抗がん剤治療

9月
1日

(日)
a.m10:00 血圧105/68
昨夜一晩泣いたら、何だか気持ちがスッキリしている。今朝夫に、昨日酷い事を言ってしまった事を謝った。謝っても言ってしまった事は消せないんだけどね。夫は「気にしてないよ。」と言ってくれた。心の広い夫に感謝。
2日

(月)
a.m6:15 熱36.6  採血・・・白血球数3500
p.m3:00 レントゲン
p.m3:20 医院長回診・・・「少しふっくらしたね。」と言われた。元気な時ならあまり嬉しくない言葉だがこの場合は喜ぶべきなんだろう。
S先生が「白血球がもう少し増えてきたら外出の許可を出せるかも。」と言ってくれた。それを楽しみに治療頑張ろうと思った。
3日

(火)
a.m6:30 熱36.0  今日は4回目の抗がん剤投与
a.m11:25 治療の関係でいつもお昼を早目に持ってきてくれるのだが、今日は忘れられたのか何時まで待っても持ってきてくれないので、看護婦さんに連絡してようやく持ってきてもらい、少しだけ食べた。
a.m12:30 吐き気止めの点滴、氷の帽子を被る。
p.m1:00 抗がん剤投与
p.m6:00 氷の帽子を外す。夕食はほんの少しだけ食べた。前回より今のところ楽だ。
p.m8:00 吐き気止めの点滴
しばらくしてから吐いた。
a.m1:00 吐き気止めの点滴
4日

(水)
a.m6:30 熱36.1  採血・・・白血球数6000
今日は頭痛がひどい。朝食はパンを3口ぐらいと味噌汁を少しすすった。
a.m10:00 熱35.9  血圧102/74
a.m10:30 吐き気止めの点滴
お昼はうどんを少しだけ食べた。
p.m2:30 吐き気止めの点滴
p.m3:30 母がスイカを持ってきてくれたので食べた。食欲がなかったが、スイカは水分が多くさっぱりしている為かおいしく食べられた。
p.m6:00 熱36.7  吐き気もほとんどなく1日良く眠れた。
5日

(木)
a.m6:30 熱36.1
朝食はうどんを少しだけ食べた。
a.m9:30 吐き気止めの点滴
p.m3:30 母が来るまでの2時間、薬のお陰でぐっすり眠れた。梨をむいてきてくれたので食べた。さっぱりしてとても美味しかった。
p.m5:30 熱36.5  あまりにも頭痛がひどいので薬をもらった。
p.m7:20 吐き気止めの点滴
6日

(金)
a.m6:00 熱36.5  採血・・・白血球数2600
今日も頭痛が酷いので薬をもらった。S先生から頭痛は肩こりからきているのかもと言われた。看護婦さんからシップをもらい、肩にはってもらった。
抗がん剤の副作用なのか、唇がすごく荒れた。
7日

(土)
a.m7:00 熱36.5  血圧107/73  採血・・・白血球数2600
相変わらず頭痛が酷く、胸がムカムカして食欲がない。
月曜日からリハビリ室でマッサージをしてもらう事になった。これで頭痛や肩こりが改善されれば良いのだが。
運動がてら夫と病院内を散歩した。丁度病院が改築中のためあまりあちこちへは行けなかった。
8日

(日)
a.m6:50 熱36.3  血圧108/68
p.m1:00 1〜2時間の外出許可が出たので夫にドライブに連れて行ってもらった。外へ出られたのは何日振りだろう。「シャバへ出た」ってこういう気分かなな〜んて思った。
実家に少し立ち寄り、その後高原の方へドライブへ。蕎麦の花が満開だった。
久々に外出出来、興奮したせいか、夜なかなか寝付けなかった。
9日

