2009年  2月



22日 (日)

「 実り多きお散歩 」

お昼頃からお散歩に出掛けた。
ホントは「できれば今月いっぱいはなるべく横になっているように〜。」って言われているんだけど、
精神的には限界で、
ボチボチなら良いよね、旅行だって先生からOK出て、あちこち歩き回ったんだし〜
と勝手に解釈してしゅっぱ〜つ(^。^)/

松本駅近くでランチを済ませ、
のんびり薄川堤防へ向かった。
午前中はお日様が出ていたけれど、午後になったら曇ってしまい、
風も出てきて、近くの山まで雪が舞っている様子。
そのわりに寒さをひどく感じる事もなく、気持ち良く歩けた。




途中、アルプス方向から飛んできたヘリコプターが、
病院のヘリポートに着陸するのに遭遇した。
また山で遭難があったんだろうか・・・。


 



「太陽さんが出てたらもっと景色を楽しめたのにな〜。」なんて
つい何度も呟きながら、それでも右手前方に観える美ヶ原・王ヶ鼻を眺めつつ歩いた。
この場所は夏はバーベキューや子供たちが水遊びしたりで賑わう場所である。
今は時々犬の散歩やウォーキングする人が通るくらい。
道路ばかりじゃなく、芝生の上を歩くのも気持ちが良いものだ。

薄川を離れ、途中から左折。
その道は買い物へ行く時にいつも車で通る道である。
車でサ〜と通ってしまって何の思いも感じないで普段は通っているけれど
キョロキョロしながらのんびり歩くと、全然別の道を歩いているような錯覚を起こすほど
いろんな発見があった。




1度立ち寄ってみたいと思っていた兎川寺へ。
この時季のこう言う場所は見るからに寒々しいが、
暖かい時期よりもその方が趣きが感じられてよく似合うな〜なんて思った。




兎川寺のほぼ向かいにある歴史民族資料館にも訪れた。
ここは旧山辺学校校舎で県宝である。
いかにも昔の校舎の中と言う感じ。
廊下も展示されている教室も薄暗く、それに他には誰もいなかったので怖さが先に立った。
それこそ小学生時代のお化け話を思い出してしまう。
でも昔使われていた農機具や農業の様子、
子供たちの勉強風景や当時使われていた勉強道具など、
展示してあるものはどれも興味深く見学できた。

ここを出たのが4時半頃。
今夜は飲んで行きましょう(最初からそのつもり(#^.^#))と
市街へ今度は別の道を通って戻った。
1時過ぎから歩き出し、途中寄り道したものの予定よりかなりの距離を歩いた。
久々にたくさん歩いて気持ち良かったけれど、
さすがに身体は悲鳴を上げだした。
腰、膝の裏、股関節、捻挫した足首・・。
ちょっと無理しちゃったかな〜(^^ゞ

居酒屋には5時頃到着。
時々来る居酒屋さん。
ここのスタッフの一人に、日本酒大好きな方がいて、
行けば二言三言言葉を交わしたりする。
またこのスタッフは店長さんと間違える程しっかりしててよく気が利いて
おまけにイケメンでとっても爽やかさんなのである。
今回もお話をしたのだが、
大学院を卒業するので、4月に新潟へ帰ってしまうとの事。
まさか学生さん(バイト)なんて思ってもみなかったので二人してその話を聞いたとき
「え〜〜〜学生さん!?」と声を上げてしまった。
24歳と言う彼に「年は俺の半分か〜。」と夫が何度も呟いていたのは笑えたけど。

あらら、せっかくいつも楽しくおしゃべりさせてもらってるのにお別れなのね。
またお別れか〜。
せっかく整理しかかっていた気持ちがまたまた沈んでしまう。

夫が「そう言えば今は別れのシーズンだね。」と。
「別れと言っても後味の悪い別れじゃないのは良いよね、
二人とも(主治医とここの彼)目標に向かっていくための別れだもん。」とも。
「そっか〜、そうだよね〜。」

将来の夢を語ってくれたその彼の真っ直ぐな目は本当にキラキラして印象的だった。
別れは辛いけれど、目標を達成すべく頑張って欲しいな。
そして別ればかりじゃなく、その分今度は新しい出会いもあるんだよね。
別れの寂しさばかり考えず、これからの出会いを楽しみに過ごそう。
そして、年齢は重ねても、私もこの彼のように、
いつまでも、目標(どんなにちっちゃくてもね)を持って、
キラキラした目を持っていたいな。
そんなふうにやっとこ思えた。


