金閣寺 きんかくじ)    [世界文化遺産]

臨済宗相国寺派 北山 金閣寺(正しくは鹿苑寺(ろくおんじ))   
京都市北区金閣寺町1 〒603-8361

 室町時代、貴族と武士の折衷文化を北山文化といい、その象徴が金閣寺。北区の左大文字山南麓にある。この金閣寺へは、JR京都駅から市バス205系統で約40分。バス停からすぐのところが入口の黒門となる。
 黒門から総門までは一直線の参道で、両側には山茶花や楓などが植栽されている。参道を歩くと、これまでの騒音も周りの樹木が遮断するのか静けさが漂う。総門を入り左手が鐘楼で、右手に庫裏があり、その奥が方丈と書院。方丈庭園には後水尾天皇お手植えの侘助椿(わびすけつばき)が、書院庭園には足利三代将軍義満(よしみつ)お手植えの「陸舟の松」がある。順路は左手へ。進むと鏡湖池(きょうこち)、そして池を前に輝く舎利殿「金閣」。観光ポスターや絵葉書、ガイドブックで見る「金閣」の写真と同じ風景が目の前にある。舎利殿「金閣」の名が有名になり、金閣寺と呼ばれているが、正しい寺名は鹿苑寺(ろくおんじ)である。
 この地は、藤原公経改め西園寺公経(さいおんじきんつね)の別荘北山第が在ったところで、将軍義満(よしみつ)が大変気に入り、応永4年(1397)に譲り受けて、北山殿を建造したのが始まり。義満は、37歳で将軍職を息子の義持(よしもち)に譲り出家している。禅宗に傾倒していた義満は、譲り受けた北山第を改修。極楽浄土に往生、成仏することを説いた浄土庭園を造った。

   
黒門から総門までの紅葉の参道   総門   鏡湖池のほとりに立つ舎利殿(金閣)

 この北山殿は、当時の政治、文化の舞台となった。応永15年(1408)3月、義満は後小松天皇を迎え21日間にわたり盛大な宴を催したという。この宴で義満は、後継者と思われていた義持(よしもち)でなく愛妾の子義嗣(よしつぐ)を招待者に披露したことから、兄弟の関係がおかしくなった。そして2ヵ月後、なんと言うことか義満が急逝する。義持は「北山殿を解体せよー」との命令を出していることから、宴での自分への扱いがよほど悔しかったのであろう。この命令により、宸殿など建物の多くは解体され建仁寺や南禅寺などへ移築。また、多くの庭石も運び出されたと伝えられている。その後、夢窓国師を勧請して 寺としたが、寺号は義満の法号、鹿苑にちなみ「鹿苑寺」としている。本尊は聖観世音菩薩。
 鹿苑寺は、義満が営んだ北山殿の舎利殿「金閣」を中心に、鏡湖池に二つの島。鏡湖池の北に安民沢と呼ばれる小さな池。安民沢と鏡湖池との間には「龍門の滝」があり、西園寺家時代の庭園を踏襲しているとされる。太陽が当たると眩い舎利殿「金閣」。一層は寝殿造りの阿弥陀堂(法水院)、二層が武家造りの観音堂(長音洞)、三層が中国仏殿造り(究竟頂)という折衷形式。二層と三層 には漆塗りの上に金箔が押されている。屋根の上には中国ではめでたい鳥とされる鳳凰が輝いている。
 
応永6年(1399)の応仁の乱で西軍の陣地になったことで多くの堂舎が焼失している。また、京の街や寺院の殆どが焼失(北山殿から移築した建物も)したが、この舎利殿「金閣」だけは焼失を免れていた。堂舎の復興は近世に入ってからで、貞享年間(1684〜1688)までに大書院、小書院、鐘楼など再建され、現在ある堂舎が整った。しかし、北山殿の唯一の遺存建物であった舎利殿「金閣」も昭和25年(1950)、修行僧の放火によって全焼し、現在の建物は昭和30年(1980)に復元、再建されたもの。

   
「陸舟(りくしゅう)の松」   「銀河泉(ぎんがせん)」   「龍門の滝」

 池の東側、方丈の北に京都三松の一つとされる舟の形をした「陸舟(りくしゅう)の松」がある。義満お手植えの松と伝えられている。順路に従い進み、「金閣」の横を過ぎると、義満がお茶の水に使ったと伝える「銀河泉(ぎんがせん)」、手を清めた「巌下水(げんかすい)」がある。次いで「龍門の滝」があり、滝の中央の石を、鯉が滝を登ると龍になるといわれる中国の故事「登竜門(とうりゅうもん)」にちなんだ「鯉魚石(りぎょうせき)」と名付けられている。さらに丘を登ると衣笠山を背景にした「安眠沢(あんみんたく)」と呼ばれる池となる。この池は、発掘調査から北山第の遺構の可能性が高いことがわかっているが、用途は「鏡湖池(きょうこち)」の貯水池となっているが、その昔、日照りのときに農夫が雨乞いをしたともいわれ、祈りの対象の池となっていたと思われる。
 この付近は、少し高台になっていて登りきると茶室「夕佳亭(せっかてい)」。茶室正面の床柱が「南天の床柱」。ここを過ぎると小休止できる茶店があり、すぐ向こうに「不動堂」が見える。この「不動堂」には弘法大師が造られた石不動明王が祀られている。直ぐ横が出口となっている。なお、金閣寺から南へ徒歩約30分のところに、足利歴代将軍木像を祀る「等持院」がある。北山文化を形成した足利義満の木像も並んでいる。また、等持院は夢窓国師によって造園された庭園が有名。

   
「安眠沢(あんみんたく)」の中央に白蛇の塔   茶室「夕佳亭(せっかてい)」 茶室前の石灯篭は、慈照寺「銀閣」を建てた八代将軍義政が愛用したもの。   不動堂 弘法大師が造られた石不動明王が祀られている。

◇鹿苑寺(金閣寺) の所在地など
・ 住所:〒603-8361京都市北区金閣寺町1
・電話:TEL 075-461-0013
・拝観時間:9:00-17:00
・ 拝観料:400円、小・中学生 300円
・ アクセス:市バス 12、59で「金閣寺前」下車すぐ。101、204、205で「金閣寺道」下車徒歩2分。
・金閣寺URL: http://www.kinkaku-ji.or.jp


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