で立ち話して別れた。

今年はもう飯田の友達と会うことはないだろうと思っていたが
ひょんな事から会う事ができた。
それぞれの友達とも、ゆっくり色んな話はできなかったけれど
会えた…というだけで、嬉しいね。

今回会った友達は、いつもの年に比べ、大変な事が多い年だった。
来年はみ〜んな、良い事が多い年になると良いな。

Mくん、お大事にネ。






12月2日 (火)

「 冬だ!! 」


今朝は久し振りに青空が出ていた。
部屋から雪を被った北アルプスの山々が綺麗に観え、思わず「きれぇ〜」と叫んでしまった。
ドライブ日和。
しかし、休日はどうしても太陽さんにソッポを向かれてしまう。
あ〜、安曇野辺り、ドライブしたい!
今日は朝から体調が良いから余計にそう思うのかも。

午後、退院して初めて、徒歩でお出掛け。
お出掛けと言っても、歩いて10分余りの郵便局まで行っただけだが。
しかし、こんなに歩いたのは久し振りの事。
歩くってどう言う事だっけ?って思うほど、違和感たっぷり感じながら右足、左足テクテクテク・・・と言う感じ。
これ読んで笑う人いると思うけど、ほんとの話し。真剣なのです。(-.-)

太陽の光を浴びながら、あちこちのお宅の庭を眺めながら…を楽しみにしていたが
残念ながら、出掛ける頃は曇りで少々肌寒かった。
あるお宅では庭先で、野沢菜を大きなタルの中でザブザブ洗っていた。
余計に寒さを感じた。
明日は電車に乗って美容院へ行く予定。
少々早めに出掛けて町のクリスマスの雰囲気を味わってこようかな〜。
そうそう、駅ビルのフリマボックスに出店してる、えりぃさんとまくらぎさんの作品を見に行ってこよう。

明日は太陽さん、拝めますように。。。






  2003年  10月 〜 11月  


11月30日 (日)

「 退院して…その後 」

未だに入院前からの風邪を引きずっているのか、体調はいまいち。
退院して1週間。
いつもなら、寝て過ごす事が多かったが、今回はそれがないだけ良いのだが。
毎朝、鼻声で1日が始まる。
時間と共になくなるのだが。
日によっては手のむくみがひどく(握れない感じ)蕁麻疹もいつもより面積が広く出て、それがなかなか消えない。
日中まで元気だったのに、突然夕食時に吐き気や寒気に襲われ
食事も早々に布団へ入る事もある。
1時間位寝れば、また元気になるのだが。

これらの症状は多分、治療や風邪でかなり免疫力が低下しているせいだと思う。
1日のうちで元気になったり、突然調子が悪くなったり、再び元気復活したりと
身体に自分の頭がついていけないところもあるが、
そのうちどうにかなるでしょうと案外呑気。
夫の方がやきもきしている様子。

自分自身、何をどうすれば良いのかわからない状態だが
今出来る、栄養面、水分補給、無理をしない、には充分気をつけて生活しようと思う。
前回退院した時よりは体調が良いのは間違いないんだもの。







11月26日 (水)

「 夢から現実へ☆★ 」


メル友Pさんがうちに来てくださった。
高速道路を使って3時間はかかる遠方から遥々。
電話でおしゃべりしただけで、お会いするのは初めて。
メールや声を聞いただけでもパワー溢れる方だと想像できたので、お会いしたらどんなだろう?と、とっても楽しみだった。
下りるインターは「塩尻北」なのに、「塩尻」と教えてしまった。気持ちは「北」がついていたのに
メールでは付け忘れてしまい、Pさんに初っ端からご迷惑をかけてしまう。

私が想像していた以上に元気で明るい方。
太陽のような、それこそひまわりみたいな・・・。
お話しをしていると、あのキラキラした瞳に吸い込まれていきそうなくらい、素敵な人。

彼女はメラノーマ歴が私の大先輩…ちょっと変な言い方だけど。
勉強になるお話しを山ほどお聞きする事ができた。
目からウロコと言うのか、生きているってどう言うことなのか初めて実感したと言うか、
今まで見えなかったものが見えてきたと言うのか、とにかく彼女の口から出てくる言葉に感動の連続だった。

まわりの人を変えようと思うと大変だけど、自分の気持ち、自分の体を変える事は可能であると言うお話は
とても印象的だった。

私自身、前向きにとか、頑張ろうと気合は充分だった。しかし考えてみたら心の奥の方では
「自分は健康の人のようには長生きはできないだろう。50歳まで生きていられれば御の字かな」と、漠然と自分の人生の
終止符を打って生きていたような気がする。
Pさんとお知り合いになって、私だって、普通に80歳、90歳まで生きるチャンスはあるんだ、と思えるようになった。
それには医者におんぶにだっこではなく、自分の体を良く見つめ、今まで以上にもっともっといたわって
大事にしてあげる、愛してあげると言う事を学んだ。
病気だらけ、薬漬けの自分から抜け出せる日が来るような気がした。
そしていつの日か今度は私がPさんのように、誰かのためにパワーをおすそ分けできれば良いな。

Pさん、素敵な時間を有難うございました。
これからもよろしくお願いします。






11月23日 (日)

「 元気じるし 」


予定通り、21日に退院しました。
入院中、励ましのメールや書き込みをして下さった方々、本当にありがとうございました。
今回は発熱するなど、返信が出来ず、ご心配おかけしました。
随分、皆様には元気を頂きました。
またこれからもポツポツHPを更新していきますので、よろしくお願い致します。

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退院した日に夫に言われた。
「インターフェロンが途中で中止になってしまった事で、すごく落ち込んでいると思ってた。」と。
入院3日目に38.9度の発熱があり、その日の夜には平熱に戻ったものの、
炎症反応が少し出ているのと、再びインターフェロンをして発熱の恐れがあるということから
治療が中止になった。
その事で落ち込んでいるのではと心配してくれていたようだ。
抗癌剤が、著しい白血球の低下により中止になった時、かなり私が落ち込んでいたのも心配の要因…。
そしてこの治療を始めた頃の私の口癖は「後悔だけはしたくない。」であった。

夫に言われ、そう言えば、治療が途中で中止になったんだとその事を思い出した。
「すっかり忘れてたよ。」と私。
「随分いろんな事を前向きに考えられるようになったね。」と夫。
自分自身、前向きに考えなければと思ったわけではない。唯、しっかり忘れていた。
退院出来た喜びだけに浸っていた。
でも、病気になった頃の自分と今の自分を比べれば、確かに無理なく前を向いて歩いている自分がいる。
そう自然に思えている自分を実感し、嬉しくなった。
「ほんとだね、フェロンが出来なかった事で全然落ち込まなかったよ。」とついはしゃぐ。
いいかんじ、いいかんじ。。。
まわりの人達の影響は大きいよね。ありがたや、ありがたや。

今年に入ってから風邪を頻繁にひくのは、インターフェロンの影響がかなりあるらしい。
免疫力を低下させるから、どうしても風邪をひきやすくなるらしい。
今まで以上に気をつける他ない。
この事は今回、入院最終日に看護士さんから聞いて初めて知ったのだが・・・。

風邪をひかないように、体力も少しづつつけ、元気印のひまわりでいる事が
今の私の1番のお勤めであり、まわりの人に心配掛けない事であり、そして何より幸せでいられる条件なんだもの。
のんびり、そして楽しく だね!!






11月12日 (水)

「 皮膚科外来日 」


皮膚科外来日。
本当は今週の月曜日から入院予定だったのだが、先週末の交流会にどうしても出席したかったので
その疲れが取れるであろう来週からにしてもらってのだ。
で、念のためと言う事で顔を見せに外来へ。

診察室へ入ると、主治医がマスクをしていた。
元々“モソモソしゃべり”なので、マスクをしているから益々何言ってるか判らない。
思わず「先生、風邪ですか?」と。
「思いっきりひいちゃったよ。」
「先生にうつされて入院できなかったりして。」
「・・・・」主治医、人の話、聞いてない。(-_-;)  いや、聞いてない振りしてたのかも。

発熱したのも先月の終わりごろだし、今はすっかり元気なので、採血はなし。
予定通り来週17日からの入院と言う事になった。
ついでに、「来年も体調がこんな感じだったら富士登山に挑戦しても良いですか?」と聞いてみた。
即OKが出た。やった〜〜。体力作りにも精が出る・・・はず。
診察室を出る時、「お大事に」と言って出てきた。
どっちが病人?・・・・、今は主治医の方か・・。
でも、とても辛そうだった。
こう言う仕事は風邪くらいじゃ休めないから大変だな〜。

薬が出来る間、昼食を摂る。
これが私の外来での唯一の楽しみ。
売店でパンと缶コーヒーを買って、ずっぽりひまわりワールドの中に浸って食す。
やはり変わり者の私。
人は食堂やレストランで食べたら?と言うが、これが止められない。

帰りは松本駅まで東回り線のバスに乗って帰ってくるのだが、たまにはと、西回り線で帰ってきた。
変わったことをしてみるのも、気分が良いものだ。

今日は雪でも降るんじゃないかと思うほどの寒さ。
主治医の風邪がうつっていませんように。
話が聞き取りにくいため、随分接近して話を聞いてしまったからな〜。
思わず、夕食後にみかんを食べる。(何気に風邪予防のつもり)






11月11日 (火)

「 少しは成長しました 」


夫と結納を交わしてから丁度13年。
結納と言っても、仰々しい事はせず、名ばかりの結納、ま〜しいて言えば、両家の初顔合わせ。
そして、生きていれば今日は父の67回目の誕生日。
何とはなしに、感慨深いものを感じる。

何故か判らないが、結婚記念日より、この日の方が結婚してからのいろんな事をしみじみと思い出す。
年が離れている事でのジェネレーションギャップ、同じ長野県でも北と南では方言も習慣も味付けまでも違う、
結婚するまでずっとヌクヌクと両親の元で過ごしていた私と、一人暮らしが長かった夫とは気が付くところも全く違う。
お付き合いしている時は気が付かなかったが、結婚してあまりのお互いの違いの多さに驚いたものだ。
それに気付かず、けんかもよくした気がする。

結婚当初は夫が出張などで外泊になり自分の布団だけを敷く時、夫の枕を眺めては
淋しさで涙をポロポロこぼしたりして・・・、そんな可愛い時代もあったっけ。
今は、「亭主元気で・・・」とまではいかないが、いなければ、その間にこれが出来る、あれ出来ると
たまには帰りが遅い日があっても良いかもなんて思ったりしている。
少なくとも泣く事はなくなった。

現在は大きなけんかは1年に1、2度かな。そう言えば、私が3日もご飯食べずに泣き続けた事もあったな。(^_^;)
細かなけんか(?)はちょくちょく。厳密には私の一人相撲…。
のれんに腕押し状態…。(それがまた頭にきたり)

でも、大きな問題にぶつかった時はお互いの考えている事や、感じた事を2時間でも3時間でも
お互いが納得するまで話し合うことにしている。
考え方の違いはあっても、お互いの考えている事だけは判っておこうって。

こうやって考えると、13年の間に、横道にそれつつも成長したな〜なんて思ってしまった。
変わらないのは私のわがままかな。(^_^;)・・・・・、変える気なし。。。
そんな私だけど、これからもよろしく!







11月9日 (日)

「 交流会 ・ 二日目
 

昨夜はあんなに遅くまで起きていたのに今朝は6時前にスッキリ目が覚めた。(興奮状態持続中?)
夫はまだ熟睡中。そ〜と温泉へ。
朝入る温泉はまたい〜んだよね〜♪

今日はリンゴ狩りの予定だったが、雨降りのため中止。もともとリンゴ狩りの希望ではない人も何人かいたと言う事もあるが。(私もその一人)
急遽長谷村の「分杭峠・『気』の里」
(日本最古の断層が縦貫する分杭峠の一角に、世界を代表する『気』場が発見されたところで、
その『気』が、体に良い影響を与えると言われている)へ行く事になった。
6台の車でゾロゾロ…。途中から、3台の車に乗り合わせて行った。
そこへ着く頃には雨はすっかり上がっていた。
この時期の標高1424mはかなり寒い。が、空気の冷たさが、心地よくもあった。
新聞やテレビで紹介された事もあったそうで、大勢の人が訪れていた。
せっかくここまで来たのだからと、『気』が噴出しているところまで、皆で行ってみる事に。
かなり急で細い山道を下るのだが、雨の影響と落ち葉でとても滑りやすくなっていた。
傘を杖代わりに、それから夫の手を借りつつ、何とかそこへたどり着く。
実際、「これが何なの?」という気もしないではなかったが、「信じるものは…」で
いっぱいその『気』を浴びてきた。
もう少し頑張って下りれば湧き水も飲めたのだが、益々の急坂、勇気がなく断念。

何年か前に長谷村で交流会をやったそう。(長野県でやった初めての場所らしい)
そこに立ち寄り、来年の予約。
既に私は来年の事を想像し、ウキウキ。「来年も元気で来られますように。。。」(^人^)

予約しておいたレストランで昼食。
思わず待望の蕎麦を食す事が出来た。
そして2時頃解散。

再び、ももこさんと夫の運転で帰ってくるのだが、
私は一人「良かった、楽しかった、次回も絶対参加したい、患者会に入ろうかな〜。」とはしゃぎまくっていた。
ももこさんから「良かったでしょ〜、次回も行こうね。」って。

野沢温泉でのプチオフ会でも実感したのだが、
私にはこうやっていろんな方達と会うことが、投薬治療以上の薬になっているのだと思う。

今回、大変お世話になったpandaさん、ももこさんはじめ、交流会の皆さんいろいろ有難うございました。
それから、旦那様に感謝!! ありがとね。






11月8日 (土)

「 交流会初参加 ・ 一日目 」

待ちに待った交流会。
松本駅で待ち合わせたももこさんと、「ストリーム」さんでランチをし、
喬木村にある「アスティたかぎ」へ夫の運転で出掛けた。
紅葉を眺めながらドライブ出来るかなと思っていたが、曇っていたせいか霞んでいていまいち。
それでも、久々のももこさんとの再会、そしてこれからの交流会の話でウキウキ、ワクワク、ドキドキで話が弾んだ。

予定の4時頃に到着。
総勢16人。
お会いした事があるのは、ももこさん以外、pandaさんだけ。
しかし、皆さん、良い方ばかりで、以前からお知り合いだったかのように
一緒に温泉に入ったり、会話に参加させて頂いた。
宴会の途中で自己紹介。
皆さん、それぞれにいろんな体験をされているんだ〜と思いつつ
お名前を聞いても、直ぐに片方の耳からもう片方の耳へ出て行ってしまって、
後で何度もももこさんに聞く事となった。(物覚え最高に悪し)
自分の自己紹介…、あれも言おう、これも・・・と思いつつ、結局移植してない事(後で何人かの方に訪ねられたので)と
ATLVキャリアである事を言い忘れたな〜なんて、やっぱりマヌケな私。

いろんな方がいろんな体験をされているので、勉強になる事がとても多かった。
笑いも多く、とにかく楽しかった。
多くの初対面の方とおしゃべりできた事は私にはとても良い刺激になった。
そのおしゃべりは夜中の1時過ぎまで続いた。






11月6日 (木)

「 ステキな贈り物 」

今日は朝から久々にしんどい。
坂東さんが言って下さった「3歩進んで2歩下がる」の言葉を思い出す。
2歩下がっても、確実に1歩は進んでる。焦る事は無い。
夫を送り出してから机の上に枕を置き、そこへうつ伏せになってしばし、ウトウト…。
気が付くと30分以上、ウトウトしていた。
はっきりしない天候と、最近体調が良すぎるほど良かった分、嬉しくて動きすぎたのもあるかな、しんどいのは。
こう言う時は気分も優れないもの。
しかし、今日はルンルン、ウキウキ、心臓ドキドキの良い気分♪
もちろん、病気に対する考え方が変わってから、落ち込む事はなくなっている。
でも、それにプラス、私をルンルンさせる出来事があった。

私が「富士山大好き」と言う事を知ったメル友のKさんは、
「来年富士山に一緒に登ってみる?フルサポートするよ」と言って下さった。
もちろん、Kさんは富士登山経験者。
Kさんは冗談で言ったのかもしれない。私もはじめは冗談だと思った。
確かに子供の頃から自分の足で富士山に登るのは夢だった、が、しかし、素人には無理と口にしたことさえなかった。
考えてみると、癌の闘病中の方、克服したばかりの方が登ったと言う話は聞いた事がある。
私にも登れるかな?
段々本気ムード。
まだまだ治療中の身、体力もないし、以前痛めた古傷も時々痛む。
肺を治療しているので、標高の高い山へドライブなどで行った時など息が上がり苦しくなる。しばらくすると慣れるのだが。
支度も揃えなければならない、主治医にも許可を得なくては・・・と、細かい事を心配すれば切りが無い。
でも、これが本当に実現し、登りきる事が出来たら、いろんな事に対して、特に病気に対して、
「何があってもくじけず頑張れる」と言う自信に繋がるような気がする。

ま〜、でも、これが夢で終ったとしても、このタマラナイほどのウキウキ感は
きっと免疫アップに大きく貢献してくれた事だろう。
Kさん…、感謝!!!






11月5日 (水)

「 産直の言葉に弱い私 」


先日の連休、あるスーパーへ寄ったら、『木島平 産直野菜』とコーナーが設けられていた。
ここでは食品は買うつもりではなかったのだが、
木島平 = 野沢温泉 = なおさん (私の頭の中)
と言う訳で、気になって覗いて見る事に。
白菜がスーパーで売っているのよりはるかに緑が色濃く、いかにも新鮮と言う感じ…、よし買った!!
聖護院大根が安い、これも…。
後、野沢菜漬けも…。
と、あれこれ、買ってきた。
産直の言葉に弱い私。でも、はずれはあまりない。と言うより、スーパーで売っているのより美味しい。
白菜は外側の葉も青々して軟らかく、食べられそうなので、
人参や、前回のヌカ床で使ってとっておいただし昆布を刻んで入れて浅漬けにした。
聖護院大根は豚肉やこんにゃく、椎茸などを入れて煮物に。
大根の葉は大根の皮と一緒にきんぴら風に。ちょっぴり、私の嫌いな桜海老をダシ代わりに入れて。
大根の葉をよく見ると、所々虫食い穴。
虫大嫌いな私は虫はいないか慎重に、びくびくしながら、丁寧に洗う。
これ、とっても時間がかかる。が、仕方がない。

作りおきしてあるにんにく入りの酢を煮物、漬物、炒め物、ポテトサラダ、生野菜と、何にでも入れてしまう。
今回も少々入れる事に。
他の調味料が少なくてすむし、案外味がしまって美味しかったりする。体にも良いし。ちょっとお勧め★

しかし、最終的な味はどうだろうか?
作っただけで満足しているひまわりである。






11月4日 (火)

「 こんな3連休 」


この3連休、何してたんだっけ?
ダルさのダの字も出る事無く、元気、元気で過ごした気はするが・・・。
そうだ、今回は先週ダウンしていて予定していたことが全然消化できなかったから、
その分、今週末は忙しかったんだっけ。

先ず、1日は、甥の二十歳のお祝いのプレゼントを買いに出かけたんだ。
女の子だと、いろんなものを思いつくが、男の子、それも子供のいない私達にはどんなものが良いのか??…難しい。
自分の時の事を思い出し、昔過ぎて参考になるだろうかとも思ったが、
お金より、記念になるもの、消耗品でも心に残るものが良いかなと考えた。
自分達が「これだ!」と思うものにはなかなか巡り合えなかったが、ブランドもののお財布に落ち着いた。(5円玉も忘れず入れて)
気に入ってもらえると良いけど…。
その後は細々した用を足しすため、スーパーやデパートをハシゴして帰ってきた。
この日、ほんとは安曇野辺りまでドライブしながら新蕎麦を食べる予定だったんだけどな〜。  また今度!

2日は朝からデジカメ写真のプリントアウトをせっせ、せっせ!!(せっせ、せっせさせられたのはPCか…)
が、PC、固まりまくり!!!
写真は野沢温泉でのオフ会でのもの。
もっと早くプリントアウトして、郵送するつもりでいたんだけど、すっかり怠けてて…。
今週末の交流会でその時のメンバーも来るので、その時には是非渡したいと思い、つい必死で、せっせ、せっせ…。
しかし、そんな中でも買い物へ行ったり、お散歩もしたり。(マイペース)
散歩と言っても、家から歩くには少し遠過ぎると思っていた、とっても安いスーパーが
案外近くである事が判明したため、思い立ったが吉日とばかりに、お散歩兼ねて二人で行ってみたと言う訳。
片道、2K程。久々のウォーキング。
なるべく国道を通らず、車の往来のなるべく少ない道を探しながら、
そして紅葉を眺めながらのんびりと歩いた。
30分余りで到着。
これくらいの距離なら充分歩いて行けそう。
運動も出来て、安い買い物が出来る、一石二鳥!!
これから度々来る事にしよう。
そして、帰宅してからも夕飯までせっせ、せっせは続いた。

連休最終日の3日、この日もプリントアウトをし続けて1日が終った。
写真の他にプリントしておきたいものもあったし。
相変わらず、調子が悪いPCに振り回されつづけた。

「なんだかな〜」と言った3連休だったが、ま〜元気にやりたい事ができたから
よしとしましょうね。
うっかり「夢見る葡萄」を見忘れたのがショックだったが。






10月31日 (金)

「 パワーアップ 」


HPを開設して、今日で丸1年。
感覚的にはまだ1年!!?・・・かな。
自分が体験した事が、少しでも誰かのお役に立てれば・・・と、おこがましい事極まりない思いでうっかり始めたHP。
1年経った今、この考え、少し変えなければ・・・、と思い始めた今日この頃。
多くの方々がここを訪れて下さり、たくさんの素敵な出会い、お言葉を頂いた。
今までの何年分もの多くの方との出会いが、あっという間の1年に思えたのだろうと思う。
私自身が勇気や元気、パワーを頂く事となった。
悪性黒色腫を発病してからは、今まで以上に精神的に辛い時期が度々あり
来て下さる皆さんの励ましがなければ、病気の不安に押しつぶされていたかもしれない。
本当に、本当に有難うございました。心より、感謝致します。
これからも、相変わらずのこんな私ですが、よろしくお願い致します。

さて、その都度、いろんな方と出会い、このHPを通して明るい光のある方向へと導いて頂いたのだが、
最近、またまた、より光輝く方へ導いて下さった方とお知り合いになった。
私は幸せ者である。

子供の頃体が弱く、度々風邪をひいては学校を休み、小学1年生の時には、扁桃腺肥大で手術、
7年前には悪性リンパ腫、そしてHTLVーTのキャリアである事が判り、3年前には子宮筋腫の全摘手術、
今年になって悪性黒色腫。
悪性リンパ腫の治療後からは少しづつ食べるものや運動にもそれなりに気をつけて(時々羽目をはずしつつ)
再発しない事を祈りつつ生活してきた。
始めのうちは無意識に頑張れていた気がする。
だから人に「頑張れ!!」と言われるのは抵抗があった。自分なりに頑張っていたから。
しかし、相変わらずの悪性リンパ腫の時の治療の副作用、ATL発病の不安、再発の不安、
いろんな事が重なっていく度に、気持ちの頑張りが効かなくなって来た。
黒色腫を発病した時は悔いのない治療をしよう、悔いだけは残したくない。そのために頑張れ!頑張れ!!と
自分に言い聞かせ、人から言われるともっと頑張れるような気がした。
最近はこの言葉は嫌いではなくなった。
それだけ、自分を元気付けるのに、パワーが必要になった。
言い換えると、私は癌になりやすい体質なんだ、自分の兄弟や夫がなる事を考えれば、ずっと楽、
唯、後は再発しない事を祈るしかない。現状維持できればよしとしよう。
そう思うようになっていた。

しかし、ある方・・・、Pさんとの出会いで私の考え方はすっかり替わった。
ビンタをくらったような衝撃。

それは体質改善!!
(なんで今まで気がつかなかったんだろう?今の自分を維持するのに精一杯だったのかな)

祈っていても前には進まない。
祈ってばかで、再発などの不安に怯えているから磁石のように不安がいっぱい迫ってくる。
だからストレスも溜まってくる。
そう言う事に気付かせてくれた。
できるところから、ゆっくり、ゆっくり、少しづつ、少しづつ。
自分の体の中で病気を作らないように、ちょっとづつ、ちょっとづつ、良い細胞を増やしていこう。
まだまだ始めの1歩をやっと踏もうとしているところ。
でも、気持ちは今までの私と全然違う。
健康な体に向かってGO!!!

Pさん、有難うございます。そしてこれからもよろしくです!