ちゅうさま、今日はあちこちお散歩に連れて行ってくれてありがとう。
‘ずっぽり’からやっと抜け出せたよ。




21日 (土)

「 湿っぽい話・・続きます^_^; 」

昨日、結局主治医との別れの悲しさから抜け出せないまま夕食の準備に取り掛かった。
時々溢れる涙と格闘(笑)しつつ、夫が帰るまでには何とか笑顔に戻りたいと夕食作りに集中。
その甲斐あって(大げさ)、「ただいま〜」と玄関で声がした時は
笑顔で「お帰り」と迎えられた。
しかし、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、
靴を脱ぐのももどかしい様で
「大丈夫?」と私の顔をシゲシゲ眺める。
病院から帰宅後、メールで主治医が辞める事を夫に話してあった。

私は元気に「うん。」と答える。
夫の言葉に涙の出るボタンがONになりそうなのをぐっと堪える。
私がやっとで「うん。」って言ったのに
すぐさま「大丈夫?」と再び言いやがっ…、いえいえ、心配のお言葉を連呼。
「・・うん・・・。」
再び「大丈夫??」
3回も聞くかな〜
もう我慢の限界・・・
ぽろぽろぽろぽろ・・・
「せっかく落ち着いたのにまた泣けちゃうじゃん!!」
しばし泣いたり笑ったり・・
そんな私の姿がおかしいのか(ま〜何をしてても私のする事はおかしいらしいが)
夫は笑うばかり。

「気分が紛れるよ・・。」と夕食に夫がお酒をついでくれたけど、
半分も飲めず。。
食欲も全くなく、半分くらいを何とか口に運んだ。
夫と「いろいろ、本当にお世話になったよね〜。」と話す。

食後テレビを観て、しばし先生の事を忘れ笑うも、布団の中に入ったら
またまた涙がこぼれ、
それも後から後から・・・
結局この晩はうつらうつらしただけで、あまり眠れた感覚はなかった。
ここまで落ち込む自分に戸惑ったりびっくりしたりしながら、どうしても心の整理ができなかった。

当時先生35歳、私30歳。
悪性リンパ腫の他に二つの病気をした時、
父が末期ガンと宣告された時、
同じ病室だった方5人(当時6人部屋だった)が1、2年の間に皆さん全て天国へいってとても不安だった時、、、
いつも快く相談にのってくれた。
時には厳しく、時には優しく。
元気に暮らせるようになってからは先生の愚痴を聞いたり、
冗談を言い合って笑いを誘う会話をする事が多かった。
時には「もう10年のお付き合いになるんだね〜。」としみじみ話したり。
最近では「老眼にならない?最近ものが見にくくて・・」
「なりました。なりました。特に夜、細かな字やパソコンするのが辛いです。」
そんな会話もしたな〜。
どこかお互いに成長してきたような感覚がある・・おこがましい話だけど。

13年は長すぎるよ、、先生。。
それなのにある日突然「閉店ガラガラ〜」なんて気持ちがついて行かないよ。

涙が出てくる1番の原因は、
次回放射線科を訪れた時はもうあの特徴のある「ひまわりさ〜〜ん」と呼ぶ先生の声が聞けない事。
それから、診察室に入っても、いつも座っている椅子に、もう先生は座っていない事。
それを考えるとたまらなくなる。

先生に言えば、先生が居てくれれば、「もしも」の時も大丈夫と思えた、今までは。

こうやって考えると先生にかなり依存していたんだね〜。
今生の別れじゃないって、また相談したい事があればいつでも会う事は可能だって
頭では分かっているんだけどね。

今日は寝不足も加わり、
普段あまり経験しないような倦怠感を感じつつ一日過ぎていった。
頭では分かっていても気持ちが付いていかないのって辛いね〜
時間が解決してくれるのを待つしかないな〜。



20日 (金)

「 お別れ 」

放射線科外来日。
しかし、朝から雪降り。
しかも5センチは積もっている。
「雪が降ってたら無理して予約日に来なくても良いからね。」
と、この時期はいつも主治医が言ってくれていたので、今日は行くのをやめようかなと思った。
滑りやすいし、筋肉がすっかり落ちた足では踏ん張りが利かないから危ないしね。
でも、朝食を終える頃には雨に変わり、雪が融けてきた。
「行ってしまおう。」(*^_^*)
ロボットの足裁きのようにドタドタと雪道ならではの歩き方で、
特に急坂では転ばないように慎重に歩いた。
こんな天気でも久々の歩きは気持ち良く、身体が喜んでいるのが分かる。
病院は天気が悪いせいか、いつもより空いているように感じた。

