子宮筋腫



 前  兆    発  見    入  院    手  術    退  院    その後

写真グロテスクなので見る勇気のある方だけどうぞ♪


前   兆


    2000年  1月 
29日

(土)
生理でもないのに少量だが出血があった。痔かも・・・、それに生理じゃなくても出血する事って異常がなくてもあるみたいだし・・・・な〜んてそれ程深刻には考えなかった。
3月
20日

(月)
最近、めっきり体調が優れない。吐き気、悪寒、貧血気味、下腹部痛、寝込む程ではないのだが・・。
下り物の量が多くなってきたような気がする。ピンクがかった色の時もある。気のせいかな?
4月
10日

(月)
3、4日前から、午後になるとものすごい疲労感に襲われる。そのため、午後はどうしても1時間位は横になってしまう。
最近トイレに行く回数が増えた。特に午前中は朝お茶を飲んだり味噌汁を飲んだりと水分を多く摂るせいか酷い時は10分おきに行きたくなる。でも、お茶や味噌汁は以前からずっと摂ってるから関係ないか・・・もしかして膀胱炎かな〜?
20日

(木)
最近便秘気味。出てもコロコロした便や小指ぐらいか、時にはそれより細いのが出る時がある。
5月
9日

(火)
トイレで用を足した時、下り物と一緒に茶色の塊が出た。不正出血も相変わらず。
以前は生理前、生理中は時々下腹部痛があったが、最近はそれに関係なく痛む。
7月
4日

(火)
大便をした時便に血が付いていた。大腸ガンかも・・・と心配になり本屋で立ち読み。
最近下っ腹が出てきた気がする。お通じが悪いせいかも。


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発   見

2000年  7月
28日

(金)
大学病院の放射線科と老年科へ定期検診の日。
放射線科を受診した時主治医のN先生に「最近、便通が悪くてお腹も異常に張るんです。出血もあるから痔とか大腸ガンかな〜?」って聞いてみた。「痔かもよ。」なんて言いながら触診してくれた。「これは随分張ってるね〜、何か硬い物が触れるな〜、エコーをやってみようか。」との事。結果、子宮筋腫かもしれないから婦人科へ行くように言われた。診察後婦人科へ直行。
そこで内診、細胞診などをやった。あまりに筋腫が大きくなっていたので驚かれた。大きいのが2つ位ありそうで1つは10cm近くありそうと言われた。それ程酷い症状が出ていないのならもう少し様子をみようと言う事になった。
細胞診の結果は3週間以内に郵送してくれる事になった。

まさか自分が子宮筋腫だなんて・・・・、悪性リンパ腫の告知を受けた時ほどのショックはなかったが、再び病気になってしまっていた事のショックはあった。この筋腫が悪性ではありませんようにと祈るばかり。
8月
8日

(火)
この間の細胞診の結果が送られてきた。ガンではなさそうとの事。とりあえず安心。
子宮筋腫の本を近いうちに買ってこようと思った。
17日

(木)
最近、特に午後貧血っぽくなる。筋腫のせい?
9月
12日

(火)
8月に念願のパソコンを買った。ようやく慣れて来たので早速子宮筋腫の事を調べた。
腰痛
10月
27日

(金)
婦人科を受診、内診とエコーをした。「症状も少しずつ辛くなってきてるようだし筋腫も大きいから手術を考えておいた方が良いかもしれない。全摘しなくても核出手術は充分に出来るから。但し、核出の方が出血が多くなるから全摘より大きな手術にはなると思うし、再び筋腫が出来る可能性もある。」と言われた。
MRIの予約をした。
夫と「全摘でお願いしようね。」と話した。核出手術が出来たとしても再発の可能性は充分あるし、悪性リンパ腫の方だって再発の可能性は少ないものの絶対に無いわけではないから、これ以上不安の種は増やしたくなかった。
11月
6日

(月)
全摘すると決めたものの、ほんとにそれで良いのか、術後後悔しないだろうか・・と時々考えてしまう。子宮筋腫の本を読んだり、インターネットで体験記などを読んだりした。しかし、意見はいろいろ。
自分にはどうすれば一番良いだろうともう一度考え直し、結局は全摘が一番と思い直す。その繰り返し。

トイレやお風呂掃除をしてかがんだ時など、筋腫が大きいせいかお腹が苦しい。ソファーに座った時も圧迫されて苦しい。妊婦さんてこんな感じかな〜?なんて思った。
お腹を触ると自分でも大きな塊があるのがはっきりわかる。
10日

(金)
午後4時からMRIの検査
腸の動きを止める注射をしてから検査した。
最近少し寝不足気味だった事と、癒し系のゆったりした音楽が鳴っていたのとで検査中ウトウトと寝てしまった。
15日

(水)
婦人科へMRIの結果を夫と聞きに行った。子宮の外側に大きな筋腫が2つあり、それがとても大きいため、子宮がどこにあるか判らない程だった。(漿膜下筋腫)
先生は「核出手術も可能だから、全摘にするかどうかは家でじっくり考えてきてください。」と言ってくれた。しかし、既に二人でよくよく話し合って結論は出ていたので「全摘でお願いします。」と私は言った。先生はちょっとビックリしたようで「よく考えて、まだ若いんだし、直ぐに返事をしなくても良いんだよ。」と言ってくれたけれど私は「二人でよく話し合ったので。」と答えた。先生は何度も本当にそれで良いのか言ってくれたが「考えは変わらないので。」と言うとやっと納得してくれた。先生や病院によっては有無を言わさず全摘してしまうところもあるそうなのでその点は有難いと思った。
そうと決まれば少しでも早く手術をしてもらいたかった。出来たら今年中に。「12/20以降なら大丈夫そうだけどそれで良ければ。」と先生。私たちはそれでOKした。
感染症などを調べる為5本の採血をして病院を後にした。
帰宅後、実家へその事を伝えた。母も「どうせやるなら先延ばしせず、スッキリした気分で新年を迎えるためにも今年中にやってもらった方が良いね。」と言った。
20日

(月)
夜、婦人科からTELがあった。11/29に入院、12/7に手術、手術のキャンセルがあってそこに丁度入れたらしい。
言われていたよりずっと早く入院する事が出来「ラッキー」と思った。
早速両方の実家へその事を伝えた。
28日

