
洛外 <長岡京市> ・柳谷観音楊谷寺 ・長岡天満宮 ・乙訓寺 ・洛西光明寺
光明寺
(こうみょうじ)
桜便りに誘われ、長岡京市にある光明寺へ出かけた。阪急・長岡天神、JR長岡京からバスが出ていて、モミジの頃は多くの人で賑わうが、桜の季節はそれほどでない。
ここ光明寺は、法然上人が43歳の時、日本で最初に念仏を唱えた所。
重厚な造りの総門をくぐり、なだらかな石段を進むと正面に御影堂(本堂)が現れる。手前の勧化所で、近所の方であろう何組かの老人が雑談される姿を見かける。天気もよいので、のんびりと時を過ごされているのであろう。
御影堂の横にあるのが法然上人の石棺。この石棺の横を奥へ行くと阿弥陀堂。阿弥陀堂には、源平の戦いで有名な熊谷次郎直実(蓮生法師)が、堅田(滋賀県)の浮御堂から背負ってきたという、阿弥陀如来像(恵心僧都作)が安置されている。
阿弥陀堂の左手奥にあるのが御本廟で、法然上人のご芳骨が納められている。拝殿は急な石段の上にあるが、太い竹で人止めがしてあるので、石段の下で合掌。さらに奥へ進み、石段を下りると法然上人を荼毘にふした火葬跡がある。直ぐ近くに法然上人が比叡山を下りて、西都(奈良)の学匠を訪ねられる途中、宿を借りられた高橋茂右衛門宅跡
がある。光明寺の歴史を物語る伽藍と広い境内は、気持ちを落ち着かせてくれ、桜も十分に楽しむことも出来た。
西山派浄土宗総本山光明寺は、京都・西山の麓、粟生野(あおの)広谷にあり、宗祖円光大師・法然上人が最初にお念仏の教えを説かれたところです。
浄土宗の宗祖、法然上人は美作国久米条の稲岡荘(現在の岡山県久米郡)で久米郡押領使、漆間時国(うるまのときくに)の子として生まれた。幼名を勢至丸といったとも伝えられるが定かでない。
父が没し、近在の寺へ入ったが、資質を見抜いた院主の観覚は「進上大聖文珠像一体」の送り状を付して比叡山西塔北谷の持法房源光のもとへと送った。この時13歳。
ここで天台教学を学んだが、十八歳で隠遁(いんとん)して西塔の念仏別所である黒谷の慈眼房叡空の庵室に入り、初めて法然房源空と名のった。
黒谷での法然房は念仏三昧に明け暮れ、天台宗のみならず諸宗の教えを学んだ。また、南都・法相宗の蔵俊や醍醐・三論宗の寛雅、仁和寺の華厳宗の慶雅などの諸宗の名匠・碩学(せきがく:大学者)を訪ね、教えを受けるなどして、その知識を深め「知識第一の法然房」と呼ばれる間でになった。次第に天台宗の念仏に疑問を持ち始め、天台念仏と決別した。師の叡空と別れ黒谷別所を離れなければならなかったのはそのためである。
さて、光明寺は、建久9年(1198)一の谷の戦いで有名な武将、熊谷次郎直実(蓮生法師)によって創立され、法然上人を開山第一世と仰いでいます。
熊谷次郎直実は、戦による積もる罪業を償い、後世菩提の道を求めるために、東山・吉水(大谷)の御庵室に居られた法然上人を訪ねました。その時、上人からありがたいお言葉をいただいたことで、直ちに剃髪、弟子入り。上人から法力房蓮生との名をいただき、上人の教えを受けました。しかし、吉水の地は馬車の音がやかましく、人の往来も激しいので、静かな所で余生を念仏三昧に過ごしたいと願い、上人ゆかりの粟生野・広谷の里に寺を建てました。ご本尊には、蓮生が弟子入りする時に背負って持ってきた、江州堅田(滋賀県)の浮御堂千本仏の中尊仏である、阿弥陀如来像(恵心僧都作)を安置しました。入仏落慶法要を営み、法然上人に開山第一世と仰ぎ、自らは第二世となった。この時、法然上人から「念仏三昧院」の寺号をいただいた。この念仏三昧院が光明寺の前身です。
第三世、幸阿上人の代の建暦2年(1212)1月25日、法然上人は80歳で亡くなられ
遺骨は東山・吉水(大谷)に埋葬されました。しかし比叡山の僧は、上人の墓を暴き、遺骨を鴨川へ流そうと企てました。それを知った上人の弟子たちは密かに石棺を持ち出し、
嵯峨・二尊院、そして太秦・西光寺と移しました。ある夜、上人の石棺から数条の光明が放たれ、南西の粟生野の地を照らすという不思議なことが起こり、上人ゆかりの粟生野・広谷の里(「念仏三昧院」)で荼毘(火葬)に付して裏山に遺骨を(現・御本廟)埋葬しました(右の写真)。
仁治3年(1242)1月9日、四條天皇から「光明寺」の寺額を賜り、これ以降寺号を光明寺と改められた。そして、永禄6年(1563)3月10日、正親町天皇から「法然上人の遺廟光明寺は浄土門根元之地と言ってよし」と賜り、光明寺が「浄土一宗の御本廟」と定められ、「浄土門根元之地」といわれることとなった。
光明寺は開創後、応仁の乱、そして元亀の乱、天正の乱の兵火に遭遇。さらに享保19年(1734)に火災を起こして殿堂のほとんどを焼失した。現代の殿堂のほとんどは、以後の再建によるものであるが、洛西無比の大伽藍である。秋の紅葉の名所でもあります。
光明寺の所在地など
・ 〒
・光明寺へは、JR長岡京(西口が便利)から阪急バス・20.22系統で約20分。又は、阪急長岡天神(西口が便利)から阪急バス・22系統で約10分の利用が便利です。
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