御  神  徳


麒麟右麒麟左 この神の語義が出雲の須佐の男神で、また荒(すさ)ぶるという恐ろしさを持っている。と同時に恐ろしさに対する慎みというものを持っている。
 悩めるもの、苦しめるものの胸中を知り、自分の名を祈るものに対し喜んで救いの手をさしのべられたのもそのためである。恐ろしさが進んで愛の神となる。信仰は恐ろしさと愛の両面を持つことによって、いよいよ完全な信仰となる。
 平安時代に疫病の流行があり、その退散を願う信仰が寄せられ、全国に普及するに至った。また八岐の大蛇(やまたのおろち)を退治されたことは、人命を救い農耕の害物を押さえたことを示すものであり、清明を尊ぶ者を守ると信じられた。
 『八雲立つ出雲八重垣妻こみに八重垣つくるその八重垣を』の歌をつくられたことは、人間の最後の願いは美しき妻をめとり、安住の天地を作るにあることをお教えられたものである。要するにその信仰は清く 正しく 睦まじく 強く、すべてのものを生かし 伸ばし 育てるという御教えである。
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