退  院

12月
1日

(日)
午前中は頭痛と下痢とそれに伴って下腹部痛があった。
年賀状作りをした。
午後になって薬が効いてきたのか頭痛も腹痛も治まった。
夜、妹からTELがあり、1時間ほど話をした。
外は雪
2日

(月)
a.m6:00 朝食作り
朝から雪。この時期には珍しく時々雷が鳴っている。雪は昨夜からずっと降り続いていたようだ。20cm近く積もっていた。
a.m8:45 病院へ夫の運転で戻った。この頃には晴れてきていた。
a.m11:00 採血・・・白血球4000
23回目の照射
治療から戻ってくると、留守の間にJさんが来てくれたみたいで、以前私が貸して欲しいとお願いしていた「蔵」の本がベットに置いてあった。
p.m2:00 熱36.6  血圧100/69
p.m3:30 よく眠れる。2時間以上寝た。
p.m5:00 熱36.9
O先生とS先生が来てくれる。いろいろ質問したい事があったような気がしたが、寝てばかりいた為頭がボ〜としていてあまり聞けなかった。
p.m7:30 K病院の時の主治医S先生が来てくれる。
p.m7:50 夫へTEL
p.m8:10 G先生が来てくれる。
今日はよく先生たちが来てくれる日だ。患者としてはとっても有難い。
最近、口の中のしょっぱさがだいぶ和らいできた。
3日

(火)
昨日の昼間から夕方までよく寝たのにも係わらず夜もぐっすり眠れた。
p.m7:00 頭痛、照射している所が痛痒い。
夜中に雪が降ったみたいで薄っすら屋根に積もっていた。
p.m9:30 24回目の照射
p.m10:00 熱36.7  血圧101/52
お昼頃私のお隣のYさんの娘さんが来て、サンドウィッチを頂いた。娘さんは私と同い年。Yさんは丁度母親ぐらいの年だ。リンパ腫再発で入院してきた時からほとんど食べられないし動けない。しかし、明るくてよく笑うYさんと話していると気分がさえない時でも元気が出てきた。
p.m12:40 入浴
p.m1:30 K病院で一緒だったIさんに手紙を書いた。
S先生が来てくれる。
p.m5:00 熱36.7
飲むヨーグルトを飲んだとき、空気を一緒に飲み込んでしまい、その空気が食道を行ったり来たりしてとても苦しい。きっと治療中でなければ何でもない事なんだろうけれど。
看護婦さんに話したら、マーロックを飲んだり炭酸ジュースを飲んでみたらと言われたので試してみた。
少し楽になった。
p.m8:30 夫へTEL 
4日

(水)
a.m7:00 昨日からの食道の痛みが相変わらずある。
a.m9:00 25回目の照射、最初の予定だったら今日で放射線治療は終わるはずだったのにな〜。
a.m10:00 熱36.7
照射している所が炎症を起こしていたので、塗り薬が出た。
a.m11:00 心電図
p.m5:00 熱36.8 
G先生が来てくれた。心電図、異常なしとの事。食道が痛いのは照射による食道炎のせいらしい。
p.m7:30 O先生が来てくれた。食道炎は照射終了後1週間位で良くなってくるとの事。
p.m7:40 夫へTEL
5日

(木)
a.m6:00 下痢、食道炎の痛み、昨日より辛い。
a.m10:30 熱36.4  血圧99/69  採血・・・白血球4000
p.m12:00 入浴
CTの為昼食抜き
p.m3:00 総回診
最近、下痢が続いていた為検便をしていたが、結果、食中毒と思える結果が出たらしい。薬を出してくれるそう。
p.m3:30 CT
p.m5:00 熱36.9
p.m6:00 夕食、久し振りにほとんど食べられた。
6日

(金)
a.m9:30 熱36.5  血圧103/69
喉痛、食道痛
p.m4:00 外泊
7日

(土)
掃除、洗濯・・・家事は良い気分転換になる。
年賀状作り
熱36.7 
8日

(日)
洗濯
年賀状作り
夕食は夫が作ってくれたカレー。夫が作るカレーは私が作るのより美味しい。
昨日から便秘だったのだが、夜少し下痢気味
1日中立ちくらみがした。
9日