「ひまわりさ〜ん!」と言う主治医の呼ぶ声で診察室へ。
私をシゲシゲと眺め
「派手なズボンはいてるね〜〜」
いつもの、私の姿を最初に見た時の感想を言う主治医の言葉。
「派手なモノを身に着ける年になったんですよ。」と私。
この日は黒地にオレンジ色の花模様がプリントされてるパンツ(^^*ゞ

今回は人間ドックの結果を持参。
「特に問題なさそうだね。」
その後いつも通り触診。
「変わった事は?」
「季節の変わり目特有のいつもの不整脈が布団に入った直後と、
後は夜中に出て、最近は苦しさで夜中に1度目覚まします。」
なんて、これもこの時期ならではのいつもの会話。

乳房のエコーと採血の予約をお願いした。
今までは毎年マンモグラフィーをしていたが、
いろいろ話し合った結果、今回からエコーと交互に年1回する事にした。

一通り診察が終わると
「凄く大事な話があるんだけど良い?」と主治医。
「え、何ですか?また講演をやられるんですか?」
「いや…、来月19日にここを辞める事になった。」
「え〜・・・・うそ・・・・・・・・・・。」
信じられない思いで返す言葉がなかった。
「何か言ってよ。」と主治医に苦笑されるが、
頭の中は「うそうそうそ・・・」の言葉がアリの行列みたいにぞろぞろ出てくるだけ。
言葉を発したら号泣しそうで、それをこらえるのにやっとだった。
少ししてから「先生、どこへも行かないって言ったのに・・」
「先生がいなくなって、私、これからどうすれば良いですか・・」
思わず先生を責めてるわけではないが、結果的には責めるような言葉がつい出てしまう。
別の場所へ行かれる事は先生にとっては良い事と分かっていてもついね・・。
こらえていたけれど、やっぱり涙がショボショボこぼれる。
「また泣かしてしまったよ〜。またおこられた〜。」と主治医。
先生じゃなければダメと言う患者さんは私だけではない。
「いえいえ・・、私の心の問題ですから・・・。」と訳の分からない事を呟き、
「とても辛いけど、仕方ないですよね、おめでとうございますって言えば良いのかな。」なんて話した。

先生のように、臨機応変に対応して下さり、
患者本位でいつも考え、話を聞いて下さる先生はそうはいない。
いろんな病気をしたけれど、いつも総合的に私の身体を診てくれ、
相談にのって頂いたのが先生だった。
「3ヶ月に1度、先生のお顔を拝見するだけで元気をもらえていたんですよ。」
そう言うのがやっとだった。
次回からの私の主治医は、治療で入院中に凄くお世話になった、当時はまだ研修医の先生。
私の我侭もよく聞いてもらったり、研修医とは思えない対応で
すっかり甘えてしまっていた先生。
それを聞いてちょっとほっとする。

診察後もどうしても涙を止める事はできず、
会計を待つ間も、気を紛らわすために本を読んでみるのだが、
少し読み始めるといつの間にか主治医の事を考え、せっかく止まった涙が再びこぼれてきてしまう。
帰宅してからも時々涙が溢れてくるけれど、
だいぶ心が落ち着いて今はやっとこ大丈夫になれた。
こんなに別れの辛い先生と知り合え(ちょっと変な言い方だけど)、診て頂くことが出来た事に感謝の気持ちでいっぱいである。


先生、13年間、本当に本当にお世話になりました。
入院中での先生とのいろんなやり取りが今ではとても懐かしく思い出されます。
無駄な治療をしないですんだ事も感謝しています。
今こうして心穏やかに元気に過ごせているのも先生のお陰です。
(あ〜また思い出して涙が止まらなくなってしまった。。(@_@。)

今よりももっと元気になってその姿を見せに先生に会いに行きますね♪
先生が今よりずっと伸び伸びお仕事でき、益々羽ばたかれ、
活躍されます事、祈っています。
有難うございました。



19日 (木)

「 実際は難しいよ 」

布団に入って仰向けで寝た時、
ちゃんと真っ直ぐ上を向いて寝られるのが嬉しい。
当たり前の事だけど、ヘルニアで首を痛めてからは
体は上を向いていても、顔は斜め右側、もしくは左側を向かないと
真っ直ぐ前は首が辛くて向けなかった。
でも、真っ直ぐ上を向いて寝られないのもしんどかった。