熱しやすく冷めやすい私。
またまた思いが逆戻りして愚痴愚痴ひまわりになる事もあると思うけれど
皆様、懲りづに、これからもよろしくお願いします。






10月30日 (木)

「 のんびり、のんびり 」


週末、発熱から平熱に戻るまでの、そして元気復活までの最短を記録したばかりだったのに
2日前からまたまたどうもいけない。
2日前、夕飯を食べ終わる頃までは何ともなかったのだが
突然頭を紐か何かで思いっきり締め付けられるような痛みに襲われる。
頭痛薬を飲んで、10時前に就寝。
昨日は薬が効いたのか、朝はすっきりした目覚めで頭も痛くなく、元気だった。
しかし、11時ごろから体がだるくて、30分ばかり横になった。
午後も2時間近く寝た。
そして夜も夜中に起きることなくぐっすり、朝までおやすみ。
今朝…、えらい。だるいと言うより、えらいと言う言葉が当てはまる感じ。
何だか、日に日に体が辛くなってる感じだよ。
外は天気が良いのにさっ!
少し外の空気を吸ったらちょっとは違うかも。
近くまで出掛けてみたが、秋の綺麗な景色を見る余裕もなく帰宅。
余計にしんど〜〜。

もしかしたら、この間の発熱で白血球くん、随分頑張ったから
今、ちょっと生産が間に合ってないのかも…。
この、なんとも言えないだるさはそんな感じ・勝手に決めている

今週末は絶対新蕎麦食べに行きたいし、来週末は交流会もある。
とりあえず、今はあせらず、無理せずのんびりやるっきゃないかもね。







10月28日 (火)

「‘六甲おろし’のお陰? 」


じゃぁ〜〜ん!!!
今日はどこのスーパーも日本シリーズのお陰で安売りだよ〜ん♪
しかしここら辺は‘阪神タイガース応援感謝セール’ってのばかりだけどね。
のんびりマイペースの私はあまり「なんとかセール」って言うのは好きじゃない。
無駄買いして疲れて後で後悔して・・・・。
人によってはそれが発散になるんだろうけど、私の場合はストレスをより一層溜め込む原因かな。
風邪をひいて、全く買い物へ行ってなかったからそろそろ行きたい。
たまにはこんな時の買い物も良いかな・・・、珍しく出かける事に。

時間は朝10時少し過ぎたくらいだったが、既に駐車場はいっぱい。
いざ出陣!とばかりにお店に入る。
思っていたほど、混んでいなかった。
そして思っていたほど、安くなかった。
あまり買おうと思わないようなものが77円均一になっていた。
どちらにしても今日は99円均一の日。
普通に買い物。

でも、ガンガン流れる‘六甲おろし’に思わず興奮?・・・、じゃない、平常心でいられなくなってしまいそう。
花屋さんで1本99円の小バラを売っていた。
安いけど高い!!(?)
木は1本だが、花は蕾も入れると11個ついている。
濃いピンクと薄いピンクがまばらになっていてとても可愛い。
キッチンに良いかも、思わず買ってしまった。‘六甲おろし’のせいにしよう。
安くても(高い?)バラを買った事で心がチョッピリ、リッチな気分。

買い物帰り、頭の中はグルグル‘六甲おろし’が鳴り響いていた。
歩きだった事もあるけど、無駄買いもしなかったよ。
なかなか良い気分♪







10月27日 (月)

「 父の面影 」


昨日は父の命日。
朝、サイドボードの上に飾ってある父の写真に、いつものように水を入れ替え
「今日は命日だね。」と一言心の中でつぶやいた。
体調の良くない時は得てしてマイナス思考になりがち。
その日1日は父のことはあまり考えないように過ごそうと思った。
その通り、口にすることもなかった。

そして今日、やっと風邪から開放され、久々に日記を付けようとページを開いた。
7年ほど前から5年連用のものに日記を綴っている。
今日のページを開くと、メモ用紙が挟まっている。何だろう?
それは昨年父が亡くなってからの予定がメモってあるものだった。
こんなところに挟んでたんだ…。その記憶が全くない。無意識に挟んでおいたのかもしれない。

            27日 18時〜  通夜  アークホール○○
28日 7:30〜  着付け
   8:20〜  出棺
               9:30〜  火葬            
            1:00〜  葬式  サン○○○

とメモしてあった。

亡くなった昨年の26日からの日記をつい読んでしまう。
「あ〜、こんな事をしたっけ」「そう言えばそうだった」
忘れていた事も鮮明に思い出される。
この日記は後、3年分綴れるようになっている。
少なくともその間は昨年の26日をしっかり思い出してしまうんだろうと思った。
昨年が5年連用の最後の年だったら良かったのに…、
しばらく父との最期の思い出を度々感じる事が出来るんだ…、
少々複雑な心境。

何気なく、13年前に父から株分けしてもらったクンシランに目がいき側へ行く。
今頃、オレンジ色の蕾が顔を出している。
再び、父の面影がよみがえる。






10月26日 (日)

「 風邪 」


24日の夜中に38度の発熱。風邪をひいたようだ。
この日はいつもと体調がなんとなく違うな〜と感じてはいたのだが、風邪気味と言う意識はなかった。(鈍すぎ)
午後4時頃と、夜寝る前、体調の良い日は運動をしている。
午後の体操は柔軟体操をしただけで、疲れてしまったので無理は禁物と運動はしなかった。
夜の運動もいつものようにやり始めた。
柔軟体操をはじめたが、腰から下に違和感を感じる。なんだろ?と思いながらダンベル体操開始。
その途中、「あっ、寒気がする。」と、途中で中止し、速攻で布団に入った。
それから一気に寒気が増し、夜中になって38度まで熱が上がってしまった。
夜中に薬を飲むのは抵抗があったので、とりあえず「熱冷シート」をし、日本茶をガブガブ飲んだ。
苦しかったが、朝まで何とか我慢。明日は病院行きかな〜って考えながら…。

次の日の朝、食欲は何とかあったので食べ、病院へ行くにしてもこれ以上悪くなったら大変だからと、市販の風邪薬は飲んだ。
その後、もう1度熱を測る…37・5度。
おっ、下がり始めてるじゃん!!
もう少し様子をみてから病院へTELしよう。
その後、昼食を摂る以外はぐっすり眠った。
トイレへ起きる度に、お茶をガブガブ。
夕飯は夫が買いに行ってくれた。
食欲はありそうだが、食べたいものがなかったので、さっぱり食べられそうなお寿司を買って来てらった。
夜にはまた発熱するだろうと思っていたが、いつもならあまり摂らない(摂れない)水をよく摂ったためか
37度前後まで下がっていた。
後片付けは全て夫に任せ、布団の中へ。

そして今日。
朝熱を測るとなんと36.4度。平熱!!嬉しい。
1日でこんなに熱が下がったのは始めてかも。
食欲があり、水分をたくさん摂ったのが良かったんだろう。
病院は行かずに済みそうだ。
まだフラフラするが、今日、油断せず、しっかり体を休めれば何とかなりそう。

今年は風邪をひく事がとても多い。
外出後のうがい、手洗いはもちろん、食事など、気をつけてたつもりだったんだけど、つもりだけだったって事か・・?
病気による体力、免疫力の低下のせいにはしたくないし、
違う所で、何か原因があるのかもしれない。
自分のこれまでの生活を振り返ってみる必要 “大” である。






10月22日 (水)

「 皮膚科外来日 」


皮膚科の外来日。
まず、採血ルームへ。
機械に診察カードを投入すると「採血の予約がされていません」と出るではないか!!
「はぁ〜??」 (ーー;)
事務処理(?)をしている看護師さんに聞いてみる。
調べてもらうと、「書類上の不備があったようです。5分ほどお待ちください。」との事。
あ〜、またいつもの事か〜、と言う感じ。(トラブル遭遇は度々ある)
今は全てコンピューターで管理されているため、
簡単に手直ししてとりあえず採血を…、と言うファジー的(死語?)な事は出来ないらしい。
結局40分も待たされた。
いつもより、30分早く病院へ来ていて良かったと思った。
何度か、「随分お待たせしてすみません。」と言われる。
多少イライラはしたが、本を持っていたし、人様のミスに私がイライラとストレスを溜めるなんてバカバカしいし
何より、これから採る血液の状態が悪くなると思ったら、それ程気にはならなかった。
採血の他に検尿もあった。
外来では初めて。

M主治医に呼ばれ、診察室へ。
私を見て「お〜!!」とかなり驚いた様子?
そう言えば、髪を金ピカピカにメッシュを入れたんだっけ。(^_^;)
「気分転換ですよ。」と私。

白血球3800と、私にしてはかなり良い数字。
肝臓、腎臓など、他の値も問題なかった。
今回、採血の結果が良かった理由の大きな一つには精神的な部分があるような気がする。
たいてい、退院してしばらくしてから1度はどん底まで落ち込むのだが、今回は1度もそういう事はなかった。
そういう事がなかったと言うより、心身ともに元気いっぱいだったと言ったほうが正しいかも。
退院する時、放射線科のN主治医の一言がかなり効いてるんだろうな。

行けるかどうか…、と言っていた「リンゴ狩り(交流会)」に行けそうだ♪






10月21日 (火)

「 いつまで続く… 」


これは多分メラノーマの治療が始まってから。
医者にも言われたからそうであろう。
便秘とそうでない時が交互に来る。
そうでない時は便秘で出なかった分も出るのか、大量出産になるため1度には出きらず、
3〜4回の分割払い。
出る時は、一日中家にいる時は問題ないのだが、外出した時は大変…、面倒と言う方が当たってるかな。
どこへ行っても、トイレのある場所を確認し、我慢して出なくなっては大変と(ま〜、出る時はかなりの時間我慢しても
出なくなることはまずないが)、もよおしてきたら直ぐ行けるようにしている。
夫はいつもの事と、外で待たされる。
「出た?」「出た♪出た♪」がトイレから出て来てからの合言葉。

便秘の時は外出していた方が気が紛れて良い。
家にいると、座っていても、家事をしていても苦しくて苦しくてたまらない。
ひどい時は吐き気がしたり、貧血っぽくなってくる。
朝から、少しづつ、時間が経つに連れて下腹部がパンパンに張ってくる。
つい、お腹をポンポンとたたいてしまい、夫には「100年の恋も冷める」と言われる始末。

病院から便を和らげる薬も処方されているのだが、長くて2日我慢していればドッカ〜ンと出てくれるので飲まないで過ごす。
下手に飲めば、下痢になってしまうから、飲まないほうが良いような気がする。
ほんとに始末が悪い。
自覚症状はないが、多少精神的な部分での影響はあるのかもしれない。
こんな事を悩んでも仕方がないので
便秘で苦しい時はお腹をポンポンたたきながら「苦しい、苦しい」とつぶやき
出る時は「出た♪出た♪」と喜んで過ごす事に決めている。

それも楽しからずや







10月19日 (日)

「 良い感じ 」

昨夜の飲酒(1週間振りだった)と法事の疲れのせいか
久し振りに9時頃まで寝ていた。
夫は7時ごろから起きてPCをいじっていた様で時々会話をしたような気がしたが
私はどうしても起きられず、ついウトウトと何度か夢の中へ後戻り。
そう言えば、今日のお昼こそはラーメンを食べに行きたいと夫が言ってたっけ…。
おもむろに起き、朝食を摂る。

カーテンを開けると、なんとま〜、良すぎるほどの良い天気。
私の今日の予定はHPを更新したり、ずっと前からしようと思っていたプリントアウトをしたり
デジカメで撮った写真の印刷をしたりして過ごそうと思っていた。
しかし、あまりにも良すぎる天気。
夫はラーメンを食べに行きたいと言っている。
PCいじりはいつでも出来る…。
と言う事で、ドライブ決定!!

治療が始まってから今回退院するまでの半年余り、体調が良いと言う日は数えるくらいしかなかった。
しかし、今回は治療に体が慣れてきたのか、抗癌剤投与をしなくなったためか、
体調の悪い日はほとんどない。
それが嬉しくてたまらない。
体調が良いから、体力作りにも精が出る。そのお陰で疲れにくくなって来ている。
いろんな事が良い方に、良い方に回っている気がする。
そうすると落ち込む事がすっかり減り、何をしても幸せに感じる。

天気がよく気分の良い休日はなるべく外へ出かけて、マイナス思考になりがちな自分を
少しでもプラスに替えていきたい。
そして、この時の「幸せ」「サイコー」と思った気持ち、ペースを忘れず、いつでも取り出せるポケットに
口を閉めないようにして仕舞っておこうと思った。
何に対しても忘れっぽい私だが…
忘れちゃ駄目だよ!!
思わず自分に言い聞かす ^_^;






10月18日 (土)

「 一周忌法要  」


今日は父の一周忌法要。
1年の、なんと早い事!!
高森町にある葬儀センターで行った。
途中、事故などに巻き込まれたら大変と、高速道路を使わずに行った。
片道2時間半の道のり、話す事と言ったら、父の思い出話がほとんどだった。
昨年の丁度この時期、家族で父を連れて父の実家にりんご狩りで出かけている。
「ここへ来るのはこれが最後だな〜。」と言った父の言葉を忘れる事はできない。

お経が始まるまではそうでもなかったのだが、お経が始まったとたん
闘病中の父、悲しい悲しいお葬式の記憶が一気に蘇って来て、涙が溢れて来た。
お経が終るまで涙が止まらなくて、ハンカチをバックに入れたままだったため
拭くものがなく、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃ(鏡は見ていないがそうであったことは間違いない)
終いにはバックからそっと取り出して拭いたが・・・。

家族、親戚は近くの温泉に1泊したが、私達は身体の事を考えて自宅へ帰ってきた。
そのため、夫はお酒が飲めなかった。
帰宅後、外食。
今日の父の法要が滞りなく無事終った事へ乾杯した。
そして父にも「お父さん、かんぱ〜い」と言ってから食事した。
父もこの場所にいるような気がした。







10月14日 (火)

「 気分転換はやっぱり大事!! 」


昨日のドライブの帰り、下痢に加え、喉痛も酷くなり、胃痛も出てきていた。
これは完全に風邪をひいてしまった、やはり無理をし過ぎたのか…と思った。
夕飯の後、とりあえず市販の風邪薬を飲む。あまり効いた試しはないが・・・。

そして朝。。。
風邪の事などすっかり忘れて朝食を摂る。
食事中「フッ」と思い出す。あ・・・、風邪ひいてたんだっけ?
しかし、熱もなく、残っているだろうと思っていた疲れもなく、胃痛もなく、喉痛もほとんどなくなっている。
天気は悪いが、気持ちは清々しく、元気なのがよく判る。体が軽い!!
思わず「あれ〜?」とつぶやいてしまった。
どうも私の体から風邪が立ち去ったようだ。
薬のお陰もあるかもしれないが、久々のドライブが体に良かったのかも。
だって、体だけではなく、気分もとっても良いんだもの。

やっぱり気分転換って大事なんだ〜!!
改めてそう感じた。

疲れ気味の時は長電話は更に疲れが増し、電話の後はたいてい横になる。
元々、電話はあまり好きではないし、体調が良い時に手紙を書く事が多かった。
今日は心身ともに元気なせいか、秋の人恋しさもあったのか、
以前入院でお知り合いになった、同じ病気の方へTELした。(初TEL)
彼女はPCを持っていないので、普段は手紙のやり取りだけ。
「同じ病気の方達で、再発している人、多いよね…。」と言う話もしたが、
前向きに頑張ろうと言う話が主。
お互いにそう言い合いながらも、自分自身に言ってるんだろう。
1時間程の電話の後も元気、元気で過ごした。

普通の人はこれが当たり前なんだよね。
いつもこんな気持ちで過ごせれば良いな〜







10月13日 (月)

 「 反省多き ドライブ 」


「最近ドライブに行ってないから、久々に行ってみよう」と昨夜急遽計画を立てた。
そして予定通り、早朝から静岡県との境に位置する「上村」にある、標高2000m弱の「しらびそ高原」に向かった。
ここは南アルプスが一望でき、北アルプス、中央アルプスも望める、とても景色の良い所だ。
松本を出発した時は雨上がりの曇り空。虹が出ていて、幸先良いかも・・とルンルン気分♪
昨夜、外出していた私達は今日の天気予報を全く観ていなかった。
南部へ進むに連れて雲行きが怪しい、その内ポツポツと降り出した。
脳天気な二人は心配しつつも、その内晴れるさ〜(晴れて〜と祈りつつ)と元気にgo!go、go〜!!
しかし、問屋は卸してくれなかった。。。
しらびそ高原までの山道は「この雨で落石あり!」と書かれた看板が出ている通り、
いつ土砂崩れ、山崩れがあってもおかしくないような道(既に落石しているところあり)と、バケツをひっくり返したような大雨。
道は強風で落ち葉だらけで川のように雨が流れている。
「イケイケ 脳天気」の私達でもさすがに心配になり
「引き返す〜?」とお互い交互に言い合いながら、もう少し、もう少し・・・と車を走らせた。
あきらめなかったのは、こんな天候にもかかわらず、結構往来する車があったからかも。

二人とも天候や落石を気にしながら登っては来たが、
標高が高くなるにつれて、紅葉が綺麗に色付いているのは見逃さなかった。
時々、「やっぱり秋なんだね〜、綺麗だね〜。」と嬉しい興奮も少しはあった。
やっと到着した時はいかにも「高山の風」というような強風と雨、時々雷あり。
もちろん綺麗な景色が観える訳もなし。(>_<)

丁度お昼だったので、頂上にあるホテルで昼食を摂った。
私はまだ体調が完全ではないのか(自覚なし)、下痢が酷く、食欲はあまりなかった。
しかし、せっかくここまで来たのだから、よそではあまり食べられないものを食べようと思い、
カレーライスの他に「鹿刺」を注文。
カレーはほとんど食べられなかったが、鹿刺は夫と半分こで食べた。
柔らかくて臭みもなく美味しかった!!

景色が観れないので、展示されているこの辺りを撮った写真を観た。
いろんな写真家のものが飾ってあったが、その中に私が小学校、中学校と同級生だった人のものも
飾ってあり、びっくり!!彼は地元で個展もやったらしい。
ここへ来て、まさか同級生の名前を目にするとは思ってもみなかった。(当たり前・・か・・・ちょっぴり興奮!!)
お土産もちゃんと買った。
ここら辺りで作られている作りたてのこんにゃく(刺身で食べられる)とヒラタケ。

帰りの道は徐々に晴れ、青空が覗き始めたときは「もっと早く晴れてくれれば良かったのに〜〜」と
悔しく思ったが、霧がなくなり空が明るくなった分紅葉もより綺麗に観る事が出来、
それなりに秋を満喫できたかな〜
良いドライブだったかな〜って思った。

帰宅してから、ニュースでこの雨の影響で、あちこち床上浸水や亡くなった方もいる事を知り
少々無鉄砲だったかも…と反省。
何もなくて良かった、良かった。






10月10日 (金)

「 卒業 」


今月の26日で父が亡くなって丁度1年になる。
月日の流れと言うものは早いものだ。
この秋の冷たい風が、父のところへ通っていた頃の事を思い出させる。
未だにこの世にいなくなった事を受け入れられないで過ごしている。

そんな折、なおさんのHPが日記だけ更新されている事を知った。
主に、今闘病中で入院中のお父様の事が綴られている。
8月の分から一気に読んでしまった。
ついつい、自分の時とダブらせて読んでしまう。
家族が、それぞれの立場から思いやりを持って接しているのに、酷く感動した。

ある日の日記で、親子3人が川の字に寝た時、お父様がなおさんの頭を撫ぜながら
「よき理解者がいて助かった・・。」となおさんに言ったと綴られている。
思わず、泣けてしまった。。。

なおさんの日記を読んで、いろんな事を思い出したり、そしてまた考えさせられる事が多かった。

そろそろ、父から卒業しなければ・・・。
そうでないと、もしかしたら、相変わらず後ろ髪を引かれていて
あの世にいけないでいるかもしれない。


なおさんのお父様が少しでも良い方向へ向かいますように・・・・。
お祈り申し上げます。






10月7日 (火)

「 藁の香り 」


歩いて買い物へ出掛けた。
キンモクセイの香りに紛れて、かすかに藁のような香りが乾いた空気に漂っていた。
私の入院中にすっかり稲刈りが終ったようだ。

お嫁に来た頃、夫の実家ではまだ米作りをしていた。
私はサラリーマンの家で育ったので、田んぼの中へ入ると言う事はまずなかった。
結婚前、母は「おまえさんには田んぼの仕事なんてきっと無理。だいたい虫が嫌いだし・・・。」と心配された。
夫には「田んぼへは入らなくていいから。」と言われていた。
私ももちろん、勤まるはずはないと思っていた。
しかし、変わり者の私は何故か子供の頃からお田植や稲刈りに妙に興味があった。
田んぼの中へ入るってどんな感じなんだろう?
お田植・・・、1度で良いからやってみたい・・・。

そして、実家で米作りをしなくなるまでの5年間、経験する事となった。
苗取り、お田植、稲刈り・・・。狭い田んぼが多かったので、手作業がほとんどだった。
この時にする支度がまた妙に私に良く似合う。
私をご存知の方はきっと「うん、うん」と首を縦に動かしているだろう。
いもりやいろんな虫たちと、間近で遭遇する度に「ひゃ〜 ひゃ〜」と逃げ回ったり、騒いだり・・。
その度に義母や夫に大笑いされた。
田んぼでの楽しみの一つがお茶タイム。
稲刈りの時は虫除けに藁を拾い集めて燃やすのだが、何とも言えない良い香りがするのだ。
周囲の山は紅葉が始まり、まるで遠足気分だった。
今では懐かしい思い出。

腰が痛かったり、雨降のお田植は大変だったけど、何故か楽しかった事ばかり思い出されるから不思議。
稲刈りが終ったばかりの田んぼから、藁の香りが漂い始めると、家族で田んぼへ入っていた頃がふっと思い出される。









10月4日 (土)

「 退院 」

再発もなく、治療も順調に進み、無事予定通り昨日退院出来ました。
入院前、入院中に励ましのメールや書き込みを下さった方々、有難うございました。
今回は倦怠感が強かったため、あまり返信は出来なかったけれど
チェックだけは欠かさずしました。
皆さんには随分元気を頂きました。感謝、感謝です。
また次回、入院まで今まで通り、更新していくつもりですので
これからもよろしくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の入院で1番苦しめられたのは
ジンマシンの薬の副作用による倦怠感。
それに治療の副作用の倦怠感も加わったから朝の散歩どころではなかった。
日によっては起きている時間より、寝ている事の方が多かった。
しかし、ジンマシンの薬を副作用の少ないものに替えてもらったら
信じられないくらい、体が軽く変身!!
替えてもらったのが退院の前夜。
もっと早く替えてもらえば良かった。

退院の日である昨日、治療による倦怠感はまだ残っていたが
今までに比べれば、無いのと同じくらい。
ま〜、体が治療に慣れて来たという事もあるだろう。
退院できる嬉しさもあって、元気爆発!!
爆発した理由は他にもあるが、それは闘病記に書くつもりである。
帰宅してもじっとしていられない。
いつもはちょっと動いては休み、またちょっと動いては横になる・・・の繰り返しだったのに。
体を引きずる事も無く、普通に動ける事が嬉しくてたまらない。

「じゃ〜今日はお祝い!!」とばかりに近くまで歩いて外食。
この季節、お刺身や秋の味覚に熱燗はたまらない!!
帰宅後も2次会と称し、今度はワインでかんぱ〜い!!
こうなったらもう止まらない。
今日だけ許して〜、お願い!と
誰に言うでもなく心の片隅でつぶやきつつ
再発もなく元気に退院できた喜びを二人で噛みしめた。
しあわせ・・・
そう感じる一時であった。

だんなさま、いつもいつもありがとう。感謝してます!







  2003年  8月 〜 9月  



9月25日 (木)

「 今日も雨・・・ 」

眠い、だるい。
朝、父にいつものご挨拶をする時、うっかり「おやすみなさい」と言ってしまった。
昨日も起きた時から眠かったが、主人が出掛けた後、1時間程寝たらその後は元気に動き回れた。
しかし、今日は主人が出掛けてから2時間近く寝たのだが、まだ眠たくていつまでも寝られそう。
重い体を引きずるようにしてやっとの思いで大まかに家事をこなした。

こう言う状態の時は経験から白血球が下がり始めている時が多いように思う。
雨続きのすっきりしない天気と、副作用の強く出る薬との兼ね合いで
眠だるいのかもしれない。

元気な時は朝からハイテンションで、気の毒にも夫は眠たい目をこすりながら笑わされているのが常。
それこそ「♪プチプチプチプチプチシルマ♪♪」が始まってしまうのだから。(最近やっとこれを歌わなくなったが)

そう言えば、昔こんな事もあったっけ・・・。
新婚当初、今より早く夫は出勤していたので、私は4時半頃(お弁当作りに慣れてないこともあって)
起床していた。この時も眠くてね〜。
ある朝、ガラス瓶に入っている梅漬けに、急須でお茶をその中へ無意識の内に注いだらしい。
夫もその様子を側で見ていたが、しばらく黙っていた。
私はもちろん、湯飲みに注いでいるつもりでいる。
急須の中のお茶を半分ほど入れた頃、夫が「何してるの?」と言った。
夫は、私の実家では、こう言うことをするんだと思い、それをする事でどんな意味があるのか
私に訪ねたのだそうだ。
どうも私はこの時まだ、寝ぼけていたらしい。
慌ててお茶を捨てたり、お腹を抱えて笑ったり・・・。

雨が降る外を眺めながらぼんやり昔の情けない出来事を思い出していた。

午後になってふくらはぎが筋肉痛に。
そう言えば昨日、張り切って久し振りに柔軟体操やダンベル体操、
段差のあるところでの昇り降りなどをやった事を思い出す。
体がエライのはこのせいもありそうだ。

ちょっと無理したかな?






9月22日 (月)

「 次は我が身? 」


何時ごろだったであるか?
玄関の戸を「トン トン」と叩く音が聞こえた。
人見知りばかりの一軒やならいざ知らず、チャイムを鳴らさず、戸を叩いて
住人を呼ぶと言う事があるだろうか?
二人して「えっ?今トントンって聞こえたよね?」としばし顔を見合わせた。

以前にも同じような事があり、その時は私一人だったため、怖くてドアを開ける事が出来なかった。

少々時間をおいてから、夫が玄関ドアの覗き穴から外を伺った。が、しかし
誰もいないらしい。
「いたずら?」
夫が窓から下の様子を見る。
「おっ、1階の入り口前に自転車が・・・、あっ、男の人が自転車に乗った!!」
「ほんと?」
恐々私も下を見る。
帽子を被った60歳くらいの男性が自転車をゆっくりこぎながら去っていく姿が見えた。

ここは町内会へは入っていないし、もし用があるのであれば、もう1度ドアを叩くのが普通だと思うし
何かの勧誘や押し売りにしてはあまりにもラフな格好、それに手ぶら・・。

また来たらどうしよう・・・。
外へ用があり、丁度玄関ドアを開けた時にその人が立っていたら・・・。
この物騒な世の中、何があってもおかしくない。
運が良い事だけを祈るしかないのだろうか・・・。







9月20、21日 (土、日)

「 
素敵な出会い・・ミニオフ会 Part2 」

3時少し前にももこさん夫妻到着。
皆で外湯へと浴衣に着替え、ロビーへ行くとpandaさんが到着した所だった。

温泉に入った後、ロビーにあるテーブルを囲んで夕食までしばしおしゃべりに花が咲く。
そのテーブルと言うのが、いろり型をしていて、
火鉢の部分に温泉が引かれ、温泉卵などが作れるようになっている。
この日は天気が悪く、肌寒かったので、その温泉の中に手を入れる事は出来ないが(70度あるらしい)
手をかざした時の伝わってくるぬくもりが何とも気持ちが良い。ぬくぬく・・

実際皆さんにお会いして、緊張はなくなったが、興奮はいつまでもおさまらなかった。
夕食は食べきれないほどの、それも手の込んだ心のこもった料理。
嬉しさと興奮で胸がいっぱいで出された半分ぐらいしか戴けなかった。
実は6月の交流会に、なおさんからお声をかけて戴いたのだが、行かれなかった。
それからずっと、なおさんのところへ行きたい、お会いしたいと思っていたが
体調や入院との兼ね合いからなかなか実現しなかった。
今回、それがやっと叶ったのだ。
喜びも一塩である。

みな、暖かくて、楽しい方ばかり。
病気の事もよく勉強されている。
ATLの事も判らない事だらけだったが、pandaさんのお陰でほんのちょっとだが
理解できた。
ももこさんはほんとにパワフルな方。見習う所が多かった。
なおさんの優しさにはとても癒された。
皆さんから、元気をいっぱい戴いた。

心も体もホカホカで帰宅。
病気の事で時には落ち込む事もあるけれど、
同じ1日を過ごすならやはり楽しく元気に前向きに
過ごせた方が遥かに良いのは当たり前。
しかし、判っていても難しい。
今回のオフ会で元気に前向きに過ごす事の素晴らしさを改めて実感。
それが、病気が悪くならない秘訣だね。

なおさん、ももこさんご夫妻、pandaさん、いろいろお世話になりました。
またいつかお会いできる日を楽しみにしていま〜す。






9月20日 (土)

「 念願叶って・・ミニオフ会 Part1 」


20、21日は待ちに待った野沢温泉でのミニオフ会。
体調も、入院に合わせてと言うより、この日のために整えて来た。
気分的には野沢から帰ってからダウンしても構わない!!と言う、気合の入れ様だった。

朝6時にはお目々パッチリ!
7時には自宅を後にした。
出掛けるのが少し早すぎたかも・・・と思ったが、途中で何が起きるか判らないし
メラノーマの治療が始まってから初めての旅行と言う事で不安もあったあし、
早く着きすぎたらあちこち観光しながら行っても良いし・・・。
それにいつまでもグズグズ家にいることなど、あまりの嬉しさ、興奮で出来るはずがない。

4、5年前に1度野沢へ友達夫婦と行った事があったが、その時にはなかった良い道が出来ていて
予定していたより、かなり早い時間のお昼には飯山へ着いてしまった。
適当なところで昼食を済ませ、行った事のないところへあちこち行ってみようという話に。
まず、木島平へ。
登って行く途中、飯山市内の、のどかな田園風景が一望でき、
松本の景色とはまた違った絵に書いたようなうっとりする景色だった。
しかし、残念な事に雨がぽつん、ぽつんと降り出してきたので、
山々の綺麗な景色は拝む事はできなかった。
その後、まだ時間があったので、時間が許されるだけお寺巡りをする事に。
「寺の町飯山」とはよく聞くが、行った事は1度もなかった。
町並みもそれなりに綺麗に整備されており、仏具屋さんだらけには少々たまげたが
散策するには面白いところだと思った。

まだ少し時間が早かったが、野沢へgo!
今日泊まらせてもらう、インターネットでお知り合いになった「なおさん」宅で経営している旅館へ向かった。
インターネット上では掲示板などでおしゃべりしていても、お会いするのは初めて。
私達以外の方達は皆顔見知り。
緊張と興奮が入り混じり、ドッキドキだった。
しかし、旅館が近づくにつれ、二人とも自然に顔が緩んでしまう。
予定は3時と言う事だったが2時半前には着いてしまったが、部屋へ通してもらった。
なおさんは小柄でとっても可愛く、しかし、しっかりした方だった。







9月19日 (金)

「 辛い副作用 」


水曜日の外来の時に処方された蕁麻疹の薬をその晩から飲み始めた。
薬局で「副作用で眠くなる場合があるので、運転は避けて下さい。」と言われていた。
普通の風邪薬でもよくそう書いてあるし、私自身、現在は全く運転をしていないので
それ程、気になる副作用ではなかった。
仕事へ行ってる訳でもないから、眠くなれば寝てれば良い事だし。
その晩は飲んでも気になる程の眠気はなかった。
しかし、次の日の朝、とてつもなく体がだるくて起きられない。
丁度夫がこの日から遅い夏休みを取り、早起きしなくて良かったのは幸運だった。
薬の副作用かな?と思いつつ、外来に行った疲れのせいもあるかもとも思った。
そして朝もその薬を飲んだ。

あちこち出掛ける予定になっていたので、出掛けようと支度をしようとするのだが
だるくてだるくて、何もやる気になれない。
それでも何とか車に乗り込む。
車の中では寝ている事が多く、歩いていてもまぶたが重くて頭はボ〜としていて
今にも寝てしまいそうだった。
このだるさはきっと薬のせいだと水分をたくさんとったものだから、トイレが近くて近くて。
しかし、排尿障害?とでも言うのか、トイレに座っても、出したくてたまらないのになかなか出てくれない。
おまけに便秘。

夕飯の支度は夫に手伝ってもらって、重たい体を引きずりやっとで作った。
夕食直後、耐えきれず1時間以上寝てしまう。

この薬、まだ2回しか飲んでいないのに、こんなに辛い副作用が出たのでは、まだ2週間もなんて
とても体が持たないと思った。
野沢への1泊旅行なんてとても無理。
夜は飲まないで寝てみた。

そして今日。
昨日の事がウソのように体が楽。
野沢へ行ってくる間だけでも飲むのをよそうかとも思ったが
慢性蕁麻疹は最初の治療が肝心と主治医が言っていたのを思い出し、
朝のうちに病院へTELした。
あちこちたらい回しにされ(いつもはこんなにたらい回しにされる事はないのだが)
やっと主治医と会話ができた。
やはり、始めのうちは、長引かないためにも強い薬で治療したいとの事。
あまりにも副作用が強く出ているので、どうしたものか考えている様子だった。
弱い薬でダラダラ治療する手もあるんだけど・・・と。
これだけ強く出ているのだから、しばらく1日朝晩1錠ずつから、
晩に1錠だけで様子を観ようという事になった。
私もとりあえずそれで納得。
今夜この薬を飲むのが少々恐怖だが・・・。

明日はそれ程、副作用が強く出ませんように。
楽しい旅になりますように・・・。(-人-)






9月17日 (水)

「 やっとこ3000台 」

皮膚科外来へ行った。
今回はいつになく期待と不安な気持ちで出掛けた。
白血球が3000台に行っているだろうか・・・・。
予定していた野沢温泉へは行けるだろうか・・・。

今回の採血は「血管が細くて採れにくいのでいつも手の甲から、それも蝶々の採血針で
やってるんで、それでお願いします。」とお願いした。
前回採血してくれた医師が直ぐ隣りにいたので、言うのを躊躇したが
痛い目に合うのは自分だから・・・とちょっぴり勇気を出して(大げさ)言ってみた。
今回採血してくれたのは、看護婦さん。
1度失敗されたが内出血することもなく、上手にやってくれた。時間もさほどかからなかった。「ホッ」
やはり言ってみるものだ。

採血の結果、白血球3220。
治療をするにはあまりにも微妙。
また下がる可能性も充分ある。
主治医、別の先生と相談したり、かなり悩んでいた。
しかし、これ以上、治療をしないのも危険。
ちゃんとした検査もしなければ・・・と言うことで今月の29日に入院する事に決まった。
しかし、当日の白血球がかなり低かった場合は1泊の検査入院になる場合もあるとの事。
ま〜、それはその時に心配すれば良い。

最近、手足にみみず腫れが出来たり、痒みがあったりするので、聞いてみた。
気が付かない間に風邪をひき、それが治ってから出来る慢性蕁麻疹だと言われる。
風邪の自覚症状も全くなかったが、風邪後にこんな症状が出た事は今迄に1度もなかった。
こう言うこともあるんだ・・。
大した事ではなくてもいろんな症状が出る事に少しやりきれない気持ち・・。
悩んでも仕方ないか・・。
「そのうち治りますか?」
「薬を飲まないと放っておいても治らないよ。」と、とりあえず2週間分の薬を処方される。

「20日に温泉に入りに行きたいんですけど、駄目ですかね?」
「あ、良いよ、風邪さえひかなければOKだよ。」
「外湯巡りなんかしても平気ですか?」
「全然構わないよ。」
あんまり簡単に返事が返ってくるのも何だかね〜。(^_^;)
嬉しいけど、行ける時に行っておけって言われているみたいで少々複雑な心境。・・・考えすぎ・・か・・・。
とりあえず、温泉に行けるのだから、ここでは素直に喜んでおこう。  \(^○^)/やった〜♪♪♪

ウキウキしたり、体調には気をつけなきゃって考えながら帰宅。
病院へ行くのはかなり疲れる。
ア〜〜、疲れた〜〜!!!