(月)
a.m9:30 病院へ戻る。
a.m10:00 O先生からこれからの治療予定を聞いた。
後5回の放射線治療をし、来年から1、2回の化学療法
採血・・・白血球4000
a.m10:30 熱36.2 
看護婦さんに度々立ちくらみすると話した。
入浴はぬるま湯で短時間にしたんぱく質をなるべく摂るように心がける事と言われた。
p.m12:00 カレーライス、今朝もカレーを食べてきたので、昨日からカレー続き。しかし、大好きな食べ物なので飽きることなく全部食べる事が出来た。
p.m1:30 30分ぐらい寝た。
p.m3:30 体調が良かったので、「少しは動かないと・・・」と思い、1階〜6階をゆっくり歩いて往復した。
p.m4:30 N先生とS先生が来てくれる。
CTの結果、食道の周りと肺の辺りにもまだある。一番大きい腫瘍は3cm×5cm
来年やる予定の化学療法は食道炎が治った1月中旬頃。食道炎があるうちにやるとそこがすごくただれてしまうらしい。
p.m5:00 熱37.2
私の実家へTEL
p.m7:00 夫へTEL
10日

(火)
a.m7:00 熱36.6  検便
a.m10:30 照射する場所を縮小する為位置決めをした。1時間かかった。
p.m1:30 入浴
p.m2:00 コーヒーが飲みたくなったので久し振りに缶コーヒーを買って飲んでみたがまだ美味しく感じなかった。残念。
p.m2:30 毎月買っている「大丈夫」という雑誌を売店へ買いに行ったがまだ売っていなかった。その帰り1階〜7階を往復した。屋上へも行ってみたが寒かったので直ぐ降りてきてしまった。
p.m3:00 研修医S先生が来てくれる。
p.m6:00 夕食は全部食べる事が出来た。
p.m7:30 夫へTEL
p.m8:30 N先生が来てくれる。
明日から追加照射5回をするからとの事。骨髄を避けて腫瘍だけに当るようにしたからと言われた。
11日

(水)
a.m7:00 食道痛が照射していないせいか少し良くなってきた。が、喉は前より痛む。照射した箇所もあちこち痛む。
a.m9:30 熱36.8
a.m10:00 院内でバザーをやっていると言うので部屋の皆6人で出掛けた。この時はたまたま皆体調がよく「ほんとにみんな病人?」な〜んて大笑いしながら、ワーワー大騒ぎして出掛けた。私はタオルを2枚買ったが、買わなくても見ているだけで楽しかった。良い気分転換になった。
p.m1:30 26回目の照射  とっても疲れた。
p.m2:40 G先生が来てくれる。
食道炎を起こしているからお正月はお餅を食べない方が良い、つかえたら大変との事。
久し振りに学生時代の話をした。あんな事もあった、こんな事もやったなどどと話したけれどお互い覚えているようで結構あやふや。

夫から手紙が届いた。
最近、これからの治療の事で二人の意見がなかなかまとまらず、ほぼ毎日TELで話し合ってはいたけれど平行線のままだった。夫の考えは放射線治療後の化学療法なんて体を痛めつけるだけで価値がないのでは?それに多分実験台にされてるだけかも・・。私の考えはこれからやる化学療法が無意味であっても只の実験台であっても悔いは残したくない、もし再発した時あの時治療しておけば良かった・・なんて絶対思いたくない。そういう状況の時にくれた手紙だった。

               ***** 夫からの手紙 *****

ひまわりへ
お元気ですか?具合はどうですか?食欲はありますか?よく眠れますか?ウ○コはちゃんと出てますか?痛いところはないですか?
便箋が見つからなかったのでこんな用紙でゴメンね。

