Poem by ひかり.S
ベッドに横たわりながら
とりとめのない話を妻とする
「また野辺山に行きたいね」
「SLホテルまだあるのかな」
「あるでしょう」
「あそこの寝台車は寝苦しかった」
「わたしはぐっすり眠れた」
そう 妻はどこでもいつでも眠ることができる
ぼくは ほとんど一睡もできなくて
明け方のレタス畑を歩き回った
朝靄にかすむ木々が幽玄な墨絵のようだった
あの頃からだろうか
時の重さを感じはじめたのは
「清里はまだ混んでいるのかしら」
「昔はいいところだったのに」
駅の周りには ふるびた雑貨店や山小屋風の喫茶店
少し歩けば白樺の美しい牧場や
ちいさな教会がある
鄙びた静かな高原だった
学生時代の合宿で大酒を飲み
二日酔いの遅い朝
目がくらむほどの紅葉が八ヶ岳のま下に
雲海のようにひろがっていた
妻と二人で出かけた夏は
ピンクの出店やお城のようなペンションに車の波
海にでも来たような若者たちでにぎわっていて
さんざん文句を聞かされた
そう 妻はいつでもどこでも不平を言える
山に向かって野辺山を歩いた
山は霧で見えなかったけれど
タルコフスキーの映画に出てくるような
幻想的な草原に出会って
やっと機嫌がよくなった
「アイスクリームは食べたんだっけ」
「うん 牧場で」
赤岳が霧の向こうに岩肌をぬっと出し
雄大なアイスクリームだった
「ああ また野辺山に行きたいな」
「あの頃は元気も余裕もあったね」
今が一番シアワセだと信じていられた頃だった
歳をとるということが
どういうことかも知らないで
そう あの頃は周りもみんな健在だった・・・
妻は いつも今を見ている
ぼくは つい過去に引きずられる
前を見なければ
生きている人を大切にしなければ
いつのまにか妻は枕を抱いて
気持ちよさそうに眠っている
高原の風に吹かれて アイスクリームをなめている
そんな夢でも見ているのかもしれない
「野辺山と妻と」
清里・野辺山の思い出と、
妻へのねぎらいの気持ちを書いてみました。
Poem & comment by ひかり.S