術 後


2003年 2月
15日

 (土)
a.m3:30  抗生剤
痛みが少しあったので飲み薬をもらう。胃が荒れるといけないと思い、夜中だったがクッキーを一緒に食べた。しかし逆に胃が少しもたれる。
これらの事を日記に書いているのだが、左手で書かなければならないため、時間はかかるし汚い字になってしまうが仕方ない。
a.m6:30  熱36.7  血圧105/81
a.m7:15  点滴終了  針を抜いてもらう。
傷の消毒薬(ステリクロンW液0.05%)が処方される。
患部から水が出るため細い管が入っているがそこに当ててあるガーゼが湿ってきたら交換するように主治医から説明があった。今のところ湿ってきてないようだ。
a.m8:30  熱36.9
a.m9:00  夫へTEL  来る時、枕を持ってきてもらうように頼む。傷が背中側にあるため、仰向けで寝ると当たってしまう。そのため枕で体の向きを調節できれば・・と思った。
a.m9:50  M主治医、消毒に来てくれる。「明日、水抜きの管をはずします。管が上手く機能してないのか水が全く出ていない。だからその分患部周辺と腕にむくみが出ている。もしかしたらそのせいで傷の治りが遅れるかもしれない。でも、出血もなく綺麗についているよ。抜糸は1週間後から少しずつやっていくから。」との事。
字ぐらいは右手を使っても良いと言われる。(やれやれ)
a.m11:40  熱37.2  血圧112/62
痛み止めの飲み薬をもらう。
今日は天気が良いせいか、かなり病室が暑い。ちょっとだけ窓を開けた。
a.m11:40  夫が来てくれる。
p.m12:00  今日はあまり動かなかったのでお腹がすかない。3分の1程おかずを残してしまった。
p.m1:00  運動がてら二人で売店へ
p.m1:45  看護婦さんが来てくれる。手のむくみの事を聞いてみた。「手の色が変わってきたりなかなか取れないようだったら、暖めたり動かすと良いかも。」と言われた。
p.m2:20  清拭
p.m3:30  胃薬(マーズレン(S))を処方してもらう。
p.m4:30  熱36.9
p.m5:20  看護婦さんが来たので、明日洗髪してもらうようお願いした。
p.m7:00  夫、お帰り
傷が時々痛むが、痛み止めの影響で胃の調子が悪いので、薬を飲むのを少し我慢する事に。
p.m8:10  ガスター20、抗生剤(バナン)、痛み止め(ボルタレン)と一緒に飲む胃薬(セルベックス)が処方される。
痛み止め、早速飲む。
16日

 (日)
a.m6:25  熱37.2  血圧119/82
ブラインドを上げ、外を眺めたらゴンゴンと凄い勢いで雪が降っていてびっくり。
昨夜飲んだ胃薬を効いたのか随分楽になった。
a.m8:30  熱37.1
a.m9:50  M主治医、消毒と管を抜いてくれた。「明日から2日間ほど消毒しないから。」
「どうしてですか?」
「管が入っているうちは菌がつきやすいため毎日消毒した方が良いが、管を抜いてからはなるべく空気に触れない方が菌がつきにくいし、空気に触れて乾燥させない方が傷の治りも早いから。それと三角巾はもう少ししていた方が良い。ついうっかり腕を大きく前に出し、傷が開いたら大変だから。
微熱があるようだけど、風邪のせいか、痛み止めの副作用のせいなのか判らないので、少し様子をみてみよう。痛みを我慢できるようなら胃が少し荒れていることだし、少し様子をみて、とても我慢できそうもないと思ったら飲むように。
手のむくみは気持ーち取れた感じ。でも、腕の腫れはまだあるね。」