今後の治療方針も決まって、一安心(?)してる事と思います。電話では色々言ったけれど実際に治療を受けるのはひまわりだから、ひまわりが納得するのが一番だと思います。悔いが残らないように元気を出して頑張って下さい。とりあえずX’mas頃には一時退院出来そうだし、来年の化学療法も2ヶ月で終わりそうだし、K病院にいた時、最後の化学療法の前頃「マラソンで例えれば今は40kmだね。後少しだから頑張ってね。」って言ったと思うけど、今マラソンに例えれば、競技場のゲートを潜って後トラックを1周半すればゴールと言うところに来ていると思います。長く辛い治療に耐えてよく頑張ったね。これからもずっと二人で力を合わせて病気と闘って行きましょう。 
                         中 略
それじゃ金曜日に会えるのを楽しみにしています。おやすみなさい。



精神的には私より夫の方がずっと辛いんだろうな〜って思った。こういう夫がいてくれるから頑張れるんだろうな〜とも・・・。
只、夫に感謝、感謝。すごく元気が湧いてきた。残りの治療がんばるぞ〜〜!!
p.m7:00 N先生とS先生が来てくれる。
16日にMRI、18日にガリウムシンチの注射、そして20日にガリウムシンチ、20日には退院の予定との事。
p.m7:30 テレホンカードを買いに行ったついでに階段を往復(1階〜6階)した。
p.m7:45 熱37.2
p.m8:00 夫へTEL
12日

(木)
a.m7:15 熱 36.9  少しだるい。頭痛、喉痛、首の照射した部分痛
a.m10:00 採血・・・4100
体がだるく、午前中はほとんど寝ていた。
p.m12:00 同部屋のSさんから、自身が書いたエッセイ『振り向いた小さな女の子』を頂いた。それもサイン付き。そしてp.m2:30頃退院して行った。Sさんは乳がんの末期。「私はもう薬が効かないのよ。後どれくらい生きられるか判らないけれど、あの世へ行けば先に逝っている父や母、それに息子がいると思うと死ぬ事がちっとも怖くはないの。」と度々言っていたのを今でも思い出す。辛い治療中でも表面はいつも穏やかでとっても優しい方だった。
27回目の照射
p.m3:00 回診  検便の結果、異常なしとの事。
p.m8:30 N先生が来てくれる。
だるかったり頭痛がしたり発熱したりして辛いだろうけど治療の副作用だから心配いらないと言われた。
13日

(金)
a.m8:50 28回目の照射、ライナックでJさんに会った。毎日通院は大変だけど入院治療よりずっと良いと、笑顔を覗かせていた。
a.m10:00 熱36.2
p.m2:00 私の向側のベットのKさんが退院して行った。どんどん退院してしまって、残される身としてはちょっぴり寂しい。この方はこの病室の中で1番の高齢。(80歳近く)それに、1番のムードメーカーだった。
p.m2:00 N先生、S先生が来てくれる。S先生は来週から検査の方へ移動する事になったとか。
p.m4:00 外泊
帰宅するとWさんから手紙が届いていた。
14日

(土)
朝食にご飯と味噌汁、納豆を食べた。家で久々にご飯を食べた。
母から手紙が届いた。
父からTELがあり、母と妹とも話をした。両親には心配のかけっぱなし。元気になったら親孝行しなきゃね。
妹が1/4、5と遊びに来てくれる事になった。今から楽しみ♪
15日

(日)
今朝はパンを食べた。
年賀状を書いた。
夕食に少しだけ梅酒を飲んだら夜中、ものすごく喉が渇き水ばかり飲んでいた。
16日

(月)
a.m6:00 今朝はご飯、味噌汁、卵焼き
a.m8:30 病院へ
p.m11:00 お隣のベットに新しい方が入ってきた。70歳くらいの男性。男性の病室一杯なのかな〜?女性ばかりの所に入れられてちょっと可哀相。
p.m2:00 熱37.1
p.m3:00 29回目の照射
技師さんに、「少し咳が出るのだけれど。」と言ったら「気管支にも照射してるからだろう。治療が済めば直ぐに治まるよ。」と言ってくれた。ここの技師さんは「今日は元気そうだね。」とか「随分痩せちゃったね。ご飯頑張って食べないと。」など、いつも声を掛けてくれるのがとっても嬉しい。技師さんによっては片付け仕事のようにやる人もいるけれど患者にとってみると、ちょっとした心配りが張り合いになって嬉しいものだ。
治療の帰り1階から6階まで階段で上がってきたら久し振りのせいと照射直後だった事から凄く疲れてしまった。無理しちゃったかな。
p.m4:00 MRI
p.m6:20 夫へTEL
17日

