岡崎神社 (おかざきじんじゃ)
祭神:素盞鳴命(すさのおのみこと)、櫛稲田媛命(くしなだひめのみこと)と御子(三女五男)八神
京都市左京区岡崎東天王町51

王城鎮護の神は現在、子授けの神として信仰を集める
 
岡崎神社は、丸太町通の東端し、吉田山(黒谷)の南麓に鎮座する。延暦13年(794)、桓武天皇の平安京遷都に際し、同年、王城鎮護のため都の四方に建てられた一つとされ、東方を守護したころから東天王社と称したとされているが、元慶年間(877〜85)この地に陽成天皇の母である藤原高子が清和天皇の護願寺として建立した東光寺があり、東天王社はその鎮守社として祀られたとも言われている。
 東天王社はもともと北白川の地で祀られていたが、弘仁年間(810〜824)の社殿の炎上後、貞観(じょうがん)11年(869)播磨国広峰(兵庫県姫路市)から改めて牛頭天王(素盞鳴命)を勧請して現社地に祭祀した。その後、牛頭天王は感神院(現八坂神社)に移し祀られている。平安時代前期から当地周辺は貴族の別業(別荘)地として知られたところで、東光寺のように別業が寺院となった例は多い。東光寺は延喜5年(905)には定額寺となり後醍醐天皇(1318〜1338)の尊崇は厚く再興されている。さらに室町幕府八代将軍足利義政による修造があるなど、朝廷や幕府の庇護を受けた。中世には東光寺と東天王社は一体となり隆盛したが、応仁元年(1467)の兵火で炎上し東光寺が廃寺となり東天王社のみが残された。更に享禄4年(1531)の兵乱で岡崎一帯が焼亡、東天王社も廃埃したが岡崎村の産土神として再建される。
 東天王社は古くから産土神として附近の氏子、崇敬者の信仰を集めていたが、治承2年(1178)、中宮のお産の奉幣を賜ったことから安産の神として信仰される。当時、岡崎村一帯は野兎が多く、東天王社は兎が氏神様のお使いとしている。兎は多産なことから、子授けにご利益があるとして、境内の手水舎や狛犬の台座に兎の彫刻が見られる。また、往時の王城鎮護方除けの勅願により方除厄除神として信仰される。

本殿正面 兎の像の手水舎 全国にも珍しい雨ノ社

 例祭は7月16日に行われる。氏子祭は10月16日で、行列は氏子町々へ神幸があり、櫓太鼓を先頭に十一基の振り鉾を連ね、神輿の渡御が行われる。この振り鉾のうち、犬鷹鉾は平安時代の姿を伝える名鉾として有名。
 境内には全国にも珍しい雨ノ社(竜神さんとも呼ばれ)があり、元大文字山の山中にあった祠。雨乞の神・進学の神として崇敬を集めている。そばに竜の池と竜泉庭園がある。

◇岡崎神社の所在地など
・住所:京都市左京区岡崎東天王町51
・電話:075-771-1963
・拝観:境内自由
・交通:市バス「東天王町」下車すぐ。京都駅前から市バス51番にて約30分。

境内

 


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