(月)
a.m7:00 熱36.3  検尿  採血・・・白血球数2200
p.m3:30 レントゲン・・・以前より腫瘍が小さくなっていた
p.m4:30 マッサージ・・・肩に電気をかけてもらったり、肩や背中をマッサージしてもらった。疲れたけれど、とても気持ちが良かった。
p.m7:30 妹が来てくれた。妹は入院した当初から仕事の後毎日のように病室へ来てくれる。取り留めのない会話をしたり、テレビを観ながら笑ったりするだけだが、一人部屋の寂しさも紛れ、妹のお陰で随分救われた。
10日

(火)
a.m6:30 熱36.4
相変わらず頭痛がする。
入院してから1度も、ここから高速で1時間ほどの所にある自宅へ帰ってないため、S先生に「今週末自宅に帰らせて欲しい。」とお願いした。しかし、白血球が下がりつつあるし発熱の恐れもあるからダメと言われてしまった。どうも退院するまで帰れそうにない。ショック。
p.m1:30 マッサージ・・・昨日やってくれたG先生がこれから出掛けるとの事で、その前に・・・という事で、わざわざ病室まで来てくれ、マッサージだけやってくれた。会話も弾み(と言うか溜まっていたグチなど聞いてもらうほうが多かったかな)身体も心もリフレッシュ出来た。
頭痛と肩こり解消だけが目的ではなく、私の入院生活でのストレスが相当溜まっているのを解消してくれる為にS先生はマッサージへ行くように勧めてくれたのかな?
p.m4:00 電気だけかけてもらいにマッサージ室へ行った。
11日

(水)
a.m6:30 36.6  採血・・・白血球数2800、今週末外泊の許可は出たけれど、やはり自宅は帰ってはダメと言われた。
頭痛、昨日より酷い。
a.m11:30 テレビでやっているNHK体操をやってみが、結構きつかった。
p.m4:00 マッサージ
12日

(木)
a.m9:30 熱36.6
昨日ほど頭痛は酷くない。久し振りに新聞を読んだ。
a.m11:30 NHK体操をした。
Mさんへ手紙を書いた。その後、お元気かなー?
S先生が10月から大学病院へ戻る事になった。今まではS先生が中心に私を診てくれていたけれど、その後はY先生が診てくれる事になった。Y先生は、私の治療1クールが終わった頃から外国へ研修に行っていていなかったのだが、10月頃には帰国するそうだ。
毎日様子を診に来てくれていて、何でも相談出来ていた先生だったから何だか見捨てられるような気がして寂しい。
p.m2:00 マッサージ
シャワーをした直ぐ後だったので、マッサージをしてもらった後、汗でびっしょりになった。
13日

(金)
a.m6:30 熱36.9  血圧107/71  採血・・・白血球数2900
a.m10:15 看護婦さんが来た時、いろいろお願いした。
     ・実家へ連絡したい事があるんので、公衆電話を使っても良いかどうか。
             ・・・・・・・・マスクをして使えばOKとの事。
     ・次回の抗がん剤投与の予定日と生理が重なってしまうので、抗がん剤    
      後に 生理が来るように遅らす薬をだしてもらえないだろうか。
             ・・・・・・・・先生に聞いてみてくれるとの事。
     ・テレビの調子が悪いので直して欲しい。

多少頭痛はするが今日は割りと気分が良い。曇っていて肌寒く、午前中は布団にもぐっている事が多かった。
a.m11:30 NHK体操、寒かったが体操をしたら体が温まった。
生理の件、日をずらしてくれるそう。良かった。
p.m2:00 マッサージ
夫は週末、病院近くの私の実家か義姉の家に泊まり、そこから私のところへいつも来てくれていた。しかし、土曜日は大丈夫なのだが、日曜日と振替休日の月曜日はたまたまどちらの家も外泊する為泊まれないことになった。以前から看護婦さんには、「遠い所から旦那さん来ているんだし、個室だからここへ一緒に泊まっても良いですよ。」と言われていたのだけれど、その分お金もかかるので今まではそうしたことはしなかった。でも、今回は泊めてもらうようにお願いした。
明後日がちょっと楽しみ♪
14日