洗髪してもらうつもりだったが、少し風邪っぽいような気がしたので止めることにした。
p.m12:00  私の前のベットに新しい方が入院された。4人部屋にずっと二人きりだったので、仲間が増えちょっぴり嬉しかった。
p.m1:50  夫に身体を拭いてもらう。
夫に身体を拭いてもらうなんて申し訳ないような気がする。腕さえ動かせれば後は元気なんだけど・・。
身体を拭いてもらっているところへ妹夫婦が来てくれた。4人で最上階のスカイラウンジでお茶をした。病気の話と言うより、4月に行く予定の新婚旅行の話で盛り上がった。
p.m3:00  妹達、帰っていった。
夫が足を拭いてくれた。
傷がキリキリと痛む。痛み止めを飲みたいところだがこの薬、強くて必ず胃痛がするので、それも辛い。やっぱり我慢。飲むのは良く眠れるように夜だけにした。
p.m3:30  熱を測ったが、面白い事を発見。左の腋で測ると36.1だが、手術をしてまだその腫れがひかない右の腋の下で測ると37.1ある。
今までずっと右腕を動かせないせいで右の腋の下で測っていた。もしかしたら腫れてて熱をもっているため高く測れてしまっていたのかな?とりあえず、看護婦さんに報告。
p.m5:00  運動のため階段の6階から1階まで1往復。上りは辛い。休み休み、息を切らしながら上った。
下半身だけならシャワーOKのお許しが出たのでお風呂へ。
p.m6:50  夫、お帰り
p.m8:00  痛み止めと胃薬を飲む。腋の下がテープで少しかぶれたみたいで、痒痛い。
今日、入院された方、どうも私と同じ病気らしい。お年は77歳だが、60代にしか見えず、とてもお若い。久々に病気仲間といっぱいおしゃべりをした。

雪は15cm以上、積ったようだ。
17日

 (月)
a.m6:20  熱36.8  右腕のむくみがだいぶ取れ、楽になってきた。
手術後、ずっと病院のパジャマだったが、上衣は着物式のため、右手を使えないので上手く紐が結べない。脱ぐ事は出来ても自分で着れないし、もう汚れる事もないだろうと思い、自分のパジャマに着替えた。
a.m8:30  熱37.1(右)  36.8(左)  あまり変わりないな〜?
a.m9:30  血圧107/78  看護婦さんが「傷に貼ってある貼り薬、これ最新のもので、皮膚再生を促すものなんだよ。」と教えてくれる。(凄い、今そんな貼り薬があるんだ)びっくり。
a.m10:00  M主治医、H主治医が様子を診に来てくれる。
傷が開くのを防止するため必要だと判ってはいるんだけれど、この三角巾、邪魔で邪魔で仕方ない。つい、主治医が来る度に「これ、まだとっちゃ〜駄目ですか?」と聞いてしまう。「最低、今夜いっぱいはしてて欲しいな〜。」
「う〜〜〜。」
右腋の下の手前にある、手術の時につけた×印を写真撮影。
センチネル検査の結果が出たかどうか聞いたがまだ出てないとの事。この時『センチネル』を『マルチネス』と言ってしまい笑われた。(恥)
a.m10:30  シーツ交換  この時間、只廊下で待っていても退屈なので、運動がてら階段の上り下りをしに出掛けた。
a.m11:20  洗髪を看護婦さんにしてもらう。久々の洗髪。2度洗いしてくれ、とっても気持ちが良かった。 普段、病室ではなかなか出来ない、例えば看護婦さん自信のプライベートの話などが聞けたりして楽しかった。
p.m1:00  病院の玄関に出て友達二人と妹にメールを入れる。送ると直ぐに一人の友達からTELが入る。「どんな具合?」
友達とはほんとに有難い。元気をいっぱいもらった。
p.m4:00  下半身シャワー
p.m4:30  熱37.0
p.m4:45  同病と言う事もありすっかり仲良くさせてもらったTさんがお隣の病室へ移動。何でも看護婦さんだか先生方のチームの関係らしい。また4人部屋に二人きり。寂しい・・・。しかし、病院側の都合でその度に病室をあちこち替えられてはたまったものではない。
p.m6:10  夫がお弁当を買って来てくれたので、一緒に夕食を摂った。

今日は心なしか看護婦さん達がいつもより優しく感じた。(もしかして私、末期??)と思ってしまったら、夜なかなか寝付けなかった。
18日

 (火)
a.m6:30  熱36.7
a.m7:00  看護婦さんから「右手のむくみ、ほとんど取れたね。」と言われる。
曇りのせいか、体がだるく眠たい感じ。
a.m8:30  熱37.2  血圧101/77
a.m11:00  この時間、1度は階段の上り下りに出掛けるが、今日はそんな気分になれず、30分ほど寝てしまった。
p.m1:00  第二外科受診  やはり、右腋の下の郭清(全てのリンパ節切除)は免れず、手術は外科の先生方がやって下さると言う事で受診となった。
腋の触診などしてもらう。  
p.m3:00  シャワー(下半身のみ)
p.m5:00  熱37.2
p.m7:00  夫が来てくれ、30分後帰っていった。
19日