朝起きた時、
右腰も左腰もしっかり布団に密着しているのが嬉しい。
これも当たり前の事だけど、ヘルニアが良くなって来るまで
朝仰向けで目が覚めた時、
度々痛めた(ぎっくりも含めて)右腰だけ少し浮かせていたので、
腰がだるい事があった。
自分でもよく腰を浮かせて寝ていられたもんだと関心する。

ストレッチをしていても、ヘルニアを患ってから、
股関節が、特に痛めた右側だけ徐々に硬さを増し、
足が開きにくくなっていた。

これだけ普通ではあり得ない症状が出ていたのに、
なかなかその異常さに気付けなかった。

悪性リンパ腫の時も、子宮筋腫の時も、
それからメラノーマの時も、
発病してから「あ〜そう言えば小さな症状が出てたな〜。」と
後になってから思った。
「何であん時これはおかしいと冷静に考えられなかったんだろう。」って。

小さな症状も見逃さずに、早い段階で医者へ行きましょうと良く言われるけれど
これって案外難しい事かも…なんて
最近思ったりしている。

昨日と今日で、あきらかに変!って言う症状が出れば「これはおかしい」と気が付くだろうけれど
徐々にその症状は現れるから、
その変化になかなか気がつけないんだよね。
「これくらい、大した事じゃない。直ぐ良くなるよ。」って気持ちが
黄色信号を見えなく、包み込んでしまうのかもしれないな。

風邪の症状だけはね、最近やっとこ早い段階で気が付いて
早い処置ができるようになったから、何日も寝込むことはなくなったけど、
風邪の症状なんて、徐々にその症状が出る事が少ないのにも関わらず
今までは早い段階で気がつけなかったんだよね〜
風邪でさえ気がつけなかったんだから
よっぽど私って鈍感なのかもな〜。
それでも自分の身体の声を聞き逃さないようにしようって思ってるんだけどね。

そんな事をつらつらと最近考えたりしたよ。




18日 (水)

「 勉強になった 」

昨日はやりたい事がいろいろあって、
それに腰の痛みもなかったので、
ついバタバタと動き回ってしまった。
昨夜からしっかりそのしっぺ返しが・・・(>_<)
今日は時々横になりながらうろうろ家の事をした。

外であちこち歩き回っても、
ほとんど痛みは出ないからつい油断して一人前に家事もこなせるだろうと思っていたが、
間違いだったみたい。
家事って思っていた以上に腰を使うんだね〜
かがんだり、しゃがんだり、重いものを持ったり、
1番きついのが台所仕事。
少し腰を曲げた姿勢で長時間立ってるからだね。
ここで無理して再び痛めたら何にもならない。
もう少しの辛抱。


さて、高野豆腐の煮付けだが、
昨日あれから作ってみた。

作る前に何気に高野豆腐の入っている袋に書いてある‘戻し方’を見た。
で、驚いた。
「熱湯で戻さないで下さい。煮崩れの原因になります。この高野豆腐は
水でもどす必要はありませんが、食べやすい大きさに切るには、
高野豆腐を10秒くらい水に浮かべて水分を含ませます・・」
と書かれているじゃない!!?

「あれ〜???」

しばし考えて、
以前地元手作りの高野豆腐を買った事があり、
買った当時、美味しく作れない事が続いていたので、
買ったものの封を開けず、そのまま保存(放置^^;)してあるのがあったので、
その袋に戻し方が書いてあるか探した。
あったあった、書いてあったよ。
「ニガリだけで造ってありますので、熱湯で充分戻してお使い下さい。」
だって。

そうなんだ、本物の高野豆腐(語弊があるかな〜)は熱湯で良いんだ。

ふっと思ったのだが、私、今まで高野豆腐の戻し方なんて、
わざわざ見た事なかった気がする。
でも、もしかしたら、昨日の‘ある日’は、
ニガリだけで造られていない高野豆腐の戻し方をたまたま見たら
水で戻すように書かれていたので、
それまで熱湯で戻していたのが、どの高野豆腐を戻す時も水で戻すようになったのかも・・・
なんて思ったよ(当時の事はまるで覚えなし)。

ニガリだけで造られた高野豆腐は賞味期限が切れているので、
買ったばかりので煮る事にした。
水で10秒とあったが、少し考えて熱湯で戻してみることにした。
煮崩れないようにそっとそっと煮ふくめた。