(土)
朝から雨。とっても寒いので、厚手のパジャマを着、その下にTシャツを着た。
a.m10:00 熱36.6
a.m10:45 マッサージ、G先生はいなかったが、代わりの先生がやってくれた。
p.m12:00 お昼。夫の分も頼んでおいたので、二人で病院食を食べた。今日のお昼はサンドウィッチ。
p.m8:00 家で時々使っていた2kgのダンベルを夫に持ってきてもらったので、ダンベル体操を少しだけやった。そのお陰で夜、ぐっすり眠れた。
15日

(日)
a.m10:30 熱36.3  血圧110/68
a.m1:00〜4:00  近くのスキー場までドライブに連れて行ってもらった。帽子を被ってマスクをして出掛けた。髪の量が元々多いせいか、それとも氷の帽子が効いたのか、頭の形が判る位まで薄くはなってきているが、まだ「この人は髪の毛の薄い人なんだな〜。」くらいにしか髪の量は減っていない。しかし、帽子を被らないと、風が吹いた時毛穴がチクチク痛むのだ。
今日は最高に良い天気♪日差しが眩しいので車の中ではサングラスをかけていた。ちょっと怪しい格好・・・・、そう言えば、洋服がすっかりぶかぶかだ。
山の上からの景色はサイコー。生きてるんだと実感させられた一時だった。そこで、コーヒーを飲んだり、ソフトクリームを食べたりした。普通の人と同じ事ができるのがとっても嬉しかった。当たり前の事が、普通に出来るって幸せなことなんだな〜って、つくづく思った。
夕方看護婦さんが付き添い用のベットを病室まで持ってきてくれた。
ちょっと旅行気分。嬉しくって写真をバチバチ撮った。
16日

(月)
a.m5:30 熱36.6  採血・・・白血球数2400 
多少頭痛がする。
p.m1:00 今日も良いお天気。院内を散歩した。
p.m8:15 ダンベル体操
17日

(火)
a.m10:00 熱36.4
p.m1:30 マッサージ
p.m2:30 レントゲン
右手の平と左の薬指にポツポツと湿疹のようなものが出来、痒い。
左手首が少し腫れ、痛い。
明日は5回目の抗がん剤投与
18日

(水)
手の湿疹はあまり痒いようなら皮膚科を受診しようとの事。左手首の腫れは注射のせいだろうと言われた。
a.m10:25 熱36.5
p.m1:45 吐き気止めの点滴、氷の帽子を被る。
p.m2:30 抗がん剤投与
p.m5:30 熱36.7  氷の帽子を外す。吐き気止めの点滴をする。
19日

(木)
a.m6:00 熱36.3  採血・・・白血球数3300
今朝は気分はまーまー、多少頭が重い。
a.m9:10 吐き気止めの点滴
17日のレントゲンの結果・・・だいぶ腫瘍が小さくなり心臓がはっきり見えるようになってきたとの事。
a.m10:00 熱37.0  血圧97/70
薬のお陰で9:30〜10:00、ぐっすり眠れた。
p.m6:00 熱36.4 吐き気止めの注射
p.m7:30 マッサージのG先生が様子を診に来てくれた。マッサージをしてもらわなくても、G先生の顔を見ただけで体がリラックスし、ホッとする。
20日

(金)
a.m6:30 熱36.8  相変わらず頭痛がある。
a.m10:00 熱37.0  血圧98/61  吐き気止めの点滴
22日に採血して、結果が良ければ23日に外出しても良いと言われた。
21日