外来へ行ってしばらくは、疲れでダウンする事が多いから気をつけなきゃ!
野沢温泉でのプチオフ会、今からとっても楽しみ!!
興奮し過ぎると発熱する事があるから、興奮し過ぎないようにしないとね。(*^.^*)






9月15日 (月)

「今日の一日 」


体調が良かったので、朝7時前に夫とスカイパークへウォーキングに行った。
退院して初めてのウォーキング。
半袖Tシャツで外へ出たら涼しさを通り越して寒いくらい。
日中しか外へ出ていなかった私は少々驚いた。
朝晩はすっかり秋なんだ・・・。
来週末、野沢温泉へ行く予定だが、長袖で行った方が良いかもね。
しかし、歩くには丁度良い気候。
霞んでいて観えなかったアルプスの山々が観え、吸い込まれるような真っ青な高い空。
気持ちの良い事!!
すれ違う、同じように歩いている人達とのご挨拶も清々しい。

最近、体調の良い時は自宅の段差のあるところで10分を1セットで
1日、1、2セット昇り降りをやっているせいか、思っていた以上に足取りが軽い。
そのせいで、つい、無理してあるいてしまったようだ。
その事に気が付いたのは帰宅してから。
朝食はお腹か空いていたので、普通に食べられたが、
その後の片付けや洗濯は半分眠ったり、立ちくらみしながら
やっとの思いで終らせ、それと同時に布団へ転がり込んだ。
1時間は爆睡しただろうか・・。
ちょっと無理をしたらしい・・・、反省。

元気を取り戻し、久々にPCに向かっている間、
何年振りかで夫がカレーを作ってくれた。
カレーと炒め物は私がやるより、夫の方がずっと美味しく出来る。
ま〜、私が料理下手とも言うが・・・。
夕飯が楽しみ・・。
それと、食事作りをしなくて良いのが嬉しい。・・、この方が嬉しかったりもする。






9月14日 (日)

「 いつもトイレで♪ 」


午前中買い物へ行き、午後から部屋の模様替えをした。
模様替えをするつもりなど、全くなかったのだが、ついひらめいてしまったのだ。
私は時々、フッとひらめく事がある。それも、いつもトイレの中で・・。
ほんの時々、ひらめいた事についてあれこれ思いを巡らせているうちに
用を足したかどうだか忘れてしまった事もある。(変わり者です・・^_^;)
たいてい自宅のトイレなのだが、今回はデパートのトイレ。

今より、部屋を明るく広く使うにはどうしたら良いだろう?とずっと考えていてそれがひらめいたのだ。
部屋を明るく広く使うために、居間との境の部屋の戸を、引っ越してきて直ぐ、取り外した。
しかし、何故かその境にローボードを置いて仕切り、その上に鉢植えを乗るだけ置いた。
それから、居間のベランダへ出入りするガラス戸の半分、やはりローボードを置き、
その上に鉢植えをずらっと並べた。

今回、そのローボード達を居間の隣りの部屋である南の窓際へ置き、
その上に日が良く当たるように鉢植えを全て置いてみた。
それだけの事なのに、居間は一気に明るくなり、家事導線もよくなった。
外から入ってくる風の通りも思っていた以上に良い。
満足!満足!!
自分のひらめきに惚れ惚れ。
しかし、普通の人なら、きっと「ひらめいた!!」と、騒ぐほどの事ではないのだろう。
しかし、しかし、こんな事でウキウキしてしまえる自分は御気楽だが幸せだと思った。







9月11日 (木)

「 挑 戦 」


朝からとっても良い天気。
外は暑そうだが、家の中に入ってくる風の心地いい事。
多少の倦怠感はあるものの、こう言う日は気分が良い。
怠けていて放ったらかしにしてやらなかった事や新しい事をついやってみたくなる。
そこで、糠床作りに挑戦。
糠床はいつも市販のものを買って漬けていたが、あまり美味しくない。
もらってきた糠もまだ沢山ある事だし、ちょっとやってみようと考えた。
糠には体のだるさを取る働きやしみ予防にもなるらしいから、今の私にはピッタリ。
初めて作るので、失敗しても良いように、それから冷蔵庫へ入れられる分だけの少しの量でやってみた。
野菜を漬けられるようになるまで、2日程置くらしい。
その間、何度か混ぜるとの事。
今から出来上がりが楽しみだ。

午後は、午前中張り切っていろいろやった事もあり、疲れが出たので少々お昼寝。
30分程、ウトウトしただろうか・・・。
ザーと言う、雨音で目が覚めた。
慌てて飛び起き、洗濯物を入れる。

そうそう、今日、明日は1日2、3回糠床をかき回すんだっけ。
冷蔵庫から大きめタッパーに作った糠床を出し、かき回す。
入院も延期になった事だし、しばらく糠漬け作りが楽しめるかな〜♪







9月9日 (火)

「 ちょっぴり幸せ気分 」


午前中のうちに買い物へ行ってきた。
歩いて10分もかからない所だが、歩いていくにはあまりふさわしくない道である。
大きな犬を飼っている家の前を通った時、その犬のご機嫌が悪い時は吠えられる。
狭い道から国道に出ると、スーパーまではずっとこの国道を歩いていかなければならない。
交通量が多く、交差点も信号無視の車や横断歩道を歩いていても平気で目の前を
横切っていく車がいて、危険極まりない。
なるべく交通量が少なく、出来る事なら番犬のいないところを通っていけないものか・・・。
(犬自体はそれ程嫌いではないが、突然吠えられた時にびっくりしてドキッとした感じがたまらなく嫌なのだ。)

ずっと、それを考えてきたが、危険でもこのルートが1番近道なので
体力が無い間はここを通るしかなかった。

最近は随分体力もつき(多分)元気が出てきたので
いつもと違う道を通ってスーパーまで行ってみようと思った。
その道は公園や住宅街を通って田んぼや畑を両脇に眺めながら・・・と
「ワン、ワン!!」 ドッキー!・・・、あちゃ〜、ここにもいたのね。
帰りは違う道にしよう。
気を取り直して再び進み、県道を横切ってしばらく歩けばスーパーと言う道順。
いつもの道に比べてもそれ程時間差はなさそう。
静かで交差点もなく、国道を通らなくて良いのが1番気に入った。
あちこちの庭先には、萩やコスモスの花が綺麗に咲いている。
キウイ畑も発見。
ちょっとしたお散歩コースにもなるかしら・・・。

ここへ越してきて5ヶ月。
もっと早く歩いてみれば良かった。
これからはここを通ろう。






9月8日 (月)

「 なんだろう? 」

汗をかくせい?虫に刺されるせい?
夜になると何故か最近あちこち痒みが出る。
痒いと思うから余計に痒いのか・・・?
刺された形跡もないのに痒い気がする。

しかし、今夜はチョット変。
無意識でかいたのか、浮腫んでいて着ているものの線が太ももについたのか
何気にその部分を見ると、ミミズバレになっていたり、蕁麻疹のようにプツプツとした塊ができているではないか!!
よ〜〜くみると、足のあちこちにできている。
腕にも・・・。
面白がって少しかいてみると、みるみるミミズバレが出来上がり。
多少痒みがあるようなないような・・・。
1時間も経てばすっかり元に戻るから、蕁麻疹でもないし、帯状疱疹なら痛いはずだし・・・。
なんだろう??
こんなの初めて。
見た目、あまり気持ちの良い代物ではない。
体の中で何か異常が出ている合図?

考えてもわかる訳でもなく・・・。
まっ、もう少し様子を見て、相変わらず出るようなら病院へTELしてみよう。







9月6日 (土)

「 マヌケな二人 」

8日は夫の誕生日。
少し早いが夜、いつもよりちょっと豪華な食事をしに出掛けた。
しかし今夜は二人が楽しみにしていた番組がある。それも二つ。
一つは「すいか」
これはなんとなくのほほ〜んとしていて、平和な感じが好き。癒し系
そしてもう一つは「白線流し」
これは舞台が地元・・・と言うだけで、つい毎回観てしまう。
内容的に面白くて観ずにはいられないと言う訳ではないが、1度観てしまうと
また観なくてはいけないような気になってしまう。(頑固で変わり者)

しかしこの二つ、時間がダブル事に気が付いた。
うちはビデオの録画は同じ時間のものを複数撮れるものではないので、
妹に「白線流し」の方を録画してもらうようにお願いした。
これでよし!安心して出掛けられる。
妹にお願いしたら、安心してしまったのか、「すいか」を録画予約する事を忘れて出掛けてしまった。
それに気が付いたのはほとんど電車が松本駅のホームに入った頃。
「あっ、予約忘れた!!」と当然思い出し、夫に言うと「あ〜、ほんとだ。」と夫も苦笑い。
早速妹へTELするが、妹のところも複数は撮れないとの事。
理由を話して妹に大笑いされたのは言うまでもない。
仕方ない、時間までには帰ろう。

そして何とか間に合って「すいか」を観る事ができた。
しかしそれがそろそろ終る頃フッと思った。
「すいか」うちで観れてるんじゃん、だったら「白線流し」は自分のところで録画できたよ〜!!
ただ、力なく、二人で大笑い。

何とマヌケな二人だろう。
たいていはこうなる前にどちらかが気がついて難を逃れているのだが・・・。
ま〜、それでもどちらも観れることには変わりないからよしとしよう。
しかし、心のどこかでは気が付かなかった悔しさが残っている。ははは・・・(^_^;)
テレビの番組ごときで情けな〜〜。







9月5日 (金)

「 私にとって採血ルームは・・・ 」


3日の日記にも書いたように、病院に採血ルームが出来たお陰で
待ち時間も短縮され、以前よりスムーズに診察してもらえるようになった。
しかし、私にとっては悲劇の始まりかもしれない。
元々細くて、採血に適した血管ではなかったのかもしれないが、
抗がん剤の投与が重なる度に採血がしにくくなっていった。
今では腕を温めてからでないと、たいていは失敗されてしまう。…と言うより
見つけられないらしい。
私が受診している科ではそれが判っているため、注射針に管がついているものを
初めから使用してくれ、その針も1番細いものを使ってくれる。
失敗されてもそれ程の痛みはない。

しかし、採血ルームではいつもいろんなスタッフがやってくれることになるため
その度に「採れにくいので、いつも手の甲にやってもらってるんです。」と言わなければならなくなる。
言うだけならそれ程苦痛はない。
今回は「それでも腕にやってみましょう。」と言われる。
「・・…(-.-)」
案の定失敗。太い針で刺し、探られるものだから痛い、痛い。
「針はいつも1番細いものを・・・」と言いたかったが、ど素人にあまりいろいろ言われるのは
気分よくないだろうと思い、黙っていた。
2回目は管つきの針でやってくれたが、いつものより太めの針。
いつもより痛いだけで再び失敗。
我慢できなくてつい、「いつもは1番細いのでやってもらってるんですけど」と言って
それでやってもらい、3回目にしてやっと採ってもらえた。

やはりプライドと言うものがあるはずだから、こちらでやってもらう前から
あれこれ指示するのも気分良くないだろう。
しかし、失敗されて痛い目に合うのはこちら。
最後に聞いてしまった。「やっていただく前に、いつも1番細い管つきの針で
腕では採れないので手の甲でお願いします、と、次回から伝えても良いですか?」と。
そしたら「ん〜、それでも始めは普通ので試させてあげてくれる〜。」だって。
ま〜大学病院だから仕方ないと言えば、仕方がない事なのかもしれない。
「そうですか・・・」と言ったものの、次回からは絶対に伝えてからやってもらおうと
心に決めた。

私にとってみれば、採血ルームができた事は精神的苦痛が増えたのと
これから先の事を考えると、悲劇の始まりかもしれないと、真剣に思った。






9月3日 (水)

「 かなり凹む 」


今日は皮膚科外来日。
以前とだいぶシステムが変わっていた。
今までは外来で採血をしていたが、今度から採血ルームが出来
常時6人のスタッフがいて、全外来患者の採血をここでやる事になったらしい。
それにより待ち時間が短縮された。

今回主治医に言わなければ・・・と思っていた、以前より倦怠感がいつまでも続いていて
お昼寝する事が増えた事、以前よりむくみがひどく手の甲がもみじのように腫れたり
胸が張って痛かったり、7年以上出ていなかった親指の腱鞘炎(多分)が急に痛みが出て
包丁を持つのも辛い時がある・・・などを伝えなければと呼ばれるまでの間考えていた。
多分採血の結果は異常なく予定通り8日には入院だろうと全く疑っていなかった。

呼ばれて診察室へ入っていくといつになく神妙な顔の主治医。
「ん〜〜・・・。」
「まさか再発じゃないですよね?」
「それはないけど・・・、白血球がね2270なんだよね〜。」
思わず、「え゛ぇ〜〜!!!ほんとですか??」と言ってしまった。
2000代は抗がん剤の治療が急遽中止になった時に1800と言うのがあったが、
それ以来の低さ。
最近はずっと4000前後で安定していたのに・・。
かなりのショック・・・。
しかし、倦怠感がなかなかぬけないなど、このせいでいろんな症状が出ていたんだと思わず納得。
主治医も「なんでかね?どうしたんだろ?」
私は「ショック!ショック!」を連呼していた。
他の値はほぼ正常。炎症反応が少し高目だが、心配するほどではないし
喉が少し赤いから自覚症状がないくらいの軽い風邪をひいているせいかもとの事。

私としては下がった原因が知りたくて、思いつくままあれこれ主治医に
「昨日久し振りに遊びすぎたせい?日に当たり過ぎ?」など聞いてみた。
「それは全く関係なし。
体も以前よりだるいらしいし、風邪の影響でこれだけ白血球が下がると
元気に起きてなどいられないくらい辛いはずだから、治療の副作用だと思う。
悪性リンパ腫の時の抗がん剤治療でかなり骨髄が弱ってる事も大きな原因。」と言われた。
結局、入院は先延ばし。
もしこの値で治療をすれば退院が延びるのはもちろん、肺炎も起しかねないらしい。

この病気は今の段階では治療より早期発見が大事なので
とりあえず、今日胸のレントゲンを撮り、
17日の外来で白血球を調べ
それで今後の事を決めましょうと言う事になった。
入院は10月に入ってからになりそうだ。

かなりショック。
暑さと疲れと睡眠不足とショックからボ〜〜と帰ってきたが、
逆に考えれば、入院が長引いた分あちこちドライブ言ったり遊べるじゃん!!
白血球はどんなに頑張っても上がるものじゃなし。
そう考えたら何だかワクワクしてきた。
もちろん、白血球が低いから無理は絶対禁物だけど。。。







9月2日 (火)

「 妹と 」


妹が遊びに来た。
2人きりで会うのは何と父が亡くなってから初めて。
母の直ぐ近くに住んでいる妹は
私のところへ来る時、近くにいるのにもかかわらず母一人おいて
私のところへ来るのが心苦しいらしく、いつもは3人で会っていた。

妹と久し振りのドライブを楽しんだ。
ウィンドウショッピングをするが、募る話が多過ぎて見るより話す方が大忙し。
コーヒーショップで座って話したりした。

父が亡くなってから、メールでのやり取りはするものの
2人きりでのおしゃべりは初めてだった。(電話で会話する事はまずない)
お葬式の事、母のこと、自分達の将来の事など・・。
話したかった事、話しておきたかった事、これからの事について
お互いが考えている事を思いっきり話した。
時には姉妹でこれからの事を話しておくのは大切な事だよね。

住んでいる所が離れているし、妹は内職を始めたし、
私の体調の良い時・・、な〜んて言ってるとなかなか会えないが
それでも時にはこうやって会えれば良いなと思った。
とっても楽しかった。

いつか旦那様達同伴で4人で旅行もしてみたいねと言っているが
実現はまだまだ先になりそうだ。
しかし、いつか実現するであろう事を楽しみに
元気でいなくちゃね。







9月1日 (月)

「 今1番気になっている事 」


うちのベランダ真正面にあるお宅の瓦屋根に直径7cm程の蜂の巣がかかっている。
それ程大きくならないので、ま〜スズメバチではなさそうと、安心していた。
安心はしていたが、気にはなっていた。
うちのベランダとは5mは離れていると思うが、高さ的には同じぐらいだし
恐怖感からか3mくらいしか離れていないような気がする。
それに私がPCしたり、食事をすたりする位置から真っ直ぐ前に見えるので
つい目がそこに行き、気になって仕方がない。
夏休みの「一人一研究」ではないが、毎日、その様子を観るのが日課になってしまった。
洗濯物に紛れ込むのでは・・・と気がきではなく、
取り込むときはよ〜く払ってから、取り込むよにしている。

私は虫全般が大、大、大っ嫌い。
殺虫剤で死んだのを確認しても、それをティッシュなどで包んでいたとしても触る事もできない。
過去に1度だけ、洗濯して干している時に入り込んだと思われる蜂に刺された事がある。
それはそれは大騒ぎ、パニック状態。
着ていたパジャマを「痛い。痛い」と騒ぎながら脱ぎ捨て
パンツ1丁になって廊下を走り回った事がある。
走り回ると言ってもかなり狭く短い廊下だが・・。
痛いと言うより恐怖感の方があった記憶がある。
蜂に刺され慣れている夫は、側で呆然と私の様子をしばし伺っていた・・・。

その蜂、うちのベランダに飛んできたのを確認した事がなかったので安心して
いたのだが、最近足の長い蜂が時々ベランダを訪れるようになった。
まさか・・・と思い、よくよく瓦屋根の蜂を見ると、以前よりぐっと大きくなって
動きも活発化し、足が長い蜂達が飛び交ってるじゃない!!
足長蜂より少し小柄な気がするが、どっちにしても怖い。。
足長にも種類があるのかな?
足長にしては巣が小さすぎる気もするし・・・。
お宅に言うほどの大きさでもないしな〜・・。

どうか、洗濯物に止まらないでくださいね、蜂さん! (^人^)






8月29日 (金)

「 今年中には・・ 」


父が闘病中に書いていた日記と母の日記を、母自身が気持ちの整理をつけるためにまとめたものを
妹がPCでまとめ、プリントアウトしてくれたので
それを私が「父のこと」へ載せるべく少しづつ打ち始めた。
フロッピーディスクももらったので、それをそのままUPしようと思っていたのだが
何しろ固有名詞だらけ。
そのままUPすると判りにくいまとめ方をしてある箇所もあったので
いっそのこと、自分で打ち直そうと思った。

実はこの作業、2ヶ月も前から始めている。
しかしなかなかはかどらなくて・・・。
父への後悔などの思いはすっかり整理できたはずと思っていたのだが
また改めて父の日記を読むとたくさんの悲しみが蘇ってきてしまう。
1日分の日記の量は多くはないのだが、まだ5日分まで進んだだけ。
自分自身の精神状態が安定していて、打つぞ〜!と気合を入れないとページすら開けられない。
打ち始めたらいろんな事を考えないように、文字を拾う事だけを考えて打つようにしているし
そうしなければ、とても綴る事はできない。
これはかなりの努力が必要。

しかし、これを仕上げれば、また一つ、父の悲しい思い出が楽しかった思い出に
塗り替えられそうな気がする。
気持ちの整理もつくだろう。

父の人生を一つ一つ思い出したらやっぱりまだまだ辛いけれど
桜の花のようにパーと咲いてパーと散っていってような人生は
父らしいとも思えるようにはなってきた。
後2ヶ月で1年経つんだものね。
今年中には何とか仕上げたいものだ。
悲しい思い出から早く卒業するためにも・・。







8月25日 (月)

「 大地 の 恵み 」


主人の実家で精米に行った時、糠をもらってきた。
先日、テレビで糠に抗癌作用のある物質が含まれていると言っていたためだ。
今まで糠なんて食べるものと認識した事がなかった。ま〜、糠漬けは知っていたが・・。
味噌汁に入れたり、牛乳に入れてそのまま飲んだり、お好み焼きに入れたり・・と食べ方の紹介をしていた。
お肌もプリプリ、ツルツルでシミもなくなるらしい。
これは試さないと!!!
と言う事で、お煎餅を作ってみた。
小麦粉とその3分の一の量の糠と塩を入れてこね、型を取ってフライパンに油を敷き焼いた。
香りは良いのだが、少し糠と塩を入れ過ぎたようで味はいまいち。
次回はこれを教訓に塩の代わりにみそや醤油を入れたり、クッキーにしてみようと思った。
味噌汁にも少し入れてみたが、これは違和感なく食べられた。
しばらく、糠にはまりそう。。


主人の実家に帰っている間中、暑かったので、ベランダに置いてあるプランタが気になり覗きに。
そしたら、ま〜びっくり!
行者にんにくのプランタからひょろひょろっと生えてきていた青じそが食べごろになってるじゃない♪
他のも念入りに見ていると、今度は山シャクの鉢からハーブが・・。
今まで全然気が付かなかった。
昨年までこの鉢の近くでハーブを育ててたからな〜。
香りや見た目からレモンバーム。
レモンの甘酸っぱい良い香りがする。
早速夕飯のおかずに。
トマトが冷蔵庫にあったので、それをざく切りにして、
そこへ採ったばかりの千切りにした青じそとレモンバーム、黒胡椒やドレッシングで和えた。
思いがけず、自分のところで採れたもので1品できた。
美味しさも格別!!
「うれし〜、おいし〜、しあわせ〜」と一人叫んでいたのは言うまでもない。






8月24日 (火)

「 夫の実家へ 」


お正月以来全く帰っていなかった夫の実家へ1泊で帰った。
メラノーマの治療以来、なかなか帰れずにいた。
時々義母とは電話でお互いの様子などは話していた。

夫の実家は携帯が時々圏外になってしまうほどの山の中。
それにむ〜かし、むかしの家なので、外がどんなに暑くても家の中は
クーラーが入ってるような涼しさ。
涼しい家の中から、暑苦しいセミの鳴き声や太陽の日差しでキラキラして見える
庭の花に、蜂(遠くで見ている分には怖くない)や黒アゲハが飛び交う姿を見るのは
何とものどかで、それがここでの醍醐味だと思っている。
しかし、今年はそれがちょっと違った。
楽しみにしていた家の中の涼しさはどこへやら?
外と変わらぬ暑さ。
お嫁に来て始めての経験。
義母にその事を言うと、「そうかもしれない。家の中まで暑いなんてことは今までになかった。」と
言っていた。
しかし、既に半年以上帰らなかったここがなつかしく感じられる。

帰った夜はさすがに疲れが出てしまい、
座ったまま、うとうとと寝てしまったようだ。と言っても、どうも目を開けたままだったらしい。
手術した方の手や腕がむくんで来た。
夫は心配して早く横になった方が良いと言ってくれたが、
夜遅くまで義母といろんな話をした。楽しかった。
もう70歳も後半の義母・・・。
私の方が義母に体の事を気遣わなくてはいけないのに
いつも心配をかけているのは私の方・・。
その事を言うと、義母にしかられる。「そんな事を考えてたらよくなるものもよくならない。」
感謝、感謝である。
いつか私がこの言葉を義母にかけれるように元気な体になりたい。

次の日は義母と一緒におやきを作った。一緒におやきを作るのはほんとに久々。
もちろん、食べるのも久々。
美味しかった〜。

体調の良い時はなるべく実家へ帰れれば・・と思った。







8月21日 (木)

「 幸せもの 」


昨日のお話。。。。
夕方Nさんのサイトでお知り合いになったMさんから電話を戴いた。
私の前回入院する日に合わせて、Mさんから心のこもった
数々の手作り作品を戴いたので、その御礼に気持ちばかりの物を送ったのだが
それが届いたと言う電話だった。
感激のあまり超がつく大興奮!!

Mさんから戴いたいくつかのものはしっかり入院時に持っていって
使わせて戴いた。
特に‘ふくろう’はお守り代わりにいつもバックに入れて持ち歩いていた。

初めて聞くお声なのに、メールでしか御話しした事がないのに
全く違和感なく、いろんなおしゃべりをした。
元来、私はおしゃべりが下手なので、特に初対面の方とは
1度でもお会いしてから電話で話すのは良いのだが(私の話下手を
判ってもらえてからと言う甘えからだが)
1度もお会いしてない方とおしゃべり・・・と言うのは出来れば避けたい部分・・。
しかし、不思議不思議・・・
Mさんとはそれが全くなかった。
Mさんのお人柄がそうさせてくれたのだろう。
お互い、噴水?火山の噴火?の如くしゃべりまくった。
メールと言うのは今の私にとって魔法である。

『あなたは たくさんの人に支えられている。
そんな まわりの人たちに 私も感謝の気持ちがわきました。 』 
友達からこんなメールをもらった事がある。
ほんとに、ほんとにそうだ、その事に感謝しなければ・・とつくづく実感。

いろんな地域のいろんな方と知り合いに慣れるということは
PCがなければ叶わなかった事だろう。
PC様々!!

