
松尾大社 (まつおたいしゃ)
祭神:
大山咋神(おおやまくいのかみ)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
京都市西京区嵐山宮町3
京の洛西地区の総氏神
そして醸造の祖神。
阪急・嵐山線「松尾」駅舎を出たすぐ前に赤い大きな鳥居が見え、酒の神様を奉っている神社らしく、大きな徳利が鳥居の横にある。木立に覆われた参道を進むと榊が吊り下げられている二の鳥居。正面の楼門をくぐると、そこには一ノ井川が流れていて、4月中旬頃は川添いをはじめ境内には八重や一重やシロヤマブキなど約3000株のヤマブキが咲きみだれることで知られている。
楼門から拝殿、本殿と一直線に並んでいる。本殿では、偶然ご祈祷が行われていて、神楽が聴こえ神聖な場所に立っていることを思い起こさせた。本殿の右手から庭園へ入る。まず
、平安時代風の「曲水の庭」、つづいて上古時代風の「磐座(いわくら)の庭」となる。宝物館では、平安時代書記に造られたとされる、等身大の男神坐像二体、女神坐像一体(ともに重要文化財)が展示してあり見学できる。なお、三神像は松尾大社の祭神である大山咋神(老年男神像)、市杵島姫命(女神像)、そして境外摂社月読神社の祭神である月読尊(壮年男神像)ではないかといわれている。
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| 鳥居の上部に12束の榊が下がっている。これを「脇勧請(わきかんじょう)」といい、月々の農作物の出来具合を占う太古の風習。 | 楼門 | 釣殿(この奥に本殿がある) |
「磐座の庭」を廻り込むと、その奥は小さな渓谷になっていて御手洗川が流れ霊亀ノ滝が見られる。滝の下流には谷から流れ出た「亀の井」という延命長寿・よみがえり水として知られる霊泉がある。谷の頂上付近に高さ約5mほどの大きな岩石が斜面からせり出している。この岩石が古代の磐座(いわくら)で、大宝元年(701)まで一帯の住民から信仰を集めていた山ノ神。この磐座(いわくら)へは神職以外立ち入り禁止だったが、2004年7月から許可を得れば登拝が可能となった。帰路、楼門を出たところの客殿の庭は鎌倉時代風の「蓬莱の庭」となっていて、中央に池を配した回遊式庭園。池には吉野川(徳島)から運ばれた青石が配されている。
松尾大社は京都最古の神社で、秦一族の氏神として祀られたのがはじまり。秦一族は、四世紀から六世紀ごろ韓半島から大挙して渡来、瀬戸内海を東上、畿内、山城葛野郡に入植し、長岡京、平安京の造営に貢献した渡来系の集団。飛鳥時代の大宝元年(701)、秦忌寸都理(はたのいみきとり)がこの地一帯に住んでいた民が神として崇めていた松尾山頂の磐座(いわくら)を麓へ勧請し、一族の氏神として社殿を建立、秦氏が神職を受け継いできたのが起りとされている。なお、弟の秦伊呂具(はたのいろぐ)が、和銅4年(711)、伏見稲荷大社(伏見区)を建立している。
その後、奈良時代の天平2年(730)朝廷から大社の号が勅許され、平安時代には皇城鎮護の神として東の「賀茂の厳神」、西の「松尾の猛霊」と称された。中世(一般的に鎌倉・室町時代)以降は秦氏の技術に由来する醸造祖神として崇敬を集めた。境内の亀の井の水を酒の元水に混ぜると酒が腐らないという伝えが広まり、全国の酒造・醸造業者が酒水に混ぜる風習が生まれた。こうしたことから全国の酒造業者から奉納された酒樽が
拝殿の横に並べられている。
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| 曲水の庭 | 磐座の庭 | 霊水「亀の井」は京の名水の一つ |
松尾大社の祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の2座で、大山咋神は上賀茂社、賀茂別雷神の父神。また、市杵島姫命(別名中津島姫命)は宗像大社(福岡県宗像郡)に海上交通の守護神として祀られた神。秦氏は、渡来する人々の航海の安全を祈願して勧請したものといわれている。厳島神社(広島県安芸)の祭神も市杵島姫命である。
松尾大社は洛西地域の総氏神として約10万戸の氏子をもつ。4月の第四日曜日に行われる「神幸祭」では、大社を出た6基の神輿が桂離宮の東で桂川を渡る船渡御があり、多くの人々で賑う。この川渡りは千年の歴史があり圧巻。なお、榊の吊り下げられた鳥居を出て南(右手)へ向かうと、境外摂社
の月読神社がある。
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| 蓬莱の庭 | 全国の酒造会社から奉納の酒樽 | 松尾大社を出た6基の神輿は、桂離宮東の桂川に集結・神幸祭 |
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◇松尾大社の所在地など |
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| 神輿は船で桂川を渡る「舟渡御」 |