(土)
a.m7:00 熱36.7  血圧114/75
頭痛はあるが身体はだいぶ楽になった。
朝から雨。そのため1日中寒かった。
22日

(日)
a.m36.8  採血・・・白血球数2300、天気が良ければ明日、外出してもOKとの事。
抗がん剤のせいで血管が硬くなってきている。その為採血するのに何度も刺しなおされ痛い。
今日は台風。さむ〜、カーディガンを着た。
S先生は26日に大学病院へ行く事になったらしい。その前に病気の事、ちゃんと聞いておこうと思った。本を見て初めて自分はガンだと判ったけれど、先生の口から本当の事を聞いておきたかった。
p.m7:00 S先生が病室へ来たので早速聞いた。
「リンパ腫には良性なんてないんですよね?ホジキン病はガンなんですよね?」S先生は「そうだね。」と言った。ほんとの事を言ってもらえた事で少し「ほっ。」とした。
「3年前に別の病院でレントゲンなど検査をしてもらったが、あの時点でどうして解らなかったんですか?」と私。「その時のレントゲンを見せてもらったけれど、あの時点ではおかしいと思うのは難しい。同じような症状でも、何でもない人の方がずっと多いから、運が悪かったとしか言いようがない。手遅れになる前に病名が解って、治療も良い方へ向かっている事は、医者の立場からするとラッキーだったと言う事になる。」と、S先生。
「医者の立場と患者の立場では全然違うんです。ここへ来る前にも何度か病院で検査を受け、しばらく様子を見るように言われたからそうしただけなのに、様子を見ているうちに進行してしまった。もっと早くに解っていればこんなに身体に負担がかからなくて済んだのに、ちっともラッキーなんかじゃないですよ。」と私。S先生は「それはそうだけど・・・。」と一言。早期発見出来なかった事をS先生に言っても仕方がないんだけど、つい、やりきれない気持ちをぶつけてしまった。
40分ぐらい、病気の事、これからの事を話した。
S先生が病室を出て行った後、疲れがドッと出た。

夜、寒いのと足が冷たいのとでなかなか寝付けなかった。点滴のせいか腕が痛だるく、うとうとしても途中で目が覚めてしまいあまり眠れなかった。
23日

(月)
a.m6:30 熱36.8  今朝は少し寝不足
台風一過でとっても良い天気。外出出来そう。ルンルン♪
a.m10:00 外出。夫の運転で韮崎までドライブ、富士山がとても綺麗に観えた。昼食はすかいらーく、久々の外食。途中でコンビに寄ってアイスクリームを買った。
p.m2:30 病院に戻る。とっても良い気分転換になった。
p.m5:30 看護婦さんに右腕が痛いと告げると、「寝る時温シップを張ってみたら。」と言われた。
p.m6:00 お彼岸の為か、夕食にあんこのおはぎが出た。
24日

(火)
a.m6:00 採血・・・白血球数2400
右腕に温シップをして寝たが、あまり効かなかった。
p.m12:00 部屋でマッサージをしてくれた。
p.m2:00 右腕、特に手首が痛くてたまらない。
p.m5:30 レントゲン・・・前回とあまり変わっていない。
p.m9:00 突然、火災報知気が鳴り出した。びっくり!誤報だった。良かった、でもまだドキドキしている。昼間ならまだしも夜だとね〜。
25日

(水)
今日で入院して丁度3ヶ月目
腕のだるさは多少楽になってきたが、手首と親指の付け根がとても痛く、箸を持つのが辛い。
a.m10:15 熱36.6
p.m1:30 マッサージ、久し振りに電気をかけてもらって気持ちが良かった。
26日

(木)
a.m6:30 熱36.1  採血・・・白血球数2700
a.m11:30 NHK体操、久し振りにやったせいか、終わった後少し息が上がった。
p.m1:30 マッサージ
右腕があまりにも痛いので自分でマッサージしてみた。
p.m5:00 S先生が「今日で最後だから。」と、挨拶に来てくれた。スーツを着てきたので一瞬誰だか判らなかった。
27日