Mさん、お電話ほんとに有難うございました。
私が想像していた通りの元気で明るくてパワフルな方。
また元気、戴いちゃいましたよ♪

次回退院してから、絶対にお会いしましょうね。
と言う事なので、Nさん!!よろしくです♪♪







8月20日 (水)

「 スピリチュアル ワールド 」


昨年頃からだったであろうか・・・。
江原啓之の本(スピリチュアル関係)にはまり出したのは。
普段、健康で平々凡々の生活をしていたら多分興味は持たなかっただろう。
病気ばかりしてしまう自分、死の宣告を受けた父に何もしてあげられない自分、
その父が亡くなって悲しみと後悔から抜け出る事が出来なかった自分、
しばらく入退院の生活をしなくてはならないと言われた時、何故、何のために自分は生きているんだろと
自問自答する日が続いた時、
過ぎてしまった事に対していつまでもクヨクヨと悩んでしまう時・・・・。
そんな、マイナスな自分が現れた時に読むと、心がとても癒される。
病気した事もつまずいた事もそれは自分が成長するための踏み台であり、
今現在幸せと感じられる大切な過程なんだと思えてくる。

昨日「スピリチュアル メッセージ」のTを読み終え、今はUを読み始めたところ。
この2冊は今までと少し雰囲気が違うかな。
この本を読み始めて、今まで読んだ本とはまた違う癒しをもらった。
メラノーマになってから、今まで以上に‘死’と言うものを身近に感じるようになった。
死ぬと言う事が怖いとはあまり思った事はないが(実感としてないのだろうけど)
再発や一人ぼっちにさせてしまうかもしれない夫の事などをいつも頭のどこかで考えてしまっている。
しかし、それは考えても仕方のない事だとこの本を読むと納得させられてしまう。

父に対するいろんな後悔や、父自身後悔なく人生を送れたのかとか、もっと早く
病気が発見できていればまだ生きていたかもしれないのに・・と、
そんなことばかり考えていたが、
それもクヨクヨと考える必要はないんだと思わせてくれた。
上手く言えないけれど・・・。

この本、はまってしまう人はすっぽりはまってしまうだろう。
でも、あまりのめり込むのもどうかと思うので
ほどほどに、辛い時には心の薬として時々お世話になろうと思う。






8月17日 (日)

「 お墓参り 」

体調などの都合で今日お墓参りに行った。
二日酔いで多少天井がグルグルしていたが、車に乗ってしまえばこっちのもの
と言う感じで強行突破。
少しだけ吐き気があったが頭痛がなかった事が何より。

しかし、今日は凄い天気になってしまった。土砂降り雨・・・。
高速では事故や渋滞に巻き込まれる危険があると思い、
2時間半かけて、のんぼり国道を走っていった。
お墓にでも行かなければ、なかなか飯田市へは行く事がないので友達に会っていった。
その友達、最近、ヤギとウサギを飼い出したとの事なので、
見せてもらった。
ヤギやウサギを触るのは初めて。
子供の頃は怖くて触れなかったからな〜。
ヤギの人懐っこさには驚かされた。可愛かった。。。

その後、いざお墓へ・・、と思ったが相変わらずの土砂降り。
先に、もう1件、お友達の家へ。
予定ではお墓参りの後に寄る予定だったため、
体調次第ではちょこっと顔だけ出すねと言ってあったのだが
しっかり上がりこんで、コーヒーを頂いてしまった。

友達2夫婦にはたくさんのお土産と元気をいっぱい頂いた。
まるで、頂きに行った格好に。
でも、とっても楽しい一時だった。

雨は小降りにはなりそうもないし、待っていては日も暮れてしまうので
お墓へ向かう。
昨日、母や親戚の方達がたくさんの花を持ってきてくれてあったため
母から花はもう挿すところはないから、花は持ってかなくて良いと言われていた。
だからせめてお線香くらい・・・と思っていたが
とてもお線香を立てるような天気ではない。
相変わらずの土砂降り。
手だけを合わせ、しっかりお参りしてきた。

お墓参りのために遥々飯田まで来たのに
友達に会うのがメインになってしまった。
父には「また来るからね。」と言ってきた。
何はともあれ、元気で無事行ってこられて良かった。







8月16日 (土)

「 大失態 」


退院して1週間が過ぎ、少しずつ心身ともに元気が復活してきた。
そうなってからの初めての週末。
久々に夕食時、夫と晩酌。
お盆と言う事もあり亡くなった父の思い出話などしているうちに私の病気の話になっていった。
お互いが自然に病気について話し出した時がチャンス。
病気について、これからの事、今までも事、本音で話し会った。
その時、父の事で後悔した事は今から思えば私達にとっては良い学習になったような気がする。
病気をした立場しか経験していなかったが、父の看病などして
まわりの人達の気持ちも少し判った。
1つの治療方針を決めるにも本人と周まわりの人とでは考え方に違いがある事。
手のほどこしようがないと言われた時、本人はどうしたいのか、夫は・・・。
話し合った結果、お互い、気を使いすぎている部分がある事も判った。
でも、それで良いとも思った。
しかし、今思っている事に我慢をしない事、
とりあえず話し合う事は大事にしていこうと話す。

そんなこんな話しているうちにお酒も進む。
元気な頃ではそれ程多い量ではないけれど
今考えると病気をしてからではこんなに飲んだのは初めてに近かったのかも・・・。

すっかり酔ってしまって歯も磨けずそのままベットへ。
食事前にシャワーを浴びてパジャマに着替えていたのは良かったと思った。
気が付いたらベットとベットの間にドス〜ン!!。
後で聞いたら2度ほど落ちたらしい・・・。
これも次の日に判った事だが
私が起き上がろうとしていたのか、ほんとに足蹴りしたのか
夫の顔に足の爪でひっかいた3cm程の傷が・・・。
結構出血したらしい。
腕にも2箇所くらい黒あざが出来ていた。
大失態である。
初体験・・・
深く深く反省・・・・
可哀想な旦那様・・・。
ほんとにほんとにごめんなさい。
これからは気をつけて飲みますね。
飲めるだけ元気な証拠としておいて下さいませ。







8月14日 (木)

「 お父さんに会えた 」

今朝、父の夢を見た。

布団の中で行き絶え絶えの父を、このまま寝かせていたら死んでしまうと思い
無理やり抱き起こした。
父は私に支えられて歩き出す。
歩いているうち、少しずつ元気になってきた。
いつの間にかパジャマ姿から水色に細かい白のストライプが入ったスーツに白のYシャツ、
朱色のループ帯の飾り止め(?)は葉っぱのような、天使の羽のような緑色のプラスチック。
それが安っぽいのにとっても綺麗だった。
父は8月8日が何とかかんとか・・とつぶやいたので、私が「なんで?」って聞いたら
「末広がりで良いじゃん。」と答えた。

とっても生々しい感じの夢だった。
新盆だと言うのに私は体調がいまいちで実家へ帰れない。
私の方から会いにいけないから父の方から会いに来てくれたのかも。
お盆は過ぎてしまうけれど、せめて日曜日頃お墓参りには行きたいと思っているが
これも私の体調次第。

病気ばかりしている私に、口癖のように私に言っていた言葉を思い出す。
「無理するなよ。気をつけろよ。」







8月13日 (水)

「 少しずつ、少しずつ 」


昨日は朝から何となく体がだるかった。
前日はそれ程でもなかったから、気のせいか、それとも天気がすっきりしないせいだろうと思った。
午前中、母からTELがあったので、うっかり2時間もおしゃべりしてしまう。
その後、買い物や掃除をしたかったが、掃除だけやっとの思いで四角い所を
丸くやり(ま〜、これは元気な時でもそうだが)、さて買い物を午前中のうちに・・・と
思ったが、体が行きたがらない。
今日はスーパーで99円均一やってるんだけどな〜とは思ったが
行くだけ行っても、帰って来られなかったら困るからあきらめた。
午後は昼食も早々に泥のように2時間はたっぷり爆睡。

治療の副作用で体が辛いのか、退院したばかりでナマケ癖がついてしまったのか、
はたまただるい気がするだけなのか・・、自分自身よく解からない。
昼間、こんなに寝てしまったから夜は寝られないだろうと思いきや
夜も10時から次の日の朝までぐっすり眠れた。

今回の治療は副作用が軽くすんだため、たかをくくっていたが、
やっぱり普通の体に戻るまでには時間がかかることを実感。

普通の人はこう言う事に直ぐ気が付くのかな〜?
まだ体が本調子ではない事を自分自身認めたくないのか、やっぱり鈍いのか・・?

そして今日・・・・

午後になるとやっぱりだるさが出てくるから、あれもしたい、これもしたいと思ったが
一先ず昼寝。これも、仕事のうち・・・って思いながら。
1時間はしっかり寝た。
何故か、PCがウイルス感染している夢を見て慌てて起きた。(苦笑)
テレビや新聞でしきりに言ってたからかしら?
おぉ〜♪、昨日より元気な感じ。

こうやって少しずつ、少しずつ、自分の体と相談しながら慣らして行けば
後へ行って楽なんだね。
何度か入退院を繰り返し、少しずつ、この生活も慣れつつある。
随分、遅ればせながら・・・。







8月11日 (月)

「 今。。。 」


いつもと変わらない週の始まり。
掃除をしたり、洗濯をしたり・・・。
でも、今日の一人ぼっちはちょっぴり寂しい。
先週、たった5日間だけの入院だったのに
(この時間は検温の時間だ・・・)
(そろそろ注射の時間かな・・・)
(みんなとおしゃべりしてる頃だ・・・)
・・・、なんてつい考えてしまう。
前回の退院後はこんな事はあまり考えなかったような気がする。
今回はそれだけ治療の副作用が少なく、気持ちにゆとりがあるためかも。

久し振りに今夜のおかずは何にしようか考える。
昼食後、その下ごしらえ・・・。
それから、水分補給をしながらPCに向かう。
外は太陽が照り付けて暑そうだが、家の中は涼しい。
ゆったりした時間・・・。
時々ふっと、心配事や不安な事が頭をかすめるけれど
その事を考えるのも面倒なくらいのんびり、ゆったりした時間。

きっと、今自分は幸せを感じているのかもしれない。。。








   2003年  6月 〜 7月   


7月30日 (水)

「 やめられない、止まらない♪♪ 」


友達夫婦から昨日桃を頂いた。
だんなさんの実家で作っている桃。
毎年、送ってくれるのです。

頂く桃は美味しい上に新鮮。
この美味しさを知ってから、買った桃は食べられなくなった。
早速夕食後に食べた。
頂く桃は毎年甘味も香りも強いのだが、今年の桃はいつもの年以上に甘味が強い感じ。
天候不順なのに、不思議?

入院中、家に置いておいて腐らせてはもったいないと思い、
4個ほど、スムージー用にカットして冷凍する事にした。
こんなにジューシーで美味しい桃を冷凍するのはかなりもったいないと思ったが
腐らせて食べられなくなるよりは良いかなと思った。
切りながら我慢できなくてつい口の中にポイッ♪
もう1つだけ・・ポイッ♪
最後にしよう・・・ポイッ♪
あ〜〜、止まらない。美味しすぎ〜〜!

お昼を前にしてすっかりお腹ポンポンになってしまった。

K夫婦、有難うございました。







7月29日 (火)

「 雑巾がけ 」

今のところへ越してきて3ヶ月、初めて雑巾がけをした。
今までは掃除機やクイックルワイパーでしかした事がなかった。
このところ運動不足だから運動のつもりで・・・。

掃除機での掃除より綺麗になった実感がある。
つい、玄関もフキフキしてしまった。
雑巾がけをしたところを裸足で歩いてみると
掃除機をかけただけよりかなり気持ちが良い。
ツルツル感がある。

しかし、思っていた以上にきつい。
体力のなさを実感。
でも、やろうと思ってやれただけ、元気な証拠。
そろそろ入院の時期。
少しでも体力をつけておかなくっちゃね。







7月27日 (日)

「 19年振りの再会 」


高校時代の後輩が遊びに来てくれた。
30歳も過ぎれば、先輩、後輩なんて関係ないのだが。
手紙やメールのやり取りはしていたが、彼女と会うのは学生時代以来になる。
お互い、痩せたり太ったりはしたが、話をし始めれば性格も話し方も
そそっかしい所も昔のまま。
そう感じただけでつい笑いが出てしまう。
「元気だとはメールで聞いていたけれどこんなに元気だとは思わなかった。
私の方が病人みたい。」と彼女は言った。
「誰に会っても皆、あまりの元気さに驚くんだよ。」と私。

お昼を食べがてら安曇野の方まで夫の運転でドライブに出掛けた。
やはり昔話に花が咲く。
「あの先輩は今どうした・・、あの人はこうなった、そう言えば◯◯さんはあれから
どうしたかな〜・・・。」
「考えてみたら当時、部活、部活で休みなんて全然なかったし、
こんなにゆっくり話をする機会なんてなかったね〜。」
話はつきなかった。

お互い、よく笑い、よくしゃべった。
彼女から元気をいっぱいもらった。

また、会おうね!!







7月25日 (金)

「 復活♪ 」


虫がついて、枯れかけていた‘クロトン’(観葉植物)が元気を取り戻した。
夫も「もう、あきらめて捨てたら?」と言ったが
可哀想で、どうにか元気にならないものかと竹酢液を度々散布して様子をみていたのだ。
今週に入って、少し葉の色が生き生きしてきたな〜と思っていたら
昨日、新芽が出ているのを発見。
嬉しくて嬉しくて「元気になった! 元気になった!!」と、一人で感激!!

度々入院をしているため、一日中、家の中を締め切りにしているのが原因らしく
枯れてしまったものや、やはり虫がついて枯れかけててベランダで復活するのを
待っているもの、虫がつかなくても元気がなくなってほっそりしてしまった植物がいくつもある。
仕方のない事だけど、ちょっと悲しい。
そんな中で元気を取り戻してくれたから感激もひとしお。
何だか自分の体の事とダブってしまう。
私の体も病気知らずの元気な体になると良いな☆







7月24日 (木)

「 食 」

今まで食べていた玄米がやっと終わり、楽しみにしていた無農薬玄米を今朝食べた。
ま〜、びっくりする事だらけ。
まず、香りが全然違う。とても玄米の臭いとは思えない。
これはまさしく白米の香り。
そして、色、つや、全然違う。
味も、甘味があるし、モチモチ感がありとても玄米とは思えない。
食感だけ玄米と言った感じ。
夫もこれなら美味しく食べられるとの事。
こんなに違うものか・・。

体に良くて味も良い。
無農薬玄米・・・、しばらく、いや当分止められそうにない。



テレビなどでブームになった影響なのか‘にがうり’が以前に比べ
お手ごろ価格で売られるようになった。
何故か時々無性に食べたくなって買ってしまう。
でも、料理は随分限定されてしまい、たいてい炒め物に。
沖縄出身の方と入院が一緒になった時、他にどんな料理法があるか
聞いたら、‘ぬた’もいけると教えて頂いたのでそれも作ってみたが
もっと他に食べ方はないだろうか?とない知恵を絞りに絞って考えた。
きゅうりの替わりになるかしら? ☆★「よし!!」
と言う事で、苦瓜入りポテトサラダを作る事に。
他にシーチキンを入れて、マヨネーズで和えてみた。

夫はいろんな変わった料理を食べさせられてちょっと可哀想かな・・。
でも、美味しければ良いよね。
夫「美味しいじゃん!」
私「よっしゃ〜!!」






7月21日 (月)

「 ニ キ ビ 」


鼻の下に吹き出物が1つ出来た。
若い頃であれば、「ニキビ」とでもいうのであろうが。
鼻の下はついつい手がいってしまうところ。
少しづつ、少しづつ、大きくなってきた。
痒みがあってついひっかいてしまう。すると、痛みが出てさらに大きく成長する・・。

原因は多分夫がお土産に買ってきてくれたチョコレート。
・・・が、原因であって欲しい。(人のせいにしたがり〜)
美味しくってついポクポク食べてしまったからな〜。

この歳でこんなもの作ったら後でシミになるかしら?
なるよね〜。
ま〜、作ってしまったものを今更悩んでもどうにもならず、しかし、唯、鏡とにらめっこ。(~_~;)

まだ、チョコレート、かなりあるのです。
でも、これ以上ニキビ(あえて)を増やさないためにも
しばらく食べるのを我慢しましょうか。。。







7月18日 (金)

「 夫が帰ってきた 」


一週間の研修を終え、夫が帰ってきた。
予定では9時頃帰ってくる予定だったが、TELがあり、8時頃には帰れそうとの事。
慌てて冷蔵庫にあるもので夕飯の支度をした。
「ただいま〜。」
帰ってきた♪ 帰ってきた♪
気持ちがパッと明るくなる。やっぱり、元気に帰ってきてくれると嬉しい。

全く期待していなかったがお土産を買ってきてくれた。
期待していなかった分、余計に嬉しい。
そして、久々に一人きりではない夕食。
お互いの1週間の出来事を時間の経つのも忘れて話す。
考えてみれば、いつもと変わらない風景。
しかし、しばらく離れて暮らしてみて、このいつもと変わらない事こそ幸せと改めて思う。
たまには離れて暮らしてみるのも悪くないかも・・と感じた。 






7月17日 (木)

「 夜のデート 」

ネットでお友達になったえりぃさんと一緒に夜ご飯を食べに行った。
6時半に待ち合わせ。
えりぃさんが気を使ってくれて私の自宅から歩いて1分程の所にある居酒屋さんへ。
えりぃさんはもちろん、車。
だから、今回はアルコール抜きで。
ほんとは2人とも好きなんだけどね。(それは次回という事で)

6時半から11頃まで、時間の事をすっかり忘れてしゃべった、しゃべった。
お互いの病気の事、過去の事、それから輝かしい未来について・・・。
お会いするのはまだこれで3回目。
でも、お互いの日々の出来事は日記を読んだりして知ってるから
いちいち説明しなくても話が通じたりする。
だから余計に話が盛り上がる。

考えてみたら、友達と2人っきりで夜中まで外でご飯食べながらおしゃべりしたの
結婚して初めてかも。

とっても、とっても楽しい一時だった。

また行こうね、えりぃさん!!







7月16日 (水)

「 よく笑った一日 」

高校の頃からの友達が遊びに来てくれた。
朝、9時少し過ぎには到着。会うのは5ヶ月振り。
初めからハイテンション。おしゃべりばかりでなかなかお茶の支度がはかどらず
ついに友達から「ちょっと座ったら?」と言われてしまうほど。
しばらくおしゃべりしてから外へお昼を食べに行き、
その後、近くのアイシティーへ行った。直ぐ、つくはずだった・・・。
しかし・・、私の事、そうは簡単に問屋は卸してくれなかった。
アイシティーへは自分で運転していった事がなかったので、道順あやふや。
友達も1度だけ行った事はあると言ったがよく覚えていないと言う。
一応、地図は持ってきたが、大雑把な地図で「アイシティー」が出ていない。
友達は「こっちの方だからこっちの道から行けば良いと思うんだけど?」と言う。
私は「いや、そっちからだと空港の方だからあっちから行った気がする。」
と、私の言った方へ向かった。地図を見ていれば、方角くらい判っても良いはずだが
なにせ二人とも方向音痴の「地図が読めない女たち」
「おいおい、何のために地図持ってきたんだよ」自分で自分につぶやいて
友達に笑われる。

な〜んかドンドン遠くなっていくような気が・・・。
結局、近くのコンビニで聞く。
そしたら何と、友達が言ってた道の方だった。
また、元の道まで戻る羽目に・・・。
謝ったり、悔しがったり、大笑いしたり・・・。
「結局、私達って昔から変わらないね。」大爆笑!!

楽しい、楽しい一時だった。
しかし、友達が帰ってしまった後、その反動でとっても淋しくなってしまったが・・・。






7月14日 (月)

「 の〜んびり
 」

昨夜、ビーフシチューならぬ、ラムシチューを食べた。
せっかくなので・・・と、先日友達から頂いた飲みかけのクランベリーワイン1杯と
カマンベールチーズ(と、言っても切れてて安いやつ)も一緒に。。。
一人だけど何だか気分はとってもリッチ・・ははは、やっぱり単純な私。

そうそう、シチューね、思ってたよりずっと美味しかったよ。肉も柔らかかったし。
ま〜、圧力鍋でやったから当たり前か。
牛肉っぽかった。でも、羊の肉の臭みがダメな人はダメかも。
お酒をしこたま入れて煮たけど臭いは消えなかったから。
でも、好きな人は気にならず美味しく食べれるかな。


今日は午前中歯医者。
色素沈着したところを綺麗にしてくれたり、後は磨いてもらった。
歯を磨いてもらうのってこんなに嫌なものだっけ?
電気研磨器・・とは言わないか・・・、そんな感じのでジジジジジ・・・・
やってもらってる間、ずっと鳥肌が立っていた。痛みはないのだが。
(今日で終わりだ〜、我慢、我慢)って思っていたら
「もう一日来てもらおうか」
え〜〜!!
「次回はなにするんですか?」とすかさず聞いてしまった。
「最後のチェックだよ」
(そんなの今日じゃダメなのかい?)って思ったが言えなかった。(^^ゞ
ま〜、次回はチェックだけだからいっか・・・。

今夜は昨夜の残りのあのラムシチューを食べれば良いしー
電車の時間までにはまだ時間があるから・・・と久々にゆっくり本屋さんで立ち読みしたり
昼食にとパン屋さんで美味しそうなパンをチョイスして帰ってきた。

夫がいなくても結構一人で楽しんでるかも♪ ふふ・・







7月13日 (日)

「 しばらく一人ぼっち 」


今朝、夫が東京へ1週間の出張に出掛けて行った。
日曜日はたいてい2人で過ごしているから平日からの出張より寂しさ倍増。
病気してるから余計心細いのかな〜?
かと言って、あんまりあちこち出歩いてまた具合が悪くなっても一人だから困るしね。
ちょっと夫に甘えすぎかな?

いつも入院で夫が一人家に残される事ばかりだから
たまには私もその寂しさを経験しなきゃね。

せっかく一人だから、一人でなければ出来ない事やHPの更新などしましょう。
まず、今夜の夕食。
夫はあまりラム肉は好きではないが、私は大好き。
でも、料理は炒める事以外した事がない。夫もこれなら食べられるからね。
今日はこの肉を使ってシチューを作ってみた。
臭みがあまり出ないようにビーフシチューのルーを使ってみた。
さて、味はどうだろ?
今晩のお楽しみ♪







7月11日 (金)

「 考えさせられた一日 」


飯田市に住む友達のお父さんのお葬式に主人と行った。
友達とは家族ぐるみのお付き合いをしている。

一緒にお焼香に行く友達2人と待ち合わせて、一緒に行った。
最近は皆で顔を合わせるのは悲しい出来事の時ばかり。

目を真っ赤に腫らした彼女と会うのはとっても辛かった。
「大変だったね、しっかりね。」そんな事くらいしか言えなかった。
お葬式が終ってからぐったり疲れが出て寝込まなければ良いが・・・。
悲しみはこれからドッと出てくるんだよな・・・。
いろいろ考えてしまった。

お焼香の後。4人でお茶をしにファミレスへ入った。
友達とは10年以上のお付き合い。
ここ1年ぐらいで白髪が出てきてしまったとか、子供の話、料理、体調・・・。
あの頃はこんな話を皆でする日が来るなんて思いもしなかったな〜
内容がすっかり主婦の会話。
ここで1時間半くらいじゃべりまくり・・。

そんな中、一人の友達が「おもいっき◯テ◯ビ」観てる?」と。
「観たり観なかったり。」と私。
「これは絶対にひまわりに教えなきゃって思ってビデオ撮ったんだよ。」
「へっ?」
「これ・・・。」とその友達は紙に
『傷ついた細胞を取り除くための食べ方、食べ物』
『ガン化を抑制するくだもの』
『癌細胞を増殖抑制する食べ物とその食べ方』
『癌細胞を自滅させる食べ物』などなど・・
メモして私に持ってきてくれた。

私は涙が出るほど嬉しかった。
やるかやれるかやらないか(苦笑)は別として
私のためにやってきてくれた事がとっても嬉しかった。
友達ってほんとに有難いなって思った。

最近、病気の事で落ち込む事が多かったし、友達のお父さんの死もショックだったが
私にとっては今日はとても良い日だったのかも。

落ち込んでばかりじゃいけない。元気出さないと。
そして、今後は誰かのために、今回のように私が嬉しいって思ったと同じ事を
誰かにできれば・・・ってつくづく思った。

いろんな事を考えさせられる一日だった。







7月9日 (水)

「何だか今日は疲れたな・・ 」


今日は皮膚科の外来日。
だるくてたまらなかったのは多分白血球が低下していたのが原因だと思うとM主治医から言われた。
今日の採血では4100と異常なし。他の値も問題なかった。
首のリンパ節を触診した時、「肩、こり過ぎ」と指摘。
自覚はあまりなし、でも、度々私の肩の辺りを触診している先生が言うのだから
そうなのだろう。
「昨日辺りから体が楽になってきたので、買い物に歩いて出掛け、
両手に重たくなった買い物袋を下げて帰ってきて、ダンベル体操も久し振りに
やったから、肩にきたのかな?」と私。
「それは急に動きすぎ、無理しすぎ!!元気になったからって急に動くと
直ぐ体力が落ちてまた寝込む事になるよ。」
はは、これは先生だけじゃなくってみ〜んなに言われてるんだけどね。
先生は無理しないで普通に・・って言うけど
私にするとたいそう難しい問題だ〜。
でも、気をつけないとね。


昨日友達から、お父さんが亡くなったと連絡があった。
そう長くはない・・と言っていたけれど、やっぱり悲しい。
自分の父親のその時を思い出してしまう。
案外元気そうな声で話す彼女。しっかりしなくては・・・と思っているに違いない。
お葬式が済むまでは悲しみに浸ってる暇などなかったっけ・・。
私の方が何て声をかけていいのか、ともすると泣いてしまいそうで
それを押さえるのがやっとだった。

ここ1年半の間に友達2人と私の親が立て続けに亡くなった。それも皆、ガンで・・・。
私達3人は同期入社。他は男性が入社だったので、女性は私達だけだった。
悲しい偶然。
唯、近い時期に同じ経験をしたため、お互い励ましあったり慰めあったり出来た事が
唯一良かった事。
お葬式に行かせてもらう予定だが、私が入院中じゃなかった事も良かったかな







7月7日 (月)

「 早く食べた〜い 」


待望の無農薬玄米が届いた。
無農薬だから、そうでないのと比べれば美味しいんだろうな〜とは思っていたけれど
それはお米に限らず全ての野菜でも言える事だと思っていたので
玄米だけこだわっても・・と言う気持ちが強かった。
ま〜、興味は多少あったけれど・・・。

買ってみようと思ったきっかけは、私のHPにリンクさせてもらっている
坂東太郎さんのひとこと。
「無農薬とそうでないのとでは味が全然違う。子供達も食べるようになった。」
そんなにも違うのか?ってね。
私は白米が食べたいと思う事はあまりないが、夫は時々食べたくなるみたい。
美味しい玄米なら白米が食べたいって思う事も少なくなるかもしれないし
第一体に良い。
夫が玄米を嫌がる1番の理由はよく噛まなければならないからそれが面倒と言う事。
食べ物はよく噛んで食べたほうが胃の負担も減るし良いんだけどね。
後は何と言っても便秘知らず!!
便秘の人は絶対お試しあれ!!
今まで出ていた人は今まで以上に出るからびっくり!!
にゅ〜〜って感じだよ!!(汚い話だけどすっごい大量生産なのです)
今までと出る量が全然違う!!
食べはじめの頃、体重が2kg位減った。だから止められないのです。玄米食♪
私はあの歯ごたえが好きなんですよね。

玄米だけ無農薬にしても・・って思ったが毎日食べるのもだし、
夫も美味しいと思って食べてもらえればね、多少お値段が張っても・・と思ったのだ。

そして、荷物は届いたのだが、まだ今までの玄米さんが残っているからしばらくはお預け。

ちゃんと箱に梱包され、私が質問していた事も手書きで御礼と共に書き添えられていた。
作った方の優しさやぬくもりを感じられた。

しばらくは食べられないので、箱を時々開けては眺めたり、
真空パックになっているビニールをナデナデしたり・・・。

早く食べてみた〜い!!

坂東さんに感謝!!!







7月3日 (木)

「 歯医者 」


ずっと行きたかった歯医者へ行った。
いや、出来れば行きたくないところなのだが・・。
3月頃から奥歯に被せてあった冠歯がゆるんできていて今にも外れてしまいそうだったから。
しかし、治療により白血球が低いなど免疫力が低下していたために
感染の恐れがある事からしばらく歯医者へは行かないように
主治医から言われていたため、お許しが出るまで片噛みをしてしのいでいた。

3年振りの歯医者。
冠歯、相当放っておいたからきっとそこに虫歯が出来ているだろうな〜。それに他にも・・・。
虫歯がありませんように・・・と祈りながら(少々オーバー)歯医者へ向かった。

引っ越したため、今まで行っていた歯医者は徒歩では行けなくなってしまった。
近い所へ替えようか・・とも思ったが、最近はどこの病院へ行っても
「問診カード」なるものを書かされる。
これがかなり面倒。
何が1番面倒って病歴を書くのがね〜。
え〜と、この病気は何年だっけ?なんて考えてるだけで
診て貰う前に神経衰弱してしまいそうだ。
だったら多少遠くても自分の事をよく判ってくれている今までの所の方が
精神衛生上からも良いかなと思い、電車に乗って以前行っていた歯医者へ向かった。

緩んだ冠歯をはめ直してハイお終い!!
ラッキーな事に虫歯はなかったようだ。やっほ〜〜♪

「3年振りだね。歯石取ったり、丁寧に診てみる?」と先生から言われたので
この際診て貰うことにした。
歯のパノラマ写真を撮って貰い、歯石を取ってもらうのは再来週という事に。
歯医者って何度行ってもドキドキしてしまう所だけど 
簡単に終って良かった。
しかし、電車に乗って出掛けるため、1日ががり。
疲れた〜〜〜!!
次回、行く時も元気出して気合入れて行かないとね!







