
大徳寺
大仙院(だいせんいん)臨済宗大徳寺派 塔頭 大仙院
京都市北区紫野大徳寺町54-1
大仙院は、大徳寺山内で常時公開されている四つの塔頭のうちの一つ。大徳寺北派の本庵で山内の北東にある。史跡・特別名勝の庭園が有名だが、屋内は全面撮影となっているので庭園を写真で紹介することが出来ないのは残念である。
庭園は室町時代の枯山水を代表する石庭。玄関を入ると、まず方丈を囲むように東側と北側に鉤形になった狭い長い庭園を見ることが出来る。この庭の中心は書院の東北角。塀と建物の間の狭い空間へわずかな植栽と観音石と不動石の二つの大石と数個の景石とで山と谷と渓流とを現しているところ。渓谷から流れ落ちる川は白砂で、川は花頭窓の付いた渡り廊下で一旦遮られるが、流れの先は方丈南庭へと続く。方丈南庭は一面白砂だけで、大海をあらわしているのであろう。この枯山水庭園は、永正10年(1513)に大仙院を創建した古岳宗亘(こがくそうとう)が作庭したと伝える。
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| 山門前の五葉松 | 山門 | 玄関 |
大仙院は、応仁の乱直後の永正6年(1509)に近江の守護守であった六角政頼(まさより)が子の古岳宗亘(こがくそうとう)大聖国師を開祖として創建されている。この創建時に庭園も造られたという。4年後の永正10年に入母屋造り銅板葺きの方丈(本堂)が完成しており、大徳寺山内で最も古いとされて、またわが国最古の方丈建築遺構といわれ国宝に指定されている。なお、この方丈で千利休が秀吉に茶を点てたらしい。方丈「檀那の間」の襖絵は狩野元信の筆によるもの。大仙院歴代住職のなかで有名なのが、第7代目の沢庵和尚(たくわんおしょう)である。書院には、沢庵和尚が宮本武蔵に剣の極意を授けたところとの逸話が残っている。
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◇大徳寺大仙院の所在地など
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| 山門前の鐘楼 |