退院〜大学病院入院


10月
1日

(火)
a.m6:30 熱36.3
頭痛がする。
a.m10:30 久し振りに同部屋だったKさんに会った。やはり同部屋だった、肝臓ガンの末期だと言ってたIさん、どうしてるかな?と思って「Iさんに外来で会う?」って聞いてみた。時々点滴をしに来てるみたいとの事。「会ったらよろしく言っておいてね。」と私。
Iさんとはベットがお隣同士だった。大学病院での入院生活の様子や抗がん剤の治療や手術の時の大変だった事などいろんな経験談を聞かせてもらった。Iさんは母と同じぐらいの年齢で、お嫁さんがお孫さんをよく連れて来ていた。Iさんは普段不安そうな顔で遠くを見ていたり、涙を流している事が多かったが、お孫さんが来た時は細い目をずっと細めて嬉しそうに話し掛けている姿が印象的だった。
p.m1:45 マッサージ
天気が悪いせいもあって病室は寒く、布団の中に潜りっ放しだったが、リハビリ室は暖房が効いて暖かかった。
p.m5:00 Y先生が来て、次回抗がん剤投与は3日の午後やる予定だからと、伝えられた。
p.mダンベル体操
2日

(水)
久し振りに夢を見た。・・・・・何かに感激したらしく、林真理子と二人で抱き合った。分厚い唇でキスされた。そう言えばやけに真っ赤な口紅だったな〜・・・・変な夢・・・と言うより気持ちの悪い夢。
a.m10:00 熱36.7 
相変わらず頭痛がする。あんまり頭が痛いので何もする気が起きず、11:30頃まで寝ていた。
a.m11:45 Mさんが病室を訪れてくれた。
とってもお元気そう。今では犬の散歩をしたり、病院へもバスや電車を使い、歩いて来ているとか。少しびっくり。私も退院したら直ぐに体力が戻ると良いな。
p.m1:30 マッサージ、G先生はよくS先生と飲みに出かけたそうだ。(G先生の方が2、3歳年上)二人でS先生の噂話をした。S先生、大学病院でくしゃみしてるかな?
マッサージ後、屋上へ散歩に行った。秋晴れで風が清々しく気持ちよかった。空はウロコ雲が浮かび、それが遠くに観え、八ヶ岳の頂上の辺りは既に紅葉が始まっていた。トンボがたくさん飛んでいた。
p.m8:15 ダンベル体操
3日

(木)
相変わらず頭痛。
ダンベル体操の筋肉痛。
腕の痛だるいのはだいぶ楽になってきた。
a.m10:40 熱36.2
今日は6回目の抗がん剤投与、これで全クール終了だ。もう、追加がありませんように。
p.m1:30 氷の帽子を被る。
p.m1:45 吐き気止めの点滴
p.m4:00 抗がん剤投与
p.m5:00 熱36.5  吐き気止めの点滴
p.m8:00 夕食、少しだけ食べた。
4日

(金)
a.m6:30 熱36.5 血圧103/75
下痢気味、腹痛、胃痛、頭痛、倦怠感、嘔吐。
朝食は摂れなかった。
a.m9:30 吐き気止めの点滴
a.m10:00 食事が摂れない為栄養剤の点滴。
Y先生が様子を診に来てくれた。白血球が安定しているから採血は来週までしない。飲み薬も減らすとの事。
昼食は少しだけ摂れた。
5日

(土)
a.m6:30 熱36.6
頭痛、倦怠感、吐き気がある。
朝食のパンと味噌汁は全部食べられた。気分が悪い割りには結構食べられたかな。
吐き気止めの点滴をするとしゃっくりが良く出て気分の悪い時などは辛い為、Y先生に聞いてみた。吐き気止めの副作用との事。
a.m9:51 なんだか揺れたような気がした・・・と思ったら震度1の地震があったらしい。
a.m10:30 マッサージのG先生が様子を診に来てくれた。まだ体がしんどくてマッサージをやってもらえそうにない。
p.m7:00 吐き気止めの注射
p.m8:20 確保してあった左腕の点滴針を抜いてもらった。気分が悪いのも少し楽になった気がする。
夕食は半分くらい食べられた。その後、とんがりコーンを少し食べた。あまり食欲がなくてもお菓子なら美味しく食べられる。
p.m8:30 再びとんがりコーンを食べた。止められなくなってしまい、ほとんど1箱食べてしまった。
6日