7月2日 (水)

「 ダンベル体操 」


何ヶ月ぶりかでダンベル体操を復活させた。
前回の入院まではまだ手術した方の腕に重いものを持つなどの
負担をかけてはいけないと言われていたが、今回やっと自由に動かして良いとお許しが出た。
もちろん、ダンベル体操もやって良いかちゃんと聞きましたよ。
手術した時、腕を真っ直ぐ上に挙げるための神経を切断してしまっているため
左腕と同じように挙がらないし、まだまだ前の方へ右腕を持っていくだけでも
突っ張り感があるけれど、無理して動かしても傷口がパカッと開くわけでもないし
自由自在に動かして良いらしいからドンドン動かしてしまおうと思った。

昨日辺りから普通の生活に体が慣れてきているとは言え、またダウンしたら嫌なので
ワイドショーを観ながら、体を慣らすつもりでのんびりゆったりやった。
ダンベルは今までと同じく2kgのを使ったが、
今までなら一つの運動を20回やっていたのを、今日は10回で止めておいた。

ダンベル体操をやる前に柔軟体操を少しだけした。
すっかり体が硬くなっているのを実感。

この体操をすると、肩こりが解消されるし、太いなりにも体が引き締まってくる。
夜もよく寝られるしね。
良い事ずくめ、やらない手はない。

久々の運動・・・、あ〜〜、気持ち良かった♪
体力作りのためにも、少しづつ、少しづつ、慣らしていこう







6月30日 (月)

「 難しい・・・ 」


今日から1週間のスタート。
普通に生活出来る嬉しさでいっぱい。
昨日、あれだけ動けたのだから、今日はもっと動き回れるはず。
でも、気持ちのどこかに(無理は禁物)って思いながら・・・。

午前中は大物の洗濯をし、トイレ、バスの掃除、終ったら歩いて5分ほどのスーパーへ
買い物やクリーニングを出しに出かけた。
久々の買い物はやはり楽しい。
今夜は何を作ろ〜かな〜なんて、いつもなら頭を悩ます事も楽しめた。
お昼に夫から「今夜、急に飲み会になったから夕食はいらない」とTELが入った。
そのTELで一気に力が抜けてしまったのか
疲れと眠気がドッと押し寄せお昼も早々にベットへゴロ〜ン。
そしてそのまま3時間近く爆睡。
電話の鳴る音で目が覚めたが、とても体が直ぐには反応しない。
「誰からだったんだろ?」
結局切れてしまった。

布団に入っていればいつまででも寝ていられそう。
あ〜〜、しんど・・・。

自分では無理しなようにって思っていたけれど
後で考えてみれば・・・ん〜、少し動きすぎたのかな?
「無理しないように」って口で言ったり思ったりする事は簡単だけど
実際、どのくらいまでが無理し過ぎなのかそうでないのかって難しいぞ〜。
動いてるときって結構動けてしまうんだよね。そして後から津波のように
ドドッ〜〜って疲れが押し寄せてくる。
無頓着で、やろうと思ったら考えなしで突き進んでしまう性格が
それに気が付かせないようにしてるのかな?
まるっきり子供と一緒じゃん!

皆にも言われているように、もう少し自分の体、大事にしないとね。
ん〜〜、でも難しい・・。








6月28日 (土)


「 退 院 」

昨日、27日の3時半頃、無事退院した。
心配していた再発もなく白血球数も3090とまーまー。
今回の治療はインターフェロンだけ。
そのせいか、前回ほどの辛さはなかった。
しかし、治療が重なるとどうしても倦怠感、食欲不振、便秘や下痢などの症状は出た。
そんな時、皆さんからの励ましの言葉でとても元気を頂いた。
こう言う時、インターネットの有難さをつくずく実感。
たかが5日間、されど5日間。
みなさん、ほんとに、ほんとに有難うございました。

まだまだ頭の中は入院中のいろんな事がグルグルと回っているけれど
家にいられるってやっぱり幸せ♪って噛みしめてる。
少し動いてはベットに横になって・・・の繰り返しだけれど
無理せず少しずつ元の生活が出来るようになれば良いかなって思っている。

みなさん、またよろしくです!!







6月21日 (土)

「 朝のお散歩 」


今日は朝からとっても良い天気。
朝日の眩しさで6時には目が覚めた。

「行ってみる?」「行こっか〜!!」と言う事で
予定していた通りスカイパークへ。
朝、7時少し前には車の中だった。
昨日と違って風もなく何とも言えない清々しい気分。
今日は運動と言うより、景色を観ながらマイナスイオンを思いっきり浴びながらゆっくりお散歩。
犬の散歩、ジョギング、サイクリング、ウォーキングなどする人たちが結構いた。

こ〜んな広々してていろんな草花を見ながらそれも朝日を浴びてのお散歩は
生まれて初めて。
「気持ちいね〜。」を何度もつぶやいていた。
これはクセになりそう。
多分、明朝もここにいるだろう。







6月20日 (金)

「 良いかも♪ 」


今日、夫は有給休暇を取ったので、
久し振りに朝からのんびりした時間を過ごした。
そう言えば、先週末は風邪でダウンしていたせいか、
休日が無かったような気がする。

夕方、松本空港周辺の「信州スカイパーク」へ行った。
お散歩したり、運動したり、体力作りする場所にお勧めと教えられたので行ってみた。
午前中は先週出来なかった買い物であちこち歩き回ったので
少し疲れが出ていて歩けるか心配だったが
それでも行くだけ行ってみようという事になりGO!!

ここへ行くのは3、4年振り。
当時、それ程整備されていなかった記憶があり、
今住んでいるところから近くにもかかわらずあまり行こうとは思わなかった。

行ってびっくり!!
「ファミリースポーツゾーン」「野の花ゾーン」などいろんなゾーンがあったり
サイクリングコース、ジョギングコースなども整備されていた。
帽子は持っていたものの、割と露出度の高い洋服を着ていたので
歩いてみるのを少し躊躇したけれど(今日は日中夏日の気温29.9度)
気にしない、気にしない行っちゃえ〜〜とばかりに外へ出た。
暑かったけれど温帯低気圧の影響か風が強かったのでとても気持ちが良かった。
広々とした敷地にはいろんな草花、木が植えられている。
眺めているだけでもとっても気持ちが良い。
来週入院だなんてこれっぽっちも信じられないくらい
サイコーに、心身共に元気になったつもりになれる。
灯台下暗し・・・
こんなに良いところがあったなんて・・。
退院したら体力作りに通おうかな〜って思った。
明日、朝天気が良かったら夫と二人でお散歩に来よ〜♪

えりぃさん!! さんきゅ〜♪♪







6月19日 (木)

「 大切なこと 」


ちょっと贅沢に懐石料理でお誕生祝いをしてもらった。
大好きな日本酒で乾杯!!
先生からもお許しが出た事だし、今日は特別、いつもよりちょっぴり(?)多めに頂いた。アハ♪

時にはこうやって二人で向き合ってゆっくり語りながら食事をするって
大事だなってつくづく思った。
もちろん、家でも一緒に食事をするから会話はあるのだけれど
たいていテレビがついているから
どうしてもテレビの内容中心の話題になってしまう。
特に今は野球中継を観ることが多いからもっぱら野球の話ばかり。
食事が終って片付けをしたりどちらかがPCいじったりしてしまえば
とたんに会話はなくなってしまう。
それが当たり前になっていたけれど
たまにはテレビもなく、食事の後片付けの心配もなく
ゆっくり向き合って、二人の将来の事、普段考えている事を語らいあう事は
相手が普段何を考えているのかが再確認(少しオーバーだけど)出来て良いかもって思った。
死ぬまでず〜〜とず〜〜と一緒だもんね。
仲良く年取りたいもん!

料理も美味しかったし、楽しい楽しい一時だった♪







6月18日 (水)

「入院  23日に決定! 」

皮膚科の外来日。
風邪が治ってから自宅を出るのは今日が始めて。
自宅から駅まで徒歩10分もかからないのだが
5分と歩かないうちに既にバテ気味。それも家を出るのが予定より遅くなってしまったものだから
少し早歩きで歩かなくてはならず、余計にしんどかった。
そして、2駅目の松本駅で下り、そこからバスに乗って病院へ。
今日はまた運が悪く、電車が10分近く遅れた。
病院までのバスは10分おきに出ているのだがどうしてもいつもの時間のに乗りたくて
駅からバス停まで、途中からだが走った、走った。
間に合って良かったが、バスの中で汗をダラダラかきながら
「は〜、は〜。」息も絶え絶えに乗り込んだ。
朝からえらい目にあったものだ。
ま〜、もう10分辛抱して次のバスに乗っていけば
余分な体力を使わなくてすんだのだが・・。

採血の結果はま〜異常なし。
白血球は4000以上あった。
しかし、r−GTP(たいていの場合、アルコール摂取量が大変多い人はこの値が多い)が
まだ平均より少し高め。

前回入院した時、この値が以上に高かったので
主治医からアルコールを摂り過ぎたんでは・・と疑われたが(多少は飲んだが)
結局抗がん剤などの副作用だった。

「この位の値ならそんなに心配はない。白血球の値も良いし、
予定通り23日から入院出来るね。」と主治医から言われた。
先日の風邪も、3月頃同じような症状の風邪が患者さんや医者の間で
大流行していたから、それを今になってひいたのかもと言われたし、
後は体調を整えて入院を待つばかりだ。
そう思ったら、何だか開放的になってしまって
「入院前にしこたま飲酒しても良いですか?
自分のお誕生日会をしたいんですけど」と聞いてしまった。
「飲むなら入院間近よりここ2、3日くらいなら良いよ。
でも、ホドホドにね。」
ホドホド・・か。
ホドホドとはどのくらいまでを言うのだろう?
でも、そうは聞いてみたものの、きっと自分の体が心配だから
そうは飲めないだろう・・たぶん。

まっ、とにかく入院までにしっかり体力つけなくっちゃっね!!
 






6月15日 (日)

「 久々にひいてしまった 」

一昨日、夜中に突然の発熱。何と最高38.9の熱
寝るまではとっても元気で食欲もバッチリあったのに・・・。
苦しくて「うん、うん・・」うなって耐えていたけど
咳き込み始めたのでまたいつかみたいに
肺炎にでもなっていたら怖いので
スヤスヤ気持ちよく寝ている夫を起すのは心苦しかったが夜中の1時ごろ
治療中の皮膚科のナースステーションへTELしてもらった。

とりあえず、市販の薬を飲んで様子を見るように、明日病院へ来るように言われた。
水分をなるべく摂るようにして胃薬と共に市販の風邪薬を飲み
額に「熱さまシート」を貼って寝た。
高熱でなかなか眠れなかったのが、風邪薬が効いてきたのかそのうちグッスリ朝まで眠れた。
朝、熱を測ると37度。
病院へ行かなくても何とかなるかも・・と思い、再び病院へTEL.。
前日電話に出てくれた当直の先生が電話に出てくれたので細かな説明をしなくて済んだ。
採血はした方が良いからとやはり病院へは行く事になった。
病院へ行くのだから市販の薬は飲まないでおこうと、薬を飲まずに病院へ行った。
もうそれほど発熱する事はないだろう思っていたが、甘かった。
病院で採血、内診などしている間にも少しずつ熱が上がってくるのを感じた。
採血の結果を待つ間、談話室にあるソファーに横になって待った。

結果は炎症反応も白血球数もそれ程心配する値ではなく唯の風邪でしょうとの事。
薬をもらって帰ってきた。
家に帰って熱を測ると再び38.3
坐薬を入れ、少し休んでから2時ごろ何とか昼食を摂りやっとこ薬を飲んで寝た。
とにかく寝た、眠れた。
風邪をひいているとよくこんなに眠れるもんだと自分でも感心するくらい良く眠れる。
もちろん薬の影響もあるんだろうけど。

そして今日。
やっと36度台に安定。
食欲もすっかり戻った。
しかし、まだまだ良く眠れる。
時々、起きてきてPCをいじってみる。
ちょっと書き込みしただけでも疲れる。
PCするのってこんなに体力がいるんだっけ?って思ってしまった。

ほんとだったら昨日、夫と私の誕生日のお祝いに外で食事をする予定だったのに。
とっても残念だけどこればっかりは仕方が無い。
自分なりに身体の事は気をつけていたつもりだったんだけどな〜







6月13日 (金)

「 友達って良いな 」


お友達3人が遊びに来てくれた。
飯田に住んでいるお友達。
ここへは高速を使って1時間もかかり
皆主婦だから子育て中だったり仕事持ってたりして
皆ではなかなか会えないでいた。
久々のご対面!!

朝、10時には来てくれたので、お昼まで一しゃべり。
私は嬉しくて嬉しくてはしゃぎっぱなしだった。
皆が「後で疲れない?大丈夫?」って心配するほど。
お昼は外へ。
「昔、皆でこうやってよく食べに行ったよね〜。」と20年近く前からの友達なので
思い出話に花が咲いた。
話をする分と同じくらい皆でよく笑った。
友達って良いな〜って思える瞬間だ。
家に帰ってきても食べたり、おしゃべりしたり、写真を撮ったり・・・。
昔なつかしい写真、皆で旅行に行ったり
ドライブした時の思い出がいっぱい詰まった写真を持ってきてくれた友達がいたから
それを見て、また思い出話に火が着いたり・・。

この間、えりぃさんに「編みぐるみベビィ」のストラップにしたのを作ってもらってあったので
それをみんなにプレゼント。
あ〜でもない、こ〜でもないと大騒ぎしながら携帯へ付けた。
(えりぃさん、ありがとう。皆凄く喜んでくれたよ。「可愛い、可愛い」って。
御礼言っておいてって言われたよ。)

昔からの友達って不思議。
外見は無理だけど心は若かったあの頃に戻れてしまう。

楽しい時間はあっという間。
「頑張るんだよ!!」
「また来るからね!!」といっぱい励ましの言葉をもらってバイバイした。
帰ってしまってからは急に現実に引き戻されたようで少し寂しかったけれど
元気を体いっぱい充電出来た。

みんな、今日は楽しかったね。
それからありがとう。







6月11日 (水)

「 古代米のお陰 」


先日、木曽へドライブに行った時、古代米(黒米に緑豆がブレンドされているもの)を買った。
ずっと以前から食べてみたいと思っていたがお値段があまりにも高すぎて
手が出なかったのである。
しかし、たまたまここで見つけた古代米はお手ごろ価格、
ま〜白米に比べれば高いけれど、木曽へ来た自分達へのお土産と思えば安いかなと・・。

現在、うちでは玄米にきびとすり黒ごまを入れて炊いている。
以前はちゃんと圧力鍋で炊いていたが、段々怠け者(元々だが)になり
今では炊飯器でスイッチON!
玄米はポロポロして食べにくいが、きびがつなぎの役目をしてくれるので
もちもち感が出て、意外と美味しい。

今朝はきびの替わりに古代米を入れてみた。
昨夜のうちにタイマーをかけておいたので朝には食べるだけになっている。
しかし、朝、この古代米の独特な匂いで目が覚めた。
玄米だけでも結構慣れなければきついのにそれ以上にきつい感じ。
具合が悪い時なら、心配しなくてもトイレへ行けは即OK(汚くてゴメンナサイ)と言う感じ。
それくらい独特な強い臭い・・。
恐る恐る炊飯器の蓋を開く・・、お〜!真っ黒!!
色の凄さにびっくり、ちょっとグロテスク・・・。
段々不安になってきた。あんなに楽しみにしてたのに・・・。

夫が先に口へ運ぶ。(別に毒見してもらった訳ではありません)
「美味しいじゃん!!」
「ほんと?」
「ほ〜んとだ!美味しい♪ 美味しい♪」
食べ始めると臭いなど全く気にならなかった。

元々夫は、ご飯にいろんなものを入れるのを嫌がったが
今回、これを食べてみて考えが変わったようだ。
「この豆、味があって美味しい。」とまで言った。
そうそうお値段の良い古代米は買えないから
「じゃ〜、今度玄米に小豆を入れて炊いてみようか?」と聞くと
「そうだね。」との返事。
前は絶対嫌がってたのにね。
私はず〜と入れてみたかったのだよ。
しばらくいろんなものを入れて楽しんでみようかな♪







6月10日 (火)

「 こんな事って・・・ 」

どのくらい前からだろうか・・・?
うちの裏の家の屋根に毎日ほほ同じ時刻に2羽のカラスがやってきていた。
カラスってこんな声だっけ?って思うくらい、普段聞いている声と違う嫌〜な感じの鳴き声。
1度だけ、うちの玄関の踊場の手すりに1羽カラスが止まっていた。
奥の方の部屋にいたのに「バサッ」と言う聞きなれない物音が聞こえたので
様子を見に行ったらカラスがいたのだ。
私の姿に気が付くと鳴きながら他の2羽と合流して戯れながらどこかへ行ってしまった。
カラスもスズメみたいに戯れるんだ・・と感心しながらも
嫌〜な気分。

昔、カラスが止まった家や近くにいるのにカラスの存在に全く気が付かない家から
亡くなる人が出るって聞いたことがある。
夫と「私達、ちゃんとカラスが見えてるから死なないよね。」なんて
縁起でも無い事を結構真剣に会話していた。

そして今朝、「そう言えば、この頃カラスが来なくなったね。」なんて話していたら
新聞の死亡欄を何気なく見ていた夫が「えっ!」
びっくりして「どうしたの?誰か知ってる人でも亡くなった?」と私。
「番地からしてどうもうちの近くの家で今日、お葬式あるみたい・・。」
「・・・・・、もしかして裏のうちかな〜?、やっぱカラスが知らせたって事・・??」
思わず鳥肌が・・・。
裏の家の様子を見たけど、いつもと変わりない感じ・・・。

「気にしない 気にしない」と夫を仕事へ送り出した。
それからしばらくして、えらく外が賑やかい。
ふと外を見ると喪服を着た人たちが大勢!
どうも亡くなったおじいちゃんの家はうちの直ぐ裏の家ではなく
その横のお宅、すなわちうちの斜め裏の家だったのだ。
再び度鳥肌がぞわ〜〜〜

実際、こんな事ってあるのだろうか?偶然かな?
同じ経験された方いらしゃいますー?

(聞いてどうする? ^_^;)



6月8日 (日)

「 初体験 」

今日は朝からドキドキ、ウキウキ、ワクワク
どうしてって、サイトでお知り合いになった方と会うんですもの。
これは初めての経験です。
ドキドキせずにはいられませんよ。
ま、地元の方だったから簡単に実現できたんだけど。

近くのレストランで彼氏と夫も同席して4人で会った。
想像してた感じとは少し違ったけれど
会って、直ぐ「この方だ!」って判ったのです。
時間が早かったせいか、他にあまりお客さんも居なかったって事もあるけれど。
手作りのとっても可愛い“編みぐるみベビィ”などを頂いた。

初対面とは思えないほどおしゃべりに花が咲いた。
彼女はとても綺麗な方で、笑うととてもチャーミング、
彼氏の方はとっても明るくて気さくな感じ。
次回、また4人で会う約束をした。
今度は昼間じゃなくて夜、ゆっくりと・・・ってね。

今日、初めて会うのに、お互いの事は全てでなくとも知っている・・。
この感覚、不思議と言うのか、なんとも口では言い表せない感覚だった。
PCのお陰でまた世界が一つ広がった気がする。

今日はサイコーに幸せな気分。







6月7日 (土)

「 少し成長できたかな? 」


今日は木曽路へドライブ♪
家を7時少し過ぎに出発。
途中の「道の駅」で朝食を食べた。
線路を挟んで向こう側は山裾。1番手前のニセアカシアの木になんと小猿が3匹、
花の蜜を吸っているのか、食べているのか木をユサユサ動かし口をもぐもぐ。
なかなか観られない光景に遭遇し、他の誰かに教えたい気分だった。

木曽はほんとに山に囲まれてると言う感じ。空が少しししか見えないという感覚。
「木曽路は全て山の中・・・」(島崎藤村)とはよくいったものである。

少し天気が曇っているのが気になったが、御嶽山目指して出発。
さすがに1000m以上あるゴンドラの乗り場は肌寒かった。
それに乗って2150mの7合目まで行った。
曇っていたため景色はいまいち。と言うか、ほとんど観えない状態だった。
まだまだ残雪があった。
山野草が実験生育中とかで、いろな種類のもが植えられいた。
「チングルマ」「イカリソウ」「ショウジョウバカマ」・・・・。
しばしうっとり・・。

再びゴンドラで山を下り、次に王滝村にある「長野県西部地震」の後建てられた
慰霊碑のあるところへ行った。
約18年前にたまたま転勤で父が木曽に居た時この地震を体験し
これに携わる仕事をしていて、当時飯田市に住んでいた私達家族も
この地震を体験したわけだが、この慰霊碑が出来てから家族で訪れた事があった事から
父が亡くなった今、もう1度訪れたいと思っていたのだ。
家族で訪れ時には地震で崩れた岩肌がまだ生々しかったが、
今では草がしっかり茂りあの時の面影はほとんどなかった。
感慨深くあちこち見渡した。

その後、近くのお蕎麦やさんへ入った。
実は今日も相変わらず、食欲不振、吐き気、それに胃痛、
それに下痢気味(食事中の方ごめんなさい・・食べながら読む人はいないか・・)
でも、元気は人1倍あるんだよ。自分の事ながら不思議?
あっさりしているし美味しかったから全部食べられた。

父が好きだった蕎麦は、亡くなってから1度も口に出来ないでいた。
蕎麦を見ただけで涙が出そうだったから・・。
亡くなってから初めて口に。

今日はいろんな事を考えさせられるドライブだったかな?
父の死からまたほんの少しだけ悲しみから脱皮できたかな?








6月6日 (金)

「 主婦の独り言 」

最近、あまり食欲がないし何を食べてもあまり美味しさを感じない。
時々、突然「うっ・・」 (>_<)  と吐き気がしたり・・・。
でも、今朝は久々に朝食を残さず食べる事が出来たのだが。
友達や主人と外食した時は結構何でも美味しく食べられるのに。
自分でも何を食べたいか判らないからなるべく特売の時でも
溜め買いをしないようにちょこちょこ買い物に出掛けるようにしている。

そして今日も暑くならないうちに・・と、午前中のうちに近くのスーパーへお買い物。
チャーシューでも作ってねぎやにんにく生姜をたっぷり使ったソースでもかければ
食べれるかな〜?と思いつつ・・。
でも今日の豚肉はとってもお高い!!
しばし考える・・・・。
他に食べられそうなもの・・・と。
鶏の手羽もとで、酸っぱ煮でもしようか・・・?
鶏が陳列してあるところへおもむろに行ってみる。
はは・・ ^_^;  わらってしまうほど高い。
特売の時とこんなに値段違ったっけ?
でも、豚肉より安いからこっちの鶏にしよう。

あ〜、それから副食はなににしよう?

ってな具合で値段ではなく食べたいものと相談しながらの買い物・・・。
いつになく疲れた〜〜。

今夜はしっかり食べられるかな?
でも、「食べなければ痩せられるよ」とつぶやく自分がいる。
食べられる時は「この一口でやめておこう」と思いつつ箸が延びてしまうのだが
食べられない時って、痩せたくても食べなきゃって気持ちの方が強く働くから不思議。




6月3日 (火)

「 楽しい一時 」

先週からずっと体調がいまいち。
台風の影響もあったのかな?
昼間、横にならないといられない日が多かった。
ひどい時は夕食中に体がえらくてえらくて横になり、楽になってきたところで
再び食事したりしていた。
しかし、人間と言うのはゲンキンなものである。
今日は今回の入院で仲良くさせてもらった同室のBさんと会う事になっていたのだが、
昨夜からかなりのハイテンション。
あの倦怠感はどこへやら??

駅前のスーパーで待ち合わせ。
退院してから初めて会うと言う事もあり、Bさんを待ってる間
ドキドキ♪ ワクワク♪
会った瞬間、お互い抱き合う・・とまではいかなかったけれど
思わず手と手を取り合ってしまった・・。
ほんと、久し振りに恋人と会った心境。
いつもパジャマとパジャマの付き合いだったから
町でそれも洋服(当たり前だが)で会うのが何とも不自然と言うか不思議な感覚だった。
しばらく興奮が収まらなかった。
Bさんとは約1ヶ月、同部屋だっただけだが、同じ釜の飯・・いやいやご飯を食べ
寝起きを共にしたせいか、直ぐにその時の関係に戻った。

昼食を食べてからゆっくり話が出来る所へ・・・と言う事で
電車に乗って私の家へ。
積る話で時間が経つのはあっという間。
お互い、励ましあったり、病気の不安をぶつけ合ったり・・。
と、言うか私の方が愚痴を聞いてもらって励ましてもらう事が多かった。
Bさんは私よりずっといろんな大変な経験をされてきた。
いろんな葛藤があったようだが、今はとても前向きに生きていて
キラキラ輝いている。私はそれをおすそ分けしてもらう感じだった。
・・・・私よりかなり年下なのだが・・(苦笑)
入院中もそうだったが、彼女の考え方には、どんなに落ち込んでいても
まわりの人間を前向きな考え方にさせてくれる不思議な力を持っている。
あの豪快な笑いもその一つかも。

「また会おうね。」って別れた。
今度会う時は私が彼女を励ませるようになっていたいって思ってるのだが・・・。
しかし・・・、どっちが年上かね?

Bさん!!今日はほんとにありがとね。楽しかった、また会おうね!!







    2003年  4月 〜 5月     



5月28日 (水)

「 ドライブ 第2段 」


皮膚科の外来日。
たまたまこの日、夫が有休をとってあったので夫の運転で行った。
さすがに白血球の値は、上がっているだろうとマスクもしないで出掛けた。
しかし・・・。
何と先週よりも値が低くなってる・・・2700   (T_T)
入院する前にもう1度採血しておいた方が良いと言うことで
来月の18日に再び病院へ行く事に。ま〜、仕方がない。
主治医から「手洗いとうがいをしっかりすればマスクをしなくても良いし
何処へ出掛けても良いよ。」と言われて、白血球の値が下がったにもかかわらず
何故か嬉しくなってしまった。
今日は早く終ったし、天気も良いし、嬉しいし・・・。
1度自宅に帽子とデジカメを取りに行ってから乗鞍までドライブに行った。
丁度コナシの花が満開。
新緑がとっても綺麗で眩しかった。
こう言う色を黄緑って言うんだよね〜なんて感じたりして。
白血球が上がりそ〜、何て思ってしまった。
そのくらい気持ちが良かった。
途中、「いがやスキー場(昔、キムタクと松たか子のドラマのロケをやったらしい。
ガラスのりんごがキーワードの・・題名忘れてしまった)に寄って
池の周りを少し散歩したり、そこから観える乗鞍岳の頂上を写真に収めたり・・。
標高1600m付近から残雪があった。
5月いっぱい閉鎖されているため標高1800m程のところにある
「三本滝」と言うところまでしかいけなかった。
しかし、ここまで来ると涼しいというより肌寒い。
空気はサイコーに美味しい。

昨年はいろいろあってほとんど出掛ける事はなかったが
今年は泊まりに行かないまでもあちこちドライブしようかな。
いっぱい美味しい空気を吸って山の木々に癒されて
病気も私の身体からいなくなってくれるかも♪






5月26日 (月)

「 ギョッ!! 」


今朝体重を測ってびっくり!!
退院してから2kgも増えているではないか!!

