<宇治市> ・萬福寺 ・三室戸寺 ・興聖寺 ・宇治上神社 ・宇治神社 ・橋寺(法生院) ・橋姫神社 ・平等院


興聖寺(こうしょうじ)    

曹洞宗  佛徳山 興聖寺    
京都府宇治市宇治山田27-1

 興聖寺は宇治橋右岸を川上へ、宇治神社の鳥居前を通り過ぎ、宇治川水力発電所の放水路を越えたところ。京阪電車宇治線の終点「宇治駅」から徒歩10分ほどの距離にある。発電所の放水路を越えてしばらく、左手に宇治川に面して石造りの表門がある。この表門から山門まで続く約200mの参道は「琴坂」と呼ばれていて、春4月は自生するヤマブキが咲き、紅葉する11月はモミジのトンネルとなることから絶好のカメラポイントとなっている。琴坂のトンネルを通り過ぎると、竜宮造りの山門(楼門)、続いて薬医門をくぐると石組みの庭園で、これは法堂(本堂)前庭となっていて奥は法堂。前庭のツツジ・サツキもまた美しく、琴坂のモミジ・カエデとあわせて、宇治十二景の一つに挙げられている。
 

   
山門まで続く約200mの参道は「琴坂」と呼ばれていて、法堂まで一直線   竜宮造りの山門をくぐると薬医門   毎日、4時と10時にこの梵鐘の鐘の音が聞こえる

 庫裡にて拝観手続きを済ませ、順路に従い方丈、大書院そして法堂。法堂縁側の天井材は慶長5年(1600)に落城した伏見城の遺構が使われていて、血の手形や足跡がかすかに見られる。また、縁は鶯張りとなっているとの説明だが、鴬張り独特の音で ある「キュッキュッ」が聴き取れなかった。 法堂の背後の天竺殿(てんじくでん)、さらには開山堂、僧堂と回廊でつながっている。興聖寺は、中国 から帰国した道元禅師(34歳の時)が天福元年(1233)、伏見・深草の極楽寺跡(現宝塔寺)に創建した興聖宝林禅寺が始まり。その後、禅師が越前(福井)の永平寺に移られ衰退、その後も応仁の乱の兵火で焼失した。寛永10年(1633)、下総の永井尚政(ひさまさ)が淀城主となり領内視察のおり、廃絶した道元禅師開祖の興聖寺を惜しみ両親の菩提寺として慶安元年(1648)諸堂を建立。寺地は宇治七名園の一つの朝日茶園で、中興開山は万安英種(ばんあんえいしゅ)。今日では曹洞宗の修行道場ともなっている。本尊は釈迦如来。

   
中門をくぐると石組み庭園で、背後が法堂(本堂)   大書院からみた内庭   聖観音が安置されている天竺殿

 

   
開山の道元禅師像など祖像を祀る開山堂(老梅庵)   回廊の途中で出会う大黒様   座禅道場でもある僧堂内部

◇興聖寺の所在地など
・住所:京都府宇治市宇治山田27-1   電話: 0774-21-2040
・一般拝観:境内参拝自由:9:00〜16:00(本堂拝観は志納300円以上、事前申込が必要)
・アクセス:京阪電車宇治線「宇治」駅から徒歩約10分。JR奈良線「宇治」駅から徒歩約20分。


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