等持院(とうじいん)  

臨済宗天龍寺派 万年山 等持院  京都市北区等持院北町63 〒603-8346

 通りに面した山門から続く参道は長い。石畳から砂利の道に変わると目の前に、立派な庫裡の屋根が見える。庫裡へ入ると、すぐ右手に方丈(本堂)で、本尊の釈迦牟尼仏が安置されている。方丈庭園を眺めながら広縁を歩くと鴬張りの廊下がキュキュと鳴く。渡り廊下の向こうに霊光殿があり、正面中央には足利尊氏の念持仏の地蔵菩薩像が祀られ、周囲両側には歴代足利将軍木像がずらり13体(五代義量(よしかず)と十五代義栄(よしひで)の像が無い)、そして徳川家康像が並べられている。
 余談だが、文久3(1863)2月、尊攘派浪士が木像のうちの初代将軍尊氏(たかうじ)、二代将軍義詮(よしあき)、三代将軍義満(よしみつ)の首を抜き取り、三条河原でさらし首にするという事件にあっている。さらに、この霊光殿の北庭に足利尊氏の墓があり、その後方、池の向こうに足利十五代供養塔が見える。ここ等持院は、歴代の足利将軍を祀る廟所なのである。 

 

 
山門   庫裏   何処かで見たこの屏風、そう天龍寺と同じ。
         
   
方丈の庭園   霊光殿の内部   足利尊氏の墓(中央)


 等持院は、暦応
4(1341)、足利尊氏(あしかがたかうじ)が衣笠山の山頂にあった仁和寺の子院を譲り受け、この地に移築して等持寺の別院として中興、改宗し天龍寺の夢窓国師(むそうこくし)を開山としたのが始まり。その後、尊氏が没したときこの寺で葬儀を行い、等持院とし天龍寺末寺となった。以後、足利将軍家の菩提所となった。
 方丈と書院の前に広がる庭園は、夢窓国師の作庭と伝えられる。庭園は回遊式で、茶室「清漣亭(せいれんてい)」と芙蓉池
(ふようち)を持つ西庭と、心字池(しんじち)中心の東庭とに分けられる。特に西庭は、衣笠山を借景に取り入れ石組みの間に草木、花木をあしらいており、書院にすわりお茶をいただきながら眺めると気持ちも安らぐ。これら庭園は回遊式となっているので、ゆっくりと散策すると珍しい野鳥と出会えることもある。

   
書院から西庭を望む   池の対岸に見えるのが茶室「清漣亭(せいれんてい)」   茶室前からみた方丈

◇等持院の所在地など
住所:〒603-8346京都市北区等持院北町63
電話:075−461−5786
・拝観時間:8:00〜17:00
・拝観料:
500
・アクセス:@京福電鉄北野線「等持院」駅から徒歩約
10
       A市バス
50系統「立命館大学前」から徒歩約10分 、B「白梅町」から徒歩約15分


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