(日)
a.m6:30 熱36.2
a.m7:00 久し振りにシャワーを浴びた。
a.m9:00 Wさんに手紙を書いた。
a.m11:00 熱36.8  血圧126/70
a.m11:45 病院近くの地区がお祭りらしい。外を眺めていたら、‘長持ち’をかついだ行列がぞろぞろと行く所だった。
p.m2:00 屋上へ散歩に行き、10周ほど歩いた。曇っていたが、寒くも暑くもなく丁度良い陽気だった。
p.m3:00 Y先生が来てくれた。月曜日に採血、レントゲン、CTは9日にやる予定との事。
これからの予定など聞いてみた。ベット待ちの可能性もあるので大学病院からいつお呼びがかかるか判らないが、スケジュールが決まっているので、そんなに間が空いて入院になる事はないだろうとの事。放射線治療の副作用の事も少し聞いてみたが、食欲がなくなったり、嘔吐したりと人によっては副作用が酷く出る場合もあると聞き、ちょっと不安。
a.m5:00 熱36.6  口がまずい。
p.m9:25 日本シリーズ、巨人優勝!! やった〜〜☆ こういう時に限ってテレビの画面の調子が悪いのが残念。
興奮してしまってなかなか寝られなかった。
7日

(月)
a.m6:30 熱36.6  採血・・・白血球数2100、1500ぐらいまで下がるだろうと言われた。
頭痛、左腕の血管痛が辛い。
今日からNHKで「ふたりっ子」が始まった。それに私の大好きな伊原剛志が出ていたので、朝からルンルン気分♪
a.m9:30 熱36.7 血圧109/64
「もう、化学療法はしないですよね〜?」これが今1番の不安の種。Y先生に聞いてみた。もうしないとの事「良かったー。」
p.m4:20 義母に手紙を書いた。義母はここから車で2時間半のところに住んでいてなかなかここへは来れず、心配を随分かけているのでなるべく手紙を書いたりしてこちらの様子を伝えるようにしていた。
p.m2:30 マッサージ、今日は病室でやってもらった。
p.m3:00 同部屋だったKさんに手紙を書いた。
p.m6:00 義姉が造花を持ってお見舞いに来てくれた。忙しいだろうに20分ほど私の相手をしてくれた。義姉にはお世話になりっぱなし。ほんとに感謝感謝です。
p.m9:00 『ロングバケーション』を30分だけ観て寝た。が、頭痛と血管痛が酷く、なかなか寝られなかった。
8日

(火)
股や体のあちこちがピリピリ、ペキペキと痛む。
a.m8:30 シャワーを浴びた。
a.m10:10 朝から雨が降って寒いせいか暖房が入った。
a.m11:30 同部屋だったIさんが会いに来てくれた。お元気そうだったが顔色はあまりさえない様子。時々手紙のやり取りが出来るようにお互いの住所を教えあった。「もう先が長くないからいつまで手紙のやり取りが出来るか判らないよ。」とIさんは涙をポロポロこぼした。「何言ってるの!まだまだ先のことはわからないじゃん!元気に生きようよ。」何て言えば良いのか・・・・・、こんな事しか言えなかった。
9日

