清水寺から二年坂を散策   清水寺参道を通り、清水寺から八坂の塔へ

清水寺   ・地主神社 ・産寧坂 ・二年坂 ・八坂の塔(法観寺) ・八坂庚申堂(金剛寺)



清水寺(きよみずでら)

北法相宗総本山 音羽山 清水寺    京都市東山区清水一丁目

画像 清水寺はココから

 清水寺の拝観は、春は桜、秋は紅葉の時期が、樹木も色付くので最高だ。ただ、この時期は人も多く、ゆっくりと拝観できないことを覚悟のこと。

 さて、清水寺への道だが。平安時代は、平安京条坊の五条大路、現在の松原通を東へたどる道が参道であった。これは豊臣秀吉が伏見城から伏見街道を通り御所への参内する時に鴨川に架かる橋を五条橋と変更したためである。牛若丸と弁慶が五条大橋で戦ったと伝えられる五条大橋は、実は現在の松原橋といえる。
 松原道は緩やかな登り坂で、この道は八坂の塔(法観寺)を経て、清水寺そして京の三大葬送地の一つの鳥辺野(とりべの)へ通じる。
 今回、私は鴨川の松原橋からこの道を通り清水寺へ向って歩き始めた。松原の大和大路通りを越えた所に西福寺がある。西福寺(松原通大和大路東入る二丁目)は浄土宗の寺で、この門の傍に「六道の辻」と記した石標が立っている。

六道とは、仏教用語で地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六種の冥界をいい、世の中全ての人が善悪の行いによって、必ず行くべきところとされる。石標の建つこの場所は、その六道への分岐点。いわばこの世(現世)とあの世(冥界)を結ぶ交差点にあたる。こうした話しは、少し東にある六道珍皇寺境内に祀られた小野篁(おのたかむら)の伝説にみられる。篁は、日中の宮廷勤めが終わると、夜は冥界へ行き、閻魔大王の仕事をしていたと言われる。ちなみに、篁がこの世へ帰って来る井戸は嵯峨野・福生寺(大覚寺門前六道町辺りで、今は廃寺となっている)の井戸と伝えられる。福生寺は京の西北の葬送地にあたる化野(あだしの)。現在では、嵯峨釈迦堂(清涼寺)の薬師堂の脇に移され、伝説を伝える“生の六道”の石標が建てられている。

   
西福寺の門の傍に「六道の辻」と記した石標が立っている。   西福寺から少し東にある六道珍皇寺。境内には小野篁が冥土へ行った井戸がある。
     
   
嵯峨釈迦堂(清涼寺)の薬師寺の脇に、篁が冥土から現世へ戻ったと伝承される「生の六道」の石標。    

 話を本題に戻して、松原通も東大路通りの東側は名前を清水坂と変える。坂道を登りつめると音羽山を背景にした鮮やかな朱色の仁王門(平成15年秋に改修・化粧直しを終えた)と出会える。清水寺の仁王門で、門の左右には鎌倉時代作の仁王像が安置されている。仁王門の横が西門そして高さ約30メートルの三重塔。奥へ進むと朱色の経堂、坂上田村麿呂夫婦が祀られる開山堂(田村堂)。轟門を潜ると、いよいよ本堂(観音堂)へ。この本堂の南側が崖に迫り出した「清水の舞台」で、国宝。舞台から眼下を見下ろすと錦雲渓と呼ばれる渓谷で、春は桜、秋は見事に紅葉した楓を見ることが出来る。
 清水寺の建立年代はいつか?これについては、いくつかの説があり不明。しかし、平安遷都をした延歴13年(794)前後に、征夷大将軍となった坂上田村麿呂が延鎮 (えんちん)僧とともに建立したことは間違いないようだ。
 清水寺は、南都(奈良)興福寺の系統に属していたことから、北嶺(京都)比叡山延暦寺との争いが絶え間なく、何度も兵火に見まわれ江戸時代の初めまでに合計9回もの火災に遭っている。舞台を含め現在の堂宇の大部分は、寛永10年(1633)、三代将軍・徳川家光の援助をうけ、平安時代のままの様式を引き継ぎ再建されたもの。
   清水の舞台は、懸造(かげづくり)、また舞台造りとも呼ばれる木造建築技術を用いて作られていて、その規模、美しさのうで日本一と言われている。他に京都府では左京区・花背にある峯定寺(ぶじょうじ)の本堂も同じ懸造りで、鎌倉時代に建造されている。ちなみに、日本で最も古いとされている懸造り の建物は、鳥取県にある三仏寺(みほとけじ)の投入堂(なげいれどう)。

音羽の滝から見た清水の舞台の脚

本堂(観音堂)通称清水の舞台

  ご存知のとおり、舞台を支える柱は78本で、釘を1本も使わず「継手」や「仕口」という技術を用い、柱を組んだり、継ぐことで出来あがっている。この清水の舞台には「清水の舞台から飛び降りる気持ちで・・・」という諺がある。これは最後の気持ちで必死になる、の決意を例えたもの。ところが、むかしは実際に舞台から飛び降りた人もいたようで、明治5年(1872)、京都府が飛び降り禁止令を出したとか。
 舞台を出てすぐ左に「地主神社」(後述)がある。直進すると釈迦堂、阿弥陀堂、奥の院と続き、さらに行くと子安の塔となる。子安の塔から眺める三重塔、清水の舞台も、また美しい。子安の塔は、かっては仁王門の南にあったそうで、正しくは泰産寺(たいさんじ)。
 ここから音羽の滝へは坂を下ると直ぐ。滝は背後の音羽山から湧き出ていて、寺名の由来となった清水である。水は三筋に分かれて落ち、この三筋の滝は、健康・長寿、学業上達、縁結びに御利益があるといわれ、ご利益を授かろうと多くの人が並んでいる。

   
釈迦堂(釈迦三尊像を祀る) 阿弥陀堂(阿弥陀如来坐像を祀る) 奥の院 (本尊十一面千手観音、脇侍に地蔵菩薩と毘沙門天)
   
舞台から正面(南)に見える子安の塔。 子安の塔から眺めた、三重塔、経堂、開山堂。 音羽の滝は、ご利益を授かろうと多くの人が並ぶ。

◇清水寺の所在地など
・京都市東山区清水一丁目   ・電話:(075)551−1234
・拝観時間:6:00〜18:00(
夏は18:30まで) 
なお、四季に合わせて夜間特別拝観が行われ、ライトアップされた清水寺を見ることが出来る。ホームページで確認してください。

・拝観料:
大人300
・アクセス:
市バス204、206、207、207 「 清水道」「五条坂」下車徒歩約10

・清水寺
ホームページ http://www.kiyomizudera.or.jp/  


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