放射線治療

11月
1日

(金)
吐き気、首のリンパ腺が腫れて痛む。喉も痛い。
放射線を当てている所が時々ピリピリしたり痒かったりする。
口がまずい。
a.m9:00 熱36.5
採血・・・なかなか血液が溜まらず、随分時間がかかった。
夫が説明を聞くため、仕事を早退して病院に来てくれた。
p.m1:30 N先生から夫と二人に病気の事、これからの事などの説明があった。この時、「10/22の外来の時の採血の結果で、ウイルスの抗体反応が出てホジキン病ではないかもしれない。多分間違いはないと思うけど、一応又調べなおしている。」と言われた。(へ?どういう事??)
この後の事を何故か良く覚えていない。後で夫に聞いてみると、「病気が判るまでにだって何年もかかったり、やっと治療も順調に行っていると思ったら今になってホジキン病ではないかもなんて無責任すぎる冗談じゃない!」と言うような事を夫はN先生に言ったようだ。N先生からは曖昧な返事が返ってきたようだ。確かに10/22まではO先生が担当していてくれていたからN先生はよく把握してなかったのかもしれないけど・・・。
しかし、私は何故この時の記憶があまりないんだろ?
p.m2:00 3回目の照射
p.m3:00 外泊
前日に比べ吐き気が少なく思ったより食事が摂れた。自宅だから病院にいる時より食べられたって事もあるかもしれない。
2日

(土)
熱36.3
午前中、倦怠感と多少の吐き気があり寝て過ごした。夕方になって元気が出てきたが早めに(9:00)就寝した。
3日

(日)
熱36.7
午前中、少し水分不足のせいもあるのか熱っぽく、その為体がだるかったので寝て過ごした。
喉、首のリンパ腺と胸が張って痛い。
夜、布団の中で夫と病気の事、ホジキン病ではないかもしれないって言うのはどういうことなのかなど話した。寝たのが2時近くになってしまった。
4日

(月)
p.m2:00 病院へ戻る。
今日は副作用のせいか喉がとても渇く。
p.m7:00 熱37.1
p.m7:30 研修医のS先生が来てくれた。ホジキン病ではないとはどういう事なのか、結果はいつ頃出るのかなど不安な事をいろいろぶつけてみた。「結果は2週間後ぐらいには出ると思う。金曜日の採血の分もウイルス反応を見てもらっている。」との事。(ウイルス反応ってどういう事だろう?)N先生が来た時に聞いてみようと思った。

同部屋の人たちに金曜日より元気になったねと言われた。
p.m8:00 ゾクゾクするので毛布を借りた。
喉が渇くため、つい水分を摂り過ぎてしまうようだ。その為、夜中1〜2時間おきにトイレへ行く羽目に・・・。
5日

(火)
a.m7:00 熱36.7
少し寝不足
喉が渇き痛みもある。相変わらず首のリンパ腺と胸が張って痛い。
p.m2:00 4回目の照射
p.m3:00 同部屋の人たちとお茶をした。楽しい一時♪
p.m4:00 G先生が来てくれた。主治医以外の放射線科の先生も全ての患者の病気を把握をしていて時々様子を診に来てくれる。G先生もその一人。
G先生にウイルス反応が出たというのはどういう事なのか、ホジキン病ではないかもとはどういう意味なのか、この事でイライラがずっと募っていた私はまくし立てるように聞いてみた。G先生ちょっとびっくりしながら「リンパ腫にはウイルス性のものとそうでないものとがあって、私のはそうでないものだったから(ホジキン病)調べなかった。ウイルス性のものだったら最初から抗体反応を調べたはずだ。まだ結果は出ていないがホジキン病でウイルスは心配ないだろう。」と話してくれた。ウイルスってのがいまいちピンとこない。「ウイルス、ウイルスっていったいどんなウイルスなんですか?例えばHIVとか?」と私。「それはないよ。」と言われたけれど、な〜んかしっくりこないというかごまかされているように聞こえる。だって、ホジキン病の抗がん剤治療を何ヶ月もやってきたのに今更違う病気でしたはないんじゃないの〜、ま〜抗がん剤が効いたから良いけどさー・・・
イライラガが募るばかり・・・。
p.m6:00 夕食、初めて全部食べられた。疲れているせいなのか甘い物が異常に食べたい。
イソジンの他にうがい薬が出た。(名前は忘れてしまったが、紫色の粉で水に溶かして使用する)
p.m6:30 K病院の時の主治医S先生が様子を診に来てくれた。S先生にも同じような事を愚痴った。先生は「聞く事しか出来ないけど。」と言いながら聞いてくれたが・・・・。
p.m8:00 夫に今日あった事を電話で話した。
p.m8:30 N先生が来てくれた。いろいろ聞きたい事があったのだが、今日はいろいろあり過ぎて疲れてしまったためG先生やS先生に言ったような事は言わなかったがN先生の方から「いろいろG先生に聞いたんだってー?」と言われた。