退院して来た時を思い出してみると・・・・。
食欲不振、倦怠感のせいで、入院時に比べげっそり。夫がその姿を見て
「こんなに痩せて、大丈夫〜?」(はたから見れば健康そのものに見えるだろうが)と
よく言われたっけ。

2日、3日と日が経つにつれ、食欲も出てき(食べられなかった反動で余計に食べてしまう)、
入院時肝臓の値がすっごく高くアルコールは控えていたが
この高いのも治療の影響と判ると飲む量も週末には増え、
そろそろ体重が気になりだしたので以前からやっていたダンベル体操を
復活させようと思ったが、主治医からは重いものはまだしばらく持たない事と
言われてしまったため、それも出来ず、
まだ白血球が低いからなるべく人込みは避け、疲れるような事はしないようにと
言われてもいるので、唯々、豚に生まれ変わりつつある自分を眺めるだけの毎日・・・。

ついに豚になる日がやってきた・・・。
持っている洋服が着られなくなる前に何とかしなくては・・・。







5月24日 (土)

「 ドライブ 」

予定通りドライブへ出掛けた。
いろんなところへ行こうと朝食も食べずに7時半前には家を出発。
朝は半袖では少し肌寒い感じだったが日中は真夏のような暑さになった。

まず向かったのは白馬。
春霞みかな〜、景色はあまり綺麗には観えなかった。
でも、ドライブしているだけで嬉しかった。
北アルプスにはまだまだ残雪があり、その雪形の山と近くの新緑の山々が
夏間近を感じさせウキウキしたり、ドキドキしたり。
自然植物園の辺りを歩いてみたり、
オリンピックのクロスカントリー会場の辺りを歩いてみたり・・・。
空気がとっても美味しかった。

「夢農場」(白馬にある)と言う所があったので、探してみたのだが
どうしても場所が判らず(案内もいまいち不親切)
オリンピック会場になったジャンプ台まで行ってみようか・・・と
思ったが、過去に何度も行っているため、行くのを止めた。
遊歩道など歩かなければならないところはまだ自信がないし・・・。

出掛けたばかりの朝のうちはドライブ出来るだけで幸せ・・・
なんて思っていたが、それだけで満足出来なくなり
どこかまだ行った事がないところへ行きたくなってしまった。
人間とは何とも欲張りである。

次に行った所は結局過去に行った事がある「高ボッチ高原」(塩尻市)
晴れていれば、富士山、八ヶ岳、北、南、中央アルプスの山々、霧ケ峰、諏訪湖などが
一望できるとっても素敵な場所。そろそろ牛の放牧も始まっているはず。
この時期には行った事がかなったし・・・。
でも、霞んでるから景色を観ようと思ってあちこち行ってみるけど
どこも一緒でいまいち・・。
それに牛の放牧もまだだったらしい・・・。ガックリ
しかし、標高1700m近くある山頂は空気も美味しく風も爽やか。
山頂辺り一面のつつじはまだ蕾だったが、来週末には満開になりそう。
来週も来て見ようか・・・。

景色には満足出来なかったけれど森林浴が出来
元気をいっぱい自然からもらえた。
心配していた疲れもほとんど出なかったし
今回は良いドライブが出来たかな。







5月23日 (金)

「 元気復活 」

人間って結構たくましく出来てるんだなって実感しているところです。
外来日以来、すっかり落ち込んでいた私。
微熱が続いたり少し動くと直ぐ疲れてしまうってのも手伝っていたのかもしれない。
あんまり気分が冴えないので「にぃー ( ̄― ̄;)」って笑顔を作ってみたり・・・。
しかし、逆にぐったり・・・。
そのうち何をどう考えて良いのかも判らなくなってきて
再発の心配して生きてるんならいっその事・・・・。
なんてしまいには考えてしまう始末。

でも、自分の中のどっかに(元気出さなきゃ)って思う気持ちがあるんだよね〜。
PCでみんなのHPに遊びに行ったり、掲示板へカキコしたりしているうちに
いつの間にか元気復活してた。
励ましの言葉を頂いたり、皆の元気な様子に触れて少しずつ、少しずつ・・。
有難い事です。感謝です。
PCやってて良かったってつくづく思った。

今日は朝から何もかも、幸せに見えるし感じる。
何であんなに落ち込んでいたんだろってくらい・・・。
確かに1度とことん下まで落ちないと這い上がって来れないって言う
やっかいな性格ではあるけれど・・・。

落ち込んだと言っても約24時間程の事である。
単純と言えば単純な私・・・。







5月21日 (水)

「 外来日 」

今日は皮膚科受診の日。
まだまだ白血球低下が心配なのでマスクをして出掛けた。

採血の結果白血球2870(正常4000以上)とやはりまだまだ低め。
「多分今1番低い時だろう、これからは少しずつだが上がっていくはず。
上がっている事を確認するため、来週もう1度来てもらって採血しよう。」と言われた。
「次回の治療からはインターフェロンだけになるから
抗がん剤と一緒にやっていた時より副作用がないだろうし
通いでは治療をする事は出来ないんですか?」と聞いてみた。
「ひまわりさんの場合は7年前の抗がん剤の後遺症がかなりあるから
インターフェロンだけになったからと言ってもまたどんな副作用に見舞われるか判らないし、
ガン化したほくろの直ぐ下にもガン細胞が見つかったけど
手術で採る前に血液の中に悪い細胞が入り込んでいた可能性があるから
再発の可能性大。だから、入院して落ち着いてあちこちしっかり検査をした方が良いから
やっぱり入院した方が良いと思う。」
とりあえず納得・・・。
自分自身もその方が体力的にも楽かな・・・。

「何年も入退院生活を強いられると思うと生きた心地がしない。」とちょっとオーバーに
主治医に迫った。・・・・主治医、苦笑い。(ここで何か一言欲しかったな〜)
帰りがけに主治医から出た言葉は「ま〜、楽しい事を考えて・・ね。」
(う〜〜、当たり前過ぎるお言葉・・)
「考えすぎると胃に穴開いちゃうよ。」
「再発より胃の方が危ないかも・・、へへへ・・・。」と笑いながら主治医と別れた。

楽しい事を努めて考えながら帰ってきたが、今日は楽しい事があまりにも
眩しく感じられ、少々落ち込みながら家路に着いた。








5月19日 (月)

「 私の幸せな一時 」

家の中にいても元気が出るように・・・って
私・・、結構家の中でもはじけてるんですが・・・。
日曜日にお花を買ってきた。
色鮮やかなピンク色のブーゲンビリアと
土の替わりに砕いた炭に植えられている観葉植物を2鉢。

今、丁度10年位前から育てている孔雀サボテンが
鮮やかなピンクの大きな花を咲かせているから家の中がとっても明るい感じ♪
テレビを囲んでズラッと植物を置いてるんだけど
この季節は若葉が出てきたり、花が咲いたり、
開いた窓から入ってくる風にそよそよと観葉植物の葉が揺れたりと
なんとも言えない清々しい気分になる。

今日はしばし、そんな様子を一人ボ〜〜と
少し笑みを浮かべながら(多分)眺めている姿はとても人には見せられないが
私の中ではサイコーに幸せな一時・・・。

やっぱ植物って良いよね♪







5月17日 (土)

「 退 院 」

今週中に退院出来るか心配だったが
予定通り昨日、16日に無事退院する事が出来た。

今回は抗がん剤投与とインターフェロンを5日間やる予定で入院した。
前回も同じ治療をしているため、格別不安はなかった。
不安だったのは、度々体がだるかったりしていたので
再発していたら・・・って事だった。

運良く入院したのは前回と同じ部屋の同じベット。
スタートから結構リラックス♪ (ついてる☆ ついてる★)

白血球が3200と少なめ、肝機能の数値が高めと多少の心配事はあったが
順調に治療がスタート。が、しかし・・・・。
前回と違って副作用がきつい・・・。
吐き気、倦怠感、食欲不振・・・・。
ほとんどベットと仲良しこよしの日々が当初から続いた。
おまけに治療3日目に白血球が1800台まで下がり、
マスク着用、なるべく病室から出ない事、あまり人と接触しない事、うがいをしっかり・・・・。
そしてそして抗がん剤投与、中止〜〜〜。

体が辛いのも大変だけど、抗がん剤投与中止はショックだった。
これ以上やれば、2次癌の心配が出てくるし、再発していない今
これ以上身体にダメージを与えるほど効く可能性が少ないものをやっても・・、と言う事らしい。
「・・・・・・・・ (Ω_Ω)」

悲しんでいても仕方がない。
主治医も「ひまわりさんにはこの量がもしかしたら適量だったかもしれないし
これ以上投与する事はだれが考えても中止と考えると思う。」
と、結構前向きな言葉を頂いたので再発していなかった事を素直に喜び
元気に前を向いて歩いていかなくてはと思った。
インターフェロンは出来るんだから。とっても痛いけど・・。

16日の退院も危ぶまれたが白血球を上げる注射
(これもとっても痛いけどインターフェロンの痛さを経験したらたいした事ないって感じた)
をしたお陰で何とかこの日の退院にこぎつける事が出来た。

現在は吐き気も治まり食欲はだいぶ出てきたものの、
まだまだ倦怠感は抜けない。
何故か下痢も続いているし・・。
ま〜、の〜んびり、少しずつ、体力をつけていこうと思う。(どうやって?)

また元気ひまわりに戻るぞ〜〜〜!!!








5月7日 (水)

「 久々にドタバタ 」

最近体を動かしたくてたまらない。
しかし今朝は低気圧が近づいているせいか体調がいまいち。
ポツポツ動いているうちに元気が出てきた。
久々に「NHK体操」をやってみようと新聞で時間を調べる。
すると、NHKで10時から「ディスコ体操」と書いてあるではないか!!
「どうせ片腕は上がらないんだし、この年(年は関係ないかも)では
このリズムにはついていけないのだから体を動かせれば良いんだから。」
と思い、挑戦★

音楽に合わせてヒップホップダンス♪
音楽に合わせて(??)見よう見真似で♪☆※?★$#・・・・
ついてはいけなかったけど体を動かせた分、気分はなかなか上々。

午後からはHNK体操をしようと時間になる30分位前からスイッチNO。
が、こういう時に限ってTEL・・・・。
母からだった。
電話を切ってから時計を見ると後3分ほどで終ってしまう。
ちょっとでもやりましょうと思い、途中からだったがしっかり体操した。

昼間、奥様(?)が家事もしないで何してんだろうね。







5月6日 (火)

「 ハードな GW 」

今年のGWは入院を控えている事もあり
のんびり過ごす予定だった。
しかし、結構ハードはGWとなった。

3日は、朝食も早々に飯田市にある実家のお墓参りに出掛けた。
入院していたためお彼岸に行けなかったから。

高速を使えば1時間もかからずに着くのだが
この時期は事故や渋滞がつきもの。
時間はかかるが、ドライブがてらのんびり下を行く事にした。

やはり、それは的中。
高速で向かっていた母や妹夫婦と、お墓で落ち合う事になっていたが
高速で事故のため、一時通行止めになったらしい。
結局お墓参りは私達だけで済ませ
飯田インター近くで落ち合う事となった。

その後、元善光寺のご開帳へ行き(かなり混んでいた)、
最後に小渋ダムへ寄って帰ってきた。
充実したドライブが出来たものの、かなり疲れた。

夕食はいつものパターンでお外へ♪

そして4日は午前中は家事をし、午後から私の実家へ。
今月5日が父と母の結婚30周年記念になるはずだった。
昨年の5日、母は病室の父に
「来年も二人で30週記念が迎えられると良いね。」と言って
花束を贈った。
そして母はこの時、来年二人で迎えられたら真紅のバラの花束を
父へ贈ろうと考えていたようだ。(母の日記より)
そのことが頭にあったので、父はいなくなってしまったけれど
少し早いが母の日の思いも込めて
二人で真紅のバラを入れた花束を母へ贈った。
父がいなくなった今、真紅のバラ入り花束なんてどうかとも思ったけれど
母は涙を浮かべて喜んでくれ、早速父に報告していた。

その後、元あった実家へ行って昔父が8mmビデオで
私たちの成長を撮ってくれたのだが
それが使えるかどうか見に行った。
7、8年前に観たのを最後に「また観ようね。」と言いつつ
そのままになってしまっていた。
この機械を使えるのは父だけ。しかし、既に説明書はなく
あれやこれやと調べた結果、どうもどこか故障しているらしいと言う事になり
近くのカメラ屋さんへ持っていった。
その間に裏の土手などにあるたらの芽やコシアブラ、行者にんにく、おこぎ、わらびなどを
母が採っておいてくれた。
私もせめてわらびは採りたかったが既に夕方。
ここでのわらび採りは最後になるかもしれなかったのに・・・、と思いつつ
母が採ってくれた山菜をもらって家路へ。

GW最終日の5日・・・。
この日は前日の夜から夫とけんかをしているため
私はこの日の夕食から全く食事を摂らず家事に専念。
夕方前には何とか仲直りできたけど
食事が喉を通らないほどのけんかは多分はじめてかな。(結局3食抜き ハハ・・)
けんか自体も何年振りかなんだけど・・。

ほんとにほんとにいろんな意味でハード、ハードの3日間でした。







4月29日 (火)

「 かたくり違い 」

休みのわりに早く起きたし(7時前)、予報どおり天気も良かったので
二人でドライブに出掛ける事にした。
何処へ行こうか出掛ける直前まで決められなかった。
近間はおおかた行き尽くしたし、決め兼ねていたと言う方が正しいかも。
私が食事の片づけをしている間に夫が地図を見て検討。
「ここから30分程の朝日村に『かたくりの里』ってところが
あるんだって。行ってみる?」
「行ってみようか。」
で、Go★

今日は夏日のような暑さ。
朝日村の辺りは私が住んでいるところより気温が低いのか
まだ木蓮が咲き、桜はまだ完全な葉桜にはなっていなかった。
畑を耕す農家の方たちの姿が何とものどか。
働いてる方たちごめんなさい。
北アルプスはまだ残雪があり、土手の芝桜が満開の畑や田んぼで働く方たちの姿が
それこそ絵に書いたようで、その風景を観ているだけで癒され
満足! 満足!

しかし、なかなか「かたくりの里」へ到着しない。
私のほとんど頼りにならないナビゲーターのせい?
かたくりの里って言うくらいだからかたくりの花が一面に咲いている様子を
想像してきたんだけど・・?
ここら辺のはずなんだけど・・・「あったーー!!!」
れれれ・・・???
確かに「かたくりの里」って書いてあるけど、何とそこは
「かたくりの里」と言う名の老人ホームだった。
ショックと言うより私たちの間抜け加減に笑いが止まらなかった。

久々にドライブ出来ただけで満足だったけど
せっかく出かけてきたのだし、夕方までにはまだまだ時間はタップリあるので
ここからまた30分ほどのところにあるフラワーパークへ行った。
途中、梨やりんごの花が満開でとっても綺麗だった。
そこでラベンダーを買ってお帰り。
なかなか面白いドライブだったよ〜。







4月25日 (金)

あれから 1年・・・

プランタに植えてある行者にんにくと山椒の葉が
随分大きくなった。
生前、父から株分けしてもらったもの。
昨年収穫した時は父は入院中だっけ。
早いものであれから1年が経つ。

早速今夜のおかずに。
行者にんにくはホタテのサラダに
山椒の葉はマーボドーフの上に叩いてのせた。
昨年の今頃の父の事を思い出し、少し悲しかったけど
収穫したものを食べられる幸せを感じちょっと良い気分♪
何かの記念日に飲むつもりでとっておいた、
妹からオーストラリアの新婚旅行のお土産にもらったワインを開けた。

引越しの準備や片づけで追われるような毎日だったけど
久々に幸せを実感した夕食の一時を二人で過ごした。






4月24日 (木)

「 初お出掛け 」

引っ越して初めて歩いて買い物に出掛けた。
強風と小雨がぱらついていたけれど
そろそろ外の空気を吸いたくなった。
引っ越したすぐから探索も兼ねて出掛ける予定で
毎晩、明日は出かけよう、明日こそは・・・と出掛けないまま日が過ぎてしまった。

引越しの片付けに夢中になっているとつい時間の経つのも忘れてしまう。
気が付くと既にぐったり疲れ果ててしまっていて、とても出掛ける気分にはなれなかったのだ。
でも、良く考えてみると、「よくどこへも出掛かず、家にばかりいられたものだ。」と
自分の事ながら感心してしまった。

雨が降っていたので今日は買い物だけ。
徒歩2、3分のところにあるスーパーへ。
久々の買い物、おまけに今日は特売日♪
あれもこれも・・と買い込んでしまった。

右腕は痛くて重いものは持てないし
傘も持っているし、買ったものは多すぎてどうしても袋は2つ必要だし・・。

「行きはよいよい 帰りは怖い〜♪♪」

でも、気分転換にはなったかな。







4月22日 (火)

「 引越しは済んだけれど・・ 」

19日に、無事引越しが済んだ。
今はひたすら梱包されたものを開いて定位置に納める作業の繰り返し。
今回は自分で梱包しなかったので
箱の外に、どこに(箪笥の下とか)入れてあったものかは書いてくれてあるが
何がまでは書かれていないので
是非、それが欲しいと思ったとき、それがどこに詰められているのか判らず
あちこちの箱を空けまくらなければならない分、
どうしても時間ばかりかかってしまう。

医者からは重い物はなるべく持たないように、とか
あまり無理しないように、とか言われ、自分でも気をつけているつもりなのだけれど
夢中になってやっていると、すっかりバテている自分に後で気づき
ぐったりしてしまう。
手術した方の右腕のあちこち(特に二の腕)と
右胸の半分ぐらいが赤く腫れ、熱を持ってしまった。
病院に連絡した方が良いのかな?

昨日は洗濯物を干そうと思ったら干器
(名前を忘れてしまった(恥) 洗濯バサミがいっぱいついたやつ)が見あたらない。
「洗濯用具」と書かれた箱に入っていなかったので
あっちこっちの箱を引っ張り出したり持ち上げたり・・。
やっと見つけたときにはクタクタ状態・・。
こんな事の繰り返し・・。

こんな事ばかりしていたら疲れると
詰まれている順番に片付けるが
普段使わないようなお客様用のコーヒーカップやお茶碗のようなものばかりが出てくる。

すると結局普段使いたいものをまたあっちの箱・・、こっちの箱・・と
引っ張り出さなければならなくなる。
中には液体をこぼされたり、きちんと詰めてもらいたいものが
ごちゃごちゃに入れられたりしたものもあったりして
自分で梱包していれば、どの箱には何が入ってると言うのが判るし
引越しの片付けもこんなに大変な思いをしなくて済んだのに・・とつい思ってしまう。

でも、あの時無理して自分で梱包していたら
今頃病院に後戻りって事も無きにしも非ず・・・だったかも。

ま〜、済んだ事を今更いろいろ言っても仕方ないね。
次回は絶対自分で梱包するぞ〜〜!!







4月17日 (木)

「 引越し 前々日  」

このアパートで寝るのは今夜が最後。
明日の晩はとても家で寝られるスペースがなさそうなので
近くのビジネスホテルを予約している。

午前中は引越しの準備に追われ、いろんな事を考える暇がなかったけれど
準備が一段落した今になってしみじみ・・。

アパートとは言っても、結構庭のスペースが広かったから
大好きなガーデニングを思う存分出来たな〜。
大嫌いな虫との格闘や草取りは大変だったけど・・。
まだ父が元気だった頃、母と来てくれたっけ。
私が作ったゴボウの味噌漬け、「うまい、うまい。」って食べてくれたなぁ〜。
太陽の日があまり入らない、ジケジケっとしたとこだったけど
結構、いろんなお友達が遠くからも遊びに来てくれたな〜。
(みんな、引っ越してもまた来てね〜★)
・・・・・って、何となく一人思い出に浸ったのさっ。えへ・・。

台所周りもすっかり(ほとんどかな)綺麗にしてしまったし
今夜はゴミも増やしたくないので、駅で夫と待ち合わせて外食。
久々、夜の外食♪
どこへ行こう? 何食べよ〜?
お酒はほどほどにしとかないとね☆


そうそう、PC、明日からしばらく開けないんだった・・。
ちょっと寂しいーー。







4月16日 (水)

「 皮膚科外来日 」

退院して初めての皮膚科外来への受診。
皮膚科はいつもすごく混んでいるから1時間は待たされるだろうと覚悟していた。
しかし30分も待たないうちに呼ばれた。

久々に会う主治医に何故か緊張・・・。
首、腋の下のリンパ節の触診、手術後の患部周辺に
新しくほくろが出現していないかなど異常がないか診察。

腋の下の触診はかなり痛かった・・。
何もしなくっても痛いんだもの、触られればもっと痛いのは当たり前か・・。
「特に異常はなさそうだね。」
(ほっ。)

次回は5月7日に採血だけに外来へ・・・と言う話も出たが
結局12日の入院当日に・・・、と言う事になった。

以前から気になっていて聞きそびれていた事を質問。
「メラノーマにもいろんな型があるらしいですが私は何でしょうか?」
「表在拡大型黒色腫(Superficial Spreading Melanoma = SSM)」
「日本人には珍しい型、昔は型で予後など判断したけれど
今はそれでは判断出来ない事が判ってきた。
只、このタイプはメラノーマであると言う判断が難しい。
他のタイプは判断しやすいと言う意味では比較できるかな。」
結局の所、型なんて、何の意味もないようだ。
(な〜んだ、そうだったのか・・)
でも、どのサイトや本で調べても‘型の種類’が書かれていたので
気になって仕方がなかったのだ。
そう言う意味ではすっきりしたかな。

そう言えば、私が発病した悪性リンパ腫の種類も
日本人には少ないタイプだったっけ・・。
時々人に「変わってるね。」って言われるけれど
骨のズイまで私って変わっているのかしらん??
 






4月12日 (土)

「 せっかち 」

朝から引越しの準備に追われた。
“ラクラクパック”とは言うものの、結構やる事あるんですよね。
下着類は自分で箱へ詰めたいし
ピンを刺したとこ(大家さんには内緒)の穴を埋めたり
シールを貼って汚くしてしまった壁を綺麗にしたり
ついでにこれから先使いそうに無いものを捨てたり
庭のプランタの整理をしたり・・。
手術した方の右腕を思うように動かせないから余計時間がかかるし・・。

疲れた〜〜〜。
でもあれをしなきゃ、これもしたい!!

つい、「あ〜、引越しして2、3日後の落ち着いた頃にワープしないかな〜。」
なんて思ってしまう。
「ま〜、あせってもしょうがないよ。」って気持ちもなくはないんだけどね。
性分かなぁ。 ふぅぅ〜








4月9日 (水)

「 悩み多き お年頃?? 」

今回の引越しは自分の体調を考慮して
荷作りも引越し業者にお願いした。
荷解きはゆっくりゆっくり楽しみながらやれば良いから
それは自分でやる事に。

見積もりに来てもらった時はさして心配な事は思いつかなかった。
しかし、今になってあれこれ気になり始めた。

引越し前日から4人のスタッフが朝から来る。
私たちは家にいた方が良いのだろうか?
多少、一緒に荷作りや掃除をした方が良いのかな?
もちろん、下着類は前日のうちに自分で箱に詰めるつもりだけど。

そして引越し当日、多分前日とはまた違うスタッフが4人来る。
全部で8人。
“心付”なるものは・・・えっ!8人分??
今はこう言うの、やらないものなのかな?

どなたかこのような経験をお持ちの方がいたら
教えてくださ〜〜い。






4月7日 (月)

「 さよなら 私の愛車・・ 」

昨年買ったばかりの私の愛車を手放した。

父を乗せるためにと昨年買った2500cc、思っていた以上に燃費が悪いし
維持費がかかる。
今度引越すところは駐車代を2台分取られる。
夫は電車通勤なので週末しか車には乗らない。
と言うことで、2台を下取りに出し、1500ccの車を買った。

父との思い出がいっぱい詰まった車なのでとっても寂しいけれど
仕方ないね。

今日は私の車だけ引き取りに来た。
まだ、数えるくらいしか乗っていなかったのだけれど
既にすっかり愛着が出ていたから悲しくて悲しくて
涙が出そうだった。
マイカーを持ったのは今回が初めてだった事もあり
思い入れも人1倍。(多分)
つい車屋さんに「悲しい〜。寂しい〜。」とつぶやいてしまった。
車屋さんには「近いうちに新しい車が来ますから。」と、
慰めのお言葉を頂いた。

そうだった。新しい車が来るんだった。
悲しみいっぱいの気持ちが半分くらいルンルン気分に♪(単純)

今度の車は今年のラッキーカラーの何と“オレンジ色”
ちなみにメーカーはマツダ・・・。
まだ実物を見てないからどんな感じの色か判らないのですー。

今年は良い事がいっぱいありますように・・と
思いを込めて☆★
別に車に思いを込めなくっても良いのにね。ハハ・・







4月2日 (水)

「 ウキウキ 」

退院して3日目。
ようやく以前の生活のリズムが戻ってきた。
しかし、やりたい事、やらなければならない事だらけなのに
なかなか思うようには片付かない。
ま〜焦らずのんびりと・・・と言いたいところだけれど
今月19日には引越しが迫っている。

今住んでいるアパートは4年目になるのだが、ここへ越してきてからというもの
どうも良いことより悪い事ばかり続く。
子宮筋腫、父の死、そして今回の入院・・・。
日当たりが悪く、ジメジメしている事も少なからず影響しているような気がした。
それで思い切って違う所へ越す事に。

外泊した時、体に負担にならない程度に不動産屋巡りをした。
今回は、風水などで二人の吉方位などをもとに、慎重に探した。
日当たりがよく、出来たら交通の便がよく、それでいて家賃が高すぎず、
出来たらなるべく綺麗なところ・・・。
こんなところ、なかなかないのですー。
でも、外泊の度にめげずにあちこち探したんです。
半分あきらめていた頃、ようやく希望していたような物件にあり付けた。
なんと新築物件!!それも3階の東南角部屋♪
最寄の駅まで徒歩10分♪

しばらく忙しい日々が続くけれど、その先に楽しみが待っていると思うと
病気の事、次回の入院の事もすっかり忘れて重い体も軽やかになる。

でも、無理は禁物だね。







 2003年 1月〜2月   



2月7日 (金)

「 三寒四温 」


三寒四温と言うにはまだ早いかな?
朝晩は相変わらずの寒さが続いているが
日中は随分暖かくなってきたような気がする。

室内に置いてあるクンシランと昨年父が亡くなってからもらってきた
シンビジウムのつぼみが顔を出し始めた。
それだけで春間近を感じ、ウキウキしてしまう。
私は春が大好き。
何もかもが新しくスタートするような気がして自分も生まれ変わったような錯覚がして
幸せな気持ちになる。

日中吹く風が、冷たいのから生暖かくなる頃、
何とも言えない「春の香り」を感じるのだ。
花の香りのような、湿った土の香りのような・・。
人に言えば「何それ?」って笑われるけど
笑いたい人は笑えば良い。
とにかく、そう言う香りがした時、何とも言えない幸せを感じるのだ。

高校生の頃、同じ事を言う先輩がいて、凄く嬉しかったのが今でも忘れられない。
早くそう言う季節が来ないかな〜。






2月6日 (木)

「 風邪かも・・ 」


昨夜から少し喉が痛い。
今朝はそれに加え、頭痛と倦怠感。
2日程前から夫が風邪っぽいのだが、それが移ったかな?

