南禅寺とその周辺」

金地院 ・南禅院 ・南禅寺 ・永観堂 ・琵琶湖疎水


南禅院(南禅寺塔頭)

  南禅寺から南禅院へ行く参道石畳には、仏教の教えである五つのシンボルが彫刻がされている。この彫刻の上を進むと赤レンガの水路閣。この奥、石段を登った所にあるのが南禅院。

・シンボルは、写真左から右の順に石畳に刻まれている。
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  彫刻の最後が、水路閣の真下に。アーチの奥の屋根が南禅院方丈。

 南禅院は、離宮禅林寺殿の「上の宮」の遺跡。
 鎌倉時代の中頃、文永元年(1264)、亀山天皇は離宮禅林寺殿を造営された。その後、天皇は禅宗に帰依され、出家し法皇となられ離宮を禅寺に寄付して、東福寺の大明(だいみん)国師を開山に、開基を亀山法皇とされた。南禅院は、離宮禅林寺殿「上の宮」の遺跡で、南禅寺の発祥の地である。しかし、明徳4年(1393)、応仁元年(1467)の応仁の乱により被災、荒廃していたが元禄16年(1703)に徳川綱吉の母、桂昌院の寄進により再建されている。方丈内陣中央には亀山法皇木像が安置されている。
 庭園は夢窓国師作。池泉回遊式庭園は離宮当時の面影が残っているとのこと。周囲は樹林で包まれ、外の音が遮断され、一層と静けさが増していた。天竜寺の庭園、苔寺の庭園とともに、京都の名勝史蹟庭園の一つに指定されている。
 南禅院の前の半円アーチ式レンガ造りの水路閣は、琵琶湖疏水の分流で、明治21年(1888)、田辺朔郎の設計。

 

   
表門:石段を上がるとこの門で、左奥に拝観入口がある。   方丈:現在の建物は元禄16年(1703)、綱吉の母、桂昌院の寄進によるもの。内陣には、亀山法皇の御木像が安置されている。   池泉回遊式庭園:作庭は夢窓国師といわれている。写真中央の奥に琵琶湖疏水から引いた水が流れる滝がある。当時は池に蛙も放たれたとか。
         
   
御陵(亀山法皇の分骨):右奥に見える白壁の中に堂がある。   一山国師塔:一山一寧(いつさんいちねい=妙慈弘済大師)を祀る。元朝から平和の使者として訪日した僧であるが、北条定時によりスパイ容疑で伊豆の修善寺に幽閉された。その後、後宇多法皇の懇請により南禅寺第三世となるなど、学芸百般に通じた高僧。   方丈:庭園から見た方丈。静かに鑑賞する庭園である。

南禅院の所在地など
・京都市左京区南禅寺福地町
・市バス「南禅寺永観堂前」下車、徒歩約10分


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