少し気持ちが悪い。
6日

(水)
朝食、おかずは半分くらい、主食は全く食べられなかった。ご飯の臭いを嗅いだだけでも気持ちが悪くなる感じ。
少し体がだるく、頭が重い。
a.m9:30 熱36.9 血圧101/65
朝食はパンにしてもらった。
a.m10:30 採血・・・白血球3700
7日

(木)
a.m7:30 熱35.7
今までより1段と喉が痛い。喉に何か詰まったような違和感がある。
頭痛
体がだるく、朝食までの時間ベットの上をゴロゴロしていた。
p.m12:30 7回目の照射
p.m3:30 回診、O先生にホジキン病ではないかもとはどういう事か、今までの治療が無駄になる事はないか聞いてみた。
「ホジキン病ではなかったとしてもリンパ腫には変わりないから今までの治療が無駄だったと言う事はないよ。そんなに心配しなくても大丈夫。日本人の中の関西人と関東人の違いのようなものだから。」との事。(ほんとかいな?)
p.m4:00 胸のレントゲン
p.m5:10 同部屋の私と一番歳の近い(私より5歳上)Jさんと渡り廊下の椅子に座ってお互いの病気の事、心配事などを話した。Jさんは低悪性度のW期、主治医から後4、5年の命と宣告されていて、まだ幼い子供たちが二人いるのにどうしたら良いかと悩んでいた。Jさんは私より5歳も年が上だなんて思えないほど若く、脱毛してしまった頭にはいつもピンクのフリルのついた可愛いキャップを被り、ぽちゃぽちゃっとしてて普段はニコニコしたお茶目な人。そんなJさんが涙をいっぱい浮かべて話してくれた。私はほとんど聞いてあげる事しか出来なかった。私の悩みなんてほんとちっぽけなもの・・・。
p.m8:30 N先生、S先生が来てくれた。
まだ検査の結果は出ていないが多分ホジキン病だろう、でも万が一違う場合の事を考えてとりあえず2、3週間はこのまま治療を続けその後少しお休みする事になるだろうとの事。
今週末外泊した時お酒を飲んでも良いか聞いてみた。「教科書通りだと飲んではいけない事になるが、少しだったら良いよ。でも、特にビールは不味いと思うよ。のどがこれ以上荒れないようにするにはやはりお奨めは出来ないけどね。」との事。そうだよね〜。ちょっと聞いてみたかったんだよね〜。
8日

(金)
昨日より喉が痛む。
a.m8:00 パン2枚と牛乳、みかんを食べた。飲み込む時喉が痛い。
a.m9:30 熱36.9
体がだるい。1時間位寝た。
a.m10:00 喉の痛み止めのマーロックが出された。
p.m12:30 7回目の照射
p.m2:30 さっぱりした物が食べたくなったので、売店でアイスクリームを買ってきて食べた。
p.m3:00 この間のレントゲンの結果を教えてもらった。多少小さくなってきたとの事。
p.m5:00 熱36.7  とにかく体がだるい。
p.m8:00 N先生が来てくれた。
時々足の痺れがあるので聞いてみたら、化学療法が終わってから半年〜1年位は続くと言われた。
ご飯や煮物などは臭いを嗅いだだけで気分が悪くなってしまって食べられないと言ったら、食べたい物、カップラーメンでもアイスクリームでも良いからとにかく食べるようにする事。食べられなかったら点滴をやると言われた。
9日

