郭清手術 その後



2003年  3月
5日

 (水)
a.m7:30  熱36.2  筋腫の時は術後2日目に吐き気がしたので、今回それが心配だったがそう言う症状は出なかった。
a.m9:30  熱36・5  血圧100/77
a.m10:45  外科の先生が傷の消毒に来てくれる。
尿管を外してもらう。
夫が来てくれる。
a.m11:00  麻酔科の先生、問診
p.m12:00  術後初めての食事。味噌汁がとても美味しく感じた。半分以上食べる事が出来たが、少し腹痛がしてきたので食べるのをやめた。食後、胃薬と痛み止めのボルタレンを飲んだ。ず〜としていた水分点滴が終ったので、針を抜いてもらえた。
p.m1:20  清拭  ついでにパジャマに着替えた。
点滴も外され、自分のパジャマに着替え、すっかり元気になった気分。しかし、M主治医から「今日、明日はなるべくベットで過ごすように。」と言われているから、あまりあちこち行かないようにしないと・・・。
防水シートをはがしたりベットに敷いてあったバスタオルを取ったり、移動式のベットの位置を元あったベットのところへ戻したりと少しバタバタしただけだが疲れが出てしまったので、ベットに少し角度をつけて眠った。
目を覚ますと、他の3人もよく眠っていて(普段はたいてい起きているのに)ちょっと笑ってしまった。
少し水分不足気味と感じたのでポカリを買いに談話室まで行った。
痛み止めを飲んだお陰で痛みもなく、病室の皆とおしゃべりに花が咲いた。
首からかけているドレーンを入れた袋が暑い。
そう言えば、朝、看護婦さんがドレーンの話をしてくれた。元々、ドレーン(結構長く1m以上はあったと思う)は、それが取れるまでブラブラと無防備にぶら下げているだけらしい。しかし、私より先に手術をした方が、不運にもドレーンを机の角にひっかけてしまい、外れてしまって、後で大変な思いをその方はしたらしい。だから、それを教訓に今回はパジャマの下から肩掛け袋にドレーンや廃液を溜めている入れ物を納めておく事にしたようだ。こう言う事故は今までになかったようだが・・。
p.m4:00  少し疲れたので横になっていると学生が病状を聞きに来た。
p.m4:30  熱36.3  お腹がすいたので、以前病院食で出た「ひなあられ」を食べた。あまり美味しいものではなかったが、お腹がすいていたせいか、ぺろっと食べてしまった。
p.m5:30  血圧106/70  尿管を外してから痛みがあり、トイレへ行ってもなかなか排尿しないと看護婦さんに話したら、しばらく様子をみてとの事。管を入れた時か外す時に少し傷をつけてしまったのかも・・との事。それが原因だとすれば、徐々に良くなっていくらしい。
p.m6:00 食事、全部食べられた。少し、胃痛。食後、胃薬とボルタレンを飲む。
p.m7:45  抗生剤の点滴  針がなかなか入らず、あちこち試され、4回目にしてやっと成功。その成功した場所というのが、何と足の甲。(足は初めて)入れられる時、かなりの痛みを伴った。しかし、既に(どこでも良いから失敗しないで早く入れて〜)と言う気持ちが強かったので何とか我慢できた。点滴が終って針を抜いてもしばらくは痛さのあまり、足を引きずりながら歩いていた。この抗生剤の点滴は3日(朝晩の2回)はやるらしい。先が思いやられる。いっその事、針を入れっぱなしに・・・とも思うのだが、私の場合良い血管があまりないし、これからも抗がん剤などで血管を駄目にしやすいから使えなくなる血管を最小限に抑えるためと言う事もあって、抜き差しでやってくれているらしい。
点滴が終ると夫は帰った。
p.m8:30  少し早いが疲れたのか寝てしまった。
6日

 (木)
a.m6:05  熱36.4  ドレーンをしょっているせいか、首、肩が凝ったらしく痛い。頭痛も多少あるし、腕がだる痛い。ドレーンが入っているところが多少違和感がある。
a.m7:15  新聞を捨てに行く途中、婦人科に入院していた時にお世話になったI看護婦に会ったので、少し立ち話。ドレーンの話になり、「肩こりが多少緩和されるかも。」と、安全ピンをもらう。ドレーンの袋とパジャマを安全ピンで留めてみては・・・と言うのだが、変わりなし。「また何か考えます。」と別れた。別の看護婦さんに「たすきがけにしてみたら?」と言われ、やってみる。少し良い感じ♪しばらくこれで過ごしてみよう。
「傷が時々ピクピクッ、ピクピクッとする。」と、看護婦さんに話すとしばらく仕方ないとの事。
痛み止めが効いているのかそれ程痛みはない。
今日、シャンプーしてくれるとの事。
a.m7:55  ドレーンから出た廃液を捨てに看護婦さんが来てくれた。60ml程。トマトジュースのような濃厚な赤い色だった。
a.m8:00  食後、胃薬とボルタレンを飲む。少し胃痛。
a.m9:00  熱36.6
a.m9:45  外科の先生、消毒に来てくれる。
「傷は順調。筋肉も神経も取ってないから、腕の動きに支障は出ないと思うが、傷からくる引きつれは出てくると思う。」
a.m10:30  抗生剤の点滴  今日も相変わらず、なかなか針が入らず。
血圧133/86  「針を刺した関係で高くなったかもね。」と看護婦さん。
「胃痛があまりあるようなら、このボルタレンは強い薬だし、お昼は飲まないでおいた方が良いかもね。」と言われる。
「多少右手にむくみがあるが、肩の手術をした時より良いみたい。」と私。
「今回は三角巾などで腕を固定せず、よく動かしているのがむくまない原因かも。」と看護婦さん。
p.m2:30  洗髪  自分ではまだ無理なので、看護婦さんに洗ってもらう。気持ち〜♪
p.m3:30  教授回診
p.m4:00  お腹空いたので、病室の方に頂いた「小魚アーモンド」を2袋食べた。この時間になると何故かお腹が好いてくる。ほとんど動いてないのにね。
p.m4:30  お隣のベットのBさんにストロベリーヨーグルトを頂いたので早速食べた。おいし♪ 食べてばかり・・。
p.m5:50  熱36.6  血圧103/75  看護婦さんに喉が痛いと言うと「よくうがいをするように。」と言われ「廃液、だいぶ出なくなってきたね。それから、下半身シャワー、OKだよ。」とも言われる。
抗生剤の点滴はほんとはまだやった方が良いのだが、随分苦痛が伴うと言う事で飲み薬に切り替わった。嬉しいけど、ちょっと複雑・・・。
p.m6:00  夫と談話室で夕食。食事中胃痛がしたが、そのうち治まった。食後、抗生剤のバナンと胃痛、ボルタレンを飲んだ。
p.m7:00  夫、お帰り
右腕に感覚がないのに気づく。痒いのでかいてみるのだが、かかれている感覚がないので、その部分をかいているのにも係わらず、痒みが治まらない。不思議な体験。こんな事がしばらく続くんだろうな〜。
7日