(水)
a.m6:30 熱36.4  採血・・・白血球数2200、週末にかけて白血球数が減るから外泊は無理と言われた。
退院も近いだろうから我慢、我慢。
午後CTをやるため昼食抜き。
朝来てくれた看護婦さんはK看護婦。30分も話し込んでしまった。
左腕は相変わらずだる痛いが頭痛はほとんどない。
a.m10:00 友達のIに手紙を書いた。
a.m11:30 屋上へ散歩に行った。3周ほど周ったが風が強く寒かったので早々に引き上げた。風邪をひいたら大変。
p.m2:30 レントゲン、CT・・・疲れた。
p.m4:15 マッサージ、部屋でやってもらった。
p.m5:30 Y先生が来てくれた。CTで造影剤を使ったから水分をたくさん採るように言われた。
10日

(木)
a.m6:30 熱36.4  又、右手の平に湿疹が出来痒い。
p.m10:30 屋上を散歩、10周歩いた。
寝て過ごす事が多いせいか腰が痛い。
11日

(金)
a.m7:20 採血・・・白血球数2200
左腕の血管が痛い。
a.m9:20 9日にやったCTとレントゲンを見せてもらった。前回とはあまり変わりがないようだ。
退院は14日の採血の結果がよければ17日頃には出来そうとの事。
p.m12:00 マッサージ、血管痛が酷いので電気はかけてもらわなかった。
G先生に次の日に残らないくらいの運動は少しずつでもやった方が良いと言われた。それで腰痛も改善するそう。

最近カメムシがやたらといる。虫大嫌いの私はいつも大騒ぎ。今日は部屋の中にいたので看護婦さんに取ってもらった。
p.m2:40 心電図、心エコー
12日

(土)
a.m10:00 熱36.7
p.m1:40 散歩  屋上を何周かしたり、1階の待合室へ行ったりした。平日は人がいっぱいいて賑やかだが、休日はひっそりしている。カフェ・オレを買って病室へ戻り夫とお茶をした。
p.m7:00 フジテレビで『子供病院24時間』と言うのをやっていた。5歳で悪性リンパ腫を発病し、私と同じように抗がん治療をしている子供の事をやっていた。こんなに小さな子供も病気に勝つために苦しい治療に耐えているんだと思ったら、グチなんか言ってられない私も頑張らなきゃって気持ちがムクムク湧いてきた。
p.m8:30 地震があった。最近度々地震がある。K看護婦さんが地震の直後様子を診に来てくれた。もし、大きな地震や火災が発生した時どうすれば良いかについて話してくれた。
13日

(日)
a.m6:00 頭痛がする。
a.m10:30 熱37.1  血圧116/60  少し体がだるい。口が渇く。
p.m5:30 熱36.3 熱は下がってきたが、頭と喉が痛い。
p.m8:00 熱っぽいせいか気温がいつもより高いせいか、汗びっしょりになったので、寝る時掛け布団1枚だけで寝た。
14日

(月)
a.m7:00 熱36.8  検尿  採血・・・白血球数2800
相変わらず頭と喉が痛い。
p.m2:20 風邪っぽいようなので、鎮痛剤、抗生剤が出された。この時期に風邪をひくなんて・・・・ショック。退院の予定は風邪の具合で18日以降になるかもしれない。22日に大学病院の外来へ行くように言われた。
p.m2:30 マッサージ  G先生から風邪にはうがいが一番、トイレに行く度毎にでもうがいをするだけでもだいぶ痛みがひいてくると言われた。
p.m6:00 熱36.7  今日の採血の結果では風邪による異常の症状は出ていないらしい。17日にもう1度採血してみて、それから発熱がないようなら18日には退院できそうとの事。
退院予定日が延びてしまった。仕方ないね・・・・。
大学病院へ入院するまでの間、買い物など外出はさけるように、外出する時はマスク着用との事。
p.m9:30 夫からTELがあった。「Iさんから手紙が来てたよ。」と夫。それから帽子を買たので今度来る時それを持ってきてくれるそう。脱毛のため、すっかり頭が薄くなってしまったので、寒さよけと人目よけ(?)のために。
15日