(土)
a.m8:00 パン1枚と牛乳だけ飲んだ。
a.m9:30 夫が迎えに来てくれたので帰宅。途中、買い物をしたりお昼にスパゲティーを食べて行った。
p.m2:00 洗濯、これもなかなか良い気分転換になる。
p.m3:00〜p.m4:00 お昼寝
p.m6:30 夕食はもつ鍋をした。自宅だと結構食べられる。
父の誕生日が近いので手紙を書いた。友達のIにも手紙を書いた。
10日

(日)
p.m3:30 病院へ戻る。
p.m6:00 家に帰ったときは食欲があってしっかり食べられるが、病院へ戻ったとたん食欲がなくなり、ほとんど食べられなかった。
11日

(月)
a.m7:00 頭痛、胸がムカムカする。
a.m8:00 時間をたっぷり使って何とかパン2枚食べる事が出来た。
a.m12:30〜p.m3:00  義姉がお見舞いに来てくれた。途中放射線治療に呼ばれライナックの待合室で治療が済むまで待っていてもらった。その後、缶コーヒーを飲みながら
病室の外の廊下の椅子に座って話をした。
p.m5:00 熱36.7
p.m6:00 N先生が来てくれる。
頭皮にブツブツとおできのような物が出来、時々痒いので聞いてみた。少し様子を診ようと言う事になった。
この間の結果が出たらしい。最初の診断通りホジキン病との事。しかし、ウイルスには感染している様なので、それは第2内科の先生によく調べてもらう事になったそう。
今の治療で味覚障害が出る可能性が高いがなるべく出ないようにやっていこうと思っている。障害が出た場合、それに効く薬もあるがそれはイギリスやアメリカでは認可されているが日本ではまだ。来年の1月からこの病院でもその研究だか検討がされるとの事。
現在、25回の照射予定だが腫瘍の大きさがあまり変わらないようなら来年になって化学療法をするかもしれないとの事。薬は前回と同じかどうかはまだわからないらしい。
(この病院へ来る前、大学病院では地固めとして放射線治療をすると言っていたのに、これでは地固めの地固めじゃない!)「それってほんとにやる価値があるんですか?」と聞いてみた。放射線科の先生方で話し合った結果だそうだ。しかし、N先生自身は多分やるだけの価値はないと思うと言っていた。しかし、再発の可能性もあるから、後で後悔しないためにも治療の間を置かずにやった方が再発の可能性はぐっと減るだろうとも言っていた。
抗がん剤治療はもうたくさん、だけど後悔はしたくない。しかし、近藤誠さんの本には抗がん剤のやり過ぎは命を縮めるだけと書いてあった。どうしたら良いものか・・・すごく悩んだ。

食事が思うように摂れないので、朝と夕食はパン、昼はうどんにしてもらうようにお願いした。しかし何故か味噌汁が全然付いて来なくなってしまった為再びお願いした。
茹で野菜にアブラムシ、この間は柿に小さな虫が這っていたので看護婦さんに言った。
どうなってんだろ?
益々食欲が落ちてしまう。