 (水)
a.m6:10  熱36.6  右腋の下の腫れ、随分ひいたようだ。
a.m7:40  採血 
a.m8:30  熱37.1
a.m9:00  夜中に同部屋のおばあさんが大騒ぎ。とても寝ていられなくてたまらず看護婦さんを呼んだりしてたらほとんど寝られなかった。そのために寝不足で酷い頭痛。少し寝る。
a.m9:50  M主治医、K主治医、消毒
傷は綺麗についたようだ。唯、管が入っていた所から少しだがまだ出血があるらしい。三角巾、外してOKになった。(やった〜、やっと自由の身)しかし、「三角巾が取れたからといって急に腕を動かしてはいけない。傷口が開く事はないが出血する場合がある。動かす時は少しずつ、ゆっくりね。」と言われる。
「傷の上からビニールを貼ればシャワーして良いよ。CTの結果で次回の手術の範囲が決まる。それから手術は、外科の先生との兼ね合いもあるので、多分3月に入ってからになるだろう。」との事。
「今日、採血したのは何を調べるためですか?」と私。
「微熱があるから、炎症反応を調べるため。」と主治医。
a.m10:20  血圧101/76  手術後、初シャワー  やっぱりタオルで拭くより洗った方がすっごく気持ち〜。
a.m11:00  運動のため6階から1階を1往復
p.m12:00  術後初めて右手で食事
p.m1:00〜1:30  お昼寝
p.m3:00  階段の往復
p.m3:30  母へTEL  随分心配していたようだが、声を聞いて安心したとの事。来週、妹と病院へ来てくれるらしい。今から楽しみ。
p.m4:05  熱37.1
p.m5:30  熱37.1  寝不足の影響で未だに頭痛取れず
p.m5:50  夫が来てくれる。  「ほとんど動かないで食べるものだけはしっかり食べるせいか、何だか太った気がする。」と言うと、夫も同感との事。あまり太りたくないが、痩せていくより良いか・・・。 
20日

 (木)
a.m6:30  熱36.4  
a.m9:30  熱37.0  血圧111/77  この日は酸素量も計測
H主治医「明日から日曜日まで外泊しても良いよ。」
(きゃ〜、嬉〜)
「寒いからあちこち出歩かないほうが良いかも。お酒はホドホドにね。」とご忠告を受ける。
p.m12:00  病室に新しい方が2人、入ってきた。
p.m1:00  患部にシール(カバー)を看護婦さんに貼ってもらい、シャワー。
p.m2:30  頭のCT  造影剤を点滴したら身体が一気にカーと熱くなり、びっくり。
久々のCT検査、こんなに急に身体が熱くなったっけ?
少し、頭がぼ〜とした
p.m3:30  教授回診
p.m4:00  病室の方達と一しきりおしゃべり
p.m5:00  H主治医「昨日の採血の結果、異常なかったよ。」
p.m6:00  夫と一緒に談話室で夕食。  今日は少し食べ過ぎてしまったのかお腹が苦しい。
p.m7:15  K主治医が来てくれる。しばらく会っていないと思ったら風邪で休んでいたらしい。明後日から別の病院に移動になると報告に来てくれた。
3人の主治医の中でこの先生は私の癒し担当(先生ごめん)だったので、かなりショック。
p.m8:30  ガスが溜まっているのか便秘なのか、お腹が張っている。その内、下腹部がもの凄く痛くなってきた。看護婦さんに話したら「腹部を暖めてみては・・・。」と、暖めパットを持ってきてくれた。始めは(こんなに痛いのにこんなでほんとに痛みが治まるかな?)と半信半疑で約30分程のせていた。するとその内、腸が動き出し、随分楽になってきた。(ちょっとした事でこんなに痛みが治まるなんて)とびっくり。看護婦さんが天使に見える瞬間☆★ 必要以上に感謝の言葉を並べてしまう。でも、ほんとに嬉しかった。
お陰で夜はよく眠れた。
21日

