平安神宮(へいあんじんぐう)

 京都観光の定番コースになっている平安神宮。来る平成17年(2005)4月13日の桓武天皇1200年大祭に合わせ、現在、記念行事の一環として文化財の修復や社殿の塗り替え工事が進んでいます。朱色が艶やかな社殿を見るに連れ、昔の(延暦時代の)人々の想像性に魅せられてしまいます。
 子供の頃、この近くに住んでいたこともあって、平安神宮へ来たのは数えて何度目になるだろう。昭和51年(1976)の内拝殿火災もよく覚えている。多分、両手で数え切れないほどだろう。
 京都をコンセプトにしたホームページを始めたことで、社寺仏閣へ訪れる機会が増えました。数え切れないほどある社寺仏閣ですが、いずれも歴史を抜きにして語れません。京都の歴史の始まりは、桓武天皇によって延暦13年(794)に、長岡京から遷都し造られた「平安京」で、その象徴が大内裏といえます。その平安京大内裏の正庁であった朝堂院を模して造られたのが平安神宮です。

市民の熱意と寄付金で創建。平安京創始の桓武天皇と最後の孝明天皇を併祀

 地下鉄東西線「神宮」駅を出て神宮道を北へ向かうと、遠くに大きな朱塗りの鳥居が見えます。平安神宮の大鳥居です。昭和初期に建設された、高さ24.4m、最下部の柱の 周りは11.4mもあり、日本最大級の規模です。歩くにつれて、鳥居後方の応天門が次第に大きく見えてきますが、まず鳥居前の 疏水に架かる朱色の橋(慶流橋)で立ち止まり、鳥居の二本の柱を額縁に、応天門を眺めよう。その壮大さに、創建当時の京都人の意気込みが感じられます。
 平安神宮の創建経緯(概略)は次のとおりです。
 慶応
4(1868)7月、江戸が東京と改称され、同年の9月に慶応が明治と改元されました。これにより遷都の詔(みことのり)が出されないまま、東京が日本の首都となり、延暦13(794)の平安京遷都以来、1074年間ものながきにわたり政治と経済の中心都市であった京都は 、人口も減り深刻な危機を迎えました。
  市民は復興に燃え、内国勧業博覧会開催記念事業のモニュメントとして、平安朝時代の模造大極殿を建設し、平安京を造った桓武天皇を祀る平安神宮の建設を決定しました。その建設費用も政府のお金でなく、京都市民を中心とした全国からの寄付金によるもので、平安京の朝堂院などの建物をほぼ十分の六の規模で復元し、明治
28(1895)に建設されました。したがって、祭神は平安京を創始した桓武天皇(737806)です。なお、昭和15(1940)には平安京の最後の帝(みかど)、孝明天皇が併祀されています。

応天門

大極殿

 創建当時の平安神宮は、東西約119メートル、南北約155メートルの内郭を土塁が囲み、その南正面に朱丹(しゅぬり)の応天門、郭内後半の龍尾壇上に蒼龍・白虎の両楼を従えた大極殿だけでした。その後、大極殿の後方に本殿が置かれ、東西に神饌所、南北には校倉造りの神庫が配置。柱は朱で塗られ、屋根は碧瓦(へきがわら)で葺かれているという平安京当時の華麗な姿を今に伝えています。京都には平安時代の建造物が残っていなかったため、その当時の建築様式を踏襲・再現した平安神宮は貴重な存在となりました。

大極殿に向かって右の蒼龍楼(左 は白虎楼)

  なお、このように市民の努力で出来た平安神宮ですが、昭和51年(1976)1月、放火により本殿部分が焼失してしまい、現在の本殿は昭和54年(1979)に再建されたものです 。さて、応天門をくぐり玉砂利の敷かれた境内を大極殿へ進みます。周りは修学旅行生らしき学童や観光客で賑わっていましたが、本殿に向かって拝礼をすませます。神苑見学ですが、何度見学しても季節に合わせて変化しているので、飽きることがありません。

 神苑見学は有料です。神苑の広さは30,000uで、本殿を囲んで南、西、中、東の四つに区画されています。南苑へ入ったらすぐに、電車が置かれているのに気付き、「なぜ?こんな場所に電車が・・・」と思います。この電車は、琵琶湖 疏水の水を利用して発電 した電力により市内を走った日本で最初の電車です。通称、チンチン電車と呼び、市民の足として昭和37年まで活躍していました。モーターは、米国のゼネラルエレクトリック社の製品だそうです。
 手入れされ植木や古木の匂いを嗅ぎながら歩いていると、西苑の白虎池になります。池の周囲には、杜若や菖蒲が植えられていて、シーズンには多くのアマチュアカメラマンで賑わいます。次いで本殿の裏を通り、中苑の蒼龍池に出ます。池の中央部に飛び石が並べてあり、渡ることで水面に咲く睡蓮の白やピンクの花を間近に見ることが出来ます。実はこの飛び石、豊臣秀吉が作らせた三条、五条大橋の橋脚に使われていた石の再利用です。

日本最古の電車(通称・チンチン電車)

シーズンには花菖蒲や睡蓮の花が咲く西神苑

天正年間(370余年前)、豊臣秀吉が作った三条、五条大橋の橋脚に使われていた石柱。神宮内に五十数個保存されている。

 すぐに東苑の栖鳳池(せいほういけ)に出ます。池に面してお客様をお迎えする迎賓館として使われている尚美館がありますが、修復工事中でテントで覆われていました。尚美館は、仙洞御所庭園内に建てられていた一部を移築した建物です。池の中央を東西にまたぐ泰平閣 (橋殿)では、観光客がひと休み。平安王朝の時代もこのようなのどかな雰囲気だったのかも。

池の中央を東西にまたぐ泰平閣(橋殿)

 

「時代祭」は京都の三大祭りの一つで、写真は延暦時代の行列

 苑内は、春の枝垂れ桜、初夏の杜若、花菖蒲、睡蓮、秋の萩、冬 は雪景色など四季折々の風情が楽しめ、明治の代表的な庭園として国の名所にも指定されています。
 平安神宮の祭事で有名なのが、京都三大祭りの一つに挙げられている「時代祭」です。毎年
1022日の正午に御所を出発します。この祭りは、平安神宮の創建とともに 始まり、京都市民による平安神宮の維持組織「平安講社」が運営する祭りで、京都市を六つの(現在は十)「社」に区分し、毎年それぞれの社内の学区が持ちまわりで行列に参加しています。
 参加した住民が、京を舞台に活躍した西郷隆盛、坂本龍馬、織田信長、紫式部など、延暦時代から明治維新までの歴史上の人物に扮して行列します。行列を見れば、当時の歴史や風俗が分ることから、昔は生徒を見学させる沿道の学校もありました。

◇平安神宮の所在地など
・〒606-8341  京都市左京区岡崎西天王町97   ・TEL 075-761-0221
・ 拝観:境内自由(神苑見学は8:30〜17:30(但し11/1〜2/末は8:30〜17:00)・大人600円)

・ 交通:@JR京都駅または阪急「河原町」駅から市バス5番で「京都会館」、「美術館前」下車徒歩5分、 A地下鉄東西線「東山」駅から徒歩約10分

ホームページ  http://www.heianjingu.or.jp/ 


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