久々って事もあって、少々味は薄味になったが、
しっとりキメ細やかにやわらかく仕上がった♪
夫も「美味しい。」と(^^)v
高野豆腐の煮たのって、こう言う触感だったんだよね〜〜
懐かし〜〜。

でも、今は高野豆腐も簡単に調理できるようになってるのには驚いた。
本来入れる事のないモノが混ぜてあるって事でしょ〜
これってどうなんだろ?と少し複雑な心境になった。
以前醤油を買おうとしたら、原材料に‘砂糖’って記されていた事があり
その時もびっくりしたけどね〜。
次回はニガリのみで造られた高野豆腐を煮てみよ〜っと。
いろいろ勉強になりました♪



17日 (火)

「 恥ずかしいお話 」




田辺聖子の本が大好き。
3年ほど前にNHKの朝の連ドラ「芋たこなんきん」を観てからのファンである。
聖子さんの本は時間がとってもゆっくりペースで進んでいくのがまず良い。
話し言葉はたいていが関西弁なので、会話は掛け合い漫才みたいで面白い。
誰か一人を責めたり、悪者に仕立てたお話はなく(少なくとも今まで読んだ中では)、
いつもどちらの言い分も「確かにそうだね。」と思える平和的なものが多いのは
安心感を与えてくれる。
「そう言う風に考えれば良いんだ〜、楽なんだ〜。」と、
ものの考え方など教えられる事もいっぱい。
それに、内容がいつも明るく前向きなのも好き。
料理や夫婦の会話など、共感できる部分も多く、
私の心のオアシスと言っても多分言い過ぎではないかも(*^^*)

そんな訳で、今現在もこの方の本を読みかけ中。
『お目にかかれて満足です』と言う本を読んでいるのだが、
「この本と出会って良かった〜〜。」と思えた内容があった。
いやいや、とても為になるお話しが書かれていてそれに感動した・・とか・・・そう言うんじゃないのである。
私だけがスッキリした内容・・・
ホントはお恥ずかしい話でここへ書こうかちょいと躊躇したんだけどね(^^ゞ

高野豆腐のね、戻し方・・なの" "(/*^^*)/

夫が高野豆腐の煮付けが大好きで、それにお弁当のおかずにもなるし、栄養もたんまりあるから、
度々作っていた。
しかし、ある日を境に、高野豆腐の煮つけがしっとり美味しく(それなりだよ^^;)仕上がらなくなったのである。
スポンジを噛んでるみたいにパサパサになってしまうのである。
理由が全く分からず、仕舞いには高野豆腐のせいにして、
ここ何年かは作るのをやめてしまった。

そしたら今読んでる聖子さんの本に
「高野豆腐は戻す時、熱い湯に漬けてしばらくおく。」とあった。
そうでないとしっとりとしないと、水で戻すとパサパサになってしまうと書かれていた。
いや〜〜びっくりしたり、嬉しかったり、ほっとしたり(*^▽^*)ゞ

そう言えば度々煮付けを作っていた頃は、熱いお湯に漬けてたや〜〜〜って思い出したのだ。
でも何で‘ある日’からお水に漬け始めちゃったんだろうな〜???
思わず田辺聖子さまさまと思ってしまった。
この本との出会いがなければ、
一生、高野豆腐の煮付けを作る日は、再び訪れなかったかも(ちょっと大げさかな〜^^;)
近いうちに作ってみよっと♪

しかし、まさかこんな形で高野豆腐の戻し方に出会うとは・・・笑




14日 (土)

「 まだまだ続くよ〜〜 」

朝方雨が降っていたようだが、私達が街へ出掛ける頃にはすっかり上がり良いお天気になっていた。
今日は暖かいと言うより暑いくらいの陽気で、
上着は重い荷物となった。
道端にはイヌフグリや可愛い黄色の小さな花が咲いたり、
あちこちのお宅の庭先の梅の花が咲き始めたりしていた。
途中、松本城へも立ち寄ったが、
ここの梅の花もちらほら咲き始めていた。
街の中をブラブラ歩くのは久し振り。
それもこんなぽかぽか陽気に。
陽気が良いと、気持ちもウキウキ開放的になるよね。
意味もなく笑いがこみ上げ、思わずニタニタしてしまう。
まわりの人は「春近し〜〜、へんな人がいるぞ〜。」って思っただろうけど
そんな事は気にしない気にしない。


今日街へ出た1番の目的は結婚記念のお祝いの食事会をするため。
結婚記念と称し、
2月は旅行に行ったり、食事に行ったり、
ちょっと大きな買い物をしたり、
ドライブに行ったりと、
私達にとって2月は
イコール’祝月’なのである。
まだまだ楽しみまっせ〜〜〜〜(^O^)/♪