 (金)
a.m6:10  熱36.7
a.m8:30  熱36.7  血圧109/76
a.m11:45  K主治医、最後の診察に来てくれた。「切除した部分の検査結果はまだ出ていない。どちらにしても薬での治療は最低2年は続けるだろうなぁ〜、その頃にはまたこの病院へ戻ってきてると思うけど。」
「そうですか・・・。先生がいなくなるのは寂しいけれど仕方ないですね。短い間でしたが、お世話になりました。」と御礼を言った。
p.m12:00  午後、CTの為、昼食なし。
p.m2:00  なかなか検査に呼ばれない。今に呼ばれるだろうとベットにばかりいてあまり動かないでいたら、又お腹が張ってきた。少しストレッチをする。
p.m2:30  老年科(最近、加齢総合診療内科と言う名称に変わったらしい)に受診し採血してもらう。
p.m3:00  CT  やっとこ呼ばれる。お腹がすいてヘトヘト・・。今回は胸、腹部の検査
p.m4:30  外泊   もう、ウキウキ♪ 外へ出た時、何とも不思議な気分。夜は外食。自分ががん患者なんてとても考えられなかった。ワイン1杯と日本酒をおちょこ半分、恐る恐る飲んだ。
そして、夜はPC三昧。とにかく家にいる事が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
22日

 (土)
規則正しい生活に慣れてしまったのか、昨夜も早く寝たので今朝は5時半には目がさめてしまった。
朝からメール三昧
また腹痛があったので、看護婦さんに教えられた通り。オンパックでお腹を暖めたら一気にもの凄い量の便が出て痛みがなくなった。
今日はメールの他にTEL三昧
23日

 (日)
朝から病院へ帰らなければならないと思うと寂しくて寂しくて・・。
気分も落ち込み気味で病気の事も後ろ向きに考えがちだった。
病院へ帰る前にテレビで『久米宏のガン戦争』を観た。
自分よりもっと大変な治療に耐えてあきらめることなくガンに立ち向かっている人達が沢山いる事を改めて知り、(自分もこんな事でめげててどうする、しっかりしなければ)と随分勇気付けられた。
「がんばらないけどあきらめない。」
言葉でいうのは簡単だけど、実行するにはとてもパワーが必要だと思った。
この言葉が自分の心の支えになれば・・、と思う。
p.m5:15  元気出てきたところで病院へ戻った。
p.m5:30  熱36.8  血圧107/73
p.m5:45  今夜は病院のスカイレストランで夫と夕食を摂る。
p.m7:10  夫、お帰り
24日

