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十輪寺(じゅうりんじ/通称 なりひら寺)
天台宗
京都市西京区大原野小塩町481
平安時代の歌人・在原業平ゆかりのお寺、十輪寺(じゅうりんじ)。
天気も良く、サクラが咲くには少し早いが、梅が咲き残っていないかと思い洛西・大原野へ出かけた。
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| 本堂:創建当時の伽藍(がらん)は応仁の乱で焼失しています。現存のものは寛延3年(1750)に再建されたものです。屋根は鳳輦形(ほうれんがた)という御輿をカタチどった非常に珍しい形です。内部天井の彫刻も独特の(手前が神社風で、奥側が寺風)意匠が施されていました。文化財指定。 |
庭園(三方普感の庭:さんぽうふかんのにわ): 寛延3年(1750)、右大臣藤原常雅公が本堂再興したときに造られたもので、高廊下、茶室、御殿の三ヶ所から、場所を変え見る人に様々な想いを感じさせる、いわば”心の庭”です。 ・ 写真は御殿から見たもの。 |
◇十輪寺の所在地など
・ 京都市西京区大原野小塩町
・十輪寺へは、JR向日町駅または 阪急東向日駅から阪急バス(66系統)善峯寺行きに乗り、「小塩」で下車、直ぐ近くです。
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業平の塩竃跡平安時代の歌人・在原業平(ありはらなりひら)は、当時、勢いを増してきた藤原氏に抑えられ、政治的には不遇の日々をおくっていたようです。
50歳過ぎからこの十輪寺に住み始めましたが、業平にとって、この大原野里は美しい自然と静かな環境に恵まれ、心を癒すのに都合が良かったのかもしれません。当時、貴族の風流な野遊びの一種に塩焼きがあります。
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塩竃の跡 |
業平は、境内の小高い丘に塩竃(しおかま)をもうけて、煙をたなびかせました。業平の母が十輪寺から北へ1キロ余り離れた大原野の上羽村に暮らしており、その母を慰めるためとも。また、忘れられない恋人・二条后(藤原高子)への思いを煙にたくしたとも伝えられています。業平には、煙の如く消え去った優雅な生活を惜しむ気持ちがあったのかも知れませんね。
本堂の裏山には、業平が煙をたなびかせたという、塩竃の跡があります。
塩竃は、直径5メートルほどの窪地の中で、周囲は円形にしめ縄が張り巡らしてあります。
なお、境内の「なりひらモミジ」が色づく頃の11月23日、業平を偲んで塩焼きが再現されます。この日は大原野の里に、かっての日のように紫の煙がたなびきます。
「小塩」という地名は、この塩焼きにちなんで付けられたといい、遠く難波津(大阪)から運んできた海水を溜めたと伝えられる、汐汲池が飛び地境内にあります。
■業平の墓
在原業平は、父が平城天皇の皇子である阿保親王。母は桓武天皇の皇女である伊都内親王。天皇家にご縁があります。天長2年(825)に誕生、元慶4年(880)
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| 十輪寺にある業平の墓 | 吉田山の竹中稲荷社・天満宮の後方にある業平塚 |
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