
法金剛院
(ほうこんごういん) 〒616-8044京都市右京区花園扇野町49律宗唐招提寺派 五位山 法金剛院 通称「蓮の寺」
法金剛院は、JR嵯峨野線(山陰本線)花園駅近く、双ヶ丘の東南(妙心寺の南)丸太町通りに面して建っている。関西花の寺第13番霊場で、通称「蓮の寺」と言われている。春の梅・桜に始まり、花菖蒲・菩提樹・紫陽花(6月上〜中旬)や7月上旬から8月上旬には世界中から集められた蓮の花が咲き乱れ、秋の紅葉(11月中〜下旬)まで、一年を通して境内から花がなくなることがない。
境内へ入ると、最初に眼にするのが境内中央に位置する池。池の周辺ではとりどりの色の花菖蒲が咲いていた。また、池の周囲では紫陽花も見ることができる(6月中旬)。境内の左手が西御堂で、丈六阿弥陀如来坐像(重文)が安置されている。西御堂の背後(西側)へ回り込むと仏殿となる。
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| 蓮 | 紫陽花(てんとう虫が可愛い) | 花菖蒲 |
法金剛院は、平安時代の天長7年(830)、当地にあった右大臣清原夏野(きよはらなつの)の山荘を死後双丘寺(そうきゅうじ)とされたのが始まりで、天安2年(858)、文徳(もんとく)天皇が伽藍をたて定額寺(じょうがくじ)に定め天安寺(てんあんじ)と改称された。その後、平安末期の大治5年(1130)、鳥羽上皇の中宮で後白河そして崇徳天皇の生母待賢門院(たいけんもんいん)が復興し法金剛院となった。
庭園は、中央に大池を配した池泉回遊式で、背後に五位山が望める。復興当初は、待賢門院の寺であるとともに別荘でもあったことから、庭には巨岩を並べた2mほどの高さの滝(青女の滝)をつくり、庭を中心に池の西に西御堂(現本尊の丈六(じょうろく)阿弥陀如来を安置)、東に待賢門院の宸殿が建てられた。なお、丈六阿弥陀如来坐像は、現存では唯一の院覚の作で、古くは定朝の三阿弥陀と呼ばれていた(他の二つは平等院、法界寺)。
待賢門院在世中に三重塔(釈迦如来を祀る)、経蔵、南御堂(九体阿弥陀堂)など多くの建物が建てられ、死後も女(むすめ)の上西門院(じょうさいもんいん)が出家して住み、西御堂と相対して池の東に方三間の東御堂(阿弥陀堂)を建立された。待賢門院は、境内北に葬られている。
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| 「青女の滝」/特別名勝・仁和寺の石立の僧林賢と静意の作とされている | 境内の石仏 | 池越しに見えるのは本堂(11月中旬) |
鎌倉時代の永仁5年(1297)になって、唐招提寺から円覚上人が入寺、復興し律宗に改められている。その後、応仁の乱(1399)や震災などで堂宇を失う。元和3年(1617)、照珍(しょうちん)上人が本堂、経蔵等を復興したが、次第に荒廃し、境内は縮小され堂宇も失い衰退した。明治時代にJR山陰線が敷地中央を通って寺域は二分され、苑池も縮小された。さらに昭和43年(1968)に丸太町通りが拡幅され、本堂(礼堂)と地蔵院を移築、改修された。このときの発掘調査で、当初の池や三重塔、東門跡が確認されている。また、このとき埋没していた「青女の滝」も復元されている。

◇法金剛院の所在地など
・場所:
〒616-8044京都市右京区花園扇野町49 電話: 075-461-9428
・拝観: 9:00〜16:00 ・拝観料:大人400円
(毎年7月7日ごろ-8月5日ごろ観蓮会・蓮の花の鑑賞会がある。6:30〜16:00:大人400円)
・交通: 市バス