(火)
a.m6:30 熱36.6  頭痛はまだあるが喉の痛みはだいぶ楽になった。
久々良い天気、シャワーも久々に浴びた。
a.m9:00 Y先生が来てくれた。退院後、掃除はホコリがたつからだんなさんにやってもらうように、洗濯や料理作りぐらいならやっても良い。お酒は晩酌程度、ほどほどに・・・、との事。
a.m10:00 熱36.6  少し動悸がする。脈も78と少し早目。
p.m1:30 マッサージ
今週に入ってから口の不味いのがなくなり、すごく食欲が出てきた。
16日

(水)
a.m7:00 シャワー
洗濯してあるパジャマの中にカメムシがいた。又一人で大騒ぎ。学生さんに採ってもらった。
今日から蓄尿をしなくてよくなった。すっごい開放感
頭痛、喉の痛みもだいぶ楽になった。
a.m9:00 Y先生が来てくれた。18日に紹介状を渡すから、22日にそれを持って大学病院へ行くように言われた。いつ入院かはその時言われるのではなく、ベットが空き次第自宅に電話があるだろうとの事。
a.m11:30 同部屋だったWさんが来てくれた。11月の始めに、だんなさんの仕事の関係でタイへ転勤になったらしい。私も18日には退院をしてしまうから、今までのようには会うことは出来なくなるけれど外国へ行ってしまうと思うと何だか寂しい。Wさんも病気を抱えての海外生活にはとっても不安があると言っていた。自分の体を第1に考えて元気に暮らして欲しいと思う。
p.m1:40 マッサージ  G先生と日本シリーズの話に花が咲いた。
p.m2:10 久し振りに屋上へ行った。今日、八ヶ岳に初雪が降ったとニュースで言っていたが、天気が良かったため既に溶けてしまっていて観る事は出来なかった。あんなに飛んでいたトンボ、もうどこにも飛んでいなかった。
p.m7:30 妹が洗濯物を持ってきてくれた。明日は用事があって来れないとの事なので、今日でお別れ。ほんとに妹にはお世話になった。
持ってきてもらったパジャマにカメムシがいないか確認したら案の定、またいたので採ってもらった。パジャマの中にいたのはこれで3度目。いつも母が洗濯してくれているのだが一応確認してたたんでくれている様だ。お世話になっている身、文句は言えないのだが・・・。
17日

(木)
a.m6:30  熱36.6  採血・・・白血球数2600
晴天、今年一番の冷え込み。再び頭痛、喉痛
p.m1:10 選挙  病院内でやってくれるとの事なので不在者投票に行った。
p.m1:40 投票から帰ったら、同部屋だったAさんが来てくれたみたいで、はがきと折り紙で作った手毬が置いてあった。Aさん、有難う。せっかく来てくれたのに会えなくて残念。
p.m2:00 マッサージ   退院して自宅に戻ったら、急にバタバタと動くと疲れるから少しずつ動く量を増やすようにと言われた。
p.m5:00 Y先生が来てくれた。白血球がまだ少ないのでせめて21日までは外出しないように言われた。今使っているイソジンが終わったら後は水でうがいをするように。
ファンキゾン(抗生物質)は1本出しておくけれど、これが終わったらもう飲まなくて良いとの事。
もう少しの辛抱でファンキゾンから開放される、やったー。
p.m7:00 私の実家と夫のところへ報告がてらTELした。
18日

(金)
いよいよ退院♪
a.m9:00 Y先生が来てくれた。まだ白血球が少ないから1週間くらいは生ものは食べないようにとの事。
「長い間いろいろとお世話になりました。」とお礼を言った。
a.m9:30 夫と荷物の整理をしていたらK看護婦さんが会いに来てくれた。K看護婦さんにはいろんな面でとってもお世話になった。お別れするのが何だかとっても寂しかった。お互い、住所の交換をした。
a.m10:30 退院
天気がとても良かった。まだ入院はあるけれど、とりあえず第1段階突破。死ぬまでここを出られないかも・・・と思った時期もあったな〜。夫と二人で我が家へ帰れる事に幸せを感じた。
19日