(火)
発病してから丁度半年か・・・・、無我夢中だったせいかあれから半年も過ぎてしまったなんて信じられない。あっという間だった気がする。
a.m6:30 熱36.8  頭痛、倦怠感
a.m9:45 頭痛が酷いので薬を飲んだ。
p.m12:00 入浴
p.m1:30 熱36.9
首の皮のむけてきたところが気になるので、痛くないところはむいた。
p.m4:00 30回目の照射
放射線治療、今日でやっと終わり。
p.m8:00 N先生が来てくれる。
MRIの結果・・・異常なしとの事。影がまだ少しあるが‘殻’である可能性が高いと言われた。
「首の皮むくと後、汚くなるよ。」この言葉、むく前に聞きたかった・・・・。
18日

(水)
a.m10:00 熱36.5  頭痛、喉がとても乾く。
a.m10:30 ガリウムシンチの注射
p.m1:40 採血
p.m2:00 血ガスの検査(動脈注射)骨髄穿刺のような圧迫感のある痛さがあった。結果は良好
p.m2:30 階段の上り下りをした。今日もちょっと無理をしてしまったみたいで、膝がガクガクした。
p.m3:00 コーヒーを久し振りに飲んでみた。まだ美味しくない。甘酸っぱく、サクランボのような味がした。サクランボは美味しいけれどコーヒーを飲んだらやっぱりコーヒーの味が良いよね〜、当たり前だけど。
p.m7:30 夫へTEL
19日

(木)
いよいよ明日退院、しかし、来年また入院だと思うとあまり嬉しく感じない。
a.m10:00 熱36.4
p.m12:00 お昼のメニューはカレー、サラダ、フルーツポンチ、味覚障害の為どれもしょっぱく感じ、特にトマトとフルーツポンチは塩を食べているようだった。もちろん、食せず・・・。
p.m3:00 回診  お正月は静かに過ごす事。来年、化学療法をするからその為にも体力をしっかりつけておくようにとの事。
同部屋のMさんが「明日の退院、とりあえずおめでとう。」と言ってテレフォンカードを下さった。そのケースに“暖かさ 優しさひめてひまわりさん 早き快療 幸祈りをり”と書いて下さってあった。とっても嬉しかった。Mさんはお正月も帰れないと言うのに・・・。大切にしまっておこうと思った。
p.m7:30 N先生が来てくれる。  白血球異常なし。
p.m7:40 夫へTEL
20日

(金)
a.m8:45 ガリウムシンチ
a.m9:30 朝食
a.m11:00 部屋の皆にご挨拶
看護婦さんにご挨拶・・・私の担当をしてくれた看護婦さんからイラスト入りの退院祝いの手紙を頂いた。この看護婦さんには本当にいろいろお世話になったし、よくしてもらった。
その後、外来で夫と二人N先生からお話があった。私に・・・というより、夫への話が多かった。私はあまり聞き分けの良い患者ではなかったから私にいろいろ言っても無駄と思ったのか「奥さんが食事が摂れない様だったら有無を言わさず病院へTELするか連れてきてください。」って感じで。後、「家の中ではタバコは吸わないように、布団の上げ下ろしもしばらくはだんなさんがやって下さい。」とも言っていた。退院してからも夫にはまたしばらく負担を掛ける事になりそう。
病院の最上階のレストランで昼食を摂り、それから自宅へ帰った。
K病院で一緒だったIさんから手紙が着ていた。体調が思わしくないのか随分弱々しい字だった。  
21日

(土)
少し早いけれどクリスマスをやった。食欲もあまりなく、味覚もおかしいけれどプチのケーキセットも買ってきて食べた。
しばらくは普通の生活を送れると思うと嬉しくてしかたなかった。
22日

