
天授庵(てんじゅあん)<南禅寺塔頭>
臨済宗南禅寺派大本山 南禅寺・天授庵 京都市左京区南禅寺福地町
天授庵は、南禅寺を開山された大明国師を奉祀する塔所。
文永元年(1264)、亀山天皇が母大宮院の御所として離宮禅林寺殿を造営。その後、正応4年(1291)当時の東福寺第三世大明国師に帰依された天皇は法皇となり、離宮を禅寺に改め国師を奉じて開山され竜安山禅林禅寺としたのが南禅寺の起源。
大明国師は離宮を賜り禅寺とされたが、すでに老境にあったことから禅寺としての体裁を整える前、正応4年(1291)の12月に生涯を終えられた。このため大明国師の開山としての功績は少なく、開山塔はなかった。暦応2年(1236)南禅寺第十五世は、光厳上皇へ請願、勅許を得て南禅寺に開山塔の建立が叶った。庵を天授といい、塔を霊光と称した。これが天授庵の開祖である。
![]() |
![]() |
![]() |
||
| 庫裡 | 玄関を入って正面に見える庭園 | 庭園への入り口 |
南禅寺は、東山山麓の蹴上(けあげ)の北に位置する。位置的に東海道の始点の三条を出て、最初の山越えとなる日ノ岡にかかる交通の要衝にあったことなどから、応仁元年(1467)の大乱の兵火により伽藍、塔頭のことごとくを焼失。当然、天授庵も焼亡してしまったが細川幽斎の寄進などにより慶長7年に本堂、正門その他が再建されて現在に至っている。
本堂は非公開で、内陣中央に開山大明国師の木像が安置されているという。本堂襖絵は長谷川等伯筆で重要文化財に指定されている。
本堂の前庭(東庭)は、枯山水庭園。幾何学的に配置された石畳を中心にして数個の石と白砂に青苔が美しい。また、書院南庭は、中央に池を配した回遊式庭園。もとは南北朝時代の初め頃に作庭されたものだが、明治時代に大修理している。
![]() |
![]() |
![]() |
||
| 本堂の前庭(東庭) | 本堂の前庭(東庭) | 書院南庭 |
|
◇天授庵の所在地など |
![]() |
|
| 書院南庭 |
●名所旧跡めぐり 目次へ戻る ●トップページへ戻る