
「哲学の道」沿いの社寺・哲学の道・若王子神社・大豊神社・霊鑑寺・安楽寺・法然院・銀閣寺・白沙村荘
若王子(にゃくおうじ)神社
「哲学の道」の南の起点となる若王子橋の近くにあるのが若王子神社。正しくは熊野若王子神社という。東大路丸太町の北西角の熊野神社、東大路七条を南へ5分ほどの所にある新熊野(いまくまのと読む)神社の二社と共に、京都三熊野の一社である。
若王子神社は祭神として、天照大神、伊佐那岐(いざなぎ)命、伊佐那美(いざなみ)命、国常立(くにとこたち)命が祀られていて、天照大神の異名「若一王子」からとった社名である。
神社は“若王子さん”と呼ばれ、縁結びの神様として若い人達に人気で、お参り帰りに哲学の道を散策されている。また境内末社の恵比須社で祀られている恵比須大神は、かっては西洞院中御門(椹木町)あたりの蛭子社で祀られていたが、応仁の乱で神だけ残し焼失、その後この若王子で祀られるようになったとか。蛭子社の傍を恵比須川が流れていたが、現在では“夷川通り”の名だけが残っている。勿論、この恵比須社へは開運・商売繁盛を祈願する人のお参りがある。

若王子神社は、永暦元年
いよいよ哲学の道を歩き始める。若王子神社から疏水に沿い下流(北)へ100メートルほど、二つ目の橋の向かい側、
疏水縁に「宗諄(そうじゅん)女王墓」がある。宗諄女王は、伏見宮貞敬親王の第九王女として、文化13年(1816)に生まれた。4歳の頃から霊鑑寺に入り文政6年(1822)に得度して、法名を宗諄とした。その後も霊鑑寺に住持し布教活動に尽くしたことなど、長年の功労により慶応4年に紫衣の着用が許されている。明治24年(1889)、大病がもとで76歳で亡くなられた。秋は、女王墓周辺の楓の紅葉が美しい。
◎若王子神社の所在地など
・京都市左京区若王子町2 ・