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東福寺塔頭 天得院(てんとくいん) 〔通称・桔梗の寺〕
臨済宗東福寺派 山号:萬松山
京都市東山区本町15丁目

通称、桔梗の寺と称されている天得院
紅葉を求め東福寺へ行ったところ、臥雲橋の南にある塔頭天得院が特別拝観を行っていた。天得院は通称”桔梗の寺”と呼ばれ、毎年、花が咲く6月下旬頃から特別公開されている。秋は、紅葉に合わせた特別公開である。
天得院は、南北朝時代の正平年間(1346〜70)東福寺第三十世住持、無夢一清(むむいっせい)禅師が開創した寺で、東福寺五塔頭の一つの寺であった。その後、衰微してしまい大機慧雄(だいきえゆう)禅師により再興され、慶長19年(1614)には文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住持となった。清韓長老は豊臣秀吉や秀頼の禅学の師として手厚い扱いを得ていたことから、秀頼が再建していた方広寺境内の鐘楼へ吊るために鋳造される梵鐘の撰文に応じた。この銘文中の「国家安康(こっかあんこう)、君臣豊楽(くんしんほうらく)」の文字は、家康を引き裂き、豊臣家の繁栄を願う、徳川家を呪詛(じゅそ)するものと故意に曲解して読み取る。家康は、天得院の取り壊し(慶長19年)とともに翌元和元年(1615)に大阪夏の陣を起こし豊臣家を滅亡させた。現在の堂宇は、天明9年(1789)に再建されたもの。
境内には、荻原井泉水(おぎわらせいせんすい)の句碑がある。苔に覆われた庭園は桃山時代に作庭されたた枯山水庭園。初夏、土塀に沿って杉苔のところどころに桔梗や萩が花を咲かせ、「桔梗の寺」として特別公開され人々を楽しませている。
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| 特別拝観を知らせる看板 | 境内庭園 | |
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東福寺塔頭 天得院の所在地など |
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| 荻原井泉水の句碑 | ||