「ジークフリート」

poem by ひかり.S

 

十八歳の夏

訳も分からず

恋する人についていき

初めて登った南アルプスの山

三千メートルもあったのだが

田舎の山で鍛えていたので

(八百メートル足らずの低い山だったけれど大好きだった山)

すいすい登って彼女を驚かせた

崖にかかった梯子には

さすがに脚がふるえたけれど

 

二人で山小屋の仕事を手伝って

夜の七時に床につき朝の三時に起床した

頂上は手の届くところにあったのに

僕は恋する人といるのが精一杯で

登ってみようとも思わなかった

もしもあのとき山頂に立っていたら

どんな人生が見えたのだろう

 

天水の冷たさ

朝焼けの富士

輝く空気

密かな肌の交わり

麓の街のきらめき

僕の胸に刻まれた

鮮烈な記憶たち

 

「風を描きたいの」

彼女は言って

雲のわき上がる尾根を描いた

僕はスケッチブック一杯に

目の前に聳える頂きを描いた

 

もしもあのとき山頂に立っていたら

どんな人生が見えたのだろう

 

恋した人と

スケッチブックはなくしてしまって

十八の体力と

北岳の山頂はもう二度と

もどってはこないけれど

 

せめて

恐れをしらない

ジークフリートのような

若き日の情熱よ

再び

 

 


comment

いつでもできそうに思えたことが

実は難しいことで、二度とチャンスが巡ってこない

ということは、世の中よくあることのようです。

 

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