 (金)
a.m6:00  熱36.0  朝、外を見てびっくり!雪がまさしくゴンゴン降っている。
術後、全くパジャマを着替えていなかったので下着と共に着替えた。ついでにウエットティッシュで体や足を拭いた。
夜中、お腹にガスが溜まり、便も出ていなかったいで3回もトイレに起きた。しかし、朝になってなから出た。とりあえずスッキリ。もう少し出そう。
相変わらず喉が痛いのでイソジンを出してもらうようにお願いした。
a.m7:30  術後初めて1階までエレベーターで下りてみた。雪が降っているせいかとても寒い。
a.m8:00  便の出があまり良くないせいか空腹感がなく、全部は食べられず。食後、バナンとチラーヂンを飲む。ボルタレンは痛みもほとんどないし、又胃痛がすると嫌なので飲まなかった。
a.m9:30  熱36.4
a.m9:50  血圧108/89
M主治医、学生が来てくれる。「出血はかなり減ってきている。術後2日経っているし増える事はなさそうだから今日は外科の先生は来ないかもね。明日も来ないようだったら僕が消毒に来るから。」とM主治医。
喉の痛みを訴えるとトローチを出してくれるとの事。(トローチっていまいち効かないんだよな〜)イソジンは余計に喉を乾燥させるらしい。
「便秘がちだから階段の上り下りをして良いですか?」
「まだ汗をかくような運動は避けるように。エレベーターを使って1階まで下り、平らな所を歩く分には構わないよ。」
a.m10:30  術後初シャワー、と言っても下半身だけ。ドレーンの袋をビニール袋で包んでもらってから入った。あ〜、久々にさっぱリ!!
a.m11:00  母に術後初めてのTEL  私の声を聞いて安心した様子。
シャワーしたり、TELしただけでぐったり。それに少し動いただけで汗が出る。すっかり体力が落ちているのを実感。水分不足なので、ポカリを買って飲んだ。
a.m11:20  少し横になる。相変わらず凄い雪・・・。20cmは積ってる感じ。
p.m1:50  外科の医師とM主治医がガーゼ交換に来てくれた。「今日辺り、ドレーンが取れそうと思ったがまだ少し廃液が出るし(一昨日あまり出なかったがその分今日出たらしい)明日、少なくなっていても、又明後日多く出る可能性があるからまだしばらく取らないでおきましょう。明日も明後日も出る量が少なければ取れるかも。それから、むくみの防止にもなるから右腕をよく動かした方が良いよ。」
「まだ怖くて出来ない。」と私。
「パカッと傷口が開く事はもうないから大丈夫。」

今回、ガーゼ交換に外科の医師と主治医である皮膚科の医師が一緒に来てくれたのはとても有難い事だと思った。お互い、患者のいるところで私のこれからの事などを情報交換していた。二人がいるところで私も質問できるし。他の患者さんや他の先生では、そういう様子を見た事がなかったし、大学病院ではこう言うことってなかなか在り得ないと思っていたから余計そう思ったのかもしれない。
p.m2:30  1階に下り、携帯で自分のHPの掲示板のチェックを術後初めてした。夫が手術報告してくれたのが入っているのを観て何故か感激。皆の励ましメール、すっごくすっごく嬉しかった。元気が沸いてきた。
p.m2:40  看護婦さんに背中を拭いてもらう。なるべく腕を動かした方が廃液が出るらしい。引圧をかけるため、廃液を捨ててくれた。結構まだ出る。ついでに看護婦さんが「これまだ1度も替えてないよね。」と言って、洗濯してあるドレーンの袋と取り替えてくれた。仕事とは言え、痒い所に手が届くと言う感じで患者としてはほんとに有難い。
p.m4:30  運動がてら、1階までゆっくり階段を下りて行き、夫に、あまりに凄い雪だから今日は病院へ来なくて良いとメールを入れた。
ほとんど動かないせいか、ガスが溜まってお腹がパンパン。
p.m5:00  トローチが処方される。なめてみてびっくり。意外と効くみたい。昔のと違って今はよく効くのかな?
p.m5:30  トイレから戻ると夫が病室にいるのでびっくり。「今日は無理して来なくて良いって言ったのに?」
「大雪だから電車が不通になる前に帰らしてもらえたから。」との事。嬉しいけど・・。
p.m6:00  夫と談話室で食事
p.m7:00  夫お帰り  術後、初めて夫を病院の玄関までお見送り
今日は1日中ボルタレンを飲まないでいたが、多少痛いので夜だけ飲んだ。夜中に痛みが出るのは辛いから。後、忘れずバナンも飲んだ。
p.m8:00  熱36.8  トローチをなめる。
夜中に咳が出そうで出なくて息苦しいため、トローチをなめる。しばらくしたら楽になった。
8日

