
ライン川を挟んでドイツのコンスタンツがある。宗教改革の先駆者だったボヘミアのヤン・フスが1414年のコンスタンツの教会会議で死刑を宣告されて、焼き殺されたところに記念碑ができている。
フセンシュタインと呼ばれている。フスはルターに大きな影響を与えた人である。

赤十字の創始者アンリ・デユナンが余生をおくったのがアッペンツエル州のハイデンだった。
ボーデン湖をみおろす小さな公園に1962年に記念碑ができた。碑の裏面には「ジャン・アンリ・デユナン、赤十字の創設者、1828年5月8日ジュネーヴ生まれ、1910年10月30日ハイデンで死去」と刻んである。

アッペンツエルの教会。聖マウリテイウス教会という。ローマの軍勢の長だったが、キリスト者であったために連隊全員が殉教したその隊長の名前である。教会の墓地は死の影がなく常に美しい。





シェレネン峡谷。スイス中央部、フルカ峠(2431m)に発するロイス川の峡谷。
1830年まで使われていた「悪魔の橋」にまつわる伝説では、橋を架けるために手助けをした悪魔が最初に橋を渡る者を代償の生贄として求めたときに、
ウリ州の男の知恵で、山羊を渡らせて悪魔に捧げたという。その絵が橋の横の岩場に描かれている。


エルストフェルト・サービス・エリアにあるチャペルの内部。真ん中に大きな水晶の結晶。水晶はこの地方の特産である。周囲の窓ガラスは2重になっていて、巾10cmのガラスの隙間にはいろいろな色の瓶の破片がはいっていて、ステンドグラスのような効果をだしている。



チューリッヒ、フラウ・ミュンスター教会。リマト河畔にあり、ゲルマン王ルドヴィッヒが娘のために9世紀に尼僧院を建てたのが歴史の始まりだった。

チューリッヒのフラウ・ミュンスターにあるマルク・シャガールのステンド・グラス。
真ん中がキリストの窓、右がシオンの窓、左がヤコブの窓。さらにこの写真の左に預言者の窓、右に律法の窓がある。
1969年シャガールが83才の時の作品。

チューリッヒ、リマト河畔にあるヴァッサー・キルへ(水辺の教会)。教会裏手にドイツ語圏の宗教改革者ウルリッヒ・ツヴィングリの銅像がある。チューリッヒの宗教改革宣言は1522年だった。

ツヴィングリの宗教改革の拠点になったのが、同じリマト河畔に建つグロス・ミュンスター・カテドラルだった。12世紀からの歴史がある。
こちら側、南塔のなかほどに、建立者となったシャルマーニュ大帝の座像がおかれている。

スイスの北端に近くシャフハウゼンの街の近くで、ライン川が滝をつくっている。巾150m、落差21m、平均水量毎秒700立方米。この滝をすぎるとライン川は北に向き、フランス、ドイツ、オランダをへて北海に入る。

ライン川の源泉はスイスの中央部、オーベルアルプ峠(海抜2044m)にある小さなトマ湖。北海まで総延長1320kmである。

滝壺の真ん中あたりに小さな島があって、小舟で渡ることが出来る。シャフハウゼンはドイツ国境との街で、16世紀のルネッサンス風の街。

ライン川滝から東へライン川を20kmほどさかのぼるとシュタイン・アム・ラインという町にくる。ライン川右岸の町で、花に飾られた泉、張り出した出窓、壁画に飾られた家々が中世の外観をとどめている。人口2700人の小さな町である。

シュタイン・アム・ラインの町。町の名は「ライン川のほとりの石」という意味である。

シュタイン・アム・ラインの町並み。

シュタイン・アム・ラインの町並み。

シュタイン・アム・ラインの町並み。これは昔話にもとづいた絵だそうである。

シュタイン・アム・ラインの町並み。