(金)
a.m10:00 熱35.9
今朝は頭痛も腕の痛みもだいぶ楽。でも、字を書いたり箸を持ったりするのはまだまだしんどい。
p.m1:30 マッサージ
マッサージの帰り、屋上へ少しだけ散歩をしに行った。天気はとても良かったが、風が強く髪の毛が引っ張られ、頭皮が痛かった。
飯田出身のT看護婦さんが久し振りに病室を訪れてくれた。飯田弁がなつかし〜。
p.m9:00 今夜はK看護婦さんが夜勤。K看護婦さんには精神面で随分支えてもらっている。今夜は30分も話し込んでしまった。お仕事中なのに大丈夫かしら・・と思ってしまった。な〜んて私が引き止めてるのにね。(笑)
S先生がいなくなって1日目だったので、何となく寂しくて落ち込んでいたけれど、K看護婦さんのお陰で元気が出た。
28日

(土)
a.m6:30 採血・・・白血球数3400
肌寒いけど、今日もとっても良い天気。
a.m10:00 熱36.3  マッサージ
義母が来てくれた。丁度マッサージに行っていたので、1時間近く待たせてしまったようだ。
明日、義姉が住んでいる地区のお祭りがあり、それに呼ばれて1泊でこちらに来たとの事。私達夫婦も毎年よばれている。
p.m3:20 屋上へ散歩に行ったり、院内をあちこち歩いた。結構良い運動になる。
29日

(日)
a.m10:00 熱36.4  血圧110/64
p.m1:00 屋上と院内を散歩した。
p.m4:00 義母が実家へ帰る前に病室へ来てくれた。
30日

(月)
a.m7:00 熱36.4  採血・・・白血球数2400
朝から雨、とても寒い。
今朝ラーメンの夢を見た。自分でどんぶりに麺とスープを入れ「さあ、食べるぞ。」と思ったところで目が覚めた。
ん〜、結構現実的な夢だったな〜。
p.m1:00 母がカボチャクッキーを作ったと言って持ってきてくれた。やわらかくてとっても美味しかった。
p.m1:30 マッサージ
p.m4:00 院長回診、このときY先生も一緒だった。(Y先生、病院へ来てたんだ)
今日出てきたばかりで忙しいらしく、回診の時まだ申し送りに目を通してなかったとか・・・。「後で目を通したらまた来るね。」と言っていたが、少しショック、というか不安が大きくなりつつある。そんなに忙しくて患者をちゃんと診る余裕あるのかな?と思ってしまう。
p.m7:10 いつものように妹が来てくれていて話をしていたらY先生が来てくれた。
ずっと保留になっていた骨髄穿刺、やらない事になった。やっても無駄との事。
「一夏個室で暮らしてたの〜?。すごい精神力だね。」と言われた。(な〜んだ、ずーと個室じゃなくたってよかったんじゃん!S先生そんなことなんにも言わないんだもん!)
でも、空いている大部屋は今産婦人科と混合の部屋だけだとか。子供のいない私にはちょっとそれはきついよね〜、そうでなくったって治療にうんざりしてるのに・・・。って事で治療も後1回だけだし、このまま個室にいる事にした。
「1クール治療が追加になったけれど、ほんとにやる価値はあるんですか?」と、1クールの前半が済んだにもかかわらず、まだどこか納得し切れてないところがあったので聞いてみた。「一応、ホジキン病の治療のマニュアルがあって、それが3クール。体力がないお年よりなら全クールやらない場合もあるけれど、若い人は最初から強い薬でしっかり治療しておいた方が再発の可能性も少なくなる。」との事。納得はしたけれど、治療が始まる前の説明と違うな〜、それが納得いかない。そう思ったけれど今更いろいろ言っても始まらないと思ったから黙っていた。
「大学病院へ行って放射線治療をするけれど、順調にいけばクリスマスは家で迎えられるかもね。」とY先生。励ましのつもりで行ってくれたと思うのだが、放射線治療を簡単に考えていた私は(えー!そんなにかかるの〜。)と思ってしまった。
Y先生が行ってしまった後、頭が混乱してしばらくボ〜としていた。


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