 (土)
a.m6:30  熱35.8  昨日と打って変わって良い天気。雪景色がとっても綺麗。
a.m7:10  ドレーンの廃液を捨ててもらう。夜中にトローチを飲んだせいで、舌が真っ青。
a.m10:00  M主治医が来てくれる。「ドレーン、2週間近く入れておくかも。2週間以上入れておくと感染しやすくなるからそれ以上入れておくことはない。早くて来週抜けるかな。喉の痛みは手術の時の影響があるかも。10日間は痛みが続くかも。病室が乾燥しているからそれが治りを遅らす原因になっている。水分を良く摂るだけでも違うよ。まだ郭清の結果は出ていないが6対4の確率で白(転移していない)だと思う。」
手のむくみがほとんど出ていないのにM主治医は驚いていた。
a.m10:30  運動  1階まで階段を下り、表玄関までゆっくり歩く。帰りはエレベーターで。結構疲れた。
a.m11:40  血圧122/65  運動をしてきたせいか少し高め、脈も少し速い。
a.m11:05  夫が来てくれる。今日は1日いてもらえて嬉しい。
p.m12:00  昼食  疲れすぎたのか、あまり食欲がなく7分目まで何とか食べた。
p.m1:50  洗髪をしてもらう。
p.m3:00  下半身シャワー
p.m3:30  久々に売店へ  疲れた。
売店から帰ってから何となくクラクラする。こめかみが痛い。夕食まで横になっていた。
p.m4:30 熱35.8
p.m5:30  血圧135/95
p.m6:00  身体がとてもだるいので今夜は病室で夫と一緒に食事した。
食後、ボルタレン、胃薬、バナンを飲む。
p.m6:40  夫も疲れているようなので早めに帰ってもらった。まだ倦怠感があったので、今日は病棟の自動ドアのところで別れた。
その後、病室の方達と8時頃までそれぞれの病気の事を話した。少し、寒いなって思った時はタオルケットを肩からかけたりしながら、笑ったりおしゃべりしたり・・。そのうち体が楽になってきた。
p.m9:00  喉が嫌な感じなのでトローチをなめる。疲れていたので9時前には寝るつもりだったが、しばらく皆とおしゃべりをしていたら興奮してしまったらしく寝られなくなり、30分ほど本を読んでから寝た。
9日

 (日)
a.m6:10  ドレーンの廃液50ccくらい。だいぶ減ってきたが、ドレーンを外してもらえるのは40cc以下。ふらつき感はなくなったが、多少のだるさはまだある。頭も重く、痛い。
a.m7:00  気分は悪くなかったので運動に出掛けた。
a.m7:30  病室へ戻る。ドッと疲れが出たので、15分程横になる。
a.m9:00  熱36.4  少し頭痛  
右胸の上辺り、二の腕の内側が痛む。
二の腕にしびれあり。
右腕の体操をしてみた。ゆっくり前にやったり後ろへやったり、伸ばしたり上げたり下りしたり・・・。
a.m9:45  外科の医師消毒に来てくれる。トイレに行っいて待たせてしまった。
「背中に貼ってある、患部をガーゼで止めてあるテープが、ドレーンを入れている袋の肩紐とすれて痒い。」と言うと「スポーツブラでガーゼを押さえるようにすればテープが短めで済むし、貼る数も減らせるし直接テープと肩紐が重ならないから痒みが軽減されるかも。」と先生。
手術してからはまだ右腕も上がらないし、腋の下に傷があることからブラはまだつけられる状態ではなかった。看護婦さんも処置に立合ってくれていたので、早速手伝ってもらってブラをつけてみた。だいぶ楽、痒みも出なさそう。ブラの影響で傷も痛くないし。
ドレーンはまだ少し廃液が出るからもう2、3日は外さない方が良さそうと言われる。ガックリ・・。
右胸の上辺りと二の腕の内側が時々ビリビリ痛む事を話した。「痺れと同じで多分、一生なくならないと思う。」と言われる。またまたガックリ・・・。
ブラをしたら少し胸が持ち上げられた関係で胸の痛みが随分和らいだ。ついでにドレーンが固定されたので動き安くなり良い感じ。
しかし、術後ブラを全くしていなかったので、苦しく感じる。ハハ・・ ^_^;
a.m10:00  夫が来てくれる。
a.m10:30  血圧112/76  「身体がだるいのはまだ全身麻酔の影響が残っているのか、寝ている生活に体が慣れてしまったか・・。えらくても、少しずつ体を動かすようにした方が良いかな。」と看護婦さん。
a.m10:50  早速運動がてら1階まで夫と病院の駐車券を買いに行った。
a.m11:00  二の腕が張ってきて手に痺れ(足の痺れがおさまりかけた時のような感覚)が出てきた。少し、上下したりして動かしてみる。今日はいつになく右腋周辺が痛む。
p.m2:20  看護婦さんが様子を診に来てくれる。「痛みが出てきたのはリハビリを始めたからかもね。」と看護婦さん。
p.m2:40  義姉夫婦がお見舞いに来てくれた。4人で10Fのレストランへ。私はアイスクリーム、他の3人はケーキと飲み物。ここのアイスクリームは美味しいと評判だったので1度、食べてみたかった。評判通り、とっても美味しかった。4時頃までいてくれて帰っていった。疲れたけれど、とっても楽しい一時だった。
p.m4:30  熱36・0
p.m5:30  血圧128/75
p.m5:45  たまには・・・と言う事で夕飯を断り、二人で10Fのレストランで食事をした。夫はビーフシチュー、私はたらこスパとコーンスープ。少し食べ過ぎ。食後、ボルタレン、バナン、胃薬を飲む。夜景がとても綺麗だった。
p.m9:00  「GOOD LUCK!!」を観た。何となくいかりや長介が父に似ている感じ・・・。急に父の事が思い出されたり、夫に会いたくなって涙が出た。
今夜はトローチを飲まないで済みそうだ。
なかなか寝付けない夜だった。
10日