 (月)
a.m6:10  熱36.5
a.m6:40  運動  階段の上り下り
a.m9:00  熱36.9
a.m10:00  H主治医が来る。「入院していても治療があるわけでもないし、何もやる事がない。検査の結果も出ていないし進行度も判らない。次回、手術して腋のリンパ節を採ってもそれをまた調べてみないと病気の状況が判らない。判らない事だらけ。判らないまま唯、入院生活を送っている事が患者にとってどんなにストレスになってる思いますか?」
私は術後からの溜まりに溜まったうっぷんを晴らすかのようにH主治医に訴えた。
「そうだよね。退屈だろがのんびり過ごして、抜糸も少しづつやっていくから。」と何とも寂しい返事。
結果が出るまではどうしようもない事は判っているんだけど・・・ね。
a.m11:00  H主治医がホジキン病の事を詳しく教えて欲しいと言うので談話室で話しをした。
話が1段落してから、再び、今回の病気の事をあれこれ訪ねた。
「センチネルをやった結果、どうも深い所のリンパ節に反応がある。どうせ、センチネル生検でそこだけ採るなら、深い位置だし先の事も考えて腋の下のリンパ節を全部採った方が良いんではないかと言う話が進んでいる。後、リンパ節と言うのは小豆大のものが幾つもあり、それが脂肪のようなもので囲まれたようになっている。」
「術後はやはり化学療法とインターフェロンをやる予定。抗がん剤である‘ダカルバジン’を使うのだが、ホジキン病の時にも使っているため、量をその時治療していた科である、放射線科と相談する。あまり多くは使えないと思う。」
最後に私は「これからもいろんな訳の判らない質問をしたり、わがままを言う事もあるかもしれませんが、よろしくお願いします。」と言って、H主治医と別れた。
a.m11:30  血圧119/78  看護婦さんに「そろそろ治療した右腕を前の方へ動かしても良いですか?」と聞いてみた。「あまりグルグル回さなければ、後、急に前に出さなければ大丈夫だよ。」と言われた。
p.m1:30  シャワー
p.m2:15  運動
p.m5:00  M主治医、H主治医が来てくれる。
所々抜糸。傷の上の方は、今になって水が出てきたため、その部分はまだ抜糸出来ないらしい。この部分がいつ抜糸出来て、綺麗になるかで次回の手術の予定が変わってくるとの事。
先が見えない分、不安でつい同じような質問をしてしまう。
「病気の進行度は多分V期には変わりないが、U期に近い方のV期なのかそうではないのかまでは採って調べてみないと判らない。MRIでもはっきり判らない。しかし、CTの結果では遠隔転移はなさそう。治療の選択肢としては、『腋の下の手術をしない』と言うのもある。定期的に検査はかかせないが、その合間を縫って広がってしまうケースもある。触診で発見できるのは腫瘍が2〜3cmになってから。それでは手遅れ。手術をすれば腕が今までのように動かなくなるが、それでも手術した方が良いと思う。
今の段階での治療は手術だけが確実。その後の化学療法もインターフェロンも実際やってみて必ず価値があるというものではない。やらないよりはマシ・・、くらい。
既にアメリカではいくつかの新薬(化学療法、免疫療法共に)が出てきている。まだ、実験段階だが、3年後くらいにはもしかしたらこの病院でも使えるようになっているかもしれない。だから、この3年間がすごく大事。それまで何とか再発しないように生きるには今のところ手術するしか手段はない。」
30分以上かけて、細かく説明してくれた。今までに比べれば納得出来たが、その分ショックも大きかった。自分の命について考えさせられた。
p.m6:10  夫が来てくれる。食後、今日先生方と話した事について二人で話し合った。
p.m7:15  夫、お帰り
新薬が3年後くらいには出そうだし、あきらめないで、希望を持って!!・・・、自分に言い聞かせた。
今日の話で随分落ち込んだけれど、夫と話したり病室の人達といっぱいおしゃべりしていっぱい笑ったら元気が出てきた。でも、布団に入るとやっぱり病気の事など考えてしまってなかなか寝付けなかった。
25日

 (火
a.m6:30  熱36.2  
a.m9:50  形成外科へ筋腫の傷跡のケロイドを小さくするためのステロイド注射をしてもらいに行った。
今回で2度目。これがかなり痛い。患部へ何箇所も針を刺すのだからたまったものではない。が、少しでも緩和する事が出来るのなら・・・。
しかし、今回は初めての時に比べ、ほとんど痛みがなかった。2度目と言う事でケロイドが柔らかくなってきているためらしい。痛いのを覚悟していったので、拍子抜け。でも、あまり痛くなくて良かった。
a.m10:45  最近、落ち込んだり、とっても元気だったりと精神的に少し疲れ気味。
私の担当看護婦さんのHさんがいっぱい励ましてくれた。このHさんにはつい溜まった愚痴をこぼしてしまう。Hさんも溜め込むのは良くないよと言ってくれるため、つい甘えてしまう。
3/4に決まった手術の時に必要な道具のチェックをしてくれた。こんなに早く道具のチェックをするとは思っていなかったが、もしかしたら・・・とこの間の外泊の時に用意してきて良かったと思った。
「吸飲み」がなかったのでそれだけ用意する事になった。(結局使う事はなかったが)
p.m1:00  シャワー
p.m1:30  母へTEL  1度しか使わないから買うこともないと思い、父が使っていたものを、今度来てくれる時持ってきてもらうようにお願いした。母にいっぱい励ましの言葉をもらう。  その後、妹からメールが来ていて読んだ。「なかなか会いに行けないけどみんな、応援しています。」と入っていた。何でもない時ならどうって事ないようなメッセージだが今の私はこの言葉に随分励まされた。何度も何度も読み直す。妹に感謝。