(火)
明日から入院。
午前中は買い物に行き、午後から煮物を作ったりほうれん草を茹でて冷凍したり、ゴボウや大根を漬けて直ぐに食べられるようにしたりした。少しでも夫の食事で野菜が簡単に摂れれば・・・と思って。


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入  院

11  月
29日

(水)
a.m10:00  いよいよ入院。看護婦さんに病室へ案内された。四人部屋だが二人しかいなかった。二人共重症な方らしく、一人はカーテンがひかれていた。もう一人はまだ小さな子供だった。

荷物を出し始めると直ぐに「担当になりましたMと言います。」と主治医が来てくれた。女性だったので少し安心した。やはりこういう病気は同じ女性の方がいろんな事を話しやすい気がする。早速採血、検尿。
a.m10:30  主任のS先生から診察と手術についての説明があった。
p.m12:00  検温 36.9度
p.m1:30  肺活量、心電図
p.m3:00  自己血輸血のための採血
この日、運悪く輸血部の先生が留守をしていたため、隣の集中治療部の看護婦さんが採血してくれた。
抗がん剤の影響ですっかり血管が細くなってしまっているので唯でさえ採れにくくなっているのに、そこに寒さが加わったものだから(とっても寒い部屋だった)益々血管が縮こまってしまったみたいでなかなか血管が見つけられなかったようだ。普段採血する針より太い分、やり直されるのは痛くて辛かった。看護婦さんが三人ぐらい代わる代わるやってくれ、ようやく入ったと思ったら今度はなかなか血液が出てこない。時々止まりかけたりした。400cc採る予定だったが200cc弱採った辺りでピタッと出なくなってしまった。今日はこれ以上は無理そうなので次回採血することになった。終わったらくたくたのふらふら・・・。1時間ほどかかった。通常400cc採るのに30分もあれば充分だとか・・・。 
p.m5:00  再び診察と説明があった。
MRIの結果、9cmと7cmの筋腫が2つ、1cm程のものが幾つかあることが判ったとの事。
これからの検査などの予定を話してくれた。
 11/30・・・・・午前中レントゲン
 12/1 ・・・・・午前中腎臓造影検査  
           午後 自己血輸血 200cc or 400cc
 12/5 ・・・・・午後7:00 夫と手術の説明を聞く
 12/7 ・・・・・朝〜午後3:00 全摘手術 

夫は夕食が済むまでいてくれた。
30日

(木)
a.m6:30  少し下痢気味
病室の中が暖かいというより暑いくらいなので夜中汗をびっしょりかいた。少し寝不足。
p.m4:30  レントゲン
p.m6:00  主治医のM先生が来てくれた。
p.m6:30  夫が来てくれた。 昨夜、インターネットで子宮筋腫について調べていたら疑問に思う事が出て来たため、M先生に聞きたいということで仕事を早退して来てくれた。それは、「明日、自己血輸血をする前に腎臓造影検査をする予定になっているが、手術後造影剤の入った血液を身体に戻す事になるがそれは大丈夫なのか、何か拒否反応は起きないのか?」と言うことだ。M先生は「大丈夫だと思うが、一応検討してみましょう。」と言ってくれた。

夫が探し当てた子宮筋腫のHPに、腎臓造影検査後の自己血輸血をした分は、造影剤が血液に残っているから使えなかったため、捨てる事になったと書いてあったらしい。
12   月
1日

(金)
検査のため朝食抜き
朝、M先生が来て「やっぱり造影検査の後だと多少造影剤が残るから、先に自己血輸血をしましょう。」と言った。夫がこの事を指摘してくれなければどうなっていただろう?多分造影剤が含まれているこの血液を使ったんだろうな〜、夫に感謝。私の場合夫が気がついたから良かったけれど、気がつかずに造影剤検査後に自己血輸血をする人って結構いるのかも・・。
a.m9:00  自己血輸血  400cc  
今日は失敗もなく、時間もそれ程かかることなく上手くやってもらえた。前回なかなか採ってもらえず辛い思いをしたので、病室への帰りM先生に会った時、手を取り合って喜んでしまった。(ちょっと大げさな私・・・でも、今回も上手く採ってもらえないかもって思っていたから本当に嬉しかったのだ)

a.m11:40  腎臓造影検査  M先生が付いていってくれた。

M先生「手術はマラソンをするのと同じくらい体力を使うから体の事などで心配な事があれば今のうちに診てもらっておきましょう。」
私「軽いめまいと、これは悪性リンパ腫の治療後からだと思うんですが、心臓のドキドキ感、倦怠感があるんです。」
M先生「じゃあ今日にでも診てもらえるように第一内科へ予約をしておきますね。」

検査の後、大慌てで昼食を摂った。
p.m12:40  第一内科へ診察   4日 a.m9:45 〜 5日 a.m10:00 ホルター心電図、5日 a.m10:00 心エコー、運動負荷検査をする事になった。

慌てて食事をしたり、第一内科まで行ったりしたため胃とお腹が痛くなってきた。

p.m6:00  M先生が来てくれた。「両手がむくんできたんだけど・・・。」と言ったら、「自己血輸血の影響だと思う。」と先生。
p.m7:00  夫が新聞と着替えのパジャマを持ってきてくれた。明日は仕事が休みなので8時ごろまでいてくれた。病院から自宅まで車で10分程。今住んでいるアパートへは今年の3月に越してきたばかりだが、病院近くのアパートへ越してきて良かったとこの時つくづく思った。
2日

(土)
a.m6:00  生理が近いせいか頭痛、腰痛、下腹部痛、吐き気、倦怠感がある。
a.m8:00  M先生が来てくれた。日曜日から蓄尿との事。
「手術日と生理が重なってもそれなりにやるから心配しなくて良いよ。もし、手術前に始まったら鉄分補給の薬『フェロミア錠50mg』を処方するから夜2錠ずつ飲むように。それと採血してみて貧血っぽかったら鉄分を作る成分の点滴(フェジン2A)をするから。点滴の方が錠剤より効きが早いからね。」とM先生。
a.m10:00  熱36.8度  血圧87/65   ん?生理がきたみたい。生理になるのもこれが最後かー・・・・・。
p.m3:00  妹が来てくれた。1時間ほど話をして帰っていった。