今日は久々の照射だったのですごく疲れた。夜中吐き気が酷く眠れないため看護婦さんに吐き気止めの座薬をもらった。
12月

(火)
昨日より喉が痛く口の中が荒れている。倦怠感、頭痛がする。
食欲は全くないが何とか牛乳とパン1枚を食べた。
朝食後〜a.m11:00  ほとんど寝て過ごした。
最近病気の事、治療の事などですっかり落ち込んでいたら婦長さんが励ましに来てくれた。有難かった、気持ちが少し軽くなった。
同室のSさんが書いた本『未練の5月』を借りて読んだ。息子さんの事を書いたもので、脳腫瘍に侵され何年かの壮絶な闘病生活を送り亡くなっていくまでのことが書かれた本だ。みんないっぱいいっぱい辛い事、悲しい事を抱えて生きているんだなと思った。
p.m1:30 9回目の照射、照射部位を少しずらした為写真を撮ったりしたのでいつもより少し時間がかかった。
p.m5:00 熱36.4  顎の辺りと右の肋骨の辺りが少し痛い。
照射した所が赤くなってきた。
p.m6:00 K病院の時の主治医S先生が来てくれた。
p.m7:30 夫へTEL
p.m9:30 痰が喉にへばりつく感じで呼吸がしずらく苦しかった。うがいをしたら少し楽になった。
13日

(水)
久し振りの良い天気、近くの山に薄っすら雪が積もっていた。
頭痛、喉痛、顎痛
a.m10:30 粘膜炎緩和の為吸入機を使用。少し喉が楽になった。
p.m12:00 お昼は生野菜とこの間義姉からもらったゼリーだけ何とか食べた。
p.m1:30 採血・・・白血球3100
p.m2:00 10回目の照射、もの凄く疲れ、少し吐きっぽい。
p.m2:30 熱36.7  頭痛が酷いので痛み止めの薬をもらった。
p.m7:30 N先生、S先生が来てくれる。
来週の木曜日頃から部分照射にするが、かけないのは腋の下だけだからあまりかわりないとの事。体がだるいのは水分不足でだるいということもあるので、明日から1000cc、4時間位かけて水分点滴、場合によっては吐き気止めもそこへ入れてくれるとの事。あまり水分が不足すると腎臓がやられてしまうらしい。
14日

(木)
a.m7:00 頭痛、胸と胃がムカムカする。首の後ろが痛い。喉が貼り付いたようにカラカラ。
a.m8:00 蒸留吸入器で喉を潤す。少し喉のカラカラ感が楽になった。
朝食、久し振りに半分くらい摂れた。
a.m9:10 点滴
p.m12:30 11回目の照射  点滴をしたままだったので、パジャマを脱ぐのが大変だった。
p.m2:00 回診・・・放射線治療、効いているとの事。来週レントゲン
p.m5:30 蒸留吸入
p.m6:00 夕食、パン1枚とみかん、ゼリーを食べた。
p.m7:30 熱36.7  薬剤吸入
N先生、S先生が来てくれる。
しゃっくりがよく出ると言ったら、疲れが出たりストレスが溜まったりすると出やすい。照射の疲れが出ているのかも・・と言われた。 
p.m8:00 G先生の事でみんなと盛り上がった。今までG先生の苗字しか知らなかったので下の名前を聞いてビックリ!聞き覚えのある名前・・・どうも私の小学校の時の同級生のよう。そう言えば面影が・・・。皆で大笑い。「今度病室に来たら聞いてみようよ。」と言うことになった。
薬剤吸入
p.m10:30 騒ぎすぎたみたいで(子供みたい・・・)具合が悪くなってしまった。吐き気止めの座薬をもらい、少し楽になる。
点滴の影響か頻尿。20回もトイレへ通った。   
15日

(金)
a.m6:30 熱36.6
頭痛、倦怠感
a.m7:10 蒸留吸入
a.m9:10 点滴・・・食事をあまり摂らない事もあってなかなか血管が出ず何度も針を刺され直された。
a.m12:00 今日のお昼はお刺身(はまち)♪なかなか美味しかった。他の物はほとんど食べられなかったがお刺身だけは食べられた。
p.m12:30 12回目の照射
p.m1:30 食事がどうしても摂れないので売店でアイスクリームやゼリーを買ってきて食べた。
p.m4:00 熱36.5 洗髪
p.m5:00 熱37.0 少しだるい。
p.m8:00 薬剤吸入
16日