この病気が発覚してからやたらとほくろが気になり始めた。実は股のところに少し大きめのほくろがあり、気のせいか以前より大きくなったような気がして、ずっと気になっていた。でも、場所が場所だけに主治医に言いづらく、ためらっていた。病室の人達にちらっとその事を話したら「恥ずかしがってる場合じゃないよ。もし、それがガンだったら少しでも早く処置した方が良いんだから。」と言われ、「そうだよね。」なんて話しているところへM主治医がやってきた。勇気を出して聞いてきた。触診もしたが、「大丈夫。」との事。「硬いと心配だが柔らかいし。」とM主治医。(悪いものじゃないのか、やっぱ見せなきゃ良かった。・・・、でも不安が解消されて良かったかな。)
p.m4:40  夕飯まで病室の皆とおしゃべり。同室の方でここ何日か一緒に生活をしているが、どんな時でも笑顔を絶やさず、いつも前向き。泣き言は一切言わない方がいる。私より遥かに辛い生活を強いられているのに・・・。この方のお陰で随分私は勇気つけられた。これから先、見習わなければ・・・と幾度となく思った。
p.m6:10  夫と談話室で食事
p.m7:10  夫お帰り
26日

 (水)
a.m6:10  熱36.7  1日階段の上り下りを3往復ぐらいするが、そのお陰か毎日快便♪
a.m6:50  運動  今日はとっても清々しい朝、風がとっても気持ち良い。
a.m10:00  熱36.8  血圧108/68  M主治医、H主治医が来てくれる。抜糸をしてもらう。「抜糸したところにテープを貼っておくがこれは貼りっぱなしにしておくから自然に取れたら取れてしまって良いから。とにかく風邪だけは気をつけて。次回外泊した時、外へは出歩かないように。3/4に風邪などのせいで手術が出来ないとなると、外科との兼ねあいがあるから、今度はずーーと先になってしまうから。」との事。
「右手が最近、変わった皮の剥け方をするんだけど。」と診て貰った。「出来てしまったか・・・。」とM主治医。異汗性(いかんせい)湿疹というものらしい。「これは手術の影響でむくみが出たため、汗の穴が埋まってしまい、その汗を出そうとするせいでこのように所々穴が開いたような皮の剥け方をする。この位の手術でこれが出てしまうとすると、今度の手術ではもっと酷い事になるかも。乾燥させないようにいつも薄くハンドクリームを塗り、水仕事は必ず手袋をして、終ったら直ちに外すように。今度はむれるとまたそれが原因で酷くなるから。あまり酷くなると水疱が出来る場合があるのでそしたら塗り薬を処方するから。」
(聞いて良かった・・)と思った。
p.m2:30  シャワー
p.m3:00  シャワーから帰ってきたら新しい方が二人も入っていて、私は部屋を間違えたと思い、慌てて部屋を出てしまって皆に笑われた。最近、退院されたり、違う部屋へ移ったり、別の部屋から移ってきたり・・・、病室の中が落ち着かない。
また、明るい方達ばかりで、病室が賑やかになり、入院生活が楽しく送れそう。
p.m3:30  教授回診
p.m4:30  熱36.9
p.m5:30  何となく風邪っぽい気が・・・・。看護婦さんに食事前に石鹸でよく手洗いしうがいをするように言われた。
湿疹の方、少し神経質になっていたが、そんなに気にしなくて良いよとも言われた。
p.m6:00  夫が来てくれる。  今、住んでいるところへ引っ越してから、偶然かもしれないが、毎年のように悪い事が続く。思い切って引っ越してみようと言う事になり、そのことで夫と話し合った。
p.m7:10  夫お帰り
夜、時間の過ぎるのも忘れ、病室の仲間4人でおしゃべり三昧。うっかり、消灯の9時を既に回ってしまっていて看護婦さんに言われて気が付いた。良いメンバーに恵まれた。
27日

