那智のもとを辞して、湯殿へと向かった。
準備を整えて迎えた下女をいつものように下がらせ、ひとりになって戦装束を脱ぐ。やや痩身だが鍛えられた肉体があらわになる。左の肩に奇妙な痣があったが、それは負傷の類ではなかった。
広い浴室に入り簡単に湯を浴びて、ひとりには大きすぎる湯船につかる。ふうと息が洩れた。
今ごろ由良も別の湯殿で身を清めているはずだった。どれくらいの時間で部屋に戻ればいいかは習慣の中でわかっている。
ふと、左肩の痣を見下ろす。
赤い渦のようなそれは龍を象ったものなのだという。御漉衆の頭領たる者の証。
伝来の霊刀と討女、そして龍紋の“力”。その三つによって御漉衆は鬼の討伐を行う。
鬼を斬ることが出来るのは代々伝わる霊刀だけ。霊刀を使うことが出来るのは“力”を得た──すなわち、龍紋を持つ者の精を受け入れた女だけである。
つまり、当代の頭領である鷹丸の最重要な務めは、討女である三人の娘と情交して己が精液に宿った“力”を与えることなのだった。亡き父の跡を継いで二年、鷹丸は懸命にその役目を果たしてきた。しかし苦戦続きの討伐に、自分が持つ“力”が歴代の頭領と比べて弱いのではないかと疑い悩んだ。
焦るな、と那智は言った。御漉の正嫡たる己の血を信じよと。
その短い言葉で、いま鷹丸の心はぐっと晴れやかになっている。現金なようだが、それほどに那智への信頼は強い。
自分が未熟なのは確かだ。討女たちに“力”を与えるための閨事も、多少は慣れてきたというところで熟練にはほど遠い。
慈しみ愛おしんでやれ、と那智は言った。それが女たちとの絆を深め、討女としての力を高めることになると。
では、具体的にどうすればいいのかとなると、よく解らないのだが。要は気持ちの問題ではないかと解釈する。魔物討伐という危険な任務に就く女たちへの労いと情愛の心をもっと率直に押し出して接してやればよいのだと。
湯を弾いて立ち上がる。湯船を出ようとしかけて、つと動きを止めた。
下へと落とした鷹丸の視線は、己が股間に向けられていた。
女を抱くことで特別な“力”を授けるという方法を珍奇なものだと思ったことはない。御漉の頭領としての役目を果たす神聖な営為と受け止め、真摯にそれを行ってきた鷹丸だった。しかし、
「……証はひとつでよかろうに」
自分の一物を目にすると、いつもきまってその思いを抱かずにはいられない。言葉通り、御漉衆頭領の証である龍紋はその場所にも刻まれているのだ。陰茎の中ほど上面の皮膚に、左肩にあるのと同様なものが。いまは陰茎自身が縮こまっているために、龍紋も赤い線のようにしか見えないが。これだけは、あまりに即物的で滑稽でさえあると感じてしまう。
軽く嘆息して、鷹丸は身体を洗うために湯船を出た。



部屋に戻ると、由良が待っていた。いつも通りの段取りだった。
「待たせたの」
ふたりきりの場所で、打ち解けた気安い調子で鷹丸が声を掛けると、由良は三つ指をついて頭を下げた。白い襦袢一枚の姿で洗い髪には湿り気を残していた。瑞々しい色香が匂う。数刻前鬼と戦っていた娘とは別人のようだ。
傍らに座って肩を抱き唇を寄せた。従順に応じた由良の温もりと肌の香を感じながら、鷹丸は芳しい口を吸った。じわりと腰の奥に熱いものが蠢きはじめる。
唇を離すと、由良の潤んだ眼にもの言いたげな色が浮かんでいるのに気づく。
「なんじゃ?」
「……御無事で、ようございました」
由良は言った。鷹丸の体温を感じて改めて安堵を噛みしめるのか、その声は微かに震えていた。
「由良に助けられたな」
宥めるように、鷹丸は笑ってみせた。
「あの一撃は見事だった」
「無我夢中だったのです。鷹丸さまをお救いしなくてはと。……もう二度と、あんなことはなさらないでください」
「わかっておる」
芯は強いが万事に控え目で自分を主張すること少ない由良だった。余程に今回の鷹丸の行動に衝撃と恐怖を味わったのだろう。
「すまなかった」
鷹丸は詫びた。いまは素直にその言葉が出た。切ないような愛しさが沸いて、由良を抱きしめる。
「二度と由良に心配はかけん」
「……鷹丸さま」
きつく抱きしめられて、由良も両腕をまわしてくる。その動きは控えめだが怖じたものではない。そのあたりはすでに幾度となく肌を重ねてきた者同士の慣れが滲んでいた。
鷹丸は由良の身体を褥に横たえ、自分もその傍らに侍った。
襦袢の襟をくつろげると、形のよい乳房が姿を現す。若さに満ちた膨らみは、仰臥していてもほとんど形を崩すことなく、由良の呼吸につれて微かに揺れた。
そっと、優しく触れる。ふっと由良が甘く鼻を鳴らした。ゆっくりと揉みこむと、堪え切れぬ女の声が洩れ始める。鷹丸の股間でも急速に力を得た一物が着物を押し上げていた。
