郊外

<長岡京市>・柳谷観音楊谷寺 ・長岡天満宮 ・乙訓寺 ・洛西光明寺


 柳谷観音 楊谷寺(ようこくじ)−散策

眼病に霊験あらたかなる清水が涌く、柳谷観音・楊谷寺

 「眼の病気に効く水を、これから貰いに行く」という友人に付き合った。その場所は、長岡天満宮から南西方向の山の中にある柳谷観音楊谷寺。
 行き方は、阪急電車・京都線の長岡天神駅から西へ(府道79<伏見柳谷高槻線>号)、長岡天満宮の八条ヶ池の横を通り過ぎたところで左(南)に折れ、村田製作所の前を通り過ぎ、道なりに更に行くと、やがて人家もマバラとなり竹林に変わる。上り坂の山道となるが、ほどなく柳谷観音楊谷寺に着く。徒歩で行くには、かなり距離があり坂道も厳しい。長岡天神駅から車で十数分、駐車場もあるので、車が便利。
 霊水(独鈷水)の湧く井戸は、石段をのぼり、表門の左手にある社務所脇の奥にある。友人が持参したペットポトルに柄杓で霊水を汲み入れている間、私は側にあったコップで霊水を一口いただいた。
 なお、こんな注意書きが井戸の側に書かれている。

この後、本堂、奥之院へお参り。平日の昼前だったが、次々と霊水を頂きに来られる方がおられた。

  楊谷寺は西山浄土宗光明寺の末寺。ご本尊は、十一面千手千眼観世音菩薩。大同元年(806年)に、京都・東山の清水寺を開祖された延鎮(えんちん)僧都によって開山されました。
 僧都は、ある夜、夢の中に観音菩薩が現れ、京都・西山へ行けば、生身の観音菩薩を仰ぐことが出来るとのお告げを受けられました。直ちに西山に行かれ、柳の生い茂る渓谷の巌上に、夢で告げられたとおりの生身の観音菩薩を発見されました。これが十一面千手千眼観世音菩薩です。
 僧都は、早速その場所に堂宇を建てられ、日夜ご給仕をされていましたが、清水寺のご本尊に関わる大切な任務があるため帰洛されました。こうしたことで、楊谷寺は延鎮僧都を開山第一世、弘法大師(空海)を第二世と仰ぎ、本堂東堂に大師像を安置しております。
 毎月十七日、十八日の縁日では本尊がご開帳され、多くの参拝者で賑わいます。 詳しくはお寺までお問い合わせください。


■奥之院
 境内にある奥之院(昭和初年に再興、洛西観音霊場第十番札所)には、十一面千手観音がまつられています。この奥之院の横に、男女和合、恋愛成就、夫婦円満に功徳あらたかな愛染明王堂があります。また、奥之院への参堂は「あじさいの道」として整備され、現在27種、約4,500株が植えられており、6月下旬から7月中旬が見頃と言われています。 


   奥之院                               愛染明王堂


■独鈷水(おこうずい)
 境内にある岩穴から涌き出る清水は、弘法大師(空海)の祈祷により眼病平癒(眼病が快方に向かう)の霊水(独鈷水)となり、眼を病む人々から広く信仰されています。

独鈷水の由来
 延鎮僧都が清水寺に帰られた後、弘法大師(空海)が長岡京・今里にある乙訓寺の住職として入山され、たびたび楊谷寺に参詣し観音菩薩を拝せられていました。
 ある時、堂の傍らにある巌窟の涌き水のそばに、親子の猿を見つけられました。よく見ると盲目の子猿の目を親猿が一生懸命洗っています。猿の親子は毎日やって来て同じ動作を繰り返していましたが、十七日目に子猿の眼がパッチリ開き、親子の猿は喜んで山に帰っていきました。
 大師はこの光景を見て、その不思議な涌き水を、眼病に悩む人々の為の霊水にしようと決意され、独鈷でもって深く掘り広げ、日夜涌き水に加持祈祷をされて、十七日目の満願の日に、明眼利生、眼病平癒の霊水に成就されたのです。

「み仏のなびく柳の谷水は汲むに老いせぬ薬なりけり」と詠まれる当山御詠歌は、この霊水を詠ったもので す。楊谷寺ではこの霊水を、独鈷水(おこうずい)と呼び現在に至っております。そして、弘法大師を第二世と仰ぎ、本堂東堂に大師像を安置しています。

 

【独鈷】トッコ、ドクコ
 元来は古代インドの武器。仏具として用いる。煩悩(ぼんのう)を破るものとされる。

 

                               


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