夫が風邪をひくと100%の確立で移される。
「仲が良い」と言えば聞こえは良いが・・・。

今日、明日と病院などへ出掛ける予定でいたがあきらめた。
来週の9、10日に結婚12周年の記念に旅行へ行くから。
(旅行と言っても今年は先立つものの関係で
いつもは県外2泊3日なのだけど今年は県内の温泉に1泊)
インフルエンザにでもかかったら大変だもの。
体調が余りよくない時はもらいやすいしね。(ちょっと過保護かな)

昨年の結婚記念旅行は大変だったのです。
旅行する1週間前から38度以上の発熱があり
病院で点滴をしてもらったりして前日まで寝込んでいた。
当日は熱は下がったもののまだ多少の吐き気があり
行きの電車は辛かった。

今回はそういう思いはしたくないのでいつも以上に食べる物に気をつけたり
「風邪をひかないように!!」と自分自身に言い聞かせ
緊張した生活を送って来たつもりだった。
なのに・・・。
でも、ま〜まだ風邪っぽい程度だから
今夜暖かいものを食べて早く寝れば大丈夫だよね。

「美女か野獣」、忘れずビデオの予約しとかないと。





2月3日 (月)

「 節分 」

今日は節分。
結婚してしばらくは毎年豆まきをしたものだ。
いつの間にか「今日は節分か。」
「そうだね。」の会話だけで終ってしまうようになってしまった。
実際、アパート暮らしではなかなか難しいものがある。
今までに5回、宿舎やアパートを移り住んだが
その時の状況や環境によっていろんな「豆まき」の仕方をしてきた。
二人して小声で「鬼は〜外〜」「福は〜内〜」と言ったり
豆を外に投げられないため「福は内」しかしなかったり
小袋入の豆を買ってきてそれごと投げたり・・。

そう言えば子供の頃、家族でやったっけ。
父が、大声で「鬼は〜外〜!!」と外へ向かって豆を蒔くと
それに続いて私が「鬼は〜外!」と叫び鬼が入ってこないように
慌てて戸を閉める。
するとすりこ木を持たされた弟が「ごもっとも、ごもっとも」と叫ぶ。
妹はまだ小さかったから後ろからちょこちょこついてきたっけ。

豆まきが終ると今度は自分の歳だけ豆を食べる。
いつも兄弟で父や母に「沢山食べれてずる〜い。」と言っていた。
家の中にまいた豆は朝片付けるので次の日まで豆が家中に
まかれたままの状態で寝る事になる。
しかし、「おやすみなさい。」と言った後、
弟とこっそり拾いながら食べた。
この「こっそり拾って」って言うのが豆の美味しさをより引き立てた。

今となっては懐かしい思い出。
こんな時期もあったんだよね〜。






1月31日 (金)

「 とりあえず 『父のこと』 完成! 」

やっと「父のこと」を綴り終える事が出来た。
すいすい進む日もあったけれど、途中で涙が出てきて進まない日の方が多かった。
まだ亡くなったと言う実感がないから、それが進まなくさせていた
1番の原因だったと思う。

綴り終えてしばらくは気持ちが少し落ち込みがちだった。
今は逆に気持ちの整理が出来てきたのかほっとしている。
でも、始めから読み返す勇気はまだなさそうだ。

現在、父が入院中に書いていた日記を、母が読み返しながら
母自身がその時書いていた日記と対比させて綴っている。

しばらくしたらそれを母から借りて、このHPにも綴っていこうと考えている。
私はまだとても辛すぎて父の日記は読めそうにない。
そのため、どんな事が書かれているかは全く判らないのだが、
それを綴る事で患者本人がこういう時どんな事を考えていたのか
そしてその時家族はどんな事を考えていたのか
少しでも何かの参考になればと思う。

私自身、入院している父にどんな言葉をかけたり、してあげる事が
1番良いのかとても悩んだから・・・。








1月30日 (木)

「 母のお誕生日会 」

明日は母の誕生日。
気が付けば母も今年で60代最後。
父の分まで元気で長生きしてもらいたい。

休日に家族皆でお祝いを・・・、と思っていたけれど
いつもの如く皆の都合がなかなかつかず
結局妹と3人だけで昼間、簡単にお祝いをした。

ちょっと豪華に懐石料理。そして白ワインで乾杯★
その後腹ごなしにパルコなどへウ
ンドウショッピング。
父がいた頃は二人で松本に遊びに来てもそういう事はしなかったようだ。
男の人、特に年配では多分ウ
ンドウショッピングが好きと言う人は少ないだろう。
パルコへ来るのは初めてと言っていた。見るもの触れるもの全て珍しいらしく
「これは何をするもの?」「どうやって使うの?」など興味津々の様子。
浦島太郎状態の母が面白くもあり可愛くもあった。
母の目はキラキラ☆★
「良い刺激になった。若返った気がする。」ととても楽しそうだった。

その後喫茶店に入りケーキを食べた。
やっぱりお誕生日にはケーキがつきものだよね。

「ここにお父さんがいたらな〜。」
楽しい一時だったけど、やはりこの言葉はまだまだ出てしまう。








1月29日 (水)

「 寒すぎる〜 」

今日の日中の寒さは今年1番かも。
寒すぎる〜〜。
暖冬なんてうそっぱち、例年になく電気代がかさんで家計を圧迫。
ってのはちょっとオーバー・・・、でも結構切実。

昼間、一人でいる時は極力ヒーターをつけないようにしている。
今日も寒さに耐えて着れるだけ着込み、頑張った。
午前中は掃除などバタバタと動き回っていたため何とか耐えられた。
お昼はこたつに入って食べるからまだまだヒーターつけなくても大丈夫と思っていたのだが・・。
しかし、吐く息が白い・・・、手もかじかんで箸が心無しか持ちにくい。
温度計を見ると何と3度。

雪が舞っていたけれど掃除するのに窓全開したんだっけ。

結局ヒーターつけました。

寒い時はヒーターつけなくても自分の体についている脂肪を
ドンドン燃やしてくれれば体もホカホカになるしスリムになって
一石二鳥なのにね。

寒さのあまり、訳のわからない事を考えているひまわりでした。






1月27日 (月)

「 義母への贈り物 」 

この時期、たいてい義母は顔にしもやけが出来る。
年末に帰ったときにも「また出来た。」と言っていた。

夫の実家は山の中の寒いところにあり、春が来るまで雪が解けずに
いつまでも残っている。
体は思う存分覆う事が出来るが顔だけはそうはいかない。
義母はこの時期いつも真っ赤なほっぺをさせていた。
「今度、目出帽を買ってこようか?」と私が言うと
「え〜!周りの人がびっくりするよ、泥棒と間違えられる
でも暖かそうだな〜。」と義母。

この間何気なく町を歩いていたら
昔ながらのお店の店先にその「目出帽」を売っているのを発見。
それも黄色。
これじゃ〜まるっきりプロレスラー・・、と思い
もっと他に良いのはないかと探してみた。
あった、あった♪
目から鼻にかけて丸くくり抜いたように空いていて
被った感じ、見た目「目出帽」よりはるかによさそう。
早速購入。
そして今日早速送った。
気に入ってくれるかな?
それとも冗談で送ったと思われるかな?

今年は特に寒さが厳しいから
実際、被れるものなら外出する時、私も被りたいものだ。
しかし、家の中や山の中ならともかく、これを被ってコンビニになんか行った日には
周りの人達、驚きを通り越して警察に通報しちゃうかもね。

義母からの返事が楽しみだ。








1月23日 (木)

「 雪かき三昧 」

ここ松本市は今日は大雪。
午前10時現在で20cm程の積雪。
先週から全く買い物に行ってなかったので
どうしても今日は行きたかった。近くのスーパーで100円均一をやっていたし・・。(主婦的発言)
まだ雪かきをしてある所はほとんどなく、
太ももを上げるようにして歩かなければならなかった。
良い運動だ。
買い物から帰った11時頃には既に積雪30cmはあった。
早速雪かき開始。
雪で車のタイヤが埋まっていた。
昨年秋に1台車が増えたため、車の雪下ろしも駐車場の雪かきも2箇所やらなければならない。
しかも1台は少し離れた場所にある。
しんど・・・・・。
唯救いは、湿度が低かったので雪質がサラサラ、
水分をほとんど含んでいない分軽いため、割とはかどった。
水分をたっぷり含んでいたらとても一人ではかき切れなかったと思う。

一通りかき終えた頃には初めにかいた所は15cm程積っていた。
一生懸命かいたのに・・。ガックリ・・。
お昼を食べたら又頑張ろう!

お昼を食べて外へ出てみると20cmは積っている。
これは時間がかかりそうと思ったので
夕食の支度など、明日の準備をしてしまったり、早々カーテンをしめてから4時頃開始。
その頃には30cmは積っていた。
私の住んでいるアパートはうち以外一人暮らし。
皆仕事に出ていて他に誰もないため、一人寂しく雪かき・・。
1階に住んでいるのだが、階段が雪で埋もれてしまっていたので階段も雪かきしたり
お隣さんの駐車場もついでにかいたりした。
さすがに疲れ、ふらふら。
救いの神、夫が丁度そこへ帰ってきた。
二人でかいたので、その後はあっという間に終った。

明日は筋肉痛かな?もしかしたら起きれないかも・・・。






1月22日 (水)

「 大腸内視鏡検査 」

朝、9時の予約で大腸の内視鏡検査をしてもらうため病院へ行った。
私の他に3人、一緒に検査を受ける人がいた。皆、50歳以上〜70歳位のオジサンばかりだった。
検査の説明を受けた後、皆一緒にあのまずい水薬(ニコレック)2リットルを飲み始めた。
冷やしてくれてあったので、以前飲んだときよりは飲みやすかった。
それに、その時は一人で飲んだけれど、今回は一緒に飲む仲間がいたためか
つられて時間内(2時間)に飲む事が出来た。
皆、何らかの大病をした人達ばかり。
心臓病だったり、大腸癌だったり・・・。
病気は違っても皆、同じ辛い体験をしていると言う、仲間意識があるのか、
どこか判り合える部分があるのか、皆で励ましあったりしながら
このまずい薬を飲んだ。
歳も全然違うし、今日初めて会ったばかりの人達なのにちっとも違和感がない。
・・・不思議な感覚だった。

いよいよ内視鏡検査。
私の場合は筋腫の手術の影響で癒着しているため、普通サイズの管だと入りにくく、
強い痛みが出るため、柔らかめの細い管で検査をしてもらった。
「麻酔やった方が良いよね?」と先生に聞かれたので
「管を入れてみて痛かったらお願いします。」と言うと、
「絶対痛いよ。」と言うので
「じゃあ、最初に打ってください。」とお願いした。
しかし、もともと血管が細く見つかりにくいのに食事は摂ってないは
寒いはで、益々血管が見つかりにくくなってしまっていた。
3回程、ブス、ブスと失敗され、挙句
「血管見つからないし、もし上手く針が入っても
検査後、麻酔から覚ます注射をまた打たなければならないから
とりあえず麻酔をしないで検査をしてみようか。」と言うことになった。
(放射線科のN先生なら私の血管の癖をよく知ってるから
N先生に打ってもらえればな)
と、つい言いそうになってしまった。

しかし痛みの心配は取り越し苦労だったようで、
人間ドックの時のような絶えられないような辛い痛みはなかった。
結果的には体に負担をかけなくて済んだ。
良かった。

検査の結果・・・異常なし。
痔の心配もしていたけれど、それはなくとても綺麗な腸をしていたと言われた。
「あの小豆色の血は何だったんでしょう?」と聞いてみた。
「胃から・・って場合もあるから、今は全く出血がないという事だから
多分心配はないと思うけど、今度出血があったら胃カメラをやってみよう。
それでも判らなかったらその時考えよう。」と先生から言われた。

ま、とりあえずなんともないって事なので良かった、良かった。
管を入れた影響だろうか、腸が・・と言うかお腹が痛くてたまらなかった。
腸がギュルギュルいっていた。

病院を出て携帯の着信チェックをすると夫からメールが来ていた。
随分心配かけてしまった。
「異常なしだったよ。」とバス停で返信。
久々にバスに乗って家路に着いた。






1月21日 (火)

「 いよいよ明日・・ 」

いよいよ明日は大腸の内視鏡検査。
明日の事を考えると何となく落ち着かない。
大腸検査の何が嫌って、2リットルもの、あの鉄臭いような、生臭いような
まず〜〜〜い水を飲まなければならない事が嫌で嫌でたまらない。
検査自体は、痛ければ軽い静脈麻酔(眠り薬)をしてくれるらしいので
あまり心配はしていないのだが・・。

今夜はその前処置である下剤を飲んだ。
“マグコロールP”と言う粉薬で、150mlの水に溶かして飲むものだ。
明日飲む薬よりは飲みやすいが、結構飲みにくい。
気の抜けたオレンジソーダのしょっぱい味。
しばらくするとトイレ通いが始まるらしい。

薬を飲んだのが8時半。
現在9時を少し過ぎたところ。
そろそろ入浴したいと思っているのだが
下剤は何時頃効くのだろう?
ちょっと微妙〜?






1月20日 (月)

「 
家族旅行 」

週末に母、妹夫婦、私達夫婦の5人で浅間温泉に1泊した。
4階の部屋だったので、松本市内や温泉街が良く観え、特に夜景はとても綺麗だった。

お茶を飲んだり、お菓子を頂いたりと一休憩してから温泉へ。
内風呂はお湯が熱く、長くは入っていられなかったが、
露天風呂は丁度良い湯加減だった。
気持ちよくって、それにおしゃべりも弾み、少し長湯をしてしまった。
出た後はお肌がスベスベ♪

部屋へ戻ったら男の人たちは既にビールを飲んで盛り上がっていた。
ここに父が居たら・・・とつい思ってしまう。
そういえば、朝、父の写真に「今日はお父さんも一緒に行くんだからね。」と行ってきた。

お風呂から上がって30分ほどした6時、夕食。
母に一言ご挨拶をしてもらってから食前酒の梅酒で「かんぱ〜〜い!」
料理は食べきれないほどの量だった。
マスの刺身、豆乳鍋、黒豆のチーズ寄せなど変わった料理もあり、
なかなか美味しかった。
お酒も美味しかった。

食事後は部屋でおしゃべり三昧。
もちろん、男性軍はお酒を飲みながら・・。

今年、妹が、私達が行った所と同じ場所へ新婚旅行に行くと言うので、
何か参考になれば・・と、その時のアルバムを持っていったので皆で見た。
私達が結婚したのは12年前。着ているものや髪型が当時を思わせ
それが随分昔に感じられるものだから皆で大笑い。
その後、夫達は将棋をしていたが、母と私は再び温泉へ入りに行った。
父のこと、これからのこと、お互いのことなど時間の経つのも忘れ
汗をいっぱいかきながら話した。
露天風呂から観える満月がとても綺麗だった。

次の日の朝は、昨日の寝不足でボ〜としていたけれど7時前には起き、
皆でお風呂へ入った。
朝風呂は夜入るのとはまた違い気持ちよかった。

10時頃チェックアウト。
昨日と違いこの日は曇り、しかも雪が降りそうで、とても寒かった。
丁度この日、松本城で‘氷彫フェスティバル’があったので見に行った。

昼食は母が父と松本に来た時よく食べに行ったというレストランへ。
私達夫婦も両親と1度だけ一緒にそこへ行った事がある。
ここでは父はよくステーキと日本酒(昼間から・・)を注文したようだ。

その後、うちへよって3時間ほどおしゃべりをし、雪がちらつき始めたので
慌てて母達3人、帰って行った。

とても楽しい新年会が出来た。
今年1年、皆幸せに過ごせますように・・。








1月16日 (木)

「 ケロイド 」

昨年の暮れに筋腫の手術後に出来た
ケロイドの治療である、ステロイド注射をしてもらった。

月1の割合で3回程治療すれば、しぼんで今より目立たなくなるし
痛みや痒みがおさまると言われ、半信半疑のまま治療をしてもらった。

経過状況・・・良好である。
特に痒みはすっかりおさまった。
子供の頃よく足にしもやけが出来たものだが、暖かい所へ行った時など
強烈な痒みに襲われ、その度よくかきむしった記憶がある。
治療前まではそれに似た痒みに悩まされていた。
こんなに楽になるのならもっと早く診てもらえば良かったなと思った。
ケロイドの1番大きくなっている部分は 2×2.5 はあると思う。
色的にもお猿のお尻によく似ている。
こんなに大きなものがしぼんでくるなんて信じられなかった。しかも硬いし。
しかし、こころなしか小さくなってきている。
うれし〜♪これで温泉に行ってもジロジロ見られることも少なくなるだろう。
「見たければ見ればー。」って、それ程気にはしてないんだけどね。
でも、小さくなって、見られなくなるに越した事は無い。

今月も31日頃、注射をしてもらいに行ってこようと思っているが、
なにしろ痛いのがね〜・・・。
人によっては痛みに耐え切れず、「もう良いです。こんな痛い思いをするなら
ケロイドが酷いままの方がマシです。」と、
途中で治療を放棄してしまケースもあるそう。

私は・・・・痛いのは嫌だけど頑張るぞ〜!!






1月14日 (火)

「 肉なし餃子 」

昨日、あるテレビ番組で「肉を使わない餃子」の作り方をやっていた。
早速、今夜のおかずに作ってみた。

餃子を作るのは7、8年振りだろうか・・。
と言うのも、何度挑戦をしても美味しく出来た試しがないので
食べたくなったら買うに限ると、それ以来作る事を放棄していたのだ。
美味しく作れない訳は、肉がどうしても硬くなってしまう事。
きっと、コツがあるんだと思うのだが、そんなに料理の得意ではない私には
どうしても上手くいかないのだ。

そこで、肉なし餃子なら上手くいくだろうといつもの単純な私はそう思った。
具は細かく刻んだ椎茸と長ねぎ、にら、エノキダケ。
これをごま油でよく炒め、お醤油やお酒などで味付けし、
粘りが出るまでよく炒め、後は皮に包むなど普通の餃子と一緒。

食べるまでは実のところ、とっても不安だったが、我ながら美味しく出来た。
具もしっとりして、椎茸のコリコリ感がたまらない。

夫も「美味しい、美味しい。」と言って食べてくれた。

肉を使わないからヘルシーだし、食費も多少浮く、
それに、私の場合に限ってはお肉を使うより美味しく出来る。
一石三鳥 ★

レパートリーが増えたぜ〜♪

たまには料理番組も観てみるもんだ。






1月12日 (日)

「 あめ市 」


「あめ市」に出掛けた。
昨日も行ったのだが、今日の方がいろんな催しがありメインなので
今日も出掛ける事にしたのだ。

戦国時代に南からの塩を止められ困った武田信玄に
敵将・上杉謙信が塩を送り、松本市に届いた1586年1月11日を記念して
「塩市」が始まり、それがいつしか「あめ市」に変わったようだ。
城下町の商家にとっては1年の始めに立つ市、
商売の神様である市神様を祭る大切な日として今日まで続いているとの事。

市内のあちこちがほこ天になり、‘福飴’や‘だるま’などを売る野店の店があちこち並ぶ。
松本城には出店が出て人でごった返していた。

みこしや大名行列もある。
松本に越してきた6年前から毎年出掛けているが、大名行列はまともに見た事がなかった。
今年、初めてちゃんと見る事が出来た。
感激するほどの見応えはないがこれを見れた事で今年は良い年になるような予感がした。
単純なものだ。

だるまや飴を買うでもなく、なんとなくこのお祭気分を味わうのが好き。

しかし、今日1番の収穫は美味しいラーメン屋さんを見つけた事。
たまたまふら〜と入ったのだが、私好みの麺とスープ。

美味しいラーメン屋さんはないかと特集の本で探して行っても
なかなか美味しいと思えるラーメンに会えないのにね。






1月10日 (金)

「 良性で一安心 」

肩にあったほくろを昨年の暮れに切除したのだが、
その抜糸をしてもらうため病院へ行った。

朝9時の予約だったので、食事の後片付けもそこそこに大慌てで病院へ出掛けた。

結果は良性。“スピッツ母斑”というほくろだったとの事。
とりあえず安心。
このほくろ、身体を洗った時などつい、爪などで傷つけてしまい、度々出血させていた。
この種の特徴らしいが、1度出血するとなかなか止まらず、結構な量の出血がある。
良性なものだったにしろ、採ってもらって良かった。
これで気兼ねなく身体を洗える。

帰りは歩いてきたが、10時10分には家に着いた。
病院が近いと言うのは有難い事だ。

そろそろ転勤のシーズン。
うちも4月には転勤、そして引越しになりそうな予感。
また病院通いが大変になりそうだ。
病院と仲良しこよしの私としてはちょっと辛いな〜。






1月8日 (水)

「 事務所ともお別れ 」

父の事務所の片付けに行った。
この事務所を使ってくれる事になった人へ引渡しの日。

先日、父の思い出の品物はほとんど家族それぞれが持っていったつもりだったが
細かく片付け始めるとまだまだあった。

父の机の中身、本棚に並べられている仕事以外の本、大雪の時や近くの桜の木が
満開だった時に事務所と一緒に撮った写真・・・。
それら一つ一つから事務所にいた時の父の姿が想像された。

片付けがほとんど終わり、皆でほっと一息ついた頃、事務所の入り口から
「お〜、片付いたか〜?」と言いながら父が今にも入ってきそうな気がした。

父の生きがいだった事務所とも今日でお別れ。目に焼き付けておこうと
事務所の中をぐるりと見渡してからここを後にした。







1月7日 (火)

「 七草粥 」

今朝、七草粥を食べた。

先日買い物に行ったら「七草セット」を売っていたので買おうか迷ったが
二人分には少し多過ぎ・・・と思いあきらめた。
あきらめたは良いが、入れる野菜がない。

そう言えば昨年の暮れに大根を買ってきて葉の部分を大根の頭から切り落とし
観葉植物代わりに育てていたなと言うのを思い出し、これを刻んで入れる事に。
後、ニンジン少々と御餅を一口大に切って入れた。

夫の実家では七草粥に御餅を入れる風習はないようだが
うちの実家では入れていたので毎年入れている。
初めてこの七草粥を食べた時、夫は随分驚いていたが
今では慣れてしまったのか気にならない様子。

お米1合に御餅を入れたので随分余ってしまった。
捨てるにはちょっともったいないと思い、お昼も七草粥を食べる事にした。
しかし、2食続けてはちょっときつい。
と言う事で、お醤油を少したらした溶き卵をこれにかけ、チ〜ン!
おじや風七草粥の出来上がり♪
他の人が食べたら何ていうか判らないが
自分で作って自分で食べるのだから誰も文句は言わない。
「うん、おいしい、おいしい。」






1月5日 (日)

「 ピンクのぶた 」

結局電気敷き毛布を買った。
寝るまでは‘強’にして、布団に入る時は電気は切ってしまうのだから
暖かさが上からくるか下からくるかの違いだけだから慣れれば同じかな。

“ピンクのぶた”のぬいぐるみが欲しくて電気毛布同様ずっと探していた。
あちこちに売っているのだがなかなか気に入った可愛らしいのがなくって。
今日、やっと見つけた♪ ピンクのとベージュのと2種類欲しかったんだけど
とりあえずピンクのだけ買った。
肌触りも良いし、寝顔でベタ〜とたれぱんだのような格好が何とも言えず
たまらなく可愛い。
それから後姿に親しみを覚えてしまうのです。

このぶた・・・、車のダッシュボードの上に乗せたくって探し回ったので〜す。






1月4日 (土)

「 ショック〜 」

今年初めてのお買い物に出掛けた。
1番欲しかったのは電気毛布。
年末近くなってから壊れてしまったのだ。
しかし・・・。
私が欲しいタイプの物が何処へ行っても売られていない!?
売っているタイプはほとんどが敷きタイプでそれも薄いもの。
私が欲しいのは厚手の普通の掛毛布に電気が通っていると言うもの。
結婚してからずっとこのタイプのものを使っていたからやはり同じ物が欲しかった。

夜、今年初めて外で食事。
食事の後、このHPでもリンクさせて頂いているバーへ行った。

早速この話を持ち出した。
そしたら電気毛布を買いにお店に行った時よりも大きなショックを受ける事となった。

マスター、ママさん、スタッフの3人共掛けるタイプのものは使ったことがないと言うのだ。
「重くないですか?」とか「電気の通ったものを掛けて寝るってどんな感じですか?
想像出来ない。」とまで言われてしまったのだ。
確かに1番私に年が近くても4歳下。後の2名は6歳以上年下。
私が古すぎるのか・・、現在の世の中についていってないと言う事なのか。

明日も電気毛布を探しにさまよってみようと思っている。
あきらめて電気敷き毛布にしようかな〜。

どなたか私と同じタイプの電気毛布使っている方いらっしゃいませんか〜?














2002年 10月〜12月



12月30日 (月)

「 父への思い 」

昨日父の事務所の片付けに行った。
父の匂いが染み付いた思い出の品を家族それぞれ欲しいものを分け合った。

父が事務所を開いた時、記念に兄弟で贈った鳩時計、
ゴッホの「ひまわり」のジグソーパズル(1500ピース?)、
父直筆の掛け軸などを貰ってきた。

今日はそれを飾ったりしまったりした。
父の思い出が少しづつ増えていく。
それが少しずつ増えていくにつれて悲しみも増えてしまう。
つい涙がこぼれてしまう。
「いつまで泣いているんだ。」と言う父の声が聞こえてきそうだ。


明日から夫の実家の長野へ2泊3日で行ってきま〜す。
皆さん、良いお年をお迎えくださいませ〜〜。








12月27日 (金)

「 はしご・・・ 」


朝1番に大学病院の放射線科に予約が取れた。
主治医は人間ドックの結果を丹念に見てくれた。

乳腺症は、やはり放射線治療の副作用でどうしても出てしまうらしい。
とりあえずは心配ないが、毎年検査はしておいた方が良いだろうとの事。
父のことがあって、アミラーゼの数値が高く膵臓癌が心配だから
腫瘍マーカーの検査をしてもらいたいと言う件では
個人差があって、膵臓癌になっていたとしてもマーカーの値が上がらない人もいる。
他に症状がないのにやっても無駄かも。それに、値が正常範囲より高いといっても
昨年より値が下がっているからそう心配はいらないと思う。
どうしても気になるなら検査は簡単だから無理に止めろとは言わないけどとの事。
結局検査してもあまり価値がないと言う事だ。
検査はしなかった。
主治医は1番心配なのが、血便があった事だと言った。
紹介状を書いてもらい第二内科を受診した。
来月、大腸の内視鏡検査の予約をした。

次に形成外科を受診。
子宮筋腫の手術の傷跡がひどいケロイド状態になってしまっていて
時々、痛みや強い痒みに襲われるので、出来たら手術して
綺麗にしてもらえれば・・・と思った。
方法はいくつかあるらしい。
手術が1番手っ取り早いが、この部分はどうしても擦れたり汗をかきやすい為
再び同じ状態に戻りやすい。
内服療法という手もあるが効果は直ぐには出る事はない。
話を聞いていて私自身副作用がちょっと心配。
もう1つの方法はステロイド注射。これは患部にだけステロイド剤を注入するので
副作用がないし、少し痛いのを我慢すれば、1月に1度の注入を3回程すれば
完全に綺麗にはならないかもしれないけれど、この状態よりは随分綺麗になり
痒み、痛みがなくなるとの事。

悩んだ末ステロイド注射をしてもらう事に。
今日、早速やってもらったのだが、考えが甘かった。
ケロイドになっている部分の数十箇所もブスブスと刺される・・・、
それはそれは痛いのだ。
でも、これで症状が緩和されるのであればと、「痛い、痛い。」とつぶやきながら我慢した。
「なるべく擦れないように普段から気をつけて、
あまり擦れると又大きくなる可能性があるから。」と言われた。

最後に皮膚科へ。
肩の所にあったふつーのほくろが放射線治療をしたころから真っ黒に変色し
少しずつ大きくなり隆起してきたため、皮膚がんかもと少し心配になったので受診。

今日のうちに手術して採ってもらった。2週間後、抜糸に来た時に
このほくろが良性のものかどうか結果が出ていると言われた。

院内、あちこちの科のはしご・・。
疲れた〜。
朝、8時半頃病院に着き、帰宅したのが4時。
しかし、今年中に身体の心配事がとりあえず片付いて良かったかな。






12月25日 (水)

「 人間ドックの結果 」

待ちに待った人間ドックの結果が送られてきた。
結果は想像していた通りだったが、「ん〜。」
やはり改めて数字を見ると、うなってしまう。

「マンモグラフィーの結果、乳腺症の疑いがあるので乳房外科を受診した方が良いでしょう。」
胸は放射線治療をしているので、その影響で普通の人より乳がんになりやすいと
主治医から言われていた事があったので、少し心配。
「白血球減少」3500  正常は4000以上。
これは仕方ない。悪性リンパ腫の治療をした時の副作用だと思うから。
「アミラーゼ軽度高値」
値が少し高いからといってそれが即膵癌って事はないけれど
やっぱり父の事もあるからちょっと心配。
「体脂肪率高値」
はい。食べ過ぎ、運動不足、気をつけま〜す。

明日にでも大学病院へ予約のTELを入れよう。






12月22日 (日)

「 久々の再会 」


飯田の友達家族が別の友達家族と1台の車で浅間温泉に泊まりに来た。
もう一家族は私と面識がないため自宅近くのローソンで落ち合った。

ゆっくり・・・と言っても立ち話だが、話をするのは父のお葬式に来てもらって以来。
あの時はお互い泣いてて話をするどころではなかったが。
友達も、父が亡くなる半年ほど前にお母さんを亡くしているので
大半は親を亡くした現在の心境やお互いの身体の事。
メールや手紙でお互いの事は判っているけれど
やはり会って話が出来るのは1番!

話の内容より会えた事が1番嬉しかった。
飯田と松本、高速で1時間半程で行ける距離だけれど
会うとなるとなかなか。

来年はゆっくり会えると良いな







12月21日 (土)

「 和食党 」


夫婦二人暮し。
刺激を求めて今回は「クリスマス」にかこつけて
夜、ちょっと贅沢してフランス料理店へ行った。
こういうとこは何年振りだろ?
元々夫は和食党。私はどちらかと言うと洋食の方が好きだったが
結婚してから夫に感化されたみたいで今は和食党である。
だからクリスマスと言っても、和食のお店に行ったりしていた。

どの料理もワインもデザートも、とても美味しかった。
お腹もはちきれそうなくらいポン、ポン。

しかし・・・・
何か物足りない・・・。お腹は一杯なのに。

理由は1つ。
和食が出なかったから。日本酒が飲めなかったから。
だったら初めから洋食屋なんか行かなければ良いのに・・と聞こえてきそう。

と、言う事で居酒屋へ。
熱燗で改めて乾杯!

来年のクリスマスは和食屋さんで決まり!!






12月20日 (金)

「 大根の浅漬け本漬けもどき 」

うちの夫は漬物さえあれば他におかずがなくても良いという人。
逆に漬物がなければとっても寂しいらしい。
私はと言うと、あれば食べるし、なければ別に・・・である。
だから結婚当初、ほとんど漬物を食卓に出した事がなかった。
夫は黙っていたが、今思えばきっと寂しかっただろうな〜。

漬物が大好きと言う事を知ってから、なるべく出すようにはしている。
野沢菜漬けや瓜の粕漬けなどを母や義母が作った時はおすそ分けしてもらう。
美味しいし、家計も助かるし♪
でも、これは時期的なもので一年中あるわけではない。

で、買うとなると結構お高いんですよね。
アパート暮らしでは大きな樽に漬ける訳にも行かず・・・。(実際そんなズク(ん?方言かな?)もなく)
私が作るのはほとんどが浅漬け。
しかし夫は浅漬けより本漬けの方が好きらしい。
と、母のアドバイスを参考に考えたのが「大根の浅漬け本漬けもどき」
なかなかの好評。
作り方を簡単にご紹介★

、大根を適当な長さに等分(3等分くらい)にし、それらを2分の一、もしくは4分の一の扇型にカット。
、それをザルなどに並べ日中3日ほど干す。
、大き目のタッパーなどに並べ、「一夜漬けの素」を入れる。
     この時、刻んだ昆布を入れると旨味が出てより美味しく漬かる。
、2日後位から食べられる。

これで、結構しのいでおります。
機会があったらお試しあれ!