 (木)
a.m6:15  熱36.7
a.m6:30  朝から部屋の方達とおしゃべり
a.m7:00  運動
a.m8:30  熱36.7
a.m9:50  リストバンドのチェック
a.m11:30  血圧111/76  
p.m2:00  母と妹が来てくれた。病気の事、父の事、いろんな事を久し振りにいっぱいしゃべった。興奮してしゃべりすぎたのか少し疲れたが楽しい一時だった。
p.m4:50  シャワー  女性用のお風呂が夕方6時まで予約でいっぱいだったので、看護婦さんにお願いして男性用の方へ入れさせてもらった。ここのところ、女性の入院患者の方が男性に比べ多いようだ。
p.m5:30  看護婦さんに傷テープの貼ってある所が痒いと言ったら取ってくれた。
p.m5:50  夫が来てくれる。普段、電車で通勤しているのだが、今日は寝坊をしてしまったとかで車で行った為、早く病院へ来れたとの事。
p.m7:00  夫お帰り
28日

 (金)
a.m6:10  熱36.6    今日はもの凄く良い天気。北アルプスがとても綺麗に観える。
傷のテープをはがしてもらったら痒みはなくなったものの、今度は直接パジャマなどで擦れるため、傷が痛かった。
a.m6:30〜7:50  朝、採血があるので、先生がいつ来るか判らない事もあり、運動はよした。その間、部屋の皆とおしゃべり。
a.m7:50  手を温めておいたせいもあって、1発で採血してもらへ「ほっ。」
a.m8:10  看護婦さんに「右腋の下が少しピリピリ痛むんですけど。」と話すと「この間の手術で腋の下に少しかかっているからそのせいもあるかもね。」との事。
a.m9:30  熱36.6  血圧104/69
p.m1:00  シャワー  生で傷を見たのは初めて。思っていたより酷い傷でちょっとショック。
p.m3:30  術前、最後の外泊
やっぱり自宅は良い。でも、すっかり体力が落ちたらしく、身体がだるくてだるくてたまらなかった。PCを開く元気もなかった。食欲はしっかりあったのだが・・・。
3  月
1日

 (土)
あまり水仕事はしないようにと言われた事もあり、夫一人、忙しく働かせてしまった。洗濯、皿洗い・・・。
天気が悪かったせいか、身体や右腕がだるく、腋の下が時々痛かった。
2日

 (日)
p.m5:30  病院へ戻ったらすっかり病室のメンバーが替わっていてびっくり。またまた部屋を間違えたと思い、1度出てしまう。
p.m7:10  夫お帰り  今夜は別れるのが寂しかった。手術への不安もあったのかな?
3日

 (月)
a.m6:05  熱36.6   看護婦さんが今日の予定を簡単に説明してくれた。「抗生剤のテスト、麻酔科外来受診、夜には明日の手術の説明のため、外科の先生からの説明があります。」
a.m6:45  運動  先日、夫が寝坊したと言っていたので今朝は「おはようメール」を入れた。
a.m9:45  M主治医、H主治医が来てくれる。「傷の跡、もしかしたらお腹のようにケロイド状になるかも・・・。術後の抗がん剤治療の合間を縫って、ケロイドがあまり酷くならないうちに注射などをしよう。抗がん剤の投与中に吐き気などの副作用があった時、何の原因からか判らなくなるから。」
a.m11:00  血圧118/87  看護婦さんから手術のもろもろの説明があった。「麻酔科外来へ行ったら、水分はいつまで飲んで良いのか、毎朝飲んでいるチラーヂンは明日の朝飲んでも良いのか聞いてきてね。何か心配な事はない?」
「手術自体は寝ている間に終ってしまうので心配はないが、術後の痛みやテープかぶれが心配。」と私。同じ病気で既に私より一足先に郭清手術をした方が、激しい痛みに見舞われたり、テープかぶれをした事など今までなかったと言っていたのに、水泡が出来るほどに酷いかぶれを起こしているのを見てしまったからその事の方が不安だったのだ。
「同じ痛みでも人によって感じ方が違うし、もし痛みが出れば痛み止めもあるし、かぶれの心配も、痒みが出たり何か変?って思っただけでも直ぐ連絡してくれれば早めに対処できるから心配ないですよ。」と看護婦さん。
ちょっと安心。
「手術当日忘れない事」を看護婦さんと確認した。