 (月)
a.m6:10  熱36.0
a.m6:50  廃液50cc、まだドレーンは外せそうにない。
a.m7:00  運動へ
a.m7:30  コーヒーを飲みながら「満天」を観る。
a.m8:00  食後、バナンを飲む。バナンを飲むのはこれが最後。飲み薬が1つ減るだけで随分気分的に楽な感じ。
昨日辺りから右腕がいつも痛い状態。特に二の腕の内側。
a.m9:45  M主治医、H主治医が来てくれる。「右腕の傷以外の場所で痛みがコンスタントにある。」と話すと「痛いと言う感覚は1ヶ月以上続くが、そのうちその痛みに慣れてくる。それまでの辛抱。」との事。
a.m10:00  外科の医師、M主治医、H主治医がガーゼ交換に来てくれる。外科の医師に「どうですか?」と聞かれたので「痛くて痛くて嫌になってしまった。ドレーンも抜けないし・・。」と私。
「ドレーンを抜く基準は40ccだが、ひまわりさんの場合は普通の人の40ccが今続いている量の50ccに当たるのかも・・。明日には抜きましょう。多分、ドレーンを抜くと、廃液が腋の辺りに溜まってくると思うが、2日位注射で抜けばその後は出なくなるでしょう。」と外科の医師。
私はドレーンが抜けると聞いて嬉しくて嬉しくて「やった〜!」と喜んでいるとM主治医に一言「その後は次の治療の事を考えなくちゃね。」
あ〜そだった、あまりの嬉しさにすっかり忘れていた。でも、もう少しこの喜びに浸っていたかったな〜。
a.m11:30  洗髪をしてもらう。
私がこれからやるであろうインターフェロンを同室の方が、私より一足先に治療が始まった。この治療は体験された方からいろんな話を聞いたけれど、かなり痛いらしい。場所にもよるが、足の裏や指先などにこの注射をする人は大声を上げないといられないくらい痛いのだそうだ。泣く方もいるらしい。過去にあまりにも大きな声で痛がる方がいて(叫ぶのだそう)、病棟中にその声が響き渡るものだから、その方がこれをする時は病室ではなく、ナースステーションまで行ってやったそうだ。そんな話を聞いていたものだから、その方が注射をする時は手に汗して、カーテン越しに注射をされている彼女を想像していた。まるで自分がやられている気分。注射が終った後は私も「ホッ」としてしまった。後で「痛くなかった?」と訪ねると「痛いと話で聞いていたせいか、思っていたほどじゃなかったよ。でも、センチネルの注射よりはかなり痛かったかな。」との事。「え〜!センチネルのより痛いの〜〜!!」
あれより痛いなんて、私に耐えられるだろうか?
p.m1:30  運動
p.m1:45  シャワー
p.m4:00  運動  今日は階段を3往復しているが、昨日までと違い、あまり体がだるくない。体が元に戻ってきたのかな?
p.m4:30  熱35.9
p.m5:00  看護婦さんが引圧をかけ直しに来てくれた。
p.m6:00  夫が来てくれる。
p.m7:00  夫、お帰り
p.m8:00  母から手紙が届いていた。テレホンカードが4枚同封されていた。感謝。
11日

 (火)
a.m6:10  熱35.8
a.m7:00  運動  今朝は階段の往復だけでなく、病院の正面玄関までゆっくり、トボトボ歩いてみた。結構散歩している患者さんがいた。
昨夜はボルタレンを飲まなかったが、昨日以上の痛みは出なかった。
廃液56cc、50cc以上は相変わらず。
a.m9:30  熱36・5
a.m10:00  外科の医師、ガーゼ交換に来てくれる。今日こそはドレーンが抜けるかもと喜んでいたけれど、昨日より廃液の量が多いためもう少し入れておく事になった。残念・・・。50ccあっても、せめて昨日より減傾向にあったら抜く予定だったらしい。
長い人では3週間くらい入れている。だから1週間くらい入れていても決して長くはない。しかし、早い人では3日で抜けるとの事。
早くドレーンが抜けて自分で洗髪がしたい。
a.m10:20  血圧98/70
a.m10:30  運動  ついでに売店へ行って本を立ち読みして帰ってきた。
a.m11:00  請求書が来た。金額の多さにショック!!
p.m1:00  M主治医が来てくれる。「管が抜ければ今週の金曜日に帰れるよ。慌てて抜いても腋に水が溜まり過ぎてしまって傷口が開く事があるから廃液が増えてるうちは無理して抜かない方が良いいんだよ。」
納得!
p.m2:30  シャワー
p.m3:00  廃液を捨ててもらう。まだ半日しか経っていないのに既に25cc。
入浴した時、タオルで背中をゴシゴシ擦ってしまったせいで、傷のテープが剥がれてしまった。看護婦さんに貼り直してもらう。
運動しようか・・と思ったが、少し疲れたのでやめた。
p.m3:30  薬剤師の方が5人の学生さんを連れて、私が現在飲んでいる薬の事でお話しに来た。今、飲んでいる薬の確認と薬について心配な事などを訪ねられた。
p.m4:30  熱36.2
p.m6:00  夫が来てくれた。
p.m7:00 夫、お帰り
病院の中だけしかいないので外の事は全く判らないのだが、朝、相当冷え込んだらしい。天気は良いものの、日中もあまり気温が上がらなかったらしい。病室は、まるでハワイのような暖かさだからな〜。
12日

