1 氷川神社とは
2 氷川の社名の由来
3 氷川神社の祭神 ◎須佐之男命 ◎稲田姫命 ◎大己貴命
4 氷川神社と武蔵国造
5 大宮氷川神社・氷川女体神社・中川氷川神社の三社・三神について
6 宮の氷川神社・中氷川神社・奥氷川神社の三社関係について
7 氷川三所大明神(世田谷区喜多見・大蔵・宇奈根)
8 氷川神社と江戸氏
参考文献
1 氷川神社とは ![]()
氷川神社は、東京都・埼玉県に多く、元荒川(荒川の古い河流)を東の限界とし、西は多摩川を限界とした区域にのみ多い神社です(その他の地方では、神奈川県・千葉県・北海道に1社、茨城県・栃木県に2社あります)そしてその多くは、埼玉県大宮市にある大宮の氷川神社の分霊を移し祀ったといわれております。
2 氷川の社名の由来 ![]()
島根県の簸川(ひかわ)の川上にある出雲大社の分霊を移し祀ったところから、その川の名前をとり、氷川(ひかわ)神社としたとされています。また、氷川の「川:カワ」の意味は、泉・池であり、水源を神聖視しそこに氷川神社を祀ったともいわれています。
3 氷川神社の祭神 ![]()
氷川神社の祭神は、須佐之男命(すさのおのみこと)稲田姫命(いなだひめのみこと)大己貴命(おほなむちのみこと)の三神です。
◎須佐之男命
須佐之男命は、出雲国簸の川上で八岐大蛇を退治し、稲田姫命を妻と迎えました。また、新羅に渡り日本に植林法を伝えた神さまです。暴風雨神としての神格は、水や雷の信仰に裏付けられた農耕に関連しています。雷雨は転じて、田を稔らせる神、田に必要な神として農事に祀られています。このように多面的な神格のなかに、農耕守護神としての性格もあります。その御子孫には多くの田の神・水の神がおられ、八坂神社・熊野神社・津島神社など各地で農神・疫神・英雄神として信仰があります。
◎稲田姫命 ![]()
櫛稲田姫は、出雲の簸(ひ)の川上流で、八岐大蛇のいけにえになるところを須佐之男命に助けられ、須佐之男命の妻となりました。
クシナダヒメの語意は、『神道辞典』に「クシは霊妙、したがってクシナダは、不思議に豊かに実る田」と記されております。その名の通り農耕神と結びつくようです。
◎大己貴命 ![]()
出雲神話の主神で、大国主神です。素盞嗚尊の六世の孫・御子ともいわれて、多くの活躍をした神です。国土開発・経営・農業、畜産・医療・禁圧(まじない)、または、健康祈願の神・福徳の神など非常に多くの功績がある神です。
4 氷川神社と武蔵国造 ![]()
氷川神社は、出雲国造と同祖である武蔵国造が祀った神社です(国造(くにのみやつこ)と読み、神に仕えるとともに県知事としての役割をしていたようです)。氷川神社は、武蔵国造を賜った兄多毛比命(えたもひのみこと)が、先住者が祭祀を行っていた所に、それを尊び須佐之男命を祭神として祭り、その勢力の拡大に伴い各地に氏神として氷川神社をの分霊を移し祀ったといわれています。
5 大宮氷川神社・氷川女体神社・中川氷川神社の三社・三神について ![]()
現在の祭神は、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命の三神ですが、維新前は、大宮氷川神社(須佐之男命:男躰社:埼玉県大宮市高鼻)・氷川女躰神社(稲田姫命:浦和市三室)・中川氷川神社(大己貴命:簸王子社:大宮市中川)とし、それぞれ見沼周辺に位置していて、別々の社殿に祀られており、もとは、氷川神社の祭神は素盞嗚命一座であり、後に、現在のように三神を祀ったようです。
6 大宮の氷川神社・中氷川神社・奥氷川神社の三社関係について ![]()
大宮の氷川神社・中氷川神社・奥氷川神社は、東西ほぼ同一線上に一定の距離を置いて鎮座しており、その三社関係については「奥・中」の称等によりいろいろな説があります。この三社の関係で、奥氷川神社が最初の氷川神社であろうとする説も述べられています。
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