南禅寺とその周辺」

金地院 ・南禅院 ・南禅寺 ・永観堂 ・琵琶湖疎水


永観堂 禅林寺(浄土宗西山禅林寺派総本山)

 永観堂は、南禅寺から北へ5分ほどのところ。湯どうふ屋の前を通りぬけ、東山学園(私立学校)の校門を過ぎると、左手に野村美術館(春・秋のみ開館)がある。野村證券創立者の別邸の一角を美術館とし、所蔵する美術品を公開している。その直ぐ右手が永観堂(禅林寺)で、南門と総門(南門のすぐ北にある)とがあるが、総門から入門すると拝観受付けまで一直線。
 永観堂は、京都でも屈指の紅葉の名所で、シーズンには多くの拝観者で混雑するが、12月から3月の冬の季節は静かだ。
 総門から入り、参道の突き当たりが講堂で、その右手の玄関へ入ると、方丈、釈迦堂、御影堂、阿弥陀堂など拝観できる。勿論、玄関へ入らず外からこれらの諸堂を見ることも出来る。

   
古方丈   御影堂   三鈷の松:めずらしい松で、葉が長く、しかも三本。この葉を持っていると三つの福が自然と備わるそうな。

  聖衆来迎山禅林寺と号する浄土宗西山派の総本山で、通称永観堂と呼ばれている。
斎衡2年(855)空海の弟子、真紹(しんしょう)が藤原関雄の山荘を寺院としたのが起こりで、貞観5年(863)には天皇から定額を得た。その後、一時衰えたが平安時代の末 の承暦年間(1077〜1081)に、民間に念仏を広めた永観僧侶が住持となり、念仏道場を開き、寺を中興した。永観はこれにより中興開山と呼ばれ、寺名も永観堂の通称で呼ばれるようになった。以後、鎌倉時代中期には浄土宗西山派一派の本山の基礎を固めた。
 その後、応仁の乱により堂舎が焼失したものの、明応6年(1497)後土御門天皇の命により再興し、以後、逐次諸堂が再建され現在の伽藍が整えられた。寺宝として山越阿弥陀図(国宝)をはじめ、鎌倉時代以来の仏画多数を蔵し、特に本尊の阿弥陀如来立 木像は、首を左に向けた我が国隋一の作で「みかえりの弥陀」と呼ばれ親しまれている。

   
多宝塔。紅葉の頃は周りのカエデが色付き、栄えて見える。   首を左後ろへ向けた独特の「振りかえり阿弥陀像」を安置する阿弥陀堂   方丈前の唐門(勅使門)と盛り砂

永観堂から歩いて4〜5分ほどで「哲学の道」へ行ける。時間に余裕のある、多くの人が足を伸ばされる定番コース。

永観堂の所在地など
・京都市左京区永観堂町48   ・TEL(075)761−0007
・市バス/京都駅から5番系統にて「南禅寺永観堂道」下車、徒歩約3分
・京阪「三条」から市バス93又は204系統にて「南禅寺永観堂道」下車、徒歩約3分
・地下鉄東西線「蹴上(けあげ)」下車、徒歩約10分   ・駐車場:あり
・永観堂のホームページ:http://www.eikando.or.jp/


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