 (水)
入院して丁度1ヶ月。
a.m6:30  熱36.0  廃液49cc  今日はドレーンが抜けると良いな。
a.m9:20  熱36.5  たいていコーヒーを飲むのだが、たまには違うものを・・・と持ってきていたアップルティーを入れる事にした。香りはとっても良い。しかし味はいまいちだった。
時々手の甲が痺れた感じがあったが、今日は初めて二の腕の内側にも痺れを感じた。(今までは感覚がないだけだった)
a.m9:45  M主治医、H主治医が来てくれる。私の肩の傷の様子を診て「この傷、もしかしたらお腹の傷と同じようにケロイドが出来るかも。今のうちに飲み薬(リザベン)で治療しておけばケロイドになる可能性は少ない。でも、この薬は結構副作用があって腎臓に負担がかかるから膀胱炎になったりお腹の調子が悪くなったりする事がある。飲み始めるなら次の治療が始まる前の今しかない。次の治療が始まってからでは出てきた副作用がどの薬が原因かが判らないから。飲んでみる?」とM主治医。
「試しに飲んでみます。副作用が出てきたら止めます。」と私。ケロイドが出てから飲んでも効果がないらしい。
「郭清の結果は?」
「まだ出ていないようだ。時間がかかっていると言う事はそんなに大きな腫瘍が見つかっていないと言う事だから少し安心しているところだ。」と主治医。
「今日になって二の腕の痺れを感じるようになった。」と私。
「感覚が判るようになってきただけ、傷が良くなってきた証。」と言われた。
「ドレーンを抜くのはもう1日様子を診てからにしよう。」
その後も、主治医にこれからの事、病気の進行度など聞いてみた。結果が出るまではその後の事など判らないと言う事は判っているのだが、どうにもこうにも、この中途半端な時期が耐えられない。「判らないことだらけ。」と主治医に愚痴ってしまう。
a.m10:20  血圧107/72
p.m12:00  お昼は天ぷら蕎麦。隣のベットのBさんはここの蕎麦がとても不味い事を知っているため(私より入院が長いので)午前中のうちに売店へお昼を買いに行った。「まずいよ。」とは朝のうちからBさんに聞いてはいたが、好奇心旺盛の私はそんなに不味いのか、どんな感じに不味いのか、実際自分の舌で確かめたかったので、あえて食べる事にした。しかし、ほんとに不味かった。風味はなく短く切れた麺はとても蕎麦とは思えない。3分の1程残してしまった。こんなに不味い蕎麦があるんだと感心。
p.m2:40  洗髪をしてもらう。今日は私の担当看護婦のHさん。いろいろ話をしていたら私が7年前に住んでいた直ぐ側にHさんの実家がある事が判明。そのご近所の話に花が咲いた。
p.m3:00  ケロイドを抑えるリザベンが処方される。
p.m3:30  教授回診
p.m4:30  熱36.1
p.m5:00  あまり動かないせいで1日2、3回便が出るものの、スッキリと出ない。午前中、少しでも運動をしてこようと張り切っていたのだが、外科の医師がいつ処置に来てくれるか判らなかったので(いつもたいてい午前中に来てくれていたから)どこへも行かなかった。結局午前中には来なかった。こんな時間になってもこないなら今日は来てくれないのかも・・・と思い、シャワーへ行った。
p.m5:30  シャワーから戻ると看護婦さんが来て「手術が延びているようでまだ来れそうもないらしいよ。来られなかったら皮膚科の先生にお願いするね。」と言ってくれた。
p.m5:50  外科の医師が来てくれる。噂をすれば・・・である。思ったより早く来て貰えた。
やはり、まだドレーンは抜けない。が、金曜日には抜こう。だから外泊はOKだよ。それから、明日も手術で遅くなりそうだから、皮膚科の先生に消毒してもらうようにお願いしておくから。」との事。
今日、唇、まぶた、耳の3箇所を蚊に刺される。それも私だけ・・。そんなに美味しいのか・・・。一体何処で刺されたんだろう??
p.m6:30  病室の窓からは松本駅周辺、松本城周辺が一望。朝の景色もアルプスが観えて素晴らしいが夜景もネオンがキラキラしてサイコー!!その綺麗な夜景を眺めながら「あ〜、早くあっちの世界へ戻りたい。」とつぶやいたら、病室の皆とたまたま診察に来ていた先生に大笑いされた。私もつい一緒にあはははは・・・。
でも、本当に早く退院したい!!!
p.m7:30  運動  今日は夫が用事があって来られないので1階へ下りたついでにメールを入れる。 その後、母へ手紙とテレホンカードを送ってくれた御礼のTELを入れた。8時頃まで話していた。さすがに疲れた。
p.m9:10  とっても疲れたので寝てしまった。 
13日

 (木)
a.m6:30  熱36.6
a.m7:00  廃液43cc、だいぶ少なくなってきた。
昨夜から頭痛、今朝は体もだるい。
a.m9:40  熱36.7  血圧108/59 頭が重く、ボ〜としている。
H主治医が来てくれる。頭痛があんまり酷いようならボルタレンと胃薬を飲むように言われる。
10時半頃まで寝る。
p.m1:30  運動  今日は良い天気。外へ出たら気持ちが良かった。外の空気を吸いながら妹へ携帯でTEL.。
p.m2:30  3時半頃までお昼ね。今日はよく眠れる。
p.m5:45  夫は今日、車で行ったそうでもう来てくれた。昨日、1日会っていなかったので話す事がいっぱい。
p.m7:00  夫、お帰り。
同部屋で私と同じ病気の方がもうじき退院されると言う事もあって就寝時間まで皆でおしゃべり。
14日