10日 (火)

「 大切な記念日 」

夫が仕事帰りにケーキを買ってきてくれた♪
そう、今日は18回目の結婚記念日なのである。

朝、「18年間ありがとね、感謝してます。」
そうお互い言い合った。
「18年前の今頃は〜〜」
なんて当時を懐かしんだりした。
夕食は、名古屋で買ってきたお酒で乾杯☆☆

結婚して6年目に悪性リンパ腫を発病し、
以来ずっと病気と共に歩む事となった。
病気をしなければ二人の絆はこんなに深くなる事はなかったかも。
お互いを思いやる気持ちも今ほど育たなかったかも。
そして夫がいなければ病気に勝つぞと言う気持ちは生まれなかったと思う。
辛い事がいっぱいあったけど、
その分お互い成長できたと思うし、
良い事もいっぱいあった。
病気をして、お互いが‘死’と言うものに直面したから、
こうやって二人元気に結婚記念日を迎えられた事が
何よりも嬉しい。

夫の10日の‘ずくなし日記’を読んで涙がぽろぽろこぼれた。
私の方こそだよ・・・
ありがとう・・

喧嘩なんて、年に1、2度程度しかした事がなかったのに
一昨年は‘月いち’で喧嘩してたよね〜・笑(今だから笑える)

メラノーマを発病した事が分かり、
長くは生きられないかも・・・と言われた頃、
「私といると辛い思いや大変な思いばっかり掛けるだけだから、離婚してもらって良いよ。」
なんて言ったら、かなり叱られたっけ。
でも、喧嘩ばかりしていた一昨年は別の意味で離婚が頭を過ぎったっけな〜。
喧嘩ばかりしていた事も、私たちには成長する上で大事な一ページだったって、
今なら思えるし、自分自身子供だったな〜って思える。

ヘルニアをしてから、ある人に
「病気の次はヘルニア・・・。主人には仕事があるのに、朝も夜も家事までやらせちゃって、
迷惑ばっかり掛けっぱなしで・・・。」と話した。
そしたらその方は
「迷惑を掛け合って助け合っていくのが夫婦だと思うよ、だから自分ばかり責める事はないんだよ。」
そう言ってくれた。
気持ちがふっと楽になった。

そうだよね、自分を責めてばかりいてもそこからはキラキラしたものは何も生まれないんだよね。
今1番大事なのは、自分が、そして夫が、いつも健康で過ごせるように、
栄養のバランスを考えたり、
笑顔を忘れず、夫が仕事から帰宅するのが楽しみで安らげる家庭を作る事だよね。
もちろん、肩肘張らずマイペースでね。

結婚記念日はいろんな事を考えさせてくれる大事な記念日。
夫に感謝したり、今までの自分を振り返ったり。


ちゅうサマ、こんな私だけど、これからもよろしく!



7日 (土)

「 結婚記念旅行・二日目」



 

今日も気持ち良く晴れ渡っている♪
波も穏やか。
6時半頃温泉へ。
昨日とは打って変わって人がいっぱい。
男女お湯が入れ替わっていたので、是非露天風呂も入りたかったけれど、
芋の子を洗うようだったので、あきらめた。
それでも内風呂はたまたま一人悠々と入る事ができた。

朝食を摂り、9時半頃旅館を後にした。
食事もお湯も良く、また仲居さんがとても親切で、
ここへ泊まって本当に良かった。

名古屋駅のコインロッカーに荷物を預けたのが11時近く。
お店が混まないうちに少し早いが昼食を摂る事にした。


 

せっかく名古屋へ来たんだから、
やっぱり名物を食べてみたい。
で、卵入り味噌煮込みうどんを食べる事にした。

夫はビールを注文。
店内は暑いくらいだったからね〜。
私も2口3口、お相伴に預かった(*^^*)




グツグツとお鍋に入って出てきた。
このまま食べるととても熱いので、フタに入れて食べてくださいと言う事だった。
フタに入れてって言うのが面白い。
でも合理的だね。

見た目かなりしょっぱそう。
確かに味はしょっぱ目^_^;
でも、濃厚でこってりしていて、ビーフシチューぽい感じで、
クセになりそうな味わい。
麺にコシがあってモチモチ♪
それに卵がとびきり美味しかった☆
‘名物上手いもんなし’って言うけど、
これは美味しかったよ。
お店によって多少違いがあるんだろうね、またいつか名古屋を訪れた際には別の店で食べてみたいと思った。