トイレに行く度に(今回の生理で最後か・・・)としみじみ思ってしまう。
3日

(日)
今朝から蓄尿
朝から頭痛がする。
a.m9:30  M先生が来てくれた。昨日から飲み始めたフェロミアは明日の採血の結果では飲むのを止めて点滴に切替えるかもとの事。このフェロミア、飲みすぎると便秘になるらしい。

血圧120/80
a.m10:00  少し運動をしないと・・・と思い、階段を何往復かした。病室へ戻った時は「ハーハー」言っていた。ちょっと頑張り過ぎたかな。
p.m4:00  4時現在で蓄尿量が300ccくらい。「ちょっと少ないかな。」と看護婦さんに言われた。
便秘気味、それに手足がむくむ。
p.m7:15  看護婦さんが来てくれた。トイレがとても近い事、その割りに尿の量が少ない事をM先生に聞いてくれたようだ。「筋腫が膀胱を圧迫してるせい。あまり辛いようなら管を通して尿を出すようにしてくれる。」と言っていたとの事。
別に辛い事はないからやってもらわない事にした。
今日はなんだかとても身体がだるいので、8時半頃には寝てしまった。
4日

(月)
a.m6:30  頭痛、相変わらず倦怠感がある。昨日から今朝までの蓄尿量600cc
a.m9:00  M先生が採血に来てくれた。手足のむくみがある事、尿の出が悪い事を話した。
p.m9:30  ホルター心電図を着けてもらう。結構重い、肩が懲りそう。
a.m10:00  熱36.6度  血圧118/63
p.m2:30  締め付けられるように頭が痛むので、看護婦さんに頭痛薬を出してもらった。
p.m3:00  M先生が来てくれた。「腎臓機能には異常なし。やっぱり自己血輸血の影響で血液中のたんぱくがすごく低くなっている。そのためにむくんだり倦怠感、尿の出が悪いんだろう。それから貧血にもなっているので、フェロミアを止めて夜から点滴(フェジン2A・・・鉄分を作る成分)をするようにしましょう。頭痛が酷いのはチラーヂン(甲状腺機能低下症の薬)とフェロミアが作用したのかもしれないね。」
p.m4:00  頭痛薬が効いてきたのかだいぶ痛みが和らいできた。
p.m5:00  看護婦さんから手術の時に用意する物の説明があった。持ち物には全て名前を書くように言われた。
p.m7:28  点滴
5日

(火)
昨日に比べ身体が軽くなり、頭痛もない。むくみも昨日ほどではなくなった。
a.m9:30  ホルター心電図から開放された。(あ〜すっきり)
その後心エコー、運動負荷検査をした。運動負荷検査は心電図を付けて電動ウォーカーのような機械に乗って走らされるのだが、これがとてもしんどかった。こんなに「ゼーゼー」するまで走ったのは何十年振りだろ?検査中肋間神経痛もあり余計に辛かった。(一応病人なんだけど・・)って思ってしまった。
p.m1:00  シャワー   昨日は心電図を付けてて浴びれなかったし、今日は運動負荷検査で汗びっしょりになったからその分とっても気持ちよかった。
p.m3:00  入院して初めての教授回診    初診の患者は病室で診てもらった後処置室へ行き、内診もしてもらう事になっていた。生理中だし嫌だなって思ったけれど仕方がない。カーテンの向こうは先生達、研修生で10人はいたかなぁ〜。あまりの多さに恥かしさを通り越してしまった。それに内診、とっても痛かった。こんなに痛い思いをしたのは初めて。教授の内診はもう御免だ!!
p.m7:00  主任のS先生から手術の説明を夫と聞いた。

 危険性  ・出血
        ・多臓器損傷(膀胱、尿管、腸管、血管etc.)
        ・感染
        ・術後腸管麻痺、腸閉塞
        ・創部離開
        ・麻酔による副作用
        ・術中、術後血栓症
        ・その他