(日)
夜になって、39.4度もの熱が出た。病院へTEL、運良く今夜の当直はN先生だった。直ぐ来るようにとの事。夫の運転で夜の高速をビュンビュン飛ばした。身体がだるいのと悪寒がするのとで車の中で座っているのがとても辛かった。病棟へ行くと直ぐN先生は私を車椅子にのせてレントゲン室まで連れて行ってくれた。私はその間高熱のせいでボ〜としていた。その後、病棟の処置室へ戻りそこで点滴をしてもらった。N先生が「泊まってく?」と言ったが明日は夫は仕事だしとか、こんな身体で何も出来ないはずなのに帰っていろいろしなくては・・・とか思ったりして「帰ります。」と答えた。点滴を始めてしばらくするとものすごい悪寒がして、身体がガタガタ震えてきた。看護婦さんに毛布や電気あんかをもってきてもらった。レントゲンの結果、もしかしたら肺炎になりかかってるかもと言われた。(やっぱり泊まっていった方が良さそう・・・)とも思ったがもう入院はしたくなかった。
点滴が終わり、ふらふらした足取りで何とか車のある所まで歩いた。
23日

(月)
1日中、座薬のお世話に。座薬を使わないと熱が直ぐ38度以上に上がってしまう。苦しかった。
24日

(火)
熱が全く下がらないので病院へTELした。今日はN先生は近くの日赤に来ているとか。そのため、大学病院へは行かず車で30分ぐらいの所にある日赤へ行った。「はい、明日から入院。」と即言われてしまった。性懲りもなく私は「嫌だ。」と言った。「そんな我がまま言ってると元気でお正月迎えられないよ。きっとその頃病院のベットだな。」と言われ、それは困る、その方がもっと嫌だと思い、「やっぱり入院します。」と答えた。N先生は単純な私を見て笑っていた。
早速大学病院へ連絡を取ってくれた。
その後処置室で点滴をしてもらったのだが、看護婦さんや、たまたまそこに居合わせた先生達が代わる代わる点滴針をさしてくれるのだが失敗ばかり。30分以上の時間が只々過ぎていった。仕方ないのでN先生が外来が済むのを手を温めながら待って針を刺してもらった。さすがN先生は私の血管の癖(?)をよく知っているのか、珍しく1回失敗したものの2度目には上手く刺してもらえた。
ここで、大学病院で同部屋だったSさんに会った。Sさんと会うのはこの時が最期になった。
25日

(水)
a.m11:00 夫の運転で病院へ行った。放射線科の病室はいっぱいで入れず内科の病室へ入ったが、放射線科と並びの病室だったので、顔見知りの方もいたりして違和感はなかった。
1時間おきに検温するように言われた。38度以上の熱はもう出なくなっていた。
p.m3:00 水分、抗生剤の点滴   採血・・・白血球1800
白血球を増やす皮下注射をする。
レントゲン
p.m8:00 夫へTEL
26日

(木)
a.m7:00 熱37.1  まだ頭痛、倦怠感がある。食欲もまだない。
a.m10:00 点滴、皮下注射
p.m9:20 朝からの点滴がようやく終わった。その後、夫へTEL
27日

(金)
a.m6:30 熱36.6  だいぶ身体が楽になった。
a.m9:30 点滴  採血・・・白血球、だいぶ上がってきたようだ
p.m2:00 点滴・・・元気になってきた為か、点滴がとても辛い。口からコンスタントに水分を入れられているような感覚。先生に言ったら、水分補給をしっかり出来るならという約束で後2本やる予定だった点滴はやらなくてよくなった。元気になってきたようだから明日退院しても良いとの事。今年中に帰れそうで良かった。
p.m5:30 N先生が来てくれる。退院してもイソジンでうがいをしっかりするように言われた。マーロックなど、今飲んでいるものが終わったらそこまでで良い。又発熱したらTELする事と言われた。
28日

(土)
a.m10:30 夫が迎えに来てくれたので自宅へ帰った。


        闘病記 TOP