午後からは地下鉄に乗って東山動植物園へ。
子供の頃は度々家族で訪れた場所だが、
今回ここを訪れるのは30年振りくらい。
その当時は地下鉄が苦手で、
長野県にはもちろん地下鉄なんてないから、
ひたすらまっくらなトンネルの中を走る電車に、息が詰まりそうで
「苦しい」「苦しい」なんて乗ってる間中親に訴えていた私^m^
今となっては懐かしい思い出だ。


 

 

 

 

 



 

トラやライオンはやっぱり迫力満点。
目が合うとあまりの迫力につい目をそらせてしまう・苦笑

ツキノワグマは他にいたクマに比べると体は小さかったが、
山歩きの時はいつも「遭いませんように。」と願っている動物なので、
山中で襲われた時を想像させられ、怖かった。

でも動物園って良いね〜
童心に返れる。
思っていた以上に楽しめた。

夕食は名古屋の居酒屋で。
味噌カツやら手羽先やら、名古屋名物も注文。
改めて乾杯♪

時間を気にせず、行きたい所にいたいだけ過ごし、
そうしたいと思っていた通りに、のんびりまったりの気ままな旅ができた。

毎年毎年、二人元気に素敵な記念日を過ごせると良いね♪



6日 (金)

「 結婚記念旅行・一日目」


結婚記念月は毎年どこかへ泊まりでお出掛けしている。
今年は温泉にでも浸かって、時間を気にせず、のんびりゆったりの旅をしたいね〜。
で、なるべく移動に時間を掛けないで、
海が見れて美味しいお魚を食べられるところが良いな〜
と、言うわけで、愛知県の三谷温泉に決定。

夫の体調次第では今回はキャンセルした方が良さそうと考えていた。
しかし、酷い状態からは脱出できたようで、本人も行く気満々なので、
予定決行〜。

メラノーマを発病する前の年までは
結婚記念旅行と言えば温泉だったが、その後は全く行っていなかったので、
温泉旅行は6年振りくらいだろうか。

やはり名古屋は暖かかった〜
信州の春と言った感じで、名古屋から三河三谷までの電車から見える景色は
濃い緑と時々みかんのオレンジが印象的な
この時期だけはこちらに住みたいと思わずにはいられない
ぽかぽかと穏やかな景色が広がっていた。

旅館までは徒歩で15分くらいだろうか。
景色を楽しんだり、気持ちの良い風を肌で感じたいので
歩いて旅館へ向かった。


 

途中、浜辺を歩いた。
目の前に広がる海に感激!
日向ぼっこしている鳥達が、まったりしたのどかな雰囲気をかもしだしていた。


旅館は海に面しているので、客室からも海を一望する事ができた。
お茶と用意されていたお菓子でしばし休憩。
その後、夕日が沈む前に温泉へ。

温泉は広いお風呂に私一人だけ♪
寂しい気もしたが、こんな事は滅多にある事ではないので、
広いお風呂の隅から隅まで満喫(*^_^*)
内風呂からも海は真正面に見えるが、
露天風呂からも海が見渡せ、いつまでも入って海を眺めていたいな〜なんて思ったよ。
お湯はとても滑らかでお肌がツルツルするのが分かる。
なめたらしょっぱかった。
4、5回、出たり入ったりを繰り返しただろうか・笑
温泉から出ると手つくりオレンジゼリーのサービスが。
ポッポと熱い身体に、冷たくて喉越しの良いゼリーはとっても嬉しかった。


 

ここへ来て楽しみのひとつは、海に沈む夕日を眺める事だった。
実際は海に沈むと言うより島の向こうに沈んだんだけど、
松本で観る山に沈む夕日とは一味も二味も違う。
二人でカメラ片手に1時間は海や夕日を飽きる事なく眺めていた。
唯ぼ〜〜〜〜と過ごす、こう言う時間が贅沢だよね〜

山に囲まれたところでしか過ごした事がない私には
波のザザ〜〜と言う音は、どうも落ち着かないが、
いつも過ごす空気とは全く違うところへ身を置くと言うのは
とても刺激的でもあり、癒しでもある。

そしていよいよ1番のお楽しみの夕食♪


  



ホントはね、楽しみだったんだけど、あまり期待はしていなかったの。
でも、海の幸がふんだんに盛り込まれ、
いろんな調理法で二人の舌を楽しませてくれた。
中でも、ここでしか獲れないと言う、体がシャコにも似た手長えびは
とろっとした舌触りでとっても甘くて美味しかった♪
大満足な料理だった。