一通りの説明を受けた後、病室へ戻って二人で同意書にサインをした。
p.m8:15  点滴

今日はいろんな事があり夜にはすっかり疲れ果ててしまい9時半には夢の中だった。
6日

(水)
筋肉痛・・・・昨日の運動負荷検査のせい
a.m8:00  採血、アレルギー反応の検査
M先生「術後痛みを緩和させる為に、腰から管を入れてそこから痛み止めを入れる方法があるけどどうする?管を入れても痛い人は痛いし、入れなくても痛くない人もいる。でも入れて良かったって人の方が多いからお勧めするけど。」
(管を入れるのはそんなに痛みはないみたいだから入れてもらおうかな〜)
私「入れてください。」
a.m10:00  個室へ移った。手術前後は患者の精神的なケアや特に術後何かあった時に直ぐに対応出来るようにと、手術する患者はナースステーション横の個室に入るようだ。
移るとき、同部屋の子供の患者さんのお母さんに「手術、頑張って下さいね。」と励まされた。
a.m10:30  処置室で毛を剃ってもらった。内診台に乗って、股を広げた状態で看護婦さんに剃ってもらった。まな板の鯉状態で恥かしさはなかったけれど、なんとも不思議な体験だった。看護婦さんと会話しながらだったせいかあっという間に終わったような気がする。
a.m11:00  シャワー
a.m11:30  夫の携帯へ個室へ移ったことを留守電に入れた。その後、母へTEL。母は「手術は先生に任せて安心してやってもらえば良いんだからね。明日お父さんと病院に行くから。」と言ってくれた。
p.m12:00  看護婦さんが手術室で使用する物を取りに来た。TELで母が付き添いがいるようならいてくれると言ってくれていたので看護婦さんに聞いてみた。「患者さんによってどうしても付き添いが欲しいっていう人もいるけれど術後は主治医や看護婦が一晩中1時間おきに来るから基本的には付き添いの人はいらないよ。どうしても・・・と言うのなら、主治医や婦長へ一筆書いた書類を提出すれば許可は下りるけど。」との事。
死ぬか生きるかの大手術じゃないんだから、それに度々夜中も看護婦さんたちが様子を見に来てくれるなら・・・って事で母には付き添いを断った。
p.m1:30  M先生が動脈からの採血をしに来てくれた。「これが手術前の最後の検査だよ。」「貧血の値があまりよくないから手術の時自己血がもし余っても身体へ戻す事になると思う。」
p.m3:00  下剤のヒマシ油を飲んだ。油っこくって古臭いような臭いの味?がした。あまりの不味さにその後直ぐオレンジジュースで口直しした。
p.m4:00  麻酔科の先生が手術の説明に来てくれた。
腕を広げた状態で手術をするから点滴用の針は手の甲にする。痛みを和らげるために少しずつ麻酔を入れながら刺す。背中から入れる管(痛み止め用の)の説明など、事細かく説明してくれた。優しい感じの若い女医さんだった。
p.m4:20  便が出たので看護婦さんに報告しそれを見てもらった。普通の固さの便が1本。(^^ゞ
「もう少し出して欲しいな〜。」と言われた。(出して欲しいと言われても・・・)「夕方6時頃になれば心配しなくても出るよ。」と看護婦さん。
熱・・・・36.7度
p.m4:30  看護婦さんが来てくれ、30分程雑談をした。明日の手術の不安を紛らわすために来てくれたみたい。有難かった。そのお陰もあるのかどうか、あまり不安もなくとっても元気。なるようにしかならないんだしっていう感じ。
p.m5:00  再び麻酔科の先生が来てくれた。  内診、脈をみた。
もう一度背中から入れる管の事で希望するかどうか聞かれた。私は「YES」と答えたが背中は放射線治療(悪性リンパ腫のときにした治療)をしているため、もしかしたら出来ないかもしれないと言われた。
明日手術室へ行った時本人かどうか確認できるように名前や血液型が書かれているテープを右手首に付けてもらった。
9時以降は何も口にしないようにとの事。
「何か心配なことある?」と聞かれたので、「手術中口から管を入れるけれど、その時口の大きな人の方が楽だとか苦しくないとか痛くないって聞いたことがあるんです。私は普通の人に比べ、結構小さいからちょっと心配なんですけど。」
「それなりにやるから大丈夫ですよ。・・・・・・ん〜〜でもちょっと小さいかな・・・。」(・・・・不安)
p.m6:00  流動食が出る。水分を摂りすぎたせいか胃が痛む。あれからちっとも便が出ないので、食後、仕事帰りに来てくれていた夫と便が出るように・・・と、あちこち散歩して歩いた。
p.m7:00  ようやく待望の便が出た。が、しかし今度はお腹がゴロゴロ状態、度々トイレに通うことになる。
点滴、M先生が今夜よく眠れるようにと安定剤(ハルシオン)を持ってきてくれた。その後、夫と明日の説明を受けた。
p.m8:00  下痢が酷くなり30分近くトイレから出られなくなってしまった。辛い・・・。
p.m9:00  M先生が様子を診に来てくれた。「安定剤はお腹の調子が良くなったら飲んで。」と言われた。
しかし一晩中トイレ通いをしていたので結局安定剤は飲まなかった。


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手  術

12    月
7日

(木)
a.m6:30  熱36.7度
朝になっても相変わらず下痢が止まらない。トイレにばかり行っているのでお尻の穴が痛い。ちょっと寝不足気味。
歯を磨いたり顔を洗ったりしていたら夫が来てくれた。
a.m7:00  浣腸  お尻の穴へ浣腸の管を入れるのに看護婦さんが失敗したのか液がこぼれ、パジャマのズボンをビチョビチョにされてしまった。冷た〜い!
病室に戻ったら直ぐに、既に渡されていた手術着に着替えた。記念に・・と、夫にこの姿を写真に収めてもらった。
昨夜寝られなかった反動かやけにハイな気分♪自分でも不思議なくらい元気いっぱいだった。夫の方が心配している様子。
a.m8:00 筋肉注射(軽い麻酔?)をしてもらい、その後M先生に処置室にて消毒などの処置をしてもらった。ほとんど出血はないがまだ生理が終わっていないので念のため、下着を着けていなかったのでナプキンを股で挟んでストレッチャーに横になった。スッポンポンの上に手術着を着ているだけなのでとっても冷える。毛布を何枚かかけてもらった。手術室に行くまでのしばらくの間、処置室に放っておかれたのでとても退屈、その時間も長く感じた。多分10分も放っておかれてはなかったと思うけれど。
a.m8:27  いよいよ手術室へ。M先生と看護婦さん一人がストレッチャーを押していってくれた。夫は・・・・というと病室を出てエレベーターに乗って手術室へ行く間、あちこちで写真を撮りながら付いててくれた。
その写真を後で見ると、私はM先生や看護婦さんと何かおしゃべりをしていたらしく、どの写真も笑顔で写っていた。とても、これから手術をする人の顔には見えない。
手術室の前で夫と別れ、いざ手術室へ。扉を開けるとそこはまだ手術室ではなくこちら側から向こう側(手術室)へ引き渡される部屋だった。ガラス張りの向こう側に看護婦さんが二人いて、カルテと患者が同じか確認。その後、私はスッポンポンになってストレッチャーからステンレス製(だったと思う)の板の上に乗った。(結構冷たい)その後その板はベルトコンベアー式にあちら側へ移動し私は手術室の看護婦さんのもとへ移動する仕組みになっていた。見るものされる事全て珍しく興味津々、しばらくキョロキョロ辺りの様子を見ていた。先生らしき人物や看護婦さんと目が合うたび「よろしくお願いします。」とつぶやいていた。M先生も手術着に着替え「頑張ろうね。」と言ってくれた。上には毛布か何か掛けてくれてあったが、手術室はとっても寒かった。そのせいで血管が収縮してしまっていた事と、元々血管が出にくい事もあり、血管確保には随分手間取った。背中へ管を入れるときは横になって膝を曲げ背中を丸くしてやってもらった。見えないところなので少し緊張したがほとんど痛みもなく入れてもらえた。その後は仰向けになり両手を少し広げた状態で、血圧計など取り付けられた。
ヘアキャップを着けられ、酸素マスクを軽く当てられ「普通にゆっくり2、3回呼吸してみて。」と言われた。私は言われる通り大きくゆっくり、1回、2回・・・・。そこで意識がなくなった。