(土)
a.m7:00 熱36.8
倦怠感、少し気持ちが悪く、頭痛がする。
照射の影響で首の後ろが痛く、その部分の髪の毛がよく抜ける。
a.m7:30 蒸留吸入
a.m8:00 朝食、パン1枚と牛乳だけは何とか食べる。
a.m9:30 夫の運転で自宅へ帰る。途中、元庄屋で蕎麦を食べた。食欲がなくたくさんは食べられなかった。
夕食に海鮮サラダとステーキをした。あまりはっきり味が判らなかったが、お腹いっぱい食べる事が出来た。
洗濯
17日

(日)
a.m8:00 朝食にカップ麺を食べた。食欲がなく、特にご飯は臭いからして吐き気を催してしまうためつい、こういう物が食べたくなってしまう。しかし、口の中がおかしいのか美味しくなくあまり食べられなかった。
a.m10:30 入浴
p.m3:30 病院へ戻る。
p.m5:00 熱36.4
p.m6:00 主食は摂れなかったがおかずは2/3は食べられた。
p.m8:00 薬剤吸入
18日

(月)
a.m7:00 熱36.7
休日で治療をしていなかった為か頭痛と喉痛以外は気分が良い。
a.m7:30 蒸留吸入
a.m8:00 朝食、半分くらい食べられた。
p.m2:00 O先生が来てくれた。
何故、今回ウイルスの抗体反応を調べたのか聞いてみた。
「国立病院の方が他の病院に比べ患者一人あたりの予算が沢山ある。いろんな血液検査をするにはすごくお金がかかるから普通の病院では疑いがないとき以外は調べない。ここの病院はこれからの研究もあるし、ぼくは基本的には調べるようにしている。
今までホジキン関係の病気でウイルスがあった人は300人位診てきた中で3人しかいなかった。とてもまれなんだよ。」とO先生。
悪性リンパ腫は人口的にそれ程多くないと聞いたんですけど、そんなに多くの患者さんを診られたんですか?」と私。
「ぼくがこの病気の研究をしているためその患者さんをこの病院へ集めているからなんだよ。」との事。
p.m3:00 13回目の照射
p.m5:00 熱36.6 少し体がだるいが皆と話しをしていた為気が紛れた。
p.m6:30 夫へTEL
p.m8:00 薬剤吸入
19日

(火)
a.m7:40 蒸留吸入
頭痛、左胸の奥が痛む。
a.m9:00 熱36.1  血圧106/62
p.m1:15 14回目の照射
p.m4:10 シャワー
p.m6:00 夕食後、頂き物のぶどうを食べたら苦しょっぱかった。味覚がおかしくなってきたようだ。
p.m8:30 N先生が来てくれる。
感染したウイルス名がはっきりしたとの事。
ATL(成人T細胞白血病)と言うウイルスに感染しているとの事。主な感染源は母子感染。通常の生活では感染しないらしい。しかし、私を産んでくれた母は私が6歳の時に他界したため、今更調べる事は不可能・・・。
このウイルスは地域性があって九州地方にこのキャリアの人が多いとか。発病するととても厄介だけど幸いにして発症率が低いようだ。N先生が言うには普段はあまり気にしなくても良いと言ってくれたが、発症率が低くたって発病する人はいるわけだからその中に自分が入る可能性だってないわけじゃない。そう思ったらかなりショック・・・・
献血はしてはダメだよと言われた。ん〜独身の頃何回かしちゃったな〜。ちゃんとチェックするから大丈夫らしいが・・・。
20日

