「南禅寺とその周辺」
金地院 ・南禅寺 ・南禅院 ・永観堂 ・琵琶湖疎水


金地院(こんちいん)

  
 

表門 

 インクラインを跨いで架かる南禅寺橋から歩いて5分ほど、南禅寺の表門手前右(左はバスの駐車場)にあるのが南禅寺塔頭の金地院。平安神宮から琵琶湖 疏水べりを歩いても約10分ほどで来られる。
 金地院は、応永年間(1394〜1427)足利義持の帰依を得て北区・鷹ヶ峰に創建された禅寺で、慶長10年(1605)に第三世以心崇伝(いしんすうでん)長老が南禅寺塔頭に移建し現在に至っている。
 崇伝長老は、徳川家康に仕え幕議に参画、行政を左右したことをはじめ、自ら天下僧録司(そうろくし)となって、宗教界の人事も左右した才覚で、「黒衣の宰相」とも呼ばれ、畏怖尊敬を集めた名僧である。家康の死後、境内に東照宮を建立するなど、徳川家康への忠誠心の一端が現わされている寺院である。
 また、崇伝長老は、南禅寺の伽藍造営に尽力するなど、後水尾天皇から「円照本光国師」の号を賜っている。寛永3年(1626)小堀遠州作の協力を得、大規模に再建。庭園は特別名勝となっている鶴亀の庭園が ある。

 

 

明智門 (唐門):天正10年(1582)、明智光秀が母の菩提のために、黄金千枚を寄進して大徳寺に建立したものを、明治初年((1868)にここへ移築したもの。

 

弁天池 :元は東照宮と開山堂の中間にあったが、明治初年に現在の「鶴亀の庭園」の東に移された。

 

東照宮 :崇伝長老が徳川家康の遺言により、家康の遺髪と念持仏とを祀って寛永5年(1628)造営した。創建当初は日光東照宮と比すべきものであったいう。現存するのは拝殿・石の間・本殿などで、京都隋一の権現造り。

 

   
開山堂 :崇伝長老の塔所。後水尾天皇の勅額を掲げ、左右両側に十六羅漢像が安置してある。   方丈 (重文):慶長16年(1611)、崇伝長老が伏見桃山城の一部を徳川家光から賜り移築した。襖絵は狩野探幽・尚信の筆。 方丈から東照宮が眺められるように造られたが、現在は茂みで見ることはできない。   鶴亀の庭園(特別名勝):崇伝長老が徳川家光のために造った庭。桃山時代の風格を備えた江戸初期の代表的枯山水。前面の白砂は海洋を表し、背景の右が鶴島で左が亀島。両島の中央に遥拝石が敷かれているが、背後の東照宮を礼拝するためのもの。

金地院の所在地など
・京都市左京区南禅寺福地町86−12   ・TEL(075)771−3511
・地下鉄東西線「蹴上(けあげ)」下車、徒歩約5分   ・駐車場:なし


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