12月19日 (木)

「 洗濯物に振り回されている 私 」

最近、洗濯物がすっきり乾いたためしがない。
季節柄、仕方のない事だけど。
また運悪く、天気の悪い日に洗濯をして
天気の良い日は丁度洗濯物が溜まっていなくて、しない事が多い。

もう少しで乾くかなって時は靴下やパンツなどはコタツの中へポイッとしばらく入れておく。
後のものはコタツの上に2、3枚ずつお煎餅を焼くみたいに2、3回ひっくり返して乾かす。
こういう時に来客があるとさ〜大変!

雪や雨で全く外へ出せず、ビチョビチョの時は除湿機を使うが
そうでない時は電気代を浮かせたいので、なるべく使わないようにしている。
ちょっとケチ?

この時期、洗濯物を室内に干すのは風邪対策にも良いらしいし・・。

天気の悪い日が続いた時、お金をかけないで洗濯物をすっきり乾かせる方法って
ないものだろうか??






12月17日 (火)

「のどかな一日」 

最近忙しがっていてHPの更新がおろそかになっております・・いかん、いかん。

15日に母、妹夫婦と私達夫婦で自宅から車で30分程の所にある温泉に行った。
北アルプスが手に届きそうな、標高の高い所にある温泉。
寒い季節は温泉に限る♪
特に露天風呂はさいこ〜♪
地面は20cm程積った雪が、空は抜けるような青空、風もなくとっても良い天気。
何時まででも入っていたい気分だった。
家族でこ〜んなにのんびりした時間を過ごすのは何時以来だろう?
父が入院する前までだから・・・、9ヶ月振りだろうか・・。






12月12日 (木)

「 2日目 」

今朝も昨日と同じく検査のために朝食抜き。
毎朝を欠かさず摂っている者としてはちょと辛い。

朝8:15から検査開始。まず、血圧、次に腹部エコー、胃カメラと続く。
検査のペースがゆっくりだったので、空いた時間は部屋でくつろいでいた。

胃カメラをやって下さったのは再び父の主治医だった。
「食道から胃にかけては異常なし、綺麗です。唯、喉のところが普通の人の場合
壁がピンク色で血管が見えるけれど、ひまわりさんの場合は
白っぽくなっていて、炎症を何度も繰り返したみたいで肉厚になり、その分狭くなってしまっている。
飲み込みにくいような事はありませんか?」と言われた。
「飲みにくい事もあるし、時々締め付けられえるような違和感があります。
やはり放射線治療の影響でしょうか?」と私。
「多分、そうでしょう。」と先生。

なかなかカメラが喉を通過しなかった訳だ・・・。
胃カメラをやった後、いつも喉が痛くなるのもこのためだったのか・・・。

毎年人間ドックを受けるつもりでいたが、手術や治療の影響がこんなに
検査に支障をきたすのかと思ったら来年は止めようかな〜と思ってしまう。
でも、今元気で人間ドックを受ける事が出来るのだからその事は感謝しなければ・・・
とも思うのだが・・。

検査結果に数日かかるもの以外は最後の診察の際、先生からお話があった。
小豆色の血便があった事、下腹部痛、下痢、便秘が交互にある事を話したら
「筋腫の手術の影響でじん帯が腸に癒着していてそこだけ多分腸が細くなっているのかもしれない。
だから固い便が通過するとき腸壁を傷つけて出血するのかもしれない。
でも、念のため、ちゃんとした大腸検査を受けた方が良いよ。」と言われた。

昨年と同じくアミラーゼの値が平均値より少し高めだった。アミラーゼの値が高いと
膵炎の疑いがある以外、膵癌の場合もあると「病院の検査結果でわかる本」と言うのに書いてあったので
父が膵癌で亡くなった事もあり、気になったので尋ねてみた。
この時、父の事は話さなかった。
「それ程気にする事はないでしょう。」との事。

診察が終わり、廊下へ出ると、今回のドックのお世話をしてくれたスタッフ(看護師)が
「この間、膵癌で亡くなられた方の娘さんですよね?気になるようならその事を先生に
伝えてみましょうか?」と言って下さった。そしてわざわざ聞いてくれ
「採血で膵癌の腫瘍マーカー“CA19-9”を調べてもらうか、腹部造影CTの検査を外来で出来ますよ。」と
メモしてきて下さった。
「でも、先生はこれより血便の方が心配だって言ってました。」と付け加えてくれた。
「掛かりつけの大学病院で調べてもらいます。」と言ったら、大腸検診の画像が載った報告書を
コピーして下さった。

今回の人間ドックは予約を忘れられたハプニングはあったけれど、
先生、スタッフには良い方に恵まれた。とても有難かったし、嬉しかった。
松本からこの病院は少し遠いけれど、来年もここでお願いしよっかな〜。
毎年同じ病院の方が良いしね。





12月11日 (水)

「人間ドック 1日目」

今日から夫と1泊の人間ドック

身体測定、採血、検尿、糖尿病負荷試験、レントゲン、心電図、負荷心電図、大腸ファイバースコープ、
眼検診、婦人科検診、甲状腺検診、乳房検診、後、オプションでマンモグラフィー(乳房X線撮影)

以上が今日やった検査。
大腸の検査はS字結腸ぐらいまでの簡単な検査。
「オプションだと2リットルの水薬を飲んで盲腸まで診てもらえるけれどどうしますか?」と
言われ迷ったけれどその分お金もかかるし今回診てもらって異常があったら
これをすれば良いかなと思い断った。

以前、1度だけ2リットルの水薬を飲んでの検査をした事があるが、
検査自体は痛みもほとんどなくそれ程辛いものではなかった。むしろ、水薬を飲む事の方が
とっても辛かった。しかし、今日は痛かった。ものすごく痛かった。
理由はどうも子宮筋腫の手術をした影響で屈曲したり癒着したりしているようで
それが痛みの原因らしい。
検査をして下さった先生が「次回この検査をする時は、こういう人用に柔らかいカメラがあるから
その方でやってもらうようにお願いすると良いよ。その方が痛みが少なくて済むと思う。」と
言って下さった。結果は異常なし。

マンモグラフィーも痛かった。板と板に片胸ずつこれ以上つぶせないってぐらいまで
ペッタンコにされ、レントゲンを撮るのだが、胸が取れてしまうのでは・・と思うぐらい痛かった。

甲状腺、乳房検診をして下さったのは父の主治医だった先生。
御礼を一言。
何だか不思議な気分。

全検査が済むころにはグッタリ、疲れた〜。
私達が泊まった部屋は、父が入院していた病室と並びの部屋だった。
何とも複雑な心境・・・。
父のいた病室と作りが似ていたので、ベットに横になると(こういう目線でテレビや私たちを
見ていたんだな〜)とか(一人でいつもどんな事を考えていたんだろう)とか
いろんな事を考えてしまってあまりよく眠れなかった。






12月9日 (月)

「 雪かき 」

昨夜から降り続いていた雪が朝になってもシンシンと降っていた。
この時期には珍しく、20cm以上の積雪。

今日中にどうしても郵便局へ行きたくて、雪が振る中、歩いて行って来た。
雪が積っていなければ5分程で着くのだが今日は滑って転ばないように・・と、
そろそろ歩いたため、倍の時間はかかったような気がする。
積っているといっても、道路は解けかかっていてぐちゃぐちゃ。
車に解けかかった雪を飛ばされGパンはびしょびしょ。

濡れついでに帰宅後、雪かきをした。
今年は車をもう1台買ったので、昨年より雪をかく場所が増えてしまった。
仕方のない事だけど・・。
1台は家の前、もう1台はアパートから少し離れたところ。
ついでにアパートの前の歩道も雪かきをした。
30分程で終ったけれど良い運動になった気がする。
明日は筋肉痛かな。






12月5日 (木)

「 やっぱり・・・」

昨日のうちに、人間ドックを予約した病院に問い合わせみた。
「書類がまだ届いてないんですが、どうなってますか?」って。
夕方になってこの病院のHPを覗いてみたら、「予約日の半月前には
書類をお届けします。」とあったので、今日、TELしようと思っていたが
慌てて昨日のうちに問い合わせてみたのだ。
確かに予約してあるようになっているが、入力をし忘れたとかで
思っていた通り、忘れられていたようだ。
とりあえずこの日にやってもらえそうだが、泊まる部屋はシングルしか空いていないから
別々の部屋に泊まってもらう事になるとか
脳ドックの方はいっぱいで受けられないなど、随分な待遇。
2ヶ月以上も前に予約したのに・・・。
実際、夫と部屋が別でも大して困る事もないし、脳ドックも夫は受けようか迷ってはいたが
どうしてもという事でもなかったし、頭に来たから断ろうとも思ったけれど
この日を逃すとそれ以降は年末まで忙しくてドックどころではないし、
他の病院とも思ったけれどここ1、2週間中に予約が取れるか判らないし・・・と、
いろんな事が頭を駆け巡ったが、結局この日にお願いする事にした。
先方も随分謝っていたし、人間誰でもミスはあるしな〜、って事で。

私は昔から結構トラブられる事が多い。病院ではカルテがどこか別の場所に置き忘れられたのか
呼んでもらえない事は子供の頃から度々あるし、配達などお願いしてあった日に
先方が忘れていて来てもらえなかった事もよくある。
ラーメン屋さんでワンタンメンを頼んでワンタンスープが出てきた時には
笑うしかなかった。しっかり交換はしてもらったけど。

だから今回の事も「またか・・。」って感じ。
でも、何十年って生きてれば、誰にだって自分が失敗するのと同じくらい
トラブられる事ってあるんだよね?






12月4日 (水)

「 お気楽主婦 」

朝から雨・・・。
こういう日は何もやる気がしない。
家事をあれをしなきゃ、これもやらなきゃ・・と思いつつも
思うだけで早々に切り上げてついPCに逃げてしまう。
主婦がこんな事で良いのだろうか??良くないよね。でも、たまには許して!と、
誰に言うでもなく心の中でつぶやき、朝からPC三昧。
おまけに今夜は夫が飲み会♪夕飯の支度もしなくて良いし。

そう言えば来週の水、木と人間ドックの予約をしてあるのだが
未だに連絡もないし書類も送られてこない。
いつもならそろそろお知らせがある頃なのに・・・。
忘れられたかな?
明日、書類が送られてこなかったら病院へTELしてみよう。






12月1日 (日)

「 四十九日法要 」

今日は雨が降ったりやんだりと、はっきりしない天気。
父が亡くなった日、お葬式、全て今日のようなはっきりしない天気だった。
生前、父が旅行などで出掛ける時はたいてい晴れだったのに。
ある時は今までものすごいどしゃ降りだったのが、ゴルフをやり始めたら
とたんに雨が上がった事があったくらい晴れ男だった。

お墓に納骨し終わる頃、パラパラ雨がどしゃ降りになった。
父が皆にお別れを言いたくて雨を降らしたんだと皆で話した。

父が亡くなる1週間くらい前に、子供の頃からの同級生で、大人になっても
いつも何かにつけライバル同士だったという方が亡くなった。訃報を新聞で知った父は
随分ショックを受けていたのを思い出す。

たまたま同じ葬祭センターで同じ日にその方の四十九日の法要も行われていた。
「一緒に三途の川を渡るお連れがいて良かったね。これは偶然じゃないかもね。」と
父の兄弟たちは話していた。

叔父、叔母達が口を揃えて「毎日毎日○○(父の名前)の事を
思い出さない日はない。何をしても、何を見てもつい考えてしまう。」と言っていた。
(やっぱり皆そうなんだ、私だけじゃないんだ)と、少しほっとした気持ちになった。

法要の後、遠くから来てくれている親戚が多かったので、私達も含め、皆で近くの温泉に1泊。
それぞれの父の思い出を話したり聞いたり・・・。

父のことの整理がなかなかまだつかないけれど、こうやって少しづつ、ついていくのかなと思った。

良い、四十九日法要だった。






11月29日 (金)

「 外来日 」

老年科(内分泌科)の外来日。
車を買う前に買ってあったバスの回数券が、まだ余っているので
今日はバスで大学病院まで行った。

主治医から「何か変わった事はある?」と聞かれ、不整脈が頻回に出たため
第1内科を受信し、検査の結果、異常がなかった事、そこで精神的なものが
大きいと言われ、その通り、落ち着いてきたら以前ほど不整脈が出なくなった事を話した。
「後・・・、ここの科で話すことではないかもしれないけれど。」と前置きをしてから
「1ヶ月くらい前から時々下腹部痛があり、下痢をする事が多く、時々便秘にもなる。
普通の便の時でも異常に細かったり、1、2度小豆色の血が出た。
でも、正常の時の方が多いから精神的なものかなってあまり気にしていないんですけど。
後、胃痛もあるんです。」と話した。
主治医は「来週の水曜日になるけど大腸の内視鏡検査をやってみる?」と言ってくれたが
「どうせ再来週に人間ドックへ行ってその検査を受ける事になっているからその時にします。」と私。
「そうだね。もし再検査とか何かあったら直ぐ来るように。」と言われ、
甲状腺ホルモンの値を調べるため採血をしてもらった。

病院近くの薬局で3ヵ月分のチラーヂンをもらい、「さて帰ろう。」と思い時計を見ると
バスが来るまでに15分もある。
歩いて帰ればバスに乗っていくのと同じくらいの時間には家に着いてるぞ、と思い
久し振りに歩いて帰ることにした。
車を買ってから「少しでも早く慣れなきゃ。」と最近ほとんど歩く事がなかった。

小春日和の中、雪をかぶったアルプスを眺め、枯れ落ち葉の湿った匂いを嗅ぎながら
歩くのも気分転換になって悪くないな〜と思いながら家路に着いた。






11月27日 (水)

「ヘルシーだけど・・・」

今夜は鍋。
寒い季節はサイコー。
身体が温まるし、ヘルシーだし、食費もあまりかからない。
それに何と言っても簡単に出来る。これが1番サイコーかな。

たまたまタラのあらを買ってあったので、そこに結びこんにゃく、えのき茸、
長ねぎ、水菜なども入れて・・・。豆腐はなかったので、それは気がつかない振りをしてもらった。

鍋物には日本酒がつきもの。ついついお酒が進んでしまう。
父のことがあってから体重が少し減ったけれど、また太りそうな気が・・・。
せっかくヘルシーな鍋物にしても私には効果がなさそうだ。





11月26日 (火)

「 楽しかった一時 」

母と妹が私の所へ遊びに来た。
午前11時頃来たので、3人で歩いてランチを食べに出掛けた。
松本城を通り、縄手通りと言う昔ながらの町並みを抜けたところにあるフランス料理のお店。
安くてしかも美味しいところ。

そう言えば、昨夜のサスペンスドラマでこの辺りが写ってたっけ。

食事の後も、のんびりとあちこちウィンドウショッピングしながら帰った。

今日は父の月命日。サイドボードの上に飾ってある父の写真を皆で見ながら
もっぱら父の思い出話をした。まだ「思い出」とは言いたくないけれど
父のことを話すのは、供養にもなるし、お互い父が亡くなった事を自覚でき
大事な事なのかも・・・と思った。

「きっと、お父さん、この部屋に来てるよ。」「そうだね。」と話した。
夕方5時半頃まで時間が過ぎるのも忘れて、途切れることなくおしゃべりをした。

次に皆と会うのは12月1日の四十九日。




11月22日 (金)

「 ダンベル体操 」

昨日からダンベル体操を始めた。
1週間のうち、4、5日はやっていたが父のことがあって以来すっかりご無沙汰。
半年以上やってないだろうか・・・。
体重は減っているが、前よりブヨブヨした感じ。
これはまずいと思い、久々にやり始めたのだ。しかし・・・、辛い。きつい。
こんなにしんどかったっけ??
柔軟体操しただけでグッタリ。それに今朝は筋肉痛。
運動をして次の日に筋肉痛が出ればまだ若い証拠(?)とは言うけれど、
すっかり運動不足になっているようだ。

肩こり、冷え性、熟睡のためにも、また元気を出してボチボチやっていこうかな。





11月21日 (木)

 占 い 」

朝、ほぼ毎日欠かさずテレビの占いをチェックする。
そしてその度に一喜一憂している。が、その日の運勢の良し悪しに係わらず
数秒後には占いの事はすっかり忘れている。信じていない・・・と言うより
あまり当たったためしがないからかもしれない。なら見なければ良いのに
何故か見ずにはいられない自分が情けない。ハハ・・。

しかし今日は当たったような感じ・・。
今日の運勢は「絶好調、何をしても上手くいく」だった。
絶好調とまではいかなかったけれど、結構良い日♪

友達から手紙が届いた。メール交換は時々しているけれど
何年振りかのお手紙・・・、やっぱり嬉〜☆
そして従姉妹から“ボジョレー・ヌーボー”の二本セットが届いた。感激〜☆
今年の初め頃から馬蹄のペンダントヘッドを探しているがなかなか見つからなかった。
今日、美容院へ行った時にたまたまその話をした。そしたら「この直ぐ近くに
手作りのお店があるから多分そこで作ってくれるかも。自分も時々そこを
利用するよ。」との事。
土曜日にでも行ってみよう。
まだ作ってもらえるか判らないけれど、とりあえず大きく1歩前進☆

良い事だけは信じてみようかな★




11月20日 (水)

「 おっちょこちょいの私 」

3日前に包丁で左の親指を切った。
久々・・。 年に何回かは包丁で指を切っている。
本当にそそっかしい私である。これは一生直らないんだろうな〜。

何と、同じ指を2箇所、時間差で切ってしまった。
最初の箇所は指の先をほんの0.5cm程軽く切った程度。
バンソウコウを貼った。
2箇所目は関節の辺りをザクッと‘U’の字型に、それもバンソウコウの上から
肉が見える程切ってしまった。
仕方なくバンソウコウの上にバンソウコウを貼った。深く切ってしまったので
なかなか血が止まらなかった。

昨日から消毒するためにバンソウコウを外すのだが、最初に貼ったバンソウコウは
外そうとしても一緒に皮までついてきてしまうためどうしてもはがせない。
結局、最初に貼ったバンソウコウをはずせないまま、今日もその上から
消毒をし、新しいのを貼っている。

いつかは外せる日が来るだろう。唯、この上から再び包丁で切らないように
気をつけなくては・・。
2度あることは3度ある・・・・って言うからね。



11月16日 (土)

「 夢 」

今朝、夢に父が出てきた。
棺に入れた帽子を被り、話をするでもなく、唯無表情で立っていた。
亡くなって初めて見る父の夢。

夫と母の所へ行った。そこで「今朝、お父さんが夢に出てきたよ。」と話したら
一緒にいた妹が「そういえば私も今朝お父さんの夢を見たよ。」と言った。
皆でびっくり。
母が「お父さん、きっとみんなに会いに行ったんだよ。」と言った。
偶然かもしれないが、同じ日に今まで見ていなかった父の夢を見たって事は
やっぱり私達に会いに来てくれたのかな・・。



11月13日 (水)

「ちょっぴり幸せ♪」

急用が出来、朝、電車に乗って実家へ帰った。
まだ電車の回数券が余っていたのでそれを使った。こんなに早く父が亡くなるとは
思ってもみなかったので、まだ買ったばかりだった。しばらくはこれを使って
母のところへ行けそうだ。

駅まで妹が車で迎えに来てくれていた。歩けば10分もかからない所だけれどやはり有難かった。
松本と違って富士見は寒い!雪も舞っている。ムクムクのコートを着ていって正解!
妹の支度を見るとパーカーの上には何も羽織っていない。それに今日はわりと暖かな日だと言う。
こんなに寒いのに・・・、慣れと言うものは恐ろしい。

久し振りに女3人、いっぱい話をした。やはり父関連の話が多くなってしまう。
でも、とっても楽しい一時だった。お線香も忘れず立ててきた。

妹も私も専業主婦。度々こうやって母の所へ集まろうと話した。一人ぼっちで生活している
母の寂しさが少しでも紛れるように、私たちも父がいなくなった悲しみが少しでも紛れるように・・。

実家からの帰りが遅くなってしまったので、仕事帰りの夫と松本駅で落ち合って居酒屋へ。
その帰り、流れ星を見た。夫もそれを見たようで二人して「あっ、流れ星★」と叫んだ。
何のお願いもできなかったけど何故かちょっぴり幸せ気分♪



11月12日 (火)

「 
クヨクヨ ひまわり 」

この間やった、不整脈の検査の結果を聞きに病院へ行った。
やはり大学病院の内科は混んでいる。1時間くらい経っただろうか・・・、
トイレに行きたくなった。そろそろ呼ばれそうな気もするが我慢し続けて
挙句にまだ呼ばれなかったら辛いよな〜と言う事で、呼ばれるのを覚悟して
いざトイレへ。
その後も30分以上待ったけれど呼ばれる気配がなかったので、とりあえず
受付に、トイレに行っている間に呼ばれたかどうか聞いてみた。
「まだ呼んでませんね〜、もうしばらく待って下さい。」との事。
それから30分以上待ってようやく呼ばれた。待っているだけで神経も使うし
疲れてしまう。

検査の結果は異常なし。数字的には気にするほどのものではないようだ。
「精神的なものも大きいから不整脈の事はあまり気にしないで明るくのんびり
過ごしましょう。」と先生に言われた。
(やっぱりお父さんの事が影響してるのかな〜)
自分の体を壊してまでも父の事を考えたって喜ばないよね〜、クヨクヨ考えないで
先生が言ってたようにの〜びり生きないとね〜。

しかし、家に帰る車の中で(今日のうちにあれもしなきゃ、あ〜これもやっとこー)と
考え、家に着いてもドタバタしているひまわりでした。



11月10日 (日

「1日早いけど」

明日は父の66回目の誕生日。ほんとは家族皆でお祝いしたかったんだけど
なかなか都合がつかなくって、私達は夫婦二人で今日祝った。
父にもお酒をついで「おめでとう。」って夫と乾杯。

誕生日プレゼントにと、クリスタルの石を今日渡すはずだった。
でも、この日に間に合わないかも・・と、亡くなる当日これを持って行った。
既に意識不明になっていた父の手の中に「少し早いけれど誕生日プレゼントだよ。」って
言いながら握らせて奇跡を祈った。

ほんとは意識がある父に渡して元気付けたかったんだけれど、
渡せずに悔やまれるよりは良かったかなって思っている。
久し振りに父とのいろんな思い出を夫と話した。


11月8日 (金)

「 未だに・・・」  

サイドボードの上に父の写真を飾り、花や果物、お水など供えている。
夜、夫か私が日本酒を飲む時はそれもお供えする。
父はお酒が大好きだった。
私達が結婚したばかりの頃、何度か父と3人で飲みに行った。
どんな事を話したかあまりよく覚えてはいないが、とにかく楽しかった事だけは
よく覚えている。
それも今となっては良い思い出・・。

未だに父がこの世からいなくなったことが信じられないでいる。まだ病院に行けば
会えるような気がする。
本当にいなくなったことを自分自身確認する意味で、父が息を引き取る瞬間や、
火葬場で父に最期のお別れを言った時の事を、家事の合間やトイレに行った時に、強引に思い出しては
(やっぱりいなくなっちゃったんだよな〜)って自分自身に言い聞かす。
とっても辛い・・・。
最近、やっぱり癌で母親を亡くした友達に「今よりこれからの方が
悲しみや寂しさが出てくるよ。」と言われた。
「そういうものなのか・・?」
父がいなくなった悲しみを直ぐには忘れられないけれど、父のためにも
早く元気にならなきゃね。


11月6日 (水)

「 試 練 」

ホルター心電図を外してもらいに病院へ車で行った。

私は結婚してから数えるくらいしか運転した事がなく、それも最後に運転したのが8年も前。
お墨付きのペーパードライバー。
父が入院したり、離れて暮らしている夫の親も、いつ何があるか判らないからと
今年9月に軽自動車を買ってもらった。私にしたら久々の運転は一大決心。
夫に助手席に乗ってもらい、1週間に1度のペースで運転の練習をした。
最近やっと一人で運転し始めたばかり。
大学病院は自宅から歩いても30分程度のところなので、普段、上りである行きはバスで、
帰りは下りなので歩く事が多かった。

今回はホルター心電図を着けているので、勇気を出して車で病院まで行った。
昨日は朝早くに出発したため、幸い駐車場はまだ混んでいず、心配していたゲートも
スムーズに通過出来た。
しかし、今日出掛けたのは10時頃。1番駐車場が混む時間。駐車場に入れないでいる車が
ズラ〜リと長い列を作っていた。私は駐車場に入れるまでの時間、車の中で
(止めやすい所が空いていますように)と一人祈った。
車の運転に慣れている人は「なんて大げさな」って思うかもしれまいけれど
やはり初めての経験っていうのはドキドキするものです。
私の気持ちに反して駐車場の整理のおじさんは、狭くてえらく止めにくい所へ誘導してくれた。
2度ほど切り替えしながら(お願いだから他の車、こっちへこないで・・)って思いながら
何とかバックで駐車。今日一日しなければならないこと全てやり終えた気分♪「ふ〜」

ホルター心電図を外すだけだから15分とかからないうちに帰ることが出来た。
今日は病院へ行ってきたっていうより駐車の練習に行ってきた気分。


11月5日 (火)

「 検 査 」

ホルター心電図(小型軽量の装置を身につけて、
24時間の日常生活の心電図を記録し、これを解析して観察する
検査)と心エコーの検査の予約をしていたので病院へ行った。

抗がん剤治療をして以来時々不整脈が出るようになった。
しかし、気になるほどではなかった。甲状腺機能低下症の薬を
飲み始めた頃はまだ薬の量が安定していなかったため、その副作用で
心臓がバクバクする事が多かったが、その後安定してからは
頻回に出る事はなかった。が、ここ1、2ヶ月位前から再び以前のような
心臓のバクバク感が増えた。で、検査をしてもらう事となった。

心エコーは朝1番にやってもらったので、部屋がまだ暖まっていなかったため、
寒かった〜、ゼリーも冷たかった〜。
「おまけに追加検査をします。」なんて言われたものだから
思わず「えっ!」と言ってしまった。
何でも心臓の弁が少しだけれど逆流(?)しているとかで、別の機械で
念入りに検査してくれると言うのだ。
その検査中に1度「バクッ。」と不整脈があり、「あっ、今あったね?」
「期外収縮だな。」と先生が言った。
説明を聞くがいまいちよく判らない。経過観察は必要だが
今すぐ治療しなければならないものではないらしい。
次回外来に来た時に詳しく聞く事にした。

ホルター心電図・・・、なかなかやっかいなものだ。以前1度付けた事があるが
あの時は入院中だったからあまり気にならなかった。
何と言っても24時間の行動を日記風に付けるのがとってもめんどう・・・。
仕方ないか、自分のためだものね。


11月2日 (土)

「父を連れて」

妹の旦那さんと弟は仕事の都合がつかなかったので、母、妹、夫の4人で
伊那文化会館で開催されている「日本画名品展」を見に行った。
日本画が好きだった父が、10/11〜11/9にこれが開催されてる事を知り
とても行きたがっていた。まさかこんなに早く父が逝ってしまうなんて
思っていなかったので、今週の水曜日頃父を連れて皆で行く予定だった。

四十九日が終らない父の魂がまだ私たちの側にいる間に皆で行きたいと思ったのだ。

母が父の写真を胸に抱き、「お父さん、名品展に来たよ、見える?生きてるうちに
来たかったね。」と言いながら皆で何度も会場の中をグルグルまわって見て歩いた。
父の好きだった「菱田春草」「鏑木清方」「横山大観」もあった。

お父さん、喜んでくれたかなぁ〜?
私達も久々に心和む一時だった。


2002年10月31日 (木)

「HP公開!!」

昨年の12月頃からボチボチとHP作りを始め、やっと公開出来た。

PC暦の浅い私は‘ホームページの作り方がよくわかる本’なるものを買ってそれを
見ながら進めるも、少し進んではつまずき、また少し進んではつまずき・・・。
思うように進まず(今年中には無理だ〜)とすっかりあきらめムード。

しかし判らないときは聞くに限ると、夫に助けてもらったりして、何とか公開にこぎ付けた。

ここでは父が亡くなってから思う事、現在の体調の様子、日々感じた事や出来事などを
綴っていこうと思っている。


少しづつ充実したHPにしていければと思っていますので、時々「ひまわりの徒然日記」
覗いてみて下さいね。