「……あぁ、鷹丸さま」
硬くなった桃色の乳首を弄ってやると、由良は鼻から抜けるような声を零して、紅潮した頬を鷹丸に擦りつけてきた。滑らかな頬肌の感触、洗い髪の匂い。
愛しい、と感じる。
やはり、由良は自分にとって特別な存在なのだという想いを新たにした。
それは、頭領と討女として肌を重ねるようになる以前から、互いに幼かった頃から鷹丸の中に在る愛着だった。

年齢は鷹丸と同じ十八になる由良は御漉の里の生まれではない。出生は近在の村で、二歳のとき流行り病で両親を失い、他に引き取り手がなかったために御漉の里へと連れてこられた。それは特別に珍しいことではない。狭い集団の中に新たな血を導入する機会として、御漉では里子の受け入れには寛容だった。
里での由良の養育は鷹丸の乳母が受け持った。だから物心ついたときから鷹丸と由良は一緒だった。御漉の総領と一養い子というそれぞれの身分について、特に由良には幼いうちから教育がなされ、最初から鷹丸への呼称は“鷹丸さま”であったけれど、それでも仲のよい兄妹のようにふたりは子供の時代を過ごした。由良の利発さと明るく優しい性質は周囲からも愛された。
やがて、子供から少年と少女へと成長し、ふたりが互いを見る目にそれまでとは違った眩さを感じはじめた頃。由良は討女としての素質を認められ修練を受けるようになった。由良は欣喜雀躍といったていでその新たな立場を受け入れ、厳しい修行に打ち込んだ。鷹丸は複雑な思いでそれを眺めていた──以前より遠い場所から。共に過ごす時間も激減する契機となったこのときが、ふたりにとって甘やかな時代の終焉であった。
そして、鷹丸は亡父の跡を継いで当代の座に就き、由良はその討女として選抜された。
鷹丸が頭領としてのはじめての務めをなす相手として由良が指名されたのは、思えば幼い頃からのふたりを見守ってきた那智の心遣いであっただろうか。
互いに不慣れな行為に苦労しながら、由良の純潔を奪い、その中に果てたとき。由良が静かに流した涙を鷹丸は忘れることはない。
『……嬉しゅうございます』
啜り泣きにまじえて由良はそう囁き、鷹丸は彼女の心を知った。
討女となることは、由良が鷹丸と結ばれ、その傍にあり続けるための唯一の道だったということだ。その希望にしがみついて、由良は血を吐くような苛酷な修練に耐えてきたのだ。
『由良っ』
感激と愛しさに震えながら、鷹丸はきつく由良の身体を抱きしめ、
『決して放さぬ』
そう誓った。

──今夜もまた、あのときと変わらぬ愛おしみをもって鷹丸は由良を抱く。
「いくぞ、由良」
指先で女体の潤みを確認し、由良の広げた肢の間に腰を移す。こくり、と恥ずかしげに由良が頷いた。その含羞のさまもはじめての頃と変わらない。しかし、ゆっくりと貫きにかかった肉壺は相応の馴染みを示して、ぬるりと鷹丸を受け入れた。
「ああっ、鷹丸さま」
由良が歓悦の声を上げ細い腰をうねらせる。きりきりと肉根を締めつける女肉の反応に痺れるような愉悦を感じながら、鷹丸は腰を使い、じんわりと熱を昇らせた乳房を吸った。このときには若い牡としての欲望が、頭領の務めという意識を押しやって、無我夢中になってしまう。由良との交わりでは殊にそれが顕著になるのだった。ほどなく遂情の気配がこみ上げてきた。
「ああ、出る」
うめいた時には、すでに鷹丸の尻はびくびくと震えて、由良の中へと熱精を放ちはじめた。
「あぁ……」
胎内に広がる熱を味わうように陶然たる声を由良は洩らして。吐精を終えがっくりと重みをかけてきた鷹丸の身体を抱きしめる。
そのまましばし余韻にふけった。触れ合った肌から由良の体温と鼓動が伝わってくる。それが心地よくて、このまま眠ってしまいたくなるが、下になった由良を気遣って鷹丸は身体を離した。ごろりと仰向けに転がる。
すぐに由良が身を起こして枕元の桜紙をとった。鷹丸の股間へと手を伸ばして、情交の後始末をする。丁重な手つきで汚れた肉根を拭き清めた。吐精の直後で敏感になった肉根に触れられるくすぐったさに耐えて、鷹丸は毎度の習慣である由良の行為を受けた。情交のあとの甘い倦怠に包まれながら。

鷹丸の身体を清めると、由良は乱れた襦袢を直して上掛けを引いた。鷹丸に寄り添う形で身を横たえる。差し出された腕にそっと頭を乗せた。腕枕など他の者に知れたら非難されるだろうが、鷹丸がそれを望むのだからという言い訳で、由良は自身にその甘えを許していた。鷹丸の吐息と温もりを感じながら、主従の垣根を少しだけ低くして幼い頃の親密さを取り戻すこの時間が由良は好きだった。囁きの声量で言葉を交わしながら、眠りにつくまでの時を過ごす。