その間・・・・・(私の日記に夫が綴ってあった)
a.m10:30  私がいつ戻って来ても良いようにベットメーキングがされた。
a.m11:15  私の両親が来てくれる。
a.m11:30  今のうちに昼食を摂っておこうと10Fにあるレストランへ行ったらしい。ステーキセットを食べたとの事。
夫は病室で本を読んだり母と雑談をしていたようだ。母は「どうしてひまわりばかり病気になるのかな〜?」と随分沈んでいたらしい。(心配ばかりかけてごめんなさい・・・。)
父は待合室のマッサージチェアーでウトウトしていたようだ。
p.m2:10  そろそろ来る頃だろ〜と夫はエレベーターのところへ行ってみるとそこで手術室から丁度戻ってきた主任のS先生にばったり会った。「トラブルもなく無事終了しました。後は傷口を縫い合わせるだけだからそろそろ戻ってくると思います。」
予定の時刻より1時間半程余計にかかったようだ。


「ひまわりさ〜ん、ひまわりさ〜ん。」の呼びかけに目が覚めるが、再びウトウト夢の中。自分の病室に入る直前、看護婦さんの「処置が済むまで廊下で待っていてください。」と家族に言った言葉で再び目が覚めた。
p.m2:40  帰室
p.m3:00  両親、夫と術後の再会。夫の話だと、病室に入る時、父は半泣き状態だったとか・・・。両親と会話をしたが、内容は良く覚えていない。
時々痛そうな症状をしたようだ。(本人は覚えていない)また、唇が切れていたようだ。
p.m3:10  熱37.9
p.m3:15  血圧130/78
p.m3:20  両親、夫にS先生から説明
         手術にかかった時間・・・4時間20分
         摘出臓器重量・・・650g
         出血量・・・460ml
         輸血(自己血)・・・600ml(術中術後)
         大きな筋腫2つの他に1cm程の筋腫の芽が2〜3個あった
         傷はおへその下から恥骨まで(13針)
         6時間後から立つ練習、食事は明日から


この時摘出したものを見せてくれたようだ。それを夫はカメラに収めてくれた。手術前に「採れたてホヤホヤは自分で見ることが出来ないから写真に収めておいてね。」と私が頼んでおいたのだ。S先生は、形がよく判るように、写真を撮っている間手で持っていてくれていたようだ。

p.m3:50  血圧120/80  熱38.8
身体がガタガタと震え出した、酷い悪寒。電気毛布は初めから高温にしてあったが、全く効かなかった。
p.m4:00  診察
p.m4:15  両親が帰った。
p.m4:40  熱39.1度  血圧112/78 
氷枕、喉も冷却してもらう。汗が後から後から吹き出るので、夫がタオルを濡らし時々私の顔や酸素マスクに溜まった汗を拭いてくれた。
p.m5:00  診察
p.m5:30  採血
自己血を点滴で戻すが、なかなか入っていかないのでポンプ式(?)の点滴でどうにか入れていった。
時々心臓が苦しい。呼吸がしにくい。「ハーハー。」肩で大きく息をする。
p.m6:20  熱39.2度  血圧120/78  脈91
p.m7:10  熱39.2度  なかなか熱が下がらない為座薬を使う事に。
p.m8:25  熱38.5度  血圧安定
p.m9:10  寝返りを打たせてもらう
看護婦さんから度々「痛みませんか?」と聞かれるがあまり痛みは感じない。それより体中が痒いのが辛い。始めは汗をかいたためかも・・・と言うことで身体を拭いてくれたが、どうも痒みは表面的なものではなく内側から来る感じ。もしかしたら背中から入れている痛み止めの副作用かも?との事。
私が落ち着いたのを確認して夫が帰った。自分で汗を拭けるように手の届く所に濡れタオルを置いていってくれた。
手術室から帰ってきて1度も腕や手を動かしていなかったので、自分で汗を拭くのは結構しんどかった。
8日

(金)
朝  熱36.3度  看護婦さんに手伝ってもらってベットの上で歯磨き、濡れタオルで顔を拭いた。
酸素マスクを外してもらう。
痒みは相変わらず、やはり背中の痛み止めのせいかもという事で、止めてもらう。
ベットごと身体を起こす練習をするように、お茶を少しずつ飲むように言われた。
少し吐き気がする。
a.m10:50  夫が仕事を休んで来てくれた。
身体を起こしている私を見て、少し驚いた様子。「パチリ」夫がその様子を写真に収めた。その写真を後で見てみると、パンパンにむくんだ顔、具合の悪いのを無理やり起こされたようなもの凄い顔をしているにもかかわらず、やっぱり笑顔。(でも引きつった笑顔かな)
a.m11:50  熱37.5度  横向きに身体を動かす。
とにかく眠い。
p.m12:50  昼食(重湯、スープ、ヤクルト、オレンジジュース)、スープ、ヤクルトをそれぞれ半分ずつ飲んだ。その後チラーヂン(甲状腺機能低下症の薬)を飲む。 食後、横になって寝る。
p.m2:00  熱37.4度
p.m2:30  M先生が来てくれた。立つ練習をする前に痛み止めの点滴をすることになった。
p.m3:05  痛み止めの点滴
p.m4:35  突然大部屋へ移動、明日、手術する患者さんがここへ入るらしい。ベットごと移動。
p.m4:40  15m程歩いた。と言っても看護婦さんや夫に支えられ無理やりっていう感じ。歩いた直後、再び吐気が酷くなった。腹痛も多少ある。入ったままになっていた(痛み止めの注入は止めてあったものの)背中の管を抜いてもらった。その後、手術着からパジャマに着替えた。
p.m5:45  熱36.9度  血圧122/60
p.m7:15  抗生物質の点滴
p.m8:35  夫は帰って行った。
歩行練習後、気分が悪いためずっと横になっていた。
9日