 (金)
手術から1ヶ月が経ったんだ・・、とつくずく思った。
a.m6:30  熱36.1  廃液36cc  随分減って嬉しい。
a.m7:00  運動  ついでにメールチェック。夫からホワイトディーeカードが届いていた。感激!!凄く嬉しかった。
a.m10:20  外科の医師、M主治医がガーゼ交換に来てくれる。やっとドレーンが抜けた。あ〜スッキリ!!これで、ドレーンを抜いた所に防水シートをすれば全身シャワーOK♪
「これで今日から外泊だ〜。」と喜んでいたら・・・。
「ドレーンを抜いたばかりでガーゼに廃液が染み出てくるため、明日、ガーゼ交換が必要。外泊は土曜日からね。」がっくり・・。でも、ドレーンが抜けたからよしとしよう。
解けてしまう糸を使ったので抜糸はなし。解けてしまう糸とそうでないものの違いを外科の医師に聞いてみた。解ける糸で縫った方がより綺麗に仕上がるらしい。
リザベンはいつまで飲むのかM主治医に聞いてみた。副作用がでなければ半年は続けて飲んだ方が良い、人によって2〜3年続けて飲む場合もあるとの事。
今後の治療はいつから始める予定か聞いてみた。
「まだ結果が出ていないのではっきりした事は判らないが、来週中には始めたい。結果が出た時点で抗がん剤のクール数の検討をする。しかし、どんな結果が出ようとも化学療法とインターフェロンはやる。抗がん剤は1日2時間程度の点滴を5日間。」とM主治医。
「ダカルバジン(抗がん剤)の副作用の吐き気がどの程度出るか不安だ。」と聞いてみた。悪性リンパ腫の時は特に初回はかなりきつく出たから。
「当時に比べ吐き気止めの薬の効果がぐっと上がっているから、食欲がなくなっても、吐き気を訴える人はほとんどいない。あの頃の吐き気止めは今のと比べるとほとんど用をなしてないと言っても良いくらいだ。」とM主治医。少し安心。
p.m2:00  ガーゼのところに防水シートを貼ってもらって手術後初めて体全体を洗った。とっても気持ちよかった。でも、久々だったせいか疲れた。
看護婦さんから聞いたのだが、ドレーンの傷は5mm程度らしい。
p.m3:00  疲れたのでお昼寝
p.m3:50  目が覚めたら夫が来てくれていた。
p.m4:30  熱36.5
p.m6:00  病室で夫も一緒に夕食。今夜は私の嫌いなカリフラワーの梅肉和え(梅がダメ)が出てそれが食べられなかった事もあり、少々満腹感に欠ける。二人で1階の自販機のあるところまで行ってアイスクリームを買って食べた。その後、夫が帰っていった。
p.m7:30  看護婦さんがテープかぶれしたところに痒み止めの薬を塗ってくれた。それからテープでベタベタになってしまっているところも綺麗に取ってくれた。
15日

 (土)
a.m6:10  熱36.1
a.m6:30  昨夜、痒み止めを塗ってもらったところが全く痒くなくなっている。あんなに痒かったのに。こんなに直ぐ痒みがひくなんて初めて。看護婦さんに「痒みがすっかり治まったのは気のせいかな?こんなによく効く何てことないですよね?」と聞いてみた。「やっぱり皮膚科と言うだけあって痒み止めの塗り薬だけでも何種類もあるんですよ。その中で今回ひまわりさんに塗ったのは即効性があって、結構効くと評判のだよ。」と言いながら、今朝もその薬を塗ってもらった。うっかり薬の名前を聞き忘れてしまった。
ドレーンを抜いたところに当ててあったガーゼが昨夜までは汚れていなかったが、今朝になって真っ黄色に染みていて、ブラにも少し染みがついてしまっていた。
ガーゼ交換をしてもらう。
a.m7:00  運動  病院の正面玄関まで歩いたが、いつもなら少なくても7、8人の患者さんとすれ違うのだが、今日は2人しか合わなかった。休日だから外泊する人が多いのかなぁ?
a.m9:05  熱36.6
a.m9:50  M主治医、ガーゼ交換に来てくれる。「ドレーンの傷、多分まだ完全にはふさがらないかも。入浴しないでいられるなら外泊OKだよ。」
自宅でガーゼ交換が出来るようにガーゼをもらう。
「来週から治療をと思ったが、祝日があって、この日は看護婦など手薄になるから、初めての治療だし、万全の体制でやりたいから、治療は多分24日からになると思う。」とM主治医。
a.m10:30  夫が迎えに来てくれたので帰った。
帰宅すると、クンシランやシンビジュームの蕾がだいぶ大きくなっていた。開花するのを見れますように・・・。
16日

 (日)
午後、2件ほど不動産屋巡り。なかなか良い物件に当たらない。少し無理しすぎ、疲れた。
夜、病院へ戻る前に夕食を病院近くのよく行くパスタ屋の『ストリーム』さんで食べた。ママさんといろんな事をおしゃべりしているうちについ、今外泊中と言ってしまった。いっぱい励ましのお言葉をを頂いた上にアイスクリームをサービスして下さった。ママさんの明るさに随分元気付けられた。
p.m6:30  病院へ戻る。
17日

