<宇治市> ・萬福寺 ・三室戸寺 ・興聖寺 ・宇治上神社 ・宇治神社 ・橋寺(法生院) ・橋姫神社 ・平等院 


宇治神社 (うじじんじゃ)   京都府宇治市宇治山田1

祭神:菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)

  もとは近くの宇治上神社と二社一体で、宇治上神社を本宮または離宮上社、宇治神社を若宮または離宮下社と呼び、明治16年(1883)に分社されるまで、両社をあわせて宇治離宮明神(八幡宮)と総称されていた。祭神は、応神天皇の皇子菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)。

 宇治川に面した本道から鳥居をくぐり、なだらかな石段を登り詰めると境内。石段の最上部に立つと前に拝殿、その背後に本殿がある。平安中期の永承7年(1052)、藤原頼通(ふじはらよりみち)が平等院の創建にあたり鎮守社とし て以来、平安時代の貴族に崇拝され賑わったとされる。

 本殿は鎌倉時代初期の建築で、重要文化財に指定されている。菟道稚郎子命は宇治の産土神として、また学問の神として崇められている。宇治神社に面して流れる宇治川の中流には二つの島がある。上流の島を塔ノ島、下流が橘島で、総称して浮島と呼ばれている。大昔から、この辺りは 交通の要所であったことから、川を挟んだ合戦も多い。中でも有名なのが元暦元年(1184)に木曽(源)義仲追討の命を受けた初陣の源義経との合戦。義経の 配下の梶原景季(かじはらかげすえ)と佐々木高綱(ささきたかつな)が先陣争いをしたところで有名。その故事を伝える碑が橘島の北に建てられている。この合戦のその後で義仲は近江へ敗走したが追走してきた義経の配下の放った矢により亡くなった。また、義経は醍醐から東山の阿弥陀ヶ峰を経て京へ入り、後白河天皇のいる御所(六条西洞院)に参上している。

   
境内、手前が拝殿で、背後に見えるのが本殿   宇治神社の本殿   橘島に建つ「宇治川先陣之碑」。対岸に宇治神社がある(写真の右奥)

 

◇宇治神社の所在地など
・住所:〒611-0021京都府宇治市宇治山田1  電話:0774-21-3041
・拝観:境内拝観自由
・アクセス:京阪宇治線宇治駅下車徒歩5分。JR奈良線宇治駅下車徒歩10分。


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