(土)
a.m11:40  熱37.5度  胃薬の点滴
夫が来てくれた。
p.m12:00  なかなか出なかったガスがやっと出た。「出たよ♪出たよ♪」と、夫に喜びの雄たけびを上げた。
p.m12:50  2回目のガス
p.m1:10  立ち上がってその場で2、3歩足踏みをしてみる。少しでも歩く練習をしないとね。
この時初めて知った。部屋から大きなもみの木のクリスマスツリーが良く見えるのを。病院の敷地のもみの木が綺麗に飾られていて、それがここの病室から一番良く見える。夜はライトアップされるそう。楽しみだ。
p.m3:30  清拭
p.m3:50  80m程、夫に付き添われ歩いてみる。
p.m4:15  熱37.3度
p.m4:40  診察   ガーゼ交換、縫った所、綺麗に付いているようだ。
その後、吐気が酷くてずっと横になっていた。寝返りを打ったとき傷口が痛むのだが、それよりも吐気の方がずっと辛かった。話をするのも億劫だった。今までで一番辛い日。夫は随分私の様子が心配だったようだが、気を使ってあまり話し掛けないでそばにずっといてくれた。身体はすごく辛かったけれど、夫がいてくれたお陰で精神的には楽だった。
この吐気も背中から入れた痛み止めの副作用のようだ。あまりこのような症状が出る人はいないらしい。
p.m5:10  痛み止め、吐気止めの点滴
p.m7:35  夫が帰った。
今日はほとんど食べ物を口に出来なかった。
夜中の何時ごろだろうか・・・。あんなに具合が悪くて辛かったのに夜中急に、ほんとに急に身体が楽になった。
10日

(日)
朝から元気。昨日まで同部屋の人が親切にカーテンの開け閉めをしてくれたが、今日は自分で開けここへ来てからお世話になりっぱなしの皆に(二人)「おはようございます。」と挨拶したら大変ビックリされた。「昨日のひまわりさんとは別人だね。」って言われた。
昨日ガスが出たので朝食は3分粥、食欲はあるが量はあまり入らない。
a.m10:30  熱36.8度   
夫が来てくれる。身体を起こし、にこにこしている私を見て、あまりの違いにしばらく言葉を失ったようだった。終いには「どうしたの?」と言われてしまった。昨日までの様子では退院も延びそうと思い、両実家へその旨伝えたらしい。後で私から元気になった事をTELしようと思った。
a.m10:45  血圧120/73   抗生物質の点滴
a.m11:20  ガーゼ交換、尿管を抜いてもらう。
尿管も取れ、ゆっくりだが普通に歩けるようになったので、両実家へTEL。私の声を聞いて安心したようだ。
p.m3:30  看護婦さんに髪の毛、足などを洗ってもらった。久々の洗髪は気持ちが良かった。
p.m4:50  熱37.0度
p.m5:40  抗生物質の点滴
吐気がなくなって、今度はお腹の痛みを感じるようになった。その痛さで寝返りが辛く、夜あまり眠れなかった。
11日

(月)
a.m6:30  熱36.8度  検尿  術後、初めての便通があった。
a.m7:00  昨夜、尿意があまりなく、代わりに先のほうがシクシク痛んだ。排尿後も時々痛む。その事を看護婦さんに話した。「管を入れていたせいで粘膜が炎症してしまったみたいだね。なるべく水分を摂って尿を出すように。」と言われた。
a.m8:00  食事は3分の1は何とか摂れた。
a.m9:30  熱36.5度  血圧105/71   採血、抗生物質の点滴
a.m10:30  ガーゼ交換
時々咳が出る事を看護婦さんに話したらトローチを出してくれた。トロピカルフルーツ味、なかなか美味しい。
p.m12:00  昼食、半分以上食べる事が出来た。少しずつ、自分の身体が回復していくのを実感。
p.m2:30  術後初めて自分で洗髪や身体を拭いたりした。
少し頭がボーとして時々体がフワフワした感じになる。
私より6つ年下のお隣さんと1時間位、おせんべいを食べながらおしゃべり。
p.m4:00  熱36.9度
p.m4:30  ちょっと勇気を出して1階にある売店まで行ってみた。元気な時はそれ程感じない距離だが、今日はとても遠くに感じた。ものすご〜〜く疲れた。ちょっと無理しすぎたかな。
p.m5:40  傷口が痛む。
M先生が来てくれたので「痛みで昨夜はあまりよく寝られなかった。」と言ったら夜、眠剤を出してくれる事になった。
p.m6:00  夕食にはご飯が5分粥になった。半分以上食べられた。食事も少しずつ美味しく感じられるようになった。
p.m6:45  夫が来てくれる。
p.m7:00  既にホルマリン漬けにされている私の子宮を夫と一緒に見せてもらった。手袋をはめて触らしてもらった。漬けてあったせいかコリコリと堅く、少し臭かった。自分の身体にこの間まで付いていたものだと思うといとおしく感じられ、ついナデナデしてしまった。M先生に「子宮を見ていとおしいって言った人は初めて。」と笑われた。子宮・・と言っても実際は大きくなった筋腫の中に隠れるようにしてちょこっとある感じ。数字では何cmの物がいくつ・・・って聞いていたけれど実際目でみて見ると(こんな大きな物がお腹に入っていたんだ。)と、つくづく思ってしまった。
その後、触診してもらった。
p.m7:30  抗生物質の点滴
p.m7:50  夫、お帰り
p.m8:30  ヤクルトを飲んだ。冷たかったせいか少し胃痛が・・・。
p.m9:00  胃薬、お腹の痛み止めを飲む。その後歯を磨いてからトローチをなめる。このトローチ、味だけじゃなくて結構良いみたい。今までトローチなんて気休めだと思っていたけれど、なかなか取れなかった痰が取れスッキリし、咳もあまり出なくなって楽になった。
p.m10:30  眠剤を飲む。が、11:30頃トイレに行きたくなって目が覚めた。薬のせいでふらふらした足取りでトイレに行った。
12日

(火)
a.m6:00  熱36.7度
昨夜は眠剤のお陰で割りとよく眠れたが、効き過ぎたのか頭がボーとし、とても身体もだるい。
一昨日から水分をよく摂るように言われているのだが、口が不味いせいかなかなか摂れない。お茶を止めてジュースを飲んでみる事にした。口当たりが良い分、これなら飲めそう。
a.m10:00  熱36.3度  抗生剤の点滴
a.m10:30  ガーゼ交換
相変わらず咳が出る。M先生「注意深く様子を見ていきましょう。」
a.m11:00  血圧100/67
p.m12:00  今日の昼食はラーメン、しかし私はまだお粥・・・。くやし〜
p.m1:30  3時から教授回診があるので、大慌てで洗髪、身体を拭きに行く。その後お会計に行ったり・・・。慌てすぎて傷がジンジン痛む。
p.m3:00  教授回診   いつもの事だが、大勢の先生方や研修生がぞろぞろ来て診られるのは、あまり気分の良いものではない。
p.m3:30  トイレへ行くが尿の出が悪く済ませるまでに時間がかかる。それに痛い。
p.m5:00  看護婦さんが来てくれたので素朴な質問をしてみた。「何故腹帯をするんでしょう?」
「傷の保護と早くそれが修復するため。」
「売店へ行くなど距離を歩くとお腹が痛くなるんですが?」
「腹筋を使うからどうしても痛くなるんだと思う。熱もないし膿も出ていないようだから心配はいらないですよ。」