・パジャマは前開きで袖口がなるべく広いものを着る事。
・水分をうっかり摂らない事、夜中に口が渇きそうなら、麻酔科を受診した時に聞く事。
・チラ-ヂンを明朝飲んで良いか、これも麻酔科で聞いてくる事。
・防水シート(術後、ベットのシーツが汚れないように敷く物)と吸飲みは直ぐ判る所に置いておく事。
・それ以外の手術セットとバスタオルは手術室へ持っていく。

p.m12:00  ひなまつりにちなんで、お昼はちらし寿司とひなあられが出た。
p.m2:00  麻酔科外来へ。場所が判りづらく、少し迷った。
始めに、病歴やアレルギー、手術の経験などをペーパーに記入。
その後、先生から問診、診察などがあった。

注意事項などの説明
・今夜9時以降は水分摂取は駄目。
・朝7時にチラ-ヂンを飲む事。
・普通は麻酔をかけている最中に口の中が乾く薬を入れるが、私の場合悪性リンパ腫の時にやった放射線治療の副作用で唾液の分泌が悪いので、あえてその薬は使わない。ここの病院は使うが、使わない病院もあるから心配はないとの事。
・手術後、部屋へ戻ってきてから痛みが出たら我慢せず、早めにナースコール。
細かな説明やこちらの質問に丁寧に答えて下さった。
p.m4:00  シャワー
術後、手が不自由になるので、今のうちに爪を切る。
p.m4:50  H主治医、抗生剤のテスト・・・10分後 OKだった。
「明朝9時にRI室にてセンチネルリンパ節をより判りやすくするためにそこに青い色素を注入する。」との事。
リストバンドがこの間の手術日のままになっていたので書き直してもらう。
p.m5:00  明日、手術に立ち合ってくれる麻酔科のS先生が病室を訪れてくれた。外来の時とは違う先生。「何か不安はありますか?」
「唾液を抑える薬を使わないのがやっぱり不安です。」と私。
「自覚症状では乾いている気がしていても、実際は出ている事はよくある。そう言う場合でもその薬を使わない事は良くあることだから、全く心配はないです。この注射(筋肉注射)をしなかったからと言って、術後大変な思いをすると言うよな事はないです。その代わり、ボ〜とするような注射をします。今夜9時以降、どうしても水分が欲しくなったら、湿らす程度ならOK。眠れないようであれば、既に睡剤(ハルシオン)を用意してあるからそれを飲んで下さい。」
p.m6:30  夫が来てくれたので、M主治医、H主治医、学生さん一人と共に、第二外科のK医師からの明日の手術の説明を別室で聞いた。 


〈 腋窩郭清術 〉

・診断的手術を兼ねる
・右腋の下のリンパ節を摘出
・悪性黒色腫のリンパ節転移の可能性があるため 
・全身麻酔
・右腋の下を8cm程切除し、重要な血管、神経は温存しつつリンパ節と脂肪組織を摘出
・止血を確認したらドレーン(体内に溜まった廃液を対外に出す管)を1本留置し終了・・・術後4、5日又は一週間(皮下脂肪が多い人)後、廃液の量が減ってきたら抜ける色も赤から黄色の透明に変わってくる
・順調に経過すれば手術は2時間程度で終り、翌日には食事、歩行が可能

(合併症)
・出血
・感染
・患肢のむくみ・・・術後安静が必要
・腋窩〜上腕のしびれ=感覚がない・・・術前のようには戻らない、慣れるしかないし、慣れてくる


ハルシオンは飲まないつもりだった。いつも効いた試しがないから。しかし、M主治医が「少しでもぐっすり眠れた方が良いから飲んだ方が良いと思うよ。」
「それを飲むと朝頭がボーとしてしまって・・・。」と私
「ボーとしてる方が逆に良いかもよ。」と言う事で飲む事に。

何故か全くに近いくらい緊張感がないのは多分、この手術が最終目的ではなく、唯の経過に過ぎず、これより先の治療や病気の進行度の方が気にかかっているせいかなと思った。
テレビドラマ『いつも二人で』を観た。そこでヒロイン役の松 たか子が「眩しすぎて未来が見えない」と言っていた。良い言葉だと思った。「今の自分にぴったり。」そう、言い聞かせた。その後、ハルシオンを飲んで寝た。


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