この夜は自ずと、討伐のことに話が流れた。
「椿は鷹丸さまの身を案じているのです」
椿に手厳しく責められたと、冗談口の中にも辟易した気持ちを覗かせる鷹丸に、由良は反論した。
「頭領の身を、だろう?」
「それだけではありません」
「そうだろうか」
鷹丸は納得しなかった。そのらしくもない懐疑ぶりに、それなりの理由があることは由良も承知している。
年齢は鷹丸や由良より五つ上になる椿は、母親も討女であったという血筋のゆえか幼い頃から優れた天資を示して将来を嘱望されていた。後れて討女候補に加えられた頃の由良などは、はるか高みにある椿の技量を賛嘆の思いで仰ぎ見るばかりだった。やがて討女の役目に就くことは、ほぼ確定した事項として了解され、椿自身もその自負を持っていっそう厳しい研鑽に励んでいた。
その自負心が少し強すぎたのかもしれない。順当に新たな討女として択ばれた椿は、己の主となった鷹丸がまだ若すぎることへの危惧を言動の端々に覗かせ、時には正面きって意見することを憚らなかった。それは、自身若年であることを気にかけていた鷹丸の心情を刺激して、たびたび激しい衝突が繰り返された。最近ではだいぶ関係は落ち着いてきていたのだが、今夜久しぶりに椿が厳しい諫言を叩きつけたことで、鷹丸の中でぶりかえすものがあったようだ。
「鷹丸さまは、お解かりになっていない」
そう由良が言ったのは、鷹丸の鈍さをほんの少し憎らしく感じたからだった。
たとえ、討女になったばかりの頃の椿に、自分より五つも年下の主である鷹丸を軽んじる心があったとしても。それから二年近くの時が過ぎている。その間、椿も幾度となく鷹丸と褥を共にしている。
椿も由良も信乃も、男は鷹丸しか識らない。純潔を捧げ、肌を馴染ませ、女としての歓びを知りそめていく相手は、ただひとり鷹丸である。
ましてや、討女とその主の交わりである。胎内に射こまれる鷹丸の精は討女の血肉に沁みこんで魔を討つ力となるのだ。その瞬間の深い充足と幸福の感覚は、きっと味わった女にしか解るまい。討女とその主の間にしか生まれ得ない至福なのだと、他に比較の対象を持たずとも由良は確信していた。
その悦びを椿も信乃も経験しているのだ。由良と同じ夜の数だけ。いまの椿が鷹丸に対して冷たくザラついた感情など抱いているはずがなかった。
今夜の一幕も椿の諫言は、ひたすら鷹丸の身を案じてのものと由良は聞いた。言葉が厳しくなったのも、それほど鷹丸の行動に肝を冷やした反動だったろう。それが「頭領として軽率」の一点張りとなってしまうのが、いかにも椿らしい不器用さだと思えた。
「身も心も。すべてを捧げて御仕えしているのです。私も、椿も、信乃も」
物問いたげな目を向けてくる鷹丸に、そう由良は答えた。それは全き真実だが、この場面には迂遠な言い方になったのは由良の複雑な心情のゆえだ。椿の激しさの裏にあるものを鷹丸に理解してほしいという思いと、解らぬならそのままでいいという気持ち。
椿も信乃も大切な仲間だ。だが、それと同時に恋敵でもある。
鷹丸もやがて妻を迎える。生涯の伴侶となり次の統領を生ませる相手を三人の討女の中から択ぶことになる。
択ばれるのは一人だけだ。択ばれなかった女は、里の他の男と夫婦になって子を産むことを求められる。身も心も捧げて仕えた主とは別の相手の子を──。
由良は軽く頭を揺すって、沸き起こりかけた屈託を払った。いつも考えまいとしていることだ。
「どうした? 由良」
「なんでもありません」
微笑を鷹丸に向ける。
いま、こうして鷹丸のそばに居られる。その幸福だけを感じていればいいのだ。
なすべきは、ただ一心に鷹丸に仕えること。欲深い未来を思い描いたり、その裏返しの不安に捉われることではない。
「次こそは。しかと務めを果たしてみせまする」
だから、由良はそう言った。苦戦続きの討伐を鷹丸が気に病んでいることを察していたから。だから次の機会こそは上首尾を遂げて、鷹丸の気鬱を晴らしてみせるという決意を口にしたのである。
もとよりそれは自分たち討女の未熟のせいで、鷹丸にはなんの責任もないことなのだから。そう自責の念を噛みしめる由良には、 鷹丸から与えられる“力”への懐疑など微塵もなかった。鷹丸に瑕があるなどとは想像したことさえなかった。
鷹丸は唐突な由良の言葉に面食らった顔で、「あ、ああ」と相槌を打ち、それから、
「だが、無茶はするなよ」
真剣な顔でそう言った。
自分のことは棚に上げた鷹丸の言葉が可笑しく、でもその幼い頃から変わらぬ優しさが嬉しくて。由良は睫毛を伏せて「はい」と素直に頷いたのだった。