食事をする度に排便がある。それも食事中に急に差し込みのような痛みでお知らせがある。腹筋がまだ使えないので一旦トイレに入るとなかなか出てこられないのがちょっと・・・。
13日

(水)
a.m6:30  熱36.4度  蓄尿600cc、ちょっと少ない、もう少し水分を摂らなくちゃ。
a.m9:30  熱36.8度  血圧110/72
a.m10:40  点滴
p.m1:30  売店へコットンとチョコレートを買いに行った。長い距離を歩いても疲れなくなった。
p.m3:30  シャワー・・・と言っても、洗髪をするだけ。身体はまだ拭く事しか出来ないが、今日はとても汗をかいたので拭くだけでも充分気持ち良かった。
p.m4:30  ガーゼ交換   いつもはM先生がやってくれるのだが、今日はS先生も傷の様子を診に来てくれた。「生理はこなくても今までのような生理前にある胸の張り、吐気、頭痛などの症状は毎月あるんですか?」と先生に聞いてみた。「卵巣は残っているから多分あるでしょう。今のひまわりさんの卵巣、多少腫れてるんだけど、この腫れがひいてくると(直ぐにはひかない)今までと違った症状が出る場合もあるし、生理前の嫌な症状が改善されることもあるよ。」との事。
「退院はいつ頃になりそうですか?」「順調な人では抜糸後3日で出来るよ。でもひまわりさんの場合は明日抜糸予定だから、3日後は日曜日か・・・、じゃ〜早くても月曜日かな。」「うう・・そんな〜。」「それと、明日もう1度採血をしてみてその結果が悪ければ退院はもう少し延びるかもよ。この間の結果はあまり良くなかったから・・・。」「1日でも早く退院した〜い。」「ひまわりさん、帰りたい病にかかってますね?」(爆笑)(あったりまえじゃん!!)
p.m5:30  看護婦さんが来てくれたので便の出が悪い事を告げた。「お通じ用の薬で液体の飲み薬があるからM先生と相談してみてOKが出たら使ってみましょうか。」との事。大概の人は手術後便秘で苦しみこの薬(ラキソベロン液10ml)を使っているらしい。
p.m7:30  点滴 
14日

(木)
a.m6:00  熱36.4度
昨日出そうで出なかった便が5:30頃20分かけてやっと出た。スッキリ♪ でもお尻の穴がチョット痛い。
a.m6:50  「時々お腹を押さえないといられない程の痛みがある。」と看護婦さんに告げると「皆そのような痛みがあるみたいだよ。でも大丈夫、徐々に良くなっていくから。」と言われた。
昨日から飲み物をジュースからミネラルウォーターにしてみたら尿の量が幾分か増えた。
a.m8:00  採血  M先生「この結果が良ければ朝する点滴はしなくて良いかもよ。」 (お祈りする私・・・)
a.m9:30  熱36.7度  血圧113/69
a.m11:00  抜糸   思ったよりとっても痛かった。明日からやっとシャワーが浴びれそう。
M先生「熱が上がりやすいのが少し気になるが、採血の結果は良かったから点滴はなし。その代わり飲み薬(抗生剤・・・セフゾンカプセル100mg)ね。」
p.m1:45  ラキソベロン液を処方される。3滴から始める事にした。
p.m3:30  お昼頃から身体がとてもだるい。曇りがちのはっきりしない天気のせいもあるのかも。1時間位寝てしまった。
p.m4:00  熱36.7度
p.m5:00  傷口のかさぶたが取れ始めたら、傷跡を少なくするために肌色テープを貼ると良いよと、看護婦さんに言われた。ただ、かぶれる人もあるからパッチテストをしてからね、とも。 
15日

(金)
a.m6:30  熱36.8度   30分ぐらいトイレで頑張る。
看護婦さんに相変わらず便の出が悪いと言うと下剤を5滴ぐらいに増やしてみたらと言われた。
a.m10:30  術後初シャワー。浴びる前にシャワーの浴び方や浴びた後の事を看護婦さんに教えてもらった。
やっぱり拭くだけよりずっと気持ち良い〜♪
シャワー後、傷の濡れっぽいところを良く拭いてもらい、消毒をしてもらった。傷が擦れないように出来ればコルセットをしていた方が良いかも、と言われたので、売店でワンタッチ腹帯を買ってきてそれをしていた。
a.m11:30  M先生が来てくれる。  「出る尿の量が少ないので水分は1000mlを目標に摂る事。排尿時のツーン感は少しずつ良くなるだろう。まだ糸の穴がグジュッぽいので、明日のシャワー後、看護婦さんに消毒をしてもらう事。」
p.m3:45  M先生が来てくれる。  「排尿後の残尿感や痛みは改善されるまでに1ヶ月位はかかるかも。筋腫が大きかった分、元に戻るのに多少時間がかかるでしょう。検査結果では異常がないから(膀胱炎の疑いとか)とりあえず様子を見てみましょう。1ヶ月以上経ってもそれが改善されなければ、別の病気の可能性もあるから、その時は検査をする事になるでしょう。」
16日