お互い悩む事はいろいろあるけれど、
こう言うところへ来ると、今は全くそう言う事は頭の中から消え去り、
どうでも良くさえ思えてきたりする。
頭の中や体のあちこちの強張りがほぐれて行くのが分かる。
リセットされる時間ってとっても大事だな〜
そんな事を話したりした。
結婚してから今までの、あちこち旅行してきた思い出話に花を咲かせたりもした。
そして今年もこうやって二人で楽しい旅が出来ている事にも感謝した。

夫は病み上がり、
私は久々に歩き回った疲れから、
8時過ぎには二人とも夢の中〜〜〜



5日 (木)

「 今度は夫が・・・ 」

「青空が見えてきた」なんて、喜んでばかりもいられなくなった。
夫が風邪をひいてしまったのだ。
2、3日前の夕食後のまだ8時前、
「何だかもう眠くなったな〜、(私の体調が良くなって来たから)ほっとしたのかな〜。」
と、9時前には就寝。

そして昨日。
「4時頃からゾクゾクしてた。」と言って仕事から帰ってきた。
食欲もあまりない。
熱を測ると37度台。
夫は低体温気味なので37度以上は普通の人の38度くらいだと思う。
真っ赤な顔をしてとっても辛そう。
胃痛もあるみたい。
夜中に酷い下痢があり、
1時間おきにトイレに起きていたようだ。
私の時より症状は酷い。
私の風邪をうつしちゃった〜〜〜!!!!
心身ともに疲れさせてしまってたからな〜(T_T)

今日は、仕事へ行ける筈もなく、その代わり病院へ。
初期の風邪との事。
処方された薬は私と全然違ってたから、
私がうつした訳でもないのかもしれないけど、
それでも私の度重なる体調の悪さで、疲れを溜めていた事は大いに影響しているはず。

夜も熱は上がったり下がったり。
食欲はまだあまりないけれど、何とか食べられた。
明日はきっと元気になってますように!!




3日 (火)

「 青空が見えてきた 」

今日は歯医者の日。
お天気良く、日差しが強めだし、乾燥しているので、化粧をして出掛けた。
どうせ口の周りの化粧は落ちてしまうんだろうけどね(^^ゞ
化粧はナント3ヶ月振り!
化粧をして首のコルセットをしていると、
顔に化粧をしたのかコルセットにしたのか分からなくなりそうだったので、
コルセットを着けている間はずっとしないでいた。
首を痛めないと分からなかった事だけれど、
化粧するのって結構首の力も使うんだよね。
それも化粧をしなかった理由のひとつかな。
化粧をすると気分もパ〜と晴れやかになるから不思議だね。
そんな気分で歯医者へ向かった。

新しいブリッジを入れてもらい、
歯医者通いは今日でおしまい。

今までは怪我だ〜、風邪だ〜ってよろしくない事ばかり重なっていたけれど、
それが一つずつ減って行くのは、裏を返せば良い事が一つずつ増えていると言う事♪
「私の目の前の厚い雲からようやく青空が見え始めたぜ〜〜〜!!」
そんな気分(*^_^*)

浮かれ過ぎて途中でずっこけないでね〜〜〜
…と、言い聞かす・笑




2日 (月)

「 やっとこ外せた 」

先週は風邪のため、整形外科へは行かなかった。
そのため、週明け早々行ってきた。
やはり月曜日は空いてるや。
その代わり新患が多いような気がする。

先生に、首の痛みが全くなくなったからコルセットを取っても良いか聞いてみると、
もう全くしなくても良いとお許しが出た。
腰はまだ時々痛みが出るし、股関節痛も完治していないから、
腰のコルセットはまだ当分外せそうにない。
それでも「そろそろ時々は外せますか?」と聞いてしまう辺り・・・(^^ゞ

病院の帰り、早速首のコルセットを外そうかと思ったが、
首が寒いので結局着けて帰った。
この時期、首のコルセットは防寒具の役割をしていた事を実感・苦笑
帰宅してからコルセットを外したのだが、
首だけやたらと寒くて仕方ないので、マフラーをして家事をしていた。
スカーフにしようかと思ったが、何だか頼りなくて、慣れるまではマフラーをする事に。
コルセットが取れたら風邪引いたなんて笑い話にもならないもんね。

まだまだ病院通いは終わらないけれど、
私にしたら大きな前進である。
やった〜〜〜ヽ(^。^)ノ