(土)
熱36.1
頭痛がする。
久し振りに洗濯をした。
少しでも体力をつけておこうとNHK体操とダンベル体操を無理のない程度にやった。
20日

(日)
熱35.9 
ダンベル体操
無理のないように家事をしているつもりだが、ほとんど今まで寝てばかりの生活、ちょっと疲れてしまった。
21日

(月)
熱36.3
NHK体操、ダンベル体操
部屋の掃除を少しだけした。窓を開けると頭が寒いので、バンダナを巻いてやった。もちろん、マスクもして・・。
22日

(火)
熱36.1
大学病院へ行った。
私の治療の指示をK病院にしてくれていた先生はこの先生だったんだ、と、O先生の顔をマジマジ見てしまった。40歳少し前くらいだろうか・・穏やかで優しい感じの先生だった。
入院日は後日TELで連絡してくれるそう。
ホジキン病は30代前後の女性がなりやすいなど、病気の事をいろいろ説明してくれた。
採血(この時の結果で後に大きなショックを受ける事になる)、レントゲンを撮った。

病院から戻ったら疲れがドッと出た。
23日

(水)
熱36.6
洗濯、風呂掃除などした。
入院の準備も少しずつ始めた。
NHK体操、ダンベル体操
夜、大学病院から28日から入院して欲しいとTELがあった。いよいよか・・。
24日

(木)
熱36.1
風呂掃除、洗濯、Yシャツなどのアイロン掛け
またしばらく入院になるからと思い、新聞やダンボールを縛ったりした。
NHK体操、ダンベル体操
25日

(金)
熱36.1
トイレ掃除
夏物、冬物の洋服の入れ替えをした。
体調が良いときに少しずつでも家の事をやっておきたかった。夫への負担も少しは楽になるだろうし、きっとまた何ヶ月も帰れないだろうから。
NHK体操
26日

(土)
熱36.2 
洗濯
久々にお昼は外食。ラーメン
同部屋だったAさんとIさんに手紙を書いた。
27日

(日)
熱36.2
洗濯、風呂掃除
いよいよ明日から入院だ!!
28日

(月)
雨・・・・高速を使って1時間半かかる大学病院へ、夫の運転で行った。
a.m10:30 看護婦さんに病室へ案内される。6階の6人部屋。「今日から入院になるひまわりさんです。」と病室の5人に看護婦さんが言ってくれた。「よろしくお願いします。」と私。同部屋の人たちと仲良く入院生活が送れれば良いなと、少し緊張気味。その反面今度は大部屋だから一人きりじゃないんだと、ちょっぴりウキウキ。
体重や身長、熱などを測った後、夫と二人、看護婦さんから入院に関して説明などが別室であった。この時、「病名は何と言われてきましたか?」と尋ねられた。この言い方に少しびっくりした。いかにも、もしかしたらあなたが以前の病院で教えられた病名は嘘かもしれませんよ、とでも言いたげに聞こえた。あまり気分が良くなかった。考えすぎかな?確かにほんとの病名は教えてもらえなかったけど・・・。
a.m12:30 お昼、あまり食欲がなかった。   
p.m2:00 研修医のS先生から「担当させてもらうことになりました。」とご挨拶があった。
p.m6:30 主治医のN先生からこれからの治療の説明が別室であった。
やはり「病名は何て教えられた?」と聞かれた。K病院ではリンパ腫ホジキン病と教えられたが本で調べた時に書いてあった「悪性リンパ腫ホジキン病」と答えた。「U期だよね?」と聞かれたので、本で調べた症状からすっかりV期だと思い込んでい私は、「えっ、V期じゃないんですか?」と答えたらカルテを確認しに行ってくれた。U期だったようだ。
入院は1ヶ月〜1ヵ月半の予定。放射線の副作用には味覚障害(場合によって一 生残る)、車酔いのような吐き気、肺炎、食道炎、喉の渇き(2年以上残る 人もいる)などがあるとの事。(抗がん剤ほどキツイ副作用はないだろうと簡単に考えていたが、 考えが甘かったかな・・)と思った。
始めは首、喉、脇の下、肺と広い範囲に当て、その後首と肺にそれぞれかける。
毎日照射するが、白血球がすごく下がってきたりあまり副作用が辛い時は何日か間を おいてやる場合もある。
週末は気分転換を図る意味でも基本的には自宅へ帰れる。(うそ〜?ほんと〜!や った〜!!)
今週の金曜日に夫へも先生から直接説明をしてくれる。(今日は既に夫は帰ってしま った為)
明日は顔へつけるプロテクター作り、明後日から放射線治療開始の予定
このような説明があった。