 (月)
a.m6:20  熱36.3
a.m7:00  運動
a.m9:00  熱36.3
a.m9:30  H主治医、採血。3回失敗され結局「ボス(M主治医)を連れてくる。」と言って病室を後に。(おいおい、勘弁してよ〜〜。)
a.m10:00  血圧118/86
M主治医、H主治医が来る。まずガーゼ交換。「シャワーを浴びる時はガーゼを取って、そこもよく洗い、浴び終わったらまた看護婦さんにガーゼを貼ってもらうように。」とM主治医。
そして、再び採血。やはりなかなか良い血管がなくて、足にも針を刺してみたけれどダメ。「悪性リンパ腫の時の抗がん剤投与でかなり血管が出にくくなっている。今回、抗がん剤の投与の時、やる前から神経衰弱しそうだ。抗がん剤をやらないって言う手もあるが・・・。まだ、結果は出ていないが、リンパ節転移が認められなければ進行度は“V期”ではなく“U期C”と言う事になる。でも、治療自体はV期とあまり変わらないし、生存率も5年生存率6割、10年生存率5割に違いはない。だからやっぱり抗がん剤はやれたらやりたいな〜。やれたとしても以前使用しているから1、2クール(標準は5クール)かな?」
結局、5回目にして採血成功。終った後はぐったりヘロヘロ状態。看護婦さんが心配して来てくれた。
生存率を改めて聞かされかなりショック!!でも、頑張らないと。
ダカルバジンは血管痛が辛いらしい。そう言えば悪性リンパ腫の治療の時、かなり痛かったっけ。今回、この治療をすると今まで以上に血管が細くなるらしい。
a.m11:00  20分ほどお散歩に。増築されてまだ間もない方の病棟の1、2階をあちこち見学しながら歩いた。
p.m12:45  新しい方が病室に入ってきた。何と10代!! 今まで、何度か入院したが、今回ほど若い方ばかりと同じ病室になった事はない。4人部屋で10代が一人、20代が一人、70代が一人、そして私30代が一人・・・。若い人が多くて何だか嬉しい。(オバサンって事かな?)
p.m1:30  1時間程お昼寝
p.m3:10  シャワー  少し肌寒かったので、湯船にお湯を張って足湯にしながらシャワーを浴びた。
ドレーンの傷のところは消毒するより石鹸で綺麗に洗い流した方がずっと消毒になるとM主治医から言われていたので、恐々そっと洗った。少ししみる感じ。5mmとは言え、結構グロテスクな傷。シャワーから出たら脱衣所の呼び鈴で看護婦さんに来てもらい、ガーゼをしてもらった。
足湯にしたせいか汗がよく出る。久々のシャワー、とっても気持ちよかった。
p.m4:30  熱36.0
右の二の腕が痒いためかくのだが、感覚がなくかいた気がしない。右の腋や胸が張ったり腫れたりしている。
p.m5:00  運動  術後初めて階段を上ってみた。ゆっくり、ゆっくり、すっごくゆっくり上ったせいか休まず皮膚科のある6階まで休まず上がってこれた。付いたら薄っすら汗が・・・。
p.m6:00  夫と談話室で食事中、M主治医が来てくれた。「これから病理の結果を聞きに行ってくれるので。もし結果が出ていたらこれからの治療などの話が今日出来ると思います。」
「お願いします。」と私達。
連絡があるのをドキドキしながら待った。
しばらくしてH主治医が来てくれ「残念ながらまだ出ていませんでした。」との事。
「どちらに転んでもなるようにしかならないんだから、気持ちだけは前向きにね。」と少々落ち込み気味の私を夫が励ましてくれた。
p.m7:10  夫が帰り、病室へ戻ってからつい、お隣のベットのBさんにぐちってしまった。話を「うん」「うん」と聞いてくれ「大丈夫!!」と言ってくれた。有難い、この一言で救われた気持ちになった。
18日

 (火)
a.m6:30  熱36.4
a.m7:00  運動
a.m9:10  熱36.0  血圧101/72
a.m11:00  運動  天気は曇りだったが陽気は温かく、上着がいらないくらいだった。
p.m1:30  M主治医が来る。「病理の結果は木曜日になりそうだ。
ダカルバジンでの副作用でATLの発病を心配していたが、ほとんどそのような事はないようだ。しかし、2次ガンである、慢性骨髄性白血病や、ホジキン以外のリンパ腫になる可能性はある。現に1〜2クールやっている最中に発病した例もある。でも、早く発見できれば命にかかわる事は無いと思うが・・。」
私の手や腕の血管を探しながら「ん〜、なかなか難しいそうだな〜。」とM主治医。
採血の時はともかく、抗がん剤の時くらい、なるべく失敗なく針を刺してもらいたかったので「針を刺すのは毎回M主治医でお願いします。」と無理とは判りつつ言ってみた。
「居ない日もあるからな〜。」とM主治医。
そうなんですよね。やっぱりね〜。大学病院はこれがあるからな〜・・・。
「手や腕からがダメなら首のところからやるんですか?」
「首からしか取れないようなら抗がん剤はやらない方が良い。ばい菌が入りやすいし、もれた時心臓に近い所だからそこへ回ったらそれこそ恐ろしいし、首に針を入れると言う事は治療中の5日間ずっと入れっぱなしだから首輪をつけられている感じで精神的にも良くないし・・。」
私は抗がん剤をしなかった場合の再発率、生存率などいろいろなケースを聞いてみた。
「メラノーマでここの病院へ来る人は年間15人程度。全国的にはメラノーマと区別できず、そのままになっている場合もあるのではっきりした数字は出ていない。だから比較してこうだと言う事は言えない。唯、治療後3年間が1番再発しやすいようだ。」
p.m2:30  シャワー  シャワーを浴びた時、鏡に映る自分の姿を見て、少し太ったかな?と思った。動かないわりに食べてるからね〜。シャワー後、右腕がカサカサして痒いので、しっかりクリームを塗った。
p.m3:50  運動
p.m4:30  疲れたので横になったら1時間も寝込んでしまった。
p.m5:30  熱35.5
p.m5:50  Bさんと、今後の治療の事を何となく話したり、Bさん自身の病気の経過やそれに対する考えを聞いたりしているうちに、今後の治療で迷う部分があって、もやもやしていたのだが、吹っ切れた感じ。
19日

