
引接寺
(いんじょうじ) 通称:千本閻魔堂(せんぼんえんまどう)
真言宗高野山派 光明山 引接寺歓喜院
京都市上京区千本鞍馬口下る閻魔前町34

『嘘ついたら”えんまさん”に舌を抜かれる』の閻魔さんを祀る
引接寺は、千本通の北部、千本鞍馬口にある。通称の「千本えんま堂」で知られている。開基は小野篁(おのたかむら)。篁は、地獄で「閻魔大王」に会い精霊(しょうらい)を現世に迎える秘法を教えられ、それを衆生(しゅじょう)に伝えるために堂を建てたのが始まり。その後、平安初期の長保6年(1004)、恵心僧都源信の法弟「定覚(じょうかく)上人」が引継ぎ、引接寺と命名して開山。本尊は「閻魔(えんま)大王」。えんま大王は恐ろしい顔をしていることから、怖い地獄の支配者のように思われているが、実は私どもに最も身近な仏様で、死んでしまった人間を、あの世のどこへ送るかを決める裁判長の役割を担っている。怒りの表情で私たちに地獄の恐ろしさを語り、嘘つきは舌を抜くといわれる大王は、実は人間を三悪道には行かせたくないため。
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| 閻魔堂の本堂で、奥に閻魔大王が祀られている | 境内には、たくさんの石仏が奉られている | 堀川北大路下る西側 、ビルの狭間に紫式部と小野篁の墓が並んでいる |
千本通は、平安京の中央に造られた「朱雀大路」のこと。朱雀大路の先にあるのが船岡山である。この山の西北側一帯はその昔、東山の鳥野辺、北山の仏野とならび、京都の三大埋葬地の一つの蓮台野の入り口。この葬地へ向かう道が千本通で、埋葬地につきものが卒塔婆。道に沿って立ち並ぶ卒塔婆の数は数百、いや数千本を数えたのであろう。やがて、この道を「千本通」と呼ぶようになったとか。この卒塔婆の下に眠る肉親の霊を供養するために、道に沿って千本閻魔堂(引接寺)や千本釈迦堂(大報恩寺)が建立されてものと想像する。閻魔堂には、京都市登録の無形民俗文化財に指定されている、念仏狂言が残る。京都には他に嵯峨・清涼寺、壬生寺、神泉苑でも念仏狂言は見られるが、ここ閻魔堂の念仏狂言は、台詞も伴奏もあるのが特徴。創案はこの寺を開山した定覚。
この小野篁(おのたかむら)とはどのような人物? 篁は、延暦21年(802〜852)生れ、参議小野岑守
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◇引接寺(いんじょうじ) 通称:千本閻魔堂 |
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| 紫式部の供養塔(国重文) | 境内北側の鐘楼。8月の精霊「迎え鐘」と「送り鐘」、また「除夜の鐘」を叩くために行列が出来る。 |