22日に白血球・・・3100

同部屋の私以外5人のうち3人(後に4人)が悪性リンパ腫との事。自分以外でこの病気の人と接したのは初めて。辛い思いをしているのは私だけじゃないんだと思った。私以外は皆、非ホジキンだった。
29日

(火)
a.m7:00 昨夜はトイレに2、3度起きた。眠りが浅かったようだ。今朝、頭痛がする。
a.m9:00 熱36.6  血圧115/58  採血4本・・・白血球6600
a.m11:00 CT
p.m12:30 プロテクター作り
p.m1:30 私の実家へ様子を伝える為手紙を書いた。ポストへ出しに行ったついでに売店へ寄ったり、あちこち病院内を見てまわった。
p.m9:30 N先生とS先生が来てくれた。
放射線治療、副作用がそれほど酷くなければ25回の予定。全体に17回照射した後、首と肺の部分を8回やるとの事。
30日

(水)
今日から放射線治療開始

a.m11:00 第1内科で診察
p.m12:00 肺機能検査・・・放射線の照射前と後と、肺機能の比較をするためとか。
p.m4:00 放射線治療・・・いつ呼ばれるんだろうと呼ばれるまで落ち着かなかった。
いろんな角度から写真撮りもしたため、時間がかかり疲れた。
少し左側の喉がヒリヒリする。
p.m8:30 夫へ今日やった事の報告をした。

便秘気味
31日

(木)
昨日と違って今日は下痢気味。
胃が少しむかつき吐きっぽい。頭痛、喉も少し痛い。
照射1日目にしてこんなに副作用が出るなんて・・・先が思いやられるな〜
a.m8:00 朝食、少ししか食べられなかった。
a.m10:00 熱36.7
a.m12:00 朝食より食べられたが食欲がなくあまり食べられなかった。
p.m1:30 イソジンを出してもらった。吐き気止めの薬も出してくれるとの事。
p.m2:00 2回目照射
p.m2:30 胃がムカムカしていたがコーヒーが飲みたくなったので飲んだ。が、あまり美味しく感じなかった。病室の皆と話をしていたら気分がだいぶ楽になった。
p.m4:00 K病院の時の主治医で途中で大学病院へ来たS先生が会いに来てくれた。
何年振りかの友に会ったような気持ちだった。
p.m4:30 入浴・・・少し疲れていたので入るのどうしようかと思っていたが入って良かった。気分もすっきり、体もさっぱりした。
p.m6:00 夕食・・・1/3も食べられなかった。
p.m7:45 夫へTEL
p.m7:30 N先生、S先生が来てくれた。
「水分をしっかり摂る事。このまま明日もほとんど食事が摂れなければ明日点滴をするから。もし明日帰宅出来たとしても自宅で何も食べられなかったら直ぐ病院へ戻ってくる事。良いね?」と念を押された。
とにかく少しでも頑張って食べなきゃ、点滴は絶対やだ。
p.m12:10 吐き気が酷く眠れないので看護婦さんに吐き気止めの座薬をもらった。その後、少し楽になり3時間ぐらい眠れた。

        闘病記 TOP