 (水)
a.m6:20  熱36.0
a.m7:00  運動
a.m9:15  熱36.4  血圧110/80    腋の下が少し腫れてる感じ。
a.m10:00  M主治医、H主治医、学生が来る。
つけっぱなしになっていて汚れてきたので、リストバンドを新しいものに替えてもらった。この間の採血の結果、白血球5000以上との事。
「えっ!?こんなにあるのはリンパ腫の治療後初めてだけど?」と私。「手術の影響で、この傷を早く治そうと沢山白血球が作り出されているせいかも。」とM主治医。
「24日の午前10時には抗がん剤治療を開始したい。でも、ひまわりさんの場合は針を入れるまでに時間がかかるから予定より遅れるかも。」
右胸と腋の下の腫れの事を伝えると「普通の場合、リンパの流れから考えても二の腕の方が腫れるんだけどな?変わってるね〜。(苦笑)」
(どうせ変わり者です!)
よく腕を動かせば多少は腫れが引くらしい。
a.m10:15  15分程、談話室で外を眺めながら右腕のリハビリをした。腕が1番腕まで上がるまではしばらくかかりそう。外は天気が良いし、気持ちよさそう。リハビリを簡単に済ませ、外の空気を吸いに行った。
p.m12:40  母と妹が来てくれた。テレホンカードや手作りゼリーを持ってきてくれたので、談話室で缶ジュースを飲みながらおしゃべり。
p.m3:30  二人、帰っていった。
p.m4:00  シャワー
p.m5:30  Bさんと1時間程おしゃべり
p.m5:30  熱36.4
p.m5:45  今日は早めに夫が来てくれた。チョコを買ってきたので、病室の方達におすそ分け。
p.m7:00  夫、お帰り
p.m8:00  9時過ぎまでおしゃべり  オバサン根性丸出しで、今時の高校生の実態をいろいろ質問。あまりにも自分の学生時代とのギャップを感じ、自分の歳を自覚させられたが、気持ちだけはえらく若返ったような気がした。今夜はいっぱい大笑いした。
しかし、布団に入ると、やはり今後の治療のこと等をあれこれ考えてしまう。
20日

 (木)
a.m熱36.4  今日は病理の結果が出る日、そう考えたらお目々パッチリ。ま〜、お隣の病室の男部屋が6時前からおしゃべりに花が咲いていてにぎやかで寝ていられないって事もあるけれど。
a.m6:50  運動
a.m9:00  熱36.4  血圧140/64   トイレから帰ってきた後、皆と大騒ぎしたり大笑いしたせいで血圧が高いのかもね。と看護婦さんから言われた。
a.m10:00  約2時間、病室の皆とおしゃべり。今日はおしゃべりばかりしていて運動へは行けなかったけれど、いっぱいおしゃべりして大笑いしたせいか運動したような気分。
p.m12:00  テレビをつけたら日本時間の午前11:35にイラク戦争が始まったとニュースで言っているのを聞き、「うそ〜〜!!」と皆でびっくり。びっくりしたところで何か変わるわけでもないし、できる事と言っても早く元気になるよう頑張る事しかないのだが・・・。
p.m1:30  1時間くらいお昼寝
p.m2:40  「小腹が空いたね。」とBさんとおしゃべりしながらおせんべいを食べる。
p.m3:50  教授回診
p.m5:00  熱35.9
p.m5:45  夫が来てくれる。
p.m7:20  8時過ぎまで今後の治療説明を主治医より別室にてあった。
リンパ節転移は認められなかった。進行度U期C
3年後の再発率35%〜40%、
半年以内に再発したら今の医学では手のほどこしようが無い。
そのため、この再発率を低下させる目的で抗がん剤(ダカルバジン、オンコビン、ニドラン)とインターフェロンβの局所注射を併用した治療(DAV−フェロン療法)を24日から行う。
有効率は30%程度
吐き気が出るので吐き気止めを併用する。
吐き気、食欲不振、肝機能障害、白血球低下、血小板低下する事があるので、それに対し、その治療薬を使用したり、入院が延びる可能性がある。
数年後、わずかだが、白血病、ホジキン以外の悪性リンパ腫を発病する可能性がある。
ひまわりさんの場合は既に悪性リンパ腫でかなりの量ダカルバジンを投与しているので、この治療の標準は5クールだが、2次ガンの再発率を抑えるため、2クールだけやる予定。
抗がん剤投与はインターフェロンと共に5日間やるのだが、初回だけ抗がん剤3剤投与し、後の4日間はダカルバジンだけ投与。
インターフェロンは3年以上はやる予定である。
抗がん剤の副作用がかなり出た場合は即中止。そこまでして投与する程の効果はないから。
結局の所、抗がん剤はしないよりした方がマシ程度。抗がん剤をやっても再発する可能性は充分ある。抗がん剤を投与するかしないかはひまわりさん自身の希望で決めようと思う。

話を聞いていて、あまりにも辛い現実に泣きたくなってきた。しかし、ここで泣いても病気が治るわけでもなし。ウソも隠しもなく全部話して欲しいと言ったのは私自身。
どちらに結果が転ぼうとも、後悔だけは絶対したくない。
「悔いを残さないためにも抗がん剤治療をお願いします。」と私。
「ではそうしよう。抗がん剤をやらなかったことで不安を感じて生活するよりやって、それでも再発した時、仕方ないと思える方が良いという考え方なら、やるべきかも。気の持ちようで結果がかなり変わってくるものだから。」とM主治医。
その後も、治療や再発の事で不安な事をあれこれ聞いた。先生たちは判りやすく、細かく丁寧に説明してくれた。
ここだけの話だが、私自身、私の主治医、特にこのグループのトップのM主治医は生理的にあまり好きな方のタイプではなかった。
今日のM主治医の考え方を聞き、(あ〜、この先生で良かった。最後までついていこう。)と思えた。
こう思えるようになるまでに、言いたい事はためらうことなく全て聞き、M主治医自身も同じような事を何度も聞く私にいろんな角度から根気良く説明をしてくれ、病気に関する事はどんなに辛い事でも全て(多分)話してくれたと言う過程があったからだと思う。
今後の治療方針も決まり、信頼出来る主治医で良かったと思えた事からほっとして体の力が抜けていく感じだった。
最後に「ひまわりさんの場合は既に確保できる血管が少ないから、緊急を要した時、血管が確保できないばかりに命を落とすはめになる事も充分あるから、少しでも血管をダメにしないために普通の人は普通の点滴針を使うが、ひまわりさんの場合は入れっぱなしにする時に使う柔らかい太めの針(管)を使い、治療の度に抜き刺しするようにするから。」とM主治医。医者として患者の事を考えれば当たり前の事なのだろうけれど、私としたは細かな所まで心配りしてもらってとっても有難いと思った。
8時過ぎ、夫は帰っていった。

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