(土)
a.m6:30  熱36.0度
便、薬のお陰かスムーズに出るようになってきた。術後の出血も治まり、ピンク色や茶色の下り物のような物が出る事も少なくなった。
a.m9:00  体調がよく、痛みもそれ程ないので少し階段の上り下りをしてみた。でも、少し無理をすると腹部が重痛くなる。
a.m9:30  熱36.7度
a.m10:00 シャワー  お湯が少し傷にしみる。その後、M先生がガーゼを当ててくれたりと、処置をしてくれた。
a.m11:00  夫が来てくれる。
p.m12:00  お昼は休憩所で二人で食べた。
p.m2:00  お義姉さん夫婦がお見舞いに来てくれた。お義姉さんの私を見ての第1声「随分コケちゃったじゃん。痩せたね〜。」「そ〜かな〜?」と私。「だとしたらこのままの体型でいてくれればな〜」と細いとはとても言い難い私は思った。
4人で10階のスカイレストランでケーキやコーヒーを飲みながら会話をした。私も久々にコーヒーを飲みたかったが、胃腸の調子があまり良くなかったので紅茶にした。ケーキも久々。ケーキがとても甘く感じた。
お義姉さん夫婦は3時頃、夫は4時半頃帰って行った。
今日はよく動けたがやはり少々疲れた。
17日

(日)
a.m10:30  シャワー
a.m11:00  シャワーを浴びて病室で帰り、顔に化粧水をつけたり、足や腕にクリームをつけているところへ母と妹がお見舞いに来てくれた。来る途中、私のアパートへ寄って、りんごや煮物(夫一人では大変だろうと)などを置いてきてくれたそうだ。有難い事だ。感謝。その時夫は洗濯物を干したり、何か家事をしていたようだ。
病室で3人で話をしているところへ夫も来てくれた。
a.m11:45  スカイレストランで昼食を摂った。今日は天気が良く、北アルプスが綺麗に見えた。もうすっかり雪化粧していた。
p.m12:30  S先生、M先生の入院での最後の内診。異常なし。退院明日に決定♪退院時、先生からこれからの事など説明があるが、この日は手術が入っているのでそれが、午後7時半過ぎになるらしい。
p.m2:30  母たちが帰って行った。
今日は水分をあまり摂らなかったせいか尿の出が悪い。それに疲れた。


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退  院

12    月
18日

(月)
a.m10:30  散歩   4階〜9階を往復した。筋肉がすっかり衰えてしまったのか、病室へ戻ったら膝が少し笑っていた。
a.m11:30  排尿の際、ピンク色のトロってしたものが出た。多分下り物とは思いつつ、久しくこれだけの量は出ていなかったので念のため、看護婦さんに話した。しばらくはこのような物が出るらしい。
S先生の都合で説明をしてもらえるのが8時過ぎになるとの事。その為病院のレストランで夕食を摂っていった。私はピラフを食べたのだが、退院出きる嬉しさで胸がいっぱい、食欲があまりなかった。
p.m8:30  S先生、M先生からの説明   

  退院後の注意
        
・体力・・・無理は禁物です。家事、自転車の運転等、徐々に普段の生活に慣らしていって下さい。
・食事・・・消化の良いもので、バランスのとれた食事を心がけて下さい。
・日常生活・・・シャワーは可。湯船につかる事、夫婦生活は許可が出るまで控えてください。
・出血、発熱、腹痛に注意して下さい。その時は連絡を。
・H13、1、5 (金)a.m9:00〜 S先生にて外来

  
説明のあった10分後には車の中。少しづつ自宅が見えてくると、何故か涙が溢れて来た。悪性リンパ腫では6ヶ月も入院してたのにこんな事はなかった。部屋の中は、私が掃除しなきゃとかあれしなきゃと、思わなくて良いように夫がきちんと何もかもしてあった。有難い事だ。コタツに入りながら泣いたり笑ったりしながら無事帰って来られた事を話した。義母が心配してTELをくれたが、泣けてしまってとても話が出来る状態ではなかったので、夫に無事退院してきた事を伝えてもらい、明日、落ち着いたらこちらからTELする事にした。
せっかくだからと乾杯をした。私も一口お酒をもらったがしばらく飲んでなかったせいか不味かった。
結局布団に入るまで涙が止まらなかった。今、考えると、たかが20日ほどの入院、あんなに泣かなくても・・・と、自分の事ながら理解に苦しむ。只、帰宅できた事の安心感と、夫、両親、兄弟、先生や看護婦さんへの感謝の気持ちでいっぱいだった気持ちは忘れられない。      


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その後

12  月
19日

(火)
朝食の片付け、夕食の準備の他はあまり動かないように過ごした。食欲が出て来たので太りそうで心配。
義母、お義姉さん、実家へTEL。皆には随分心配をかけてしまった。私の声を聞いて「ほっ。」としたみたい。
今夜は簡単にお鍋。立ち続けるとやはりお腹が張ってきて鈍痛が出るので、椅子に座るなど休み休み支度した。家での久々の夕食、幸せを感じた。
2001年  1  月 
5日

(金)
婦人科外来へ
傷は綺麗についているが、左の卵巣がまだ腫れているため再び3/2に行く事になった。
入浴許可が下りたのでひっさびさの入浴。やっぱ良いな〜お風呂は・・・し あ わ せ♪
3  月
2日

(金)
婦人科へ
卵巣の腫れは引いたようだ。傷口が盛り上がってきてケロイド状態になってきていたのだが、それを見て「これも体質だから仕方ないね。でもちょっと目立つね。」と言われた。
9  月
19日

(水)
このところ全く出ていなかったピンクや茶色の下り物が、最近また出始め、右下腹部痛もあるので、病院へTELし、診てもらう様予約した。
20日

(木)
婦人科へ
採血・・・異常なし
下り物は長くて1年ぐらい出る人もあるようだ。心配ないらしい。1年に1度は外来へきて下さいと言われた。

手術をして、しばらくは、何かの拍子に(私には子宮がないんだ・・・)と、寂しいような、何とも言い難い気持ちに襲われる事もあったが、今では旅行や温泉に行くときなど(この日生理だっけ?)と、気にしなくて言い分楽になったと単純に思えるようになってきた。
2002年
普段は、筋腫になった事などすっかり忘れ、毎日元気に過ごしている。唯、梅雨など、季節の変わり目は傷やお腹がチクチク針で刺されているみたいに痛む時がある。
ケロイド体質なのか、見た目、随分酷い事になっている。場所によっては綺麗になりかけているところもあるが、酷くなったところでは、直径2、3cmのお猿さんのお尻のような色や形になってしまった。また、そこが下着で擦れて痛い。温泉へ行くのもちょっと気がひける感じ。あまり気にしないようにしているが。


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