(水)
a.m7:00 白血球・・・3200
少し吐きっぽい。頭痛が酷いので薬を飲んだ。
a.m7:30 蒸留吸入
a.m8:00 朝食にグレープフルーツが出たので食べたのだが、しょっぱくて半分しか食べられなかった。
そういえばうがい薬も最近しょっぱく感じる。
何も口にしなくても喉の奥がしょっぱく、水分が欲しくなる。
a.m9:30 熱36.0  頭痛薬が効いてきたのか少し楽になってきた。
a.m10:00 婦長さんが来てくれた。
ストレスを溜め過ぎると抵抗力も弱まり、病気が急に悪くなったり慢性化する事もあるから、なるべく内にこもらず笑ったり泣いたり外へ出すようにする事。とアドバイスして下さった。
随分気持ちが楽になった。
a.m10:30 15回目の照射
照射部位縮小の為位置決めをした。今回から声帯にはかからないようになったとの事。
p.m2:30 N先生が来てくれた。
基本的にはタバコ以外は何をしても良い。(タバコは以前から吸ってないから関係ない)
出来たらタバコを吸っている人の側には行かない事。
お酒もコップ1杯位ならOKだし、カラオケも今度は声帯には照射しないからやっても良い。
「照射してくれた技工師さんから『ひまわりさん、随分だるそうだったよ。』って言われたけど点滴やって元気づける?」って言われたけれど、点滴大嫌い(好きな人なんかいないよね)な私は「寝て元気付ける。」とN先生に言った。
p.m4:00 少し吐きっぽいので吐き気止めの座薬をもらった。
p.m5:00 熱36.9
p.m7:00 薬剤吸入
21日

(木)
a.m7:00 頭痛、胃痛、吐き気
a.m9:00 体調を崩して病院を休んでいた研修医のS先生が元気になったそうで久し振りに病室を訪れてくれた。
熱36.3  血圧105/62
a.m7:30 蒸留吸入
p.m12:00 おにぎりにしてもらったら何とか1個食べる事が出来た。しかし、相変わらず何を食べてもしょっぱい。
p.m2:00 16回目の照射・・・照射範囲が今までより狭くなったせいか、いつもほどだるくなる事はなかった。
レントゲン
1階のレントゲン室前の椅子に座って呼ばれるのを待っている時、K病院の時の主治医、S先生に会った。「1階に来る時はマスクをしてきた方が良いよ。今、風邪が流行ってるから。」と言われた。
p.m3:20 回診
ヘルペスに注意、味覚は心配しなくても治療が済めば良くなっていくからと言われた。
p.m3:45 入浴
p.m5:00 熱36.9
p.m6:30 夫へTEL
p.m7:30 N先生が来てくれる。
レントゲンの結果、だいぶ腫瘍が小さくなったとの事。首の方はほとんどないが、肺の所にはまだあるようだ。しかし、影はまだ写るから、来年、再入院して化学療法をやるつもりでいた方が良いだろうと言われた。
「だんなさんに家の中ではタバコを吸わないようにしてもらいなさい。」とも言われた。
22日

(金)
a.m7:30 少し貧血っぽく、トイレやうがいをしに行くのが辛い。
a.m9:30 熱36.8
p.m2:30 N先生、S先生が来てくれる。
25回照射してみて、狭い範囲で腫瘍がまだあるようなら5〜8回照射を増やそうという意見が先生達の間で出ている。でも、広い範囲で残っているようなら化学療法で小さくするとの事。
クリスマスには帰れるかどうか難しいところだが、年末には退院出来るだろう。少しでも早く退院出来るように頑張りましょう、と言われた。
p.m4:30 外泊
夜、両実家へTELした。
23日

(土)
昼食を“Royal Host”で摂った。せっかくの外食だったが全然味がわからなくてつまらなかった。その後、久々にデパートへ寄った。
夕食にお酒を飲んでみたがやはり美味しくなかった。
p.m8:40〜p.m11:40 カラオケBOXへ行った。喉が痛かったけれど、ストレス解消になった。
24日

(日)
寝不足・・・その為頭痛がする。
p.m3:30 入浴後病院へ戻る。
p.m5:00 熱36.2
p.m7:30 耳にかさぶたのような物が出来たので看護婦さんに報告した。
p.m6:30 夫へTEL
p.m7:40 薬剤吸入
カラオケのせいか喉がいつもより痛い。
25日

(月)
a.m6:30 頭痛、喉痛
a.m7:15 蒸留吸入
a.m8:30 下痢気味
a.m9:00 18回目の照射
よく寝た。
昼食後、2:30ごろまで寝た。今日はよく眠れる。夜寝られなくならないと良いのだが・・。
p.m3:00 病院内の美容室へ行った。4ヶ月振りの散髪。
p.m4:00 N先生とS先生が来てくれた。
p.m5:00 熱36.8  ゴロゴロといつまでも下痢っぽい。
26日

(火)
下痢気味
a.m9:30 19回目の照射
a.m10:00 熱36.3  血圧112/62  採血・・・白血球3400
今日はG先生が採血をしてくれた。この間外泊した時に、小学生の頃クラス皆で写っている(もちろんG先生も)写真を持ってきていたので早速見せた。G先生、大ビックリしていた。(こういうの結構快感♪)昔話に花が咲いた。
p.m12:30 昼食がどうしても思うように摂れないので売店でサンドウィッチを買った。夕食の分も。
p.m1:00 入浴
p.m3:30 G先生とS先生が来てくれる。
ほとんど昔話ばかりしていた。あの頃がとってもなつかし〜。老け顔のG先生(先生ゴメン)もこの時ばかりは子供の頃の面影をのぞかせる。
p.m5:00 熱36.8 喉痛
1時間位寝てしまった。
p.m8:00 夫へTEL
p.m8:30 N先生が来てくれる。
来週10日間、外国へ行く事になったとの事。
27日

(水)
a.m7:00 頭痛  口の中が苦い。
a.m7:30 蒸留吸入
a.m9:00 20回目の照射
a.m10:00 熱36.7  下痢気味の為整腸剤を出してもらう。
私と一番歳が近く、一番仲良くなったJさんが退院して行った。彼女は通院で放射線治療をするのだそうだ。通いで出来るのがちょっと羨ましかった。でも現実問題として私の場合、家も遠いし体も辛いからとても無理。あ〜、でも寂しいな〜。
p.m12:00 お昼はラーメン。スルスルと入っていくせいか全部食べる事が出来た。ウーロン茶が苦くて不味く感じる。
p.m7:00 G先生とS先生が来てくれる。
整腸剤が粉でそれも大変不味くて(味覚障害の影響もあるのかも)飲みにくいと言ったらカプセルのに変えてくれることになった。良かった、言ってみるものだ。
p.m8:00 夫へTEL
28日

(木)
a.m7:00 下痢が続く為検便をした。
a.m8:00 朝食に、手違いでご飯が出てきた。頑張って食べてみようかとも思ったがやはり臭いだけでもダメそう。とりあえず看護婦さんに伝えると、自分の昼食分に買ってあったカステラパンを持って来てくれた。この看護婦さんが悪いわけではないのにこの対応はとても嬉しかった。
a.m9:00 21回目の照射
この間退院したばかりのJさんが治療に来ていた。この間まで一緒だったのに、随分久々に会うような気がして二人してえらく興奮してしゃべりまくった。
a.m10:00 渡り廊下を歩いていたら日が当っていたのでしばらく椅子に座って日光浴していった。
a.m10:30 熱36.4  少し腹痛
a.m11:00 お腹の調子が悪いのは薬や治療のせいでも食中毒のせいでもなさそう。精神的な事があるかもしれないとN先生に言われた。
p.m1:00 入浴
p.m2:00 1時間位寝た。
p.m5:00 熱36.7
p.m7:00 N先生、S先生が来てくれた。
レントゲンで診た感じ腫瘍がまだはっきり残っているから多分放射線治療、増えるかもしれないと言われた。
化学療法もやるかもしれない、放射線治療も増えるかもしれない・・・私はすっかり落ち込んでしまった。
p.m7:30 夫へTEL
29日

(金)
下痢
a.m9:30 採血・・・3100  血管がすっかり細くなってしまったのでなかなか採れず3回目にしてようやく採れた。
a.m10:00 熱36.3
ここ2、3日、治療方針がはっきりせず精神的にすっかり落ち込んでしまっていた。それを見かねたのか副婦長さんがなぐさめてくれた。
a.m10:30 22回目の照射
p.m3:30 外泊
30日

(土)
洗濯
ハーフコートを買ってもらった。久し振りにデパートへ